綺麗な薔薇には棘がある(一)

― 王国歴1043年 秋


― サンレオナール王都



 僕ナタニエル・ソンルグレの家族は五人で、両親に僕と二人の妹達だ。いつも思うのだが、我が家では女性陣の方が圧倒的に強い。数でも既に負けている。


 母フロレンスは常に父アントワーヌを立てていて、彼を尻に敷いているわけでもない。けれど母より五歳年下の父は、母にベタ惚れだから彼女の意見をいつも尊重しているのだ。


 上の妹ローズは、容貌は父にそっくりな上に文官の父の明晰な頭脳もしっかり引き継いでいる。温厚な父と違い、気の強いところは母の実家のルクレール一族の血だろう。彼女は小さい頃から口が達者で、高級文官の父も圧倒されるほど何につけても理攻めでくるのだ。


 最後に下の妹マルゲリットはその名の通りひな菊のように無邪気で可愛らしい。容貌も性格も母に似ているからか、父が『僕の小さなお姫様』と呼んで溺愛するのも頷ける。父でなくてもマルゲリットの愛らしさには心を射抜かれてしまうのだ。




 僕が貴族学院に上がってからは、まだ初等科の妹達を授業の後に迎えに行き一緒に徒歩で帰宅することも時々あった。それぞれの屋敷で専属の家庭教師がついている貴族の子女も多かったが、我が家の子供は三人とも初等科から他の子供達と一緒に学んでいた。


 ある日、いつものように僕は妹達を迎えに行った。普段彼女達が僕を待っている初等科の正面玄関を入った所に居たのは下の妹マルゲリットだけだった。


「お兄さま!」


 彼女は僕を見ると駆け寄って僕に抱きついてきた。


「マルゴ、ちょっと遅くなってごめん。ローズはまだ来ていないの?」


「はい。今日はお兄さまが来て下さること、お姉さまが忘れるはずはないのに」


「じゃあ、ローズの教室に一緒に行ってみようか? 教室に居なかったらまたここに戻って来よう」


 僕はマルゲリットの手を引いてローズの教室に向かった。彼女の教室には生徒がまだ残っているようで、ザワザワと何人もの声が廊下から聞こえてきた。


「ちょっと、今の発言聞き捨てならないわね!」


 ローズの声だった。彼女の口調から僕は嫌な予感がしてしまった。これはもしかして……


「もう一度言ってごらんなさいよ、今言ったこと」


「だ、だからフリンの子って言ったんだよ、ケガらわしい!」


 これはまずい、僕も経験があるから良く分かる。僕達の複雑な家庭の事情をネタに、ローズが色々言われているようだった。こんな話をマルゲリットに聞かせたくない。僕は思わずマルゲリットと繋いだ手をきつく握りしめる。何とか止めさせなければ、と焦った。


 こういう時は教師を呼ぶものなのだろうが、教師によっては貴族社会での立場によって助けにならないどころかいじめっ子の肩を持たれることもあるのだ。こちらの不利になることもあるのは僕も重々身に沁みて分かっている。


「マルゴ、ここで待っていてくれるかな。ちょっとローズを助けて来るよ」


「お兄さま、こんなことお姉さまなら大丈夫です。いつものことです」


「えっ?」


 マルゲリットは怖がる様子もなく、平然としている。僕は目をパチクリさせた。教室の中をそっと覗いたらローズの後姿が見えた。彼女は男の子三人と向かい合っている。見たところ、ガキ大将に手下その一とその二と言った感じである。周りには数人の子供達が遠巻きに見ているようだった。


「今の言葉、確かに聞いたわよ。証人もこんなに居るところでよくも私と大事な家族の誹謗中傷をしてくれたわね! もし私が貴方に対して訴えを起こしたら法廷で私のために証言してくれる人がここには何人いるのかしら?」


「私は喜んでローズの証人になるわよ」


 ローズの友人、ミシェルが最初に名乗りを上げた。彼女の母親、アメリさんは母が経営する被害者保護施設『フロレンスの家』を手伝ってくれているのだ。ミシェル一家と僕達は家族ぐるみの付き合いをしている。


