第三話 ウエルカム!

 ゴズの退場でしばらく気分が水面下に沈んでいたが、いつまでも落ち込んではいられなかった。古参メンバーの中でもっとも温和だったゴズは長いこと新入りのガイド役を任されてきたが、その後釜が俺に回ってきてしまったからだ。


 例によって、食堂でウォルフ相手にぶつくさ愚痴をこぼす。


「やれやれだよ」

「でも、結局引き受けたんだろ?」

「しゃあない。断りたいのは山々なんだが、本山直々のご指名なんだ」


 キャップからの指示ならまだ交渉しようがあるが、もっと上からだと俺にはどうしようもない。徹底的に断れば、じゃあ辞めて母星に帰ってくれと言われちまうからな。


 ウォルフが苦笑しながら俺の皿の上のブルートブルストをかっさらった。おいおい、セルフなんだから自分で持ってこいよ。全く!

 ブルストを切り分けないでワイルドにかぶりついたウォルフが、呆れ顔で俺に言い放った。


「おまえも、人がいいよなあ」

「しゃあないさ。ゴズみたいなおっとり型は、ここにはほとんどいないんだ」

「ああ、確かに」

「ガイドをこなせる一期、二期の古参は、海千山千の猛者ばかり。小物の俺らはしょせん枯れ木も山の賑わいだが、キャップの制御は効く。そういうのもあるんだろ」

「なるほどな。キャップも、古株のヤバい山には手を出したくねえってことか」

「お山の大将が力尽くで仕切ろうとしたら、強引にマイウエイの連中しかいないここなんかすぐ崩壊さ」

「そうなんだよなあ……」


 ウォルフが、慎重に周囲を見回した。母星とはまるっきり環境が異なるここに適応しているのは、事実として猛烈に我の強いやつらばかりだ。古株ほど、内規なんざ知ったことかとやりたい放題になる。あのゴズですら、堂々と内規違反をやらかしてたんだからな。


 母星では、どんなに我が強いやつも社会常識の中にはめ込まれてしまうが、ここは環境自体が極めて非常識なんだ。当然のこと、それに適応すればするほど常識や規範による制限を逸脱するようになる。ほら、あれだ。梁山泊に流れ込む荒くれ山法師みたいなもんだよ。

 後発の俺らにしたって、唯々諾々となんでも受け入れているわけではない。常人以上に我は強いと思ってる。古株が極端過ぎて目立たないだけだ。


 キャップは、そんなわがまま連中の間でボタンの掛け違いが生じないよう苦労して調整してくれる。面倒だからと言って野放しにすりゃあ、あっという間に山賊の巣になっちまうからな。

 キャップによる調整が機能している限りはここが維持され、訓練生の利潤は公平に山分けされる。俺がぶつくさ言いながらもキャップに協力しているのは、どうしてもここを失いたくないからさ。


 だが、新人はそんな裏事情なんか全く知らないわけで。規律と最先端をイメージしてここに来ると、現実との乖離がでか過ぎて強いショックを受けてしまう。戸惑いと幻滅がどかあんと爆発し、意欲や使命感をきれいさっぱり吹き飛ばしちまうわけだ。太陽のあるなし以前に、その悪影響の方が大きいかもしれん。キャップが言うように、タオみたいな図太い新人というのは本当に珍しいんだ。


 俺とウォルフが差し向かいでああだこうだ話しているのを聞きつけたんだろう。キャップが、のっそりと近寄ってきた。


「ブラム。厄介ごとを押し付けて済まんな」

「いや、タオの目付役をお役御免にしてくれるなら、ニューカマーの世話くらいはしますよ」

「助かる」

「タオかあ。あいつはほんとに新人類だよなー」


 ウォルフが、人ごとのように言い放った。俺は、思わず頭を抱えてしまう。己の所業を顧みずけろっとしていると言いたかったんだろうが、おまえも間違いなくそうなんだって!


