火のない所に煙は立たぬ(二)

 アントワーヌはどうアナをなだめようか考えを巡らせていた。


「アナさんがそこまでおっしゃるのなら……調べてみてもいいですけれど……」


「ご、ごめんなさいアントワーヌ。取り乱したりして……」


(消去法でいくとその黒い下着は王妃様のものだろうけどなぁ……それを今こんなにテンパっているアナさんにどう言えば信じてもらえるのだろう……)


「でもね……えっと、アナさん、その下着は多分王妃様のものですよ」


「アントワーヌ、どうしてそんなことが分かるの?」


「何となくですが……ルクレール家には嫁ぐ前の王妃様やフロレンスの衣類がまだ残っていますよね。ですから、その、義兄上は昔の王妃様の部屋で探し物でもされていたのではないですか? そう考える方が他の女性と火遊びをしたなんて理由よりもよっぽど自然ですよ。あの義兄上のことですから」


 アナはそこでふと考えてみた。確かにジェレミーはミラの部屋に良く入っては怪し気な本やら、オトナの玩具と彼が呼ぶいかがわしい小道具を出してくるのである。


「そう言われてみればそうだわ……」


(ジェレミーさまはまた私かニッキーにさせる新しいぷれいでも思いついたのかしら……)


「ですから、夫婦でまずはよく話し合ってみたらいかがですか? 最初から義兄上を疑ってかからずに……」


「アントワーヌ、とにかくありがとう。少し私の気分も落ち着きました。本当にごめんなさいね、職場に急に押し掛けたりして」


「アナさんのお気持ちも良く分かります。でも本当に浮気調査にかかる前に大佐と話し合われることが大事ですよ」


「ええ、そうですね。きっと主人もそんなの誤解だって笑い飛ばすに違いないわね」


「今度夫婦で両陛下に昼食に招かれているのですけれど、その下着が本当に王妃様のものかお聞きして確かめてみましょうか?」


「でも、それは申し訳ないわ。アントワーヌ、貴方まで変態さん扱いされたら……陛下だっていくら貴方が目をおかけの側近だとしても……自分の妻の下着の話をされては気分のいいものではないでしょうし……」


(自分の夫が変態だって認めるわけですね、アナさん……)


「ハハハ、冗談ですよ。アナさんに笑顔が戻ってきて良かったです」


 アナは少し気が楽になったのか、来た時よりは晴れた顔をして退室した。




 一人になったアントワーヌは机の上に突っ伏した。


「ドウジュ……一部始終見聞きしていたよね?」


 音もなく窓が開き、部屋に入って来たドウジュはまたまた苦笑している。


「何なんですかね、あの夫婦は……いつまでたっても笑いのネタを供給してくれると言うか……」


「まああれでも僕の義理の兄であり、侯爵で大佐なんだよね……あの人の前でポーカーフェイスを続ける試練は今に始まったことじゃないけれど……思い詰めたアナさんの前で笑い転げるのをこらえるのは今までで一番大変だったかも」




 アナの前では冗談だと言っていたが、アントワーヌは実際国王夫妻との昼食時にその話題を少し持ち出したのである。流石に下着については言及しなかった。


「王妃様、ルクレール侯爵とアナさんなのですが、ただ今結婚以来最大の危機が訪れているようなのですよ」


 アントワーヌから全てを聞いているフロレンスはクスクスと笑っている。


「なあに、それ? ホントに夫婦の危機でシャレにならないとかじゃないのよね」


「お姉さま、ご心配なく。あまりにくだらないことなのですけれど、全てお兄さまが悪いのですわ」


「そりゃそうよね、あの夫婦に何かあるとしたらジェレミーが原因に決まっているわよねー。貴方達、もっと詳しい事話してくれる? あ、でもいいわ、本人達から直接聞いてみたいわね。ジェレミーを呼んで問い詰めましょう」


 貴重なドレスが手に入ったとは言え、ジェレミーに散々迷惑を掛けられたアントワーヌは王妃に一言告げずにはいられなかったのである。


「ミラ、先にアナさんに探りを入れてみた方が面白そうじゃない?」


「それもそうね、ゲイブもあの小舅のことが良く分かっているわね。都合がついたら貴方ももちろん同席するでしょ?」




 アナはジェレミーときちんと話し合わないといけないと思いながらもどうしてもその下着について切り出せずにいた。


 アナが見る限り、彼の態度は普段と何ら変わらず、全てがいつもと同じだった。あの黒い下着をアナに没収されたことにも彼は気付いていないようである。ジェレミー自身はすっかり忘れてしまっているのであるから当然である。


 その代わりにアナが彼の服のポケットというポケットに忍ばせたブツもそのままであった。




 そんなある日、アナは王妃の居室に呼ばれた。ジェレミーには声は掛かっていないようで、アナ一人だった。アナも機会があれば王妃に直接下着のことについて聞きたかったのである。王妃と二人で食事中、彼女がおもむろに口を開いた。


「ねえアナ、最近変わったことない? もしかして少し痩せたのじゃない? もっと食べなさいよ」


「ええ? 私そんなに痩せたようにお見えになりますか?」


 アナは動揺してフォークを落としそうになる。


「最近何か怪しいのよね、ジェレミーにしたって」


「ジェ、ジェレミーさまがどうかされましたか?」


「何をそんなに慌てているの、アナ? 大丈夫?」


「はい、え、いいえ」


「何かあるなら聞くわよ……ジェレミーに何か不満や要求があるのなら私に相談しなさいっていつも言っているわよね。あの子の弱みならいくらでも握っているのだから、私」


「王妃さま……」


(もう一押しで落ちるわね、この子は。ウフフ……)


 超真面目顔を装っているが、王妃は心の中ではニマニマしていた。後ろに控えるレベッカは表情にこそ出していないが、目線だけでアナに何かを訴えている。


(侯爵夫人、その手に乗ってはいけません! 喋らされたら一巻の終わりです!)


「口に出してみるだけで気が晴れることもあるわよ」


「そうですね、では……」


(ああ、効かなかったわ……私の目力めぢからもまだまだね……)


 アナは王妃の前でポケットからゴソゴソとハンカチを取り出した。それには例の黒い下着が包まれている。


「王妃さま、この下着がどなたのものかご存知ですか?」


「なあに、アナ? ヤダ、パンティーじゃないの、しかも総レース。これ私のよ。昔よく履いていたわ」


「ああ、よかったです。やはり王妃さまのものでしたか……」


「どうして貴女、私の昔のパンティーなんか持ち歩いているのよ?」


「実は……これをジェレミーさまのズボンのポケットから発見して……数日前のことです。私、気になってしょうがなくて、夜も眠れなかったのです。王妃さまのものでしたら納得ですわ」


(アナさま、どうしてそこで納得? 夫が実の姉の下着をポケットに入れているなんて……)



(三)に続く




***ひとこと***

やっぱり王妃様が関わってきました。まあそれでもあの黒パンティーは彼女のものらしいですからね……彼女も巻き込まれたと言えなくもないですが……これでジェレミー吊し上げの刑が決定してしまいましたぁー。

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