綺麗な薔薇には棘がある(二)
廊下で待っていた僕達を見つけたローズは少し困ったような顔をして近付いてくる。
「いやだわ、お兄さままで。そこで聞いていらしたのですか?」
「うん。助けに入るか教師を呼ぶか迷ったけど、マルゴにもローズなら大丈夫だって言われたから」
僕のせいで妹達まで色々周囲から言われていると思うと、申し訳ない気持ちだった。ローズの熱弁にはいつも参るが、妹に弁護してもらって兄としては情けない。
「ローズ、あのさ……」
「お兄さま、心配しないで下さい。それに気に病むこともありません」
「ローズ、私も正門まで一緒に行くわ! あ、ナタニエルさま、マルゴ、こんにちわ」
そこにミシェルが追いかけてきた。
「アイツの顔、傑作だったわ! ああ、スッキリした! ローズにはね、素敵なお父さまとお兄さまがいるから……大抵の男は霞んでしまうのよねー」
「ええ、お父さまやお兄さまよりもカッコいい男の人なんていないわ!」
「全くマルゴまで……君達ませているね」
僕は少々呆れた。女の子というものは同年代の男の子がどうしようもないガキに見えて当然だ。
「周りの男子が幼いだけなのです、ナタニエルさま」
ローズは先程から微笑んでいるだけだった。
伯爵家からの迎えが来ているミシェルと正門の所で別れて僕らは自宅まで徒歩で帰った。毎日ではないが、気候が良い時には両親は子供三人でこうして自由に行動させてくれるのだ。
「いざとなったらナタンは魔術が使えるし、お姫様二人をちゃんと守れるから」
父はこう言い、僕は貴族学院に上がった頃からこうして時々妹達の守りを任されている。僕も別に面倒だとは思わない。妹達に頼られるのも悪い気がしないのだ。
帰宅したら母が既に屋敷に居た。母は一番下のマルゲリットが初等科に上がってから被害者保護施設を設立して忙しくしているが、夜遅く帰宅することはまず無かった。
「お帰りなさい、お父さまももうすぐお帰りになるわよ。宿題があるなら先に済ませておきなさいね」
僕達はそれぞれの部屋に引き取った。僕はしばらくしてからローズの部屋の扉を叩く。少しだけ二人で話がしたかったのである。
「ローズ、ちょっといい?」
「何でしょうか、お兄さま」
「なあ……さっきのような事、良くあるの?」
「いいえ、そうでもありませんけど」
ローズは僕に心配をかけたくなくて黙っているような気がした。いじめっ子達にあれだけ応酬できたのも自分で色々と勉強したからに違いないのだ。
「僕も初等科を出てから三年以上経つから良く分からないけれど、相談できるような先生は居ないの?」
「それは……」
「まあ僕も初等科の時は先生には頼らなかったけれどね」
「私も特に言いつけるほどでもないと思っていますから。ミシェルやアンリは何があっても私の味方ですし」
「まあアイツらが首を突っ込んでくると余計話がこじれることもあるだろうけど、頼りになるのは確かだからね」
「ええ、私はいい友達に恵まれています。それに私を言い負かせるような同級生なんて居ませんもの」
「いや、貴族学院生でもローズには敵わないだろうね。僕だって知らないような用語を並べられたらね」
「うふふ」
「ごめんな、僕のことまで引き合いに出されて。気分の良いものじゃないよね」
「お兄さま、全部聞いていらしたのですね」
「うん」
ローズやマルゲリットまでこんな兄のせいでつらい思いをしているのは申し訳なかった。昨年の今頃まで僕は学院でも家でも少々荒れていたが、いじめられていたのは僕だけではなかったのだ。
「お兄さまはずるいです。一人でグレて問題を起こして、お父さまとお母さまに面倒かけるばかりで!」
ローズは突然そんなことを言い出すと泣きそうな顔になった。
「ごめん」
「お兄さまが私たち兄妹の中で一番手がかかったから、私やマルゴは勢いをそがれてしまってもう反抗もしようがないじゃないですか!」