「俺もだ。何だか良く分かんねぇけど、ローズがいじめられるのは見ちゃいられねぇ」


 これは従弟のアンリだった。


「アンリ、アンタね、さっきからろくに聞いていないのにただ面白がっているだけじゃないの? ホウテイででたらめ言うと捕まるのよ……ほら、何て言うのだっけ、ローズ?」


「偽証罪」


「そう、それ、ギショーザイ!」


「ギョーザだかザーサイだか知らねえけどさ、俺はローズの味方に決まってんだろーが!」


 アンリはこういうところが父親のジェレミー伯父様にそっくりなのだ。


「とにかく、父上と母上がおっしゃっていたんだ、ソンルグレ家の子はフリンの末に生まれたって!」


 ローズは今にもガキ大将に飛び掛かろうとするアンリを手で制しながら口を開いた。


「ねえ、貴方その言葉の意味を本当に分かって言っているの? ご両親がおっしゃっていること全て真実だと思って、聞いたこと繰り返しているだけじゃないの? 私は貴方と同じ32年生まれで、両親が結婚したのは30年の夏なのよ。私はれっきとした夫婦の間に生まれた子供なのですけれど。それでも疑うのなら婚姻証明書と出生証明書の写しを持って来てお見せして差し上げますわ」


「だって……うちの……」


「今日帰宅されたらご両親におっしゃいなさいな。ソンルグレ家に対して何も根拠のない悪質な嘘を言おうものなら名誉棄損で訴えます、と。ソンルグレ家、ルクレール家にペルティエ家、もしかしたら王家まで相手になさる覚悟がおありなのですか? 私たちは示談になんて持って行きませんわよ、最後まで徹底的に戦いますからね!」


 ローズはそんな感じで初等科の生徒相手にたたみ掛けている。彼女自身もたった11歳の初等科の生徒である。


「そうだそうだ! 意味はチンプンカンプンだけど良く言った、さすが俺の従姉ローズだ!」


「アンリ、まあアンタは口も悪いしガサツで手が出るのも早いし、男としては私のキジュンにミたないけれど、弱い者いじめだけはしないものね。こんなザコどもとは大違いよ」


「何かけなされているような気がするぞ」


「アンリ、これでもミシェルは褒めているのよ」


「オイ、僕達を放っておいて何三人で話してる!」




 正にローズらしいがここまでとは、と僕は感心した。


「ねえ、周りの子たち、ローズの言っていること半分も理解していないだろうね」


 僕でさえきちんと定義を言えないような用語を並べ立てているのだ。


「もちろん私は全然分かりませんけど、お姉さまがあんな意地悪な子には絶対負けないことだけは分かります」


「うん、そうだね」


「お姉さま、かっこいいです。心配しないで大丈夫でしょう?」




 ガキ大将はまだ懲りていないらしく、というかローズの言った事の重大さが分かっていないようでまだちょっかいを出している。


「何のコンキョもないとか言ってるけど、お前の兄貴は大罪人の息子ってのは本当だろ?」


 その言葉に僕は全身を固くした。マルゲリットにも僕の緊張が伝わったのだろう、彼女は僕の手を握っていた小さな手に力を込めた。ローズの側に居るミシェルやアンリが息を呑む音が聞こえてきたような気もした。ローズは全然ひるまず、負けてはいない。


「それは真実だけど、犯罪者の子供が必ずしも悪人に育つとは限らないのだし、子供の性質なんて育った環境によると思うのよ。兄は実の父親とは一緒に暮らしてはいなかったのですし、それも兄が三歳にもならないうちに父親は捕まって投獄されたのよ。実際に兄を育てたのは私たちの両親なのよ。貴方にもご両親にも自分がやってもいないことで後ろ指を指される人の気持ちなんて分からないのでしょうね」


「ローズは実は極度のブラコンだからなぁ、ナタンのことを少しでも悪く言われて怒らせたら怖ぇぞ」


「アンリ、ちょっと黙ってなさいよ!」


「アンリの言う通りよ。私自身のことじゃなくて家族のこと、特に兄の悪口を言われるのは許せないわ」


「だいたいね、意地悪したり、嫌がらせしたりだなんて好きな子の気を引きたいだけって昔っから決まっているわよね! 全く男子ってのは本当に幼稚なんだから! ローズは可愛いもんね」


「……そ、そんなの違う!」


 必死で否定しているガキ大将である。


「お前、そこまで慌てるかぁ?」


「どうでもいいわ……私そろそろ帰らないといけないから。兄と妹を待たせているのよ」


 そしてローズは自分の鞄を持つと教室から出てきた。あとにはぐうの音も出ないガキ大将達と、多分勝ち誇った表情をしているであろうミシェルにアンリ、その他数名が残された。



(二)に続く



***ひとこと***

ソンルグレ家の長女ローズちゃんのお話を兄のナタニエル君視点で。二世の皆が続々登場です。

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