 俺とキャップから冷ややかな視線を向けられていることを覚ったウォルフは、そそくさと席をたった。


「んじゃ!」

「おう」


◇ ◇ ◇


 俺がキャップの頼みを引き受けたのは、タオの世話役を外してくれるからだけじゃない。うんざりするくらい毎日押し寄せてきていた志願者が、最近ぱたりと来なくなったからだ。つまり新人世話係と言いながら、実際には肩書きしかない。俺の実働は増えないんだ。

 ノービスの応募途絶は、キャップや事業所には頭の痛い事態なんだろうが、すでに訓練所にいる俺にとっては快適なのさ。厄介ごとが減って気分は上々。新たに指定された個室に移った俺は、鼻歌混じりに訓練の支度をしていた。


「ブラム、いる?」


 ドアの外で、苛立ったトーンのフリーゼの声が響いた。ほ? 珍しいな。

 そのまま訓練に行けるよう、装備を整えてから部屋を出る。


「よう、フリーゼ。どうした?」

「ねえ、聞いた?」

「なにをだ?」


 いつも不機嫌なフリーゼだが、今日はそれに色濃く不安が混じっている。強気一辺倒な彼女にしては珍しい。


「久しぶりに新人が来るらしいの」


 げ……。暇でいいなと思っていたんだが、そううまくは行かないか。


「ちぇ。タオの目付役からやっと解放されたのに。ついてない」

「そうよね」

「てか、おまえももしかして?」

「絶対嫌だって言ったんだけどさ」


 ノーと言い出したらてこでも動かないフリーゼを、キャップがどうやって説得したのかしらん。


「人数が多いのかな」

「二人」

「それだけなら、俺一人で対応できそうだが……」

「いや、無理よ」


 ぬ。もしかして。


「二人とも女性か?」

「そう」

「げえー」


 そらあ確かに無理だわ。なるほどな。


 訓練所のメンバーの性比は、極端に男だけに偏っている。娯楽の乏しい訓練所暮らしをあえて志望する女性はもともとひどく少なく、訓練所に残るやつはもっと少ない……というか誰もいない。フリーゼが例外中の例外ってことだ。もっとも、フリーゼは誰からも女扱いされていないが。恐ろしく神経質な上に短気で凶暴だからな。男女云々以前の問題だ。


「なあ、フリーゼ。志願者が激減したのは、ここの実態がもう母星に知れ渡っているからだろ?」

「ええ。そう思う」

「それを知りながら、あえて志願してここに来るってのは……」

「間違いなく訳ありでしょ」

「ふうん。キャップから補足説明は?」

「ないの」

「珍しいな」

「でしょう? そこがどうも引っかかってて」


 まあ、苛立ってる原因はそれだけじゃないだろうけどな。フリーゼが俺と同じ世話係になったということは、ペアの組み直しだ。ウォルフはとことん大雑把なやつだが、フリーゼをひどく怖がっていて、彼女をいつも立てていた。その気遣いに慣れたフリーゼにとって、得体の知れない俺とペアを組まされるのは不安なんだろう。


「まあ、まず面通しと行こうぜ。キャップも立ち会ってくれるんだろうし」

「そうよね。考えすぎてもしょうがないか」


 肩をいからせながら俺の前を歩き出したフリーゼの長い銀髪が、ふわりふわりと揺れる。俺はその後ろ姿を見て、思わず苦笑した。

 言動、行動が一切なければ。つまりただの『人形』ならば、フリーゼは特上品だ。だが実物はその真逆で、誰も制御できない膨大なエネルギーの上に拘束服としてドレスが被せられている。うっかりその衣装のボタンを外せば、そのまま最終兵器の発射ボタンプッシュだ。エネルギーが暴発して手がつけられなくなる。


 やれやれ。タオから手が離れてほっとしたが、実際には負荷三倍増か。ボタンホールはただの穴だが、そこにはまるボタンは限られてるんだ。そして、俺はフリーサイズのボタンじゃないんだがな。キャップも、本当に酷なことをするよ。


◇ ◇ ◇


「え……」


 所長室で引き合わされた二人の新人女性。俺もフリーゼも、一目見てがっつり固まってしまった。


「ちょ、ちょっと」


 フリーゼは、ぶち切れる以前にそんなのありえないだろうという表情。俺もそれには同意する。


「ああ、君らに言っておく。彼女たちは、応募条件をちゃんと満たしている」

「心身ともに健康な成人……ですよね?」

「そうだ」

「彼女たちが、それに適合してるってことですか?」

「もちろんだ」


 思わずフリーゼと顔を見合わせた。一人はおかっぱ頭の東洋人の幼女だ。五、六歳だろう。とても成人しているようには見えない。もう一人は、あの世からのお迎えを待ってる風情の痩せ衰えたアーリア系の老婆。彼女のどこが心身健康なんだろう?


