親の心子知らず(四)

 お茶を飲みながら父は何を思ったかこんなことまで言い出した。


「ナタン、君がラングロワ家の血を引いていることは否定できない事実なのだから、それを卑屈に思うよりも誇りにした方がいいよ」


「ソンルグレ様……」


 祖父母はこの王国内に留まって今の暮らしが出来ているのは全て父のお陰だと大変恩を感じていて父をアントワーヌとは絶対に呼ばず、ソンルグレ様とかソンルグレ侯爵と呼び続ける。一方の父は元侯爵夫妻に様付けで呼ばれることにいつまでたっても慣れないようだった。


「君の実の父親は犯した数々の罪はともかく、彼の社交術や外での人当たりの良さは生まれ持った才能だろうね。君だって何かしら彼の長所を引き継いでいるはずだよ。まあ、これもここだけの話だけど」


「はい……」


 父は母の前ではまずこんな話題は出さないだろう、ということが分かった。父が僕にそんなことを言うのは、きちんと判断できるようになったと認めてくれたからに違いない。実父をそんな風に見たことは今までなかったし、誰も話題にすることもなかった。僕はいつも実父の亡霊にたたられていると負の感情しか持っていなかった。


 彼は大罪人であるが祖父母にとっては実の息子である。彼らは先程から感極まっているのか、涙ぐんで何も言えないでいる。


「ナタンももう十五歳で、大人に近付いてきたから理解できるようになったよね」


「……父上、ありがとうございます」


 それ以上僕も何も言えなくなってしまった。僕達四人がしんみりとしてしまったその時、家の前に馬車がつく音がした。


「あ、フロレンスが着いたみたいだ」


「えっ、母上まで?」


 父の言う通り、窓から母が急ぎ足で歩いてくるのが見えた。祖母が扉を開けるなり母は挨拶もそこそこに凄い形相で僕に駆け寄り、僕の両腕をガシッと掴んでまくし立てた。


「ナタン、貴方なんてことをしてくれたの! お祖父さまお祖母さま、伯父さま伯母さま、何人の方々に迷惑を掛けて、心配させて! マルゲリットを泣かせて、お父さまは折角のお休みが潰れてしまって……いくら反抗期と言っても許されることとそうでないことがあります! 今回だけは私も堪忍袋の緒が切れました!」


「申し訳ありません、母上」


 母がこのように激怒するのを見たのは初めてだった。


「貴方が一人家族の中で疎外感を感じてしまうのは理解できます! でもそれはどうしようもないことでしょう? 貴方は実際お父さまとは血が繋がってないのですから。貴方を王都から離れたルクレール領に送ろうと言い出したのは私です。でもそれを止めたのはお父さまですよ。魔術は王都の貴族学院でしか学べないし、家族が離れ離れになるから、と。貴方に必要なのはいじめっ子の居ない環境ではなくて、貴方を支え愛する家族だから! お父さまが貴方のことを一番に考えているのはお分かりでしょう?」


 祖父母は驚いて固まっている。


「まあまあ、フロレンス。ナタンはこうして無事に見つかって大層反省もしているのだから……それにしても貴女がそんなに怒りを露わにするところ、初めて見ました。怒った顔もお美しいですけれど、やはり僕は笑顔の方が好きですよ」


 僕の両腕をまだ掴んでいる母を父はやんわりと制している。何気にさらっと、聞いている方が恥ずかしくなるようなことを言う父に僕は慣れている。


「ですけれど、アントワーヌ、私また休日なのにクロードのところまで押し掛けて、『フロレンスの家』の職員たちにも聞いてまわって……」


「……」


 僕がしでかしたことは大袈裟に広まっているようだった。


「ナタンももう帰る気になっているよ、フロレンス。これが最後の家出になるよね、ナタン?」


「はい、約束します。もう家出はしません」


「最後の家出は最長距離だったね」


 父上は茶目っ気たっぷりに言った。


「アントワーヌ、貴方どうしてそんな悠長に構えていらっしゃるの……私なんてもう、ナタンが何かしでかさないか、犯罪などに巻き込まれないか、気が気でなかったというのに……」