ローズは半泣きになりながら僕の胸をドンドンと叩いた。
「そういうものかなぁ……」
「だって私たちはお兄さまのせいで散々苦労させられていたお父さまを見ているから……」
「いや、別に遠慮せずにローズだってグレたかったらグレてもいいし、家出をしたかったら手引きもするよ。魔力がないローズはクロード様やアナ伯母様に感知されることもないからすぐに見つけ出されないよ」
僕はそう言ってウィンクした。
「もう、お兄さまったらすぐそうやって茶化すのですから!」
ローズには笑顔が戻ってきている。
「ローズもさ、非行に走るまではいかなくても、たまにはしっかり者の仮面を脱ぎ捨ててもっと父上に甘えて我儘言ってみたら?」
彼女だってたった11歳の女の子だ。父は二人の妹のことを僕のお姫様達と呼んで溺愛しているから、ローズが年相応に振る舞う方が嬉しいに違いない。
「『僕の聡明で美しいローズ姫の言うことなら何でも聞きますよ』なんて父上が目を細めて喜ぶぞ。母上だってさ、三人兄弟の上の二人が余りに強烈だったから、自分は親の手を煩わさない聞き分けのいい子でいたいという思いが強かったらしいよ。でも良い子ぶってなくて自分ももう少し好き勝手してみればよかった、なんて今になって言っているくらいなのだから」
「他の兄弟に手を焼かされている親を見ながら育ったお母さまの気持ち、良く分かりますわ」
「おい、僕はジェレミー伯父様や王妃様ほど悪さはしていないと思うけど!」
「そうでしょうか? でもお二人共、家出だけはしたことないそうですよ」
「……確かに」
「それでも私は両親を悲しませることは出来ないと思います」
「そうかなあ。まあねぇ、ローズが『ババア、金出せ、オラ!』とか『クソオヤジの下着と私の下着を一緒に洗わないで! 汚いオヤジ菌が移る!』なんて言うのもちょっと想像できないよね」
「何ですか? そのババアとかオヤジキンって?」
「うん、ジェレミー伯父様が貸してくれた本の主人公が親に向かってそんなこと言っていたんだ。女子高生っていう人種らしいけど」
「ジョシコーセー?」
「まあとにかく、いつも優等生をしていると疲れるからたまにはガス抜きも必要だよ。さ、そろそろ階下に行こうか。父上もお帰りじゃないかな」
「僕の利発なローズ姫は将来は法律を学んで司法院に勤めたいのかな?」
常々父が言っていたこの言葉通り、ローズは貴族学院で文科に進み文官として司法院に就職した。
その頃には父も王国史上最年少で副宰相に就任しており、彼の目的であった女性の立場と地位も随分と向上していた。司法院でローズは特に職場で差別待遇や各種の嫌がらせを受けた女性の援助や助成に力を入れていたようだ。そしてもっと先の話だが、その後ローズは女性として初めて司法院長官の職に就くことになる。
僕なんて魔力を持って生まれたものだから何となく魔術科に進んだだけなのに、貴族学院に上がる前から将来やりたいことが決まっていたローズのことを僕は密かに尊敬している。父と二人、専門用語の応酬で議論を交わしているのも実は羨ましかったりした。
ローズは父だけでなく僕達家族全員の誇りである。
「僕のローズ姫は美しいだけでなく、賢い上に優しくて思いやりがあるのだから。でもその気の強さには油断していたら痛い目に遭うけれどね、まるで
― 綺麗な薔薇には棘がある 完 ―
***ひとこと***
最後のアントワーヌの台詞を考えていた時にふと、オバマ元大統領が二人の娘さん達について語っていた時のことを思い出しました。娘さん達のことを誇りに思う、とスピーチしていたのを聞いて涙ぐんでしまった私でした。
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