「彼女たちに直接言わせるのは酷なので、私から説明しておく。もう一度言うが、彼女たちは応募条件をちゃんと満たしている」


 俺たちに念を押したキャップが、女の子に呼びかけた。


「エミさん、自己紹介を」

「はい!」


 一歩前に出た女の子が、きびきびと自己紹介した。


「エミコ・ミザシキです。エミと呼んでください!」


 東洋人は若く見えるが、それを十割増しで差し引いても幼児だろう。俺たちの戸惑いなど微塵も考慮せず、キャップが今度は老婆に自己紹介を促した。


「君も」

「はい」


 落ち着いた声で、老婆がゆったりと話す。


「わたしはビージーです。正式名はビングロールアレクサムトルテン=ボーガンナムザントクラシア・ガミアンステンクラムフェルトシュタインベルクなんですが、あまりに長いので」


 長いなんてもんじゃない。寿限無かと思ったぜ。声は外見の印象ほど枯れ切っていなかったが、決して張りのある若者の声ではない。うーん……。


 首を傾げている俺らをしり目に、キャップが俺らを紹介した。


「君らのガイダンスをしてくれる先輩訓練生の二人。ブラムとフリーゼだ」


 向こうがフルネームで自己紹介したんだ。バランスを取らないとまずいだろう。


「俺はブラム・ストーカー・ジュニアです。よろしく」

「わたしはフリーゼ・ユルキオムナー。よろしく」


 きょときょとと落ち着きなく俺らを見比べていた二人が、慌てて敬礼で応えた。キャップの顔を見ながら、二人にラフスタイルを勧める。


「ああ、そういう堅苦しいのはなしでいいよ。ここは軍隊じゃないんだ。必要なのは、あくまでも環境に慣れること。それに注力してくれればいいの。ね、キャップ。そうでしょ?」

「ははは」


 顔の毛をわしゃわしゃしごきながら、キャップが俺の嫌味を聞き流した。キャップとしては内規を守ってしっかり訓練してくれと俺に言ってほしかったんだろうが、そうは行くか。ったく、規格外の訓練生を押し付けやがって!


 仏頂面の俺にウインクしたキャップは、新入りの二人に笑顔を向けた。


「当訓練所は、君らの着任を心から歓迎するウエルカム。ここで充実した日々を過ごせるよう、鋭意努力してほしい。何か困ったことがあったら、遠慮なく私に申し出てくれ。所長の仕事はその調整なんだ」


◇ ◇ ◇


 新入り二人に訓練所の施設と設備を説明し、それぞれの居室に案内したところで、キャップから俺らだけに呼び出しがかかった。


「おっと、召集だ。あとでまた来ます」

「はい!」

「わかりました」


 何か追加の情報提供があるんだろう。俺とフリーゼは所長室に急いだ。


「ああ、来たか。君らに頼みがある」

「なんですか?」

「彼女たちはペアにするが、極力単独行動させないでほしいんだ」

「どうしてですか?」

「ウエルカムできないのが一人混じってる。もう一人は、そのお目付け役なんだよ」

「スパイとか、その手の……ですか?」

「いや、違う」


 キャップが、でかい溜息を床に転がした。


「いろいろあって、厄介なやつがここに送り込まれたんだ。体のいい島流しだよ。それは彼女のせいではない。まあ、そういうケースもあるってこったな」


 ちっともわけがわからないという顔でフリーゼが目を白黒させているが、俺にはなんとなく見当がついた。


「キャップ。それはいいんですが、彼女たちは本当に条件を満たしているんですか?」


 キャップが、二人の応募書類を俺らに向けてかざした。それを見て納得する。


「ああ……そういうことか」

「遅老症だよ。二人とも、年齢はすでに百歳を超えてる」

「俺らと同じだってことですね」

「そうだ」



【第三話 了】


 お題:ボタン、山、新人(チャレンジ縛り:複数の使い方で)


 BGMはMr MisterのWelcom To The Real Worldでお楽しみください。


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