第四話 ルックアウト!

 ビージーとエミの訓練が始まって、俺は世話係を受けたことを心底後悔した。エミはともかく、ビージーが……。よぼよぼのくせして、恐ろしく好戦的なんだよ。訓練なんだから自重しろと何度も念押ししてるのに、全く聞く耳を持たない。すぐに腰の得物をぶっ放そうとする。


「ブラムさん、わたしたち今戦場にいるんですよね!」

「ちゃうって、ビージー。そのせかせか落ち着かない態度と、ダーク過ぎる思考と、後先考えない行動は、最後に墓穴を掘るぞ」

「ええー?」


 だめだこりゃ。


 闘気丸出しで訓練路を歩くビージーの姿に頭を抱えていたら、俺らの十数メートル先で生命体の気配があった。それも一体じゃない。


「散開! 探査開始!」


 訓練路はほぼ無光だ。暗視装置とランドソナーを装着していても、有光下とは全く感覚が異なる。それに慣れるための訓練なんだが、ビージーにはどうしても理解できないらしい。


ルックアウト危ないっ!」


 俺の警告を無視して飛び出したビージーは、例によって腰の得物を引っこ抜くと……。


 ばしっ! ばしっ!

 俺たちの先にある気配に向かって、いきなりぶっ放した。


「おい」


 ぶっ放された相手はキャップだった。


「ビージー。何度も言うが、ここは調査地であって戦場ではない」


 キャップの声は落ち着いているが、その体はとんでもないことになっていた。

 訓練の時に俺らが持ち歩いているのは、弾丸の出る銃ではなくネットガンだ。以前タオの捕縛にも使った強靭な樹脂繊維。そいつを細密な網状にしたものが高速で飛び出し、命中した相手に巻きついて動きを止める。殺傷力はないものの抑止性能が凄まじく、二発も食らうとえらいことになる。動けないだけでなく、後で絡みついた網を外すのが大変なんだ。


「す、すみません……」


 最後尾にいたエミの後ろに隠れるようにして、ビージーがすごすごと下がった。


「あーあ」


 キャップの後ろからウォルフの大きな呆れ声が響いた。あとはフライとタオか。


 俺らが感じ取った複数の気配は、キャップに率いられたもう一つの訓練部隊だった。訓練では、どの部隊がどのコースを探索するのかを事前に知らされない。訓練中に遭遇する相手が同僚か未知の存在か。未知であれば、安全か危険か。訓練では速やかにそれらを判断し、行動を決定しなければならない。


 雪だるまのようになってしまったキャップが、そのままの格好でビージーに説教を始めた。


「ビージー。訓練路にはいろいろなものが出現するが、それらが訓練生の生命を脅かすことはない。訓練は出現物の属性判定を迅速に行うことが目的で、戦闘は念頭に置いていないんだ。訓練前に何度も説明したはずだが」


 それでなくても普段から臨終寸前という風情のビージーから、さらに生気が失せる。だが、キャップの説教は終わらない。


「敵意を前面に出して探査を行うと、我々が過剰に露出するだけでなく敵意を敵意で返される。それは、我々をかえって危険に陥れる」

「はい……」

「いいか? 我々は調査隊員であって、軍人ではない。携帯しているのは武器ではなく、あくまでも護身具なんだ」

「うう」

「そのハンドリングに難があるなら、持たせられないぞ?」

「そんな……わたしだけ丸腰ってことですか?」


 キャップの非情な宣告に、ビージーが震え上がった。


「君の場合はそのくらいにしないと慎重さが備わらん。丸腰はないにしても、別の護身具に換えることにする」

「はあい」


 キャップに確認する。


「キャップ。ビージーに何を持たせるんですか?」

「葵の御紋。水戸黄門の印籠だよ」


◇ ◇ ◇


 まあ、キャップの決定は妥当だろう。ネットガンの威力を過信したビージーが、判断能力をダルにしちまうんじゃ訓練の意味がないからな。見かけが分別ある老人でありながら、中身がガキ以下の単細胞ってのはなあ。困ったもんだ。特定の相手にしか効果のない護身具にすることで、いくらか慎重になってくれればいいんだが。

 でもあいつは印籠をかざしながら飛び出し、この葵の御紋が目に入らぬかと相手を喝破するだろうな。まったく!


 ぶつくさこぼしながら食堂で赤飯ブラウンライスを食っていたら、フリーゼが向かいの席にどかっと座った。


「ねえ、ブラム。おかしいと思わない?」

「何がだ?」

「訓練路は、友軍と未知の相手、それぞれ半々の確率で遭遇するように設定されているはずよ」

「ああ、そうだ」

「彼女たちと一緒に訓練を始めてから、まだ一回もアンノウンに当たってないわ。友軍ばかりよ」


 アンバランスなコンビがもたらす奇怪な影響。めまいがするぜ。


「正直、これじゃ訓練にならんわ。キャップも、先々二人をばらさざるを得ないだろな」

「え? どういうこと?」

「ビージーの気質はいくら訓練しても変わらん。彼女はトラブルメーカー……いや違うな。ハードラックメイカーなんだ。不運を自分で作り出してしまう」

「見るからにそうね」

「それなのに、訓練が大荒れにならないのはなぜだ?」

「うーん」


 銀髪を揺らしながら、フリーゼが黙考する。


「エミだよ」

「は?」

「ビージーのが悪い方なら、エミは良い方。エミは、幸運をもたらす妖精ラッキーニンフみたいなもんなんだ」

「げ……」

「エミの存在によって、不運がある範囲内に収束するのは歓迎すべきことなんだが」

「うん」

「それじゃリスクも生じない。全然訓練にならん」


 二人して、がっくり。


「ねえ、さっき訓練の時に危ないって叫んだでしょ?」

「ああ」

「ビージーに言っても意味ないと思うけど」

「ちゃうよ。あれは、いつもとばっちりを食っちまうキャップに向かって言ったんだ」



【第四話 了】



 お題:紋、戦場、妖精(チャレンジ縛り:2222文字。この条件表示欄以下の字数は除く)


 BGMはLynyrd SkynyrdのGood Luck, Bad Luckでお楽しみください。

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