 気が抜けたのか、母は父の胸で泣き出してしまったのだった。


「まあ、フロレンスさんもとりあえずこちらに座って下さいな」


「はい、申し訳ございません、お義母さま」




 しばらくして母も落ち着いたようだったし、僕達は王都に戻ることにした。


「ソンルグレ様、ペルティエ家にも折角だから寄って行かれたらどうですか?」


「それはまた今度の機会にします。親子三人だけで顔を出すとその理由を両親と兄に説明しないといけないですしね。余計な心配をさせてしまいますから」


「今度は家族皆さま一緒にいらっしゃって下さいね」


 祖父母の畑で取れた野菜や手作りのジャムなど沢山持たされて帰路についた。




 帰る道すがら馬車の中で僕は父に聞いてみた。


「父上には反抗期はなかったのですか?」


「うーん、そう言えばあまり無かったね。十二の歳で王都に出てきて、勉強やなんやかんやで忙しくて反抗している暇なんてなかったし、両親は領地に残っていたし」


「そうなのですか?」


 父は母の手をしっかりと握り、母は顔を赤らめていた。僕はそのなんやかんやとは何ですか、と聞くのは無粋だと判断した。でも代わりに今までずっと気になっていたことを尋ねた。


「父上は母上と学院時代に出会われたのですよね。当時男爵家の次男だった父上はなぜ侯爵令嬢で五歳も年上の母上がそんなに良かったのですか?」


 母は僕の質問に目を丸くしている。


「そうだね、どうしてだろうね。でも恋って言うものは不思議なもので、ある日突然無意識に落ちるものなんだ。社会的に自分の条件に合う人々だけふるいにかけて選んでその中の誰かに恋するなんて出来ないし。僕とフロレンスは貴族学院で出会ったから幸いなことに階級の違いこそあれ、お互い貴族同士だったけれど」


「そうね私たち、最初は学院の中庭ですれ違っただけだったわ。でもその時から既に何となく惹かれ合ったのよね」


「人を好きになるのに、身分や歳は関係ないよ。今度ジェレミー伯父様とアナ伯母様にも聞いてごらん、これももう時効だからいいだろうね」


「まあ、アントワーヌったら!」


「えっ、伯父様達はお二人共侯爵家出身ですし、年令的にも伯父様の方が少し年上で丁度いいですよね? もしかして、伯父様が伯母様と出会う前の昔の恋人のことですか?」


「うーん、そうとも言えるし、そうでないとも言えるね……」


 母はそこで吹き出していた。伯父と伯母の話をしていたら丁度馬車は王都のルクレール家に着いた。そこに預けられていた妹達を迎えるためである。僕はもちろん伯父と伯母に心配を掛けたことを謝った。ジェレミー伯父には妙なところで感心された。


「家出常習犯ナタニエル君よ、お前なかなかやるなぁ。俺や姉上でさえ家出なんてしたことなかったのによ。次は距離を延ばしてルクレール領まで行く気だろ?」


 そしていつものように母と伯母にたしなめられていた伯父だった。




 妹のマルゲリットは泣きじゃくりながら僕に抱きついてきた。


「うわーん、お兄さまぁー! お帰りなさい!」


「マルゴ、ごめん。怒鳴ったりして」


 上の妹のローズは九歳にしては随分とませている。


「全くお兄さまはもう、大騒ぎだったのよ!」


 そして母やマルゲリットの居ないところでこっそりと言われた。


「お兄さまはいくら逆上していたとは言えデリカシーがないのだから……弟や妹をもっと産めだなんて……お母さまがどんな気持ちで諦めたか知らないくせに……」


 ローズは呆れたようにため息をついた。




 後日僕は心配させた人々全員の所へ謝りに行かされた。ソンルグレの祖父母、クロード様とビアンカ様、それから母の施設『フロレンスの家』の皆などである。


 約束通り、それ以降僕はもう家出はしなかったし、反抗期も終わりにさしかかっていた。少しだけ大人に近付いたと父に認めてもらえたことが大きかったのかもしれない。


 両親に無条件に愛されていることは僕自身重々分かっていたが、反発して問題を起こして彼らの気を引きたかっただけの子供だった。どこまでが父が僕を見限る限度なのかを試していたかのようだ。全くもって幼稚で情けない僕だったけれど、両親によると反抗期も成長の一過程で自我の形成には必要なものらしい。


 それからは学院で悪口や嫌味を言われても段々と気にならなくなってきていた。今ならもう真面目に相手にするほうが馬鹿馬鹿しいと思える。それに社会的地位や両親が誰かではなく、僕自身を見てくれる本当の友人達の方が沢山いる。僕は魔術師になるための学業に専念できるようになった。






 僕には尊敬してやまない父がいる。父が家族のことを人に話す時は必ずこう言う。


「私には最愛の妻と素晴らしい三人の子供が居ます」


 僕は父が周りにそう誇れるような自慢の息子であり続けたい。



 ――― 親の心子知らず  完 ―――




***ひとこと***

ソンルグレ家は再び仲良し一家になりました。周りも安心、ドウジュは里にゆっくり帰省でき、作者の私も肩の荷がおりました。

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