第四十九話 天に在らば比翼の鳥、地に在らば連理の枝

 アントワーヌは自分たちの式の付添人を昔馴染みのステファンに頼んだ。彼には王都に出てきた時から投資や隠れ家の賃貸に購入と大変世話になり、彼が居なかったら今のアントワーヌはなかったとも言える。実は最後まで文官の先輩クリストフとどちらに頼もうかと悩んでいた。


 女性の付添人についてもステファンに相手が居ないかどうか聞くことにした。フロレンスの友人達は既に皆結婚しているからだ。


「ステファンさん、どなたか一緒に付添人をして下さる女性がいらっしゃいませんか?」


「じゃあ、ルーシーにお願いしてみるよ。式は夏だから彼女もその頃には王都に来ていると思うし、丁度いい」


 ルーシーという名前は何処かで聞いたような気がしていたアントワーヌだったが、ステファンに彼女を紹介されてようやく思い出した。ほっそりとした背の高い女性だった。


「初めまして。ルーシー・ボルデュックでございます」


「えっ、アナさんの妹さんですか?」


「はい、姉がいつもお世話になっております。ステファンさんをボルデュック家に紹介して下さってありがとうございました。お陰で領地は順調に復興しつつあります。私まで来月から貴族学院に編入できることになりました」


「ルーシーさんにはアナさんと兄の結婚式で一度お目にかかっているのを良く覚えています。まだお若いのにしっかりしていらっしゃるのね」


「いえ、そんな。私、あまり貴族らしく育てられておりませんので、何かご無礼がありましたらその都度おっしゃってください」


 ルーシーは実年齢よりもずっと上に見えるが、まだ十五だそうだ。小柄なアナとはあまり似ていない。ステファンによると、彼女が生まれた頃からもうボルデュック領の経営が傾きかけていたので小さい頃からずっと苦労してきたらしい。フロレンスはルーシーと良く気が合い、衣装合わせや式の準備を純粋に楽しんでいた。


「結婚式の準備ってこんなに楽しいものなのね」




 フロレンスの両親、テレーズとアルノーも前回の結婚時と比べ娘が生き生きとしているのを見て密かに涙ぐんでいた。


「アルノー、式では貴方涙が止まらないでしょうね。これで最後の花嫁を我が家から送り出すことになるわけですし」


「今から言うな」




 式までの日、アントワーヌは仕事がある日はほぼ毎晩のようにルクレール家を訪れ、休みの日にはフロレンスとナタニエルがアントワーヌの屋敷か別邸に行くようになっていた。式まであと一か月に迫ったある日、ジェレミーは高々と宣言した。


「おい、一か月切ったから〇出しも許してやる。おめでとう、義弟おとうとくん!」


 もちろんそこにアナは居なかったが、真っ赤になったフロレンスにジェレミーは怒られていた。


「フローお前な、俺達の猥談なんていつも涼しい顔して聞いてんのにさ、コイツの前では何ブリッ子して恥ずかしがるフリなんか……」


「お、お兄さま!」


「はぁ……〇出し解禁ありがとうございます。まあ、実行するかどうかはともかく……式が楽しみでしょうがないです」


「式が待てないのは俺も同じだ。何が嬉しくてお前と毎日のように顔を合わせないといけない? あーせいせいする!」


「本当は寂しくなるって思っていらっしゃるのでしょう? 結婚してからもナタンの顔を見せに度々参りますよ、お義兄様」


(アナさんがナタンにべったりだから妬いて拗ねているなんて、いい年した大人が!)


 二人の考えていることが手に取るように分かり、フロレンスは吹き出した。




 アントワーヌは一点の曇りもない状態で式を挙げたかった。ラングロワが捕らえられて離縁したばかりなのに、と言う声も周りから聞こえないわけでもなかった。先日のように食堂で自分だけが悪く言われるのは構わないが、フロレンスも侮蔑されるのは耐えられない。


 実際、当日は式も晩餐会も無事に終わった。しいて言えばフロレンスの父親、アルノー・ルクレール前侯爵が大聖堂入場前から号泣してしまい、フロレンスにハンカチを差し出され、そのまま大泣きしながら入場してきたことくらいだった。


「フロレンス、すまなかった。今日こうしてお前がやっと幸せになれるなんて……良く今まで耐えたな。私が頼りない父親であるがために……」


 フロレンスに時々背中をさすられ、途中立ち止まりながらやっと祭壇前まで歩いていったのだ。そんなアルノーのことを親しい招待客達は事情を良く知っており、微笑ましく見守っていた。


「もう、お父さまったら。気持ちは分かるけれど、あれはいくら何でも泣き過ぎよ。フロレンスまで涙ぐんで」


「父上に泣き上戸薬盛ったりしてませんよね、姉上?」


「そんなことするわけないじゃない! 薬なんか盛らなくたってお父さまが大泣きすることは分かっていたもの!」


 そしてミラとジェレミーはアナにやんわりと注意されていた。


「お二人とも、もう少しお静かになさった方が……」


 アナは臨月を迎え、大きいお腹での参列だった。


「この子が生まれていたら、式に出られなかったかもしれないから良かったですわ。ちゃんと待ってくれているのね、賢い子ね」


「そうよ、アナ。身分差、年の差、小舅の三重苦を乗り越えてやっと結ばれた二人の晴れ姿を見逃すわけにはいかないわよね」


「おーい、聞こえてまーす。誰が小舅ですか?」


「私じゃないわよ、陛下がおっしゃっているの。アンタのこと一筋縄ではいかない小舅って。共通の小舅を持つ者として同情されてましたぁー」


「姉上、厄介な小舅君はヤツの方ですよ!」


「ですからお二人とも、お静かにして下さいませ!」




 彼らの近くに座っていたビアンカは夫のクロードに言っていた。


「ああ、この場面です。二年前、私たちの式の時に未来が見えたのです。ルクレールのお養父さまがもう一度花嫁の父親になるということが。フロレンスさまの隣で号泣されているところが見えました」


「なんだ、ビアンカ。こうなること分かっていたのか?」


「ええ。でもいつになるかははっきりとは分かりませんでした。花嫁がフロレンスさまだという確信もあまりなかったのです」


「とにかく二人がこうして結ばれて本当に良かったよ」




 祭壇の前で誓いの言葉を述べた二人は口付けを交わし、アントワーヌは花嫁をしっかり抱き締めて言った。


「ああ、僕の可憐な花嫁さん。誰にも咎められることなく貴女をこの腕に抱ける日が来るなんて。今日は僕の人生で最良の日です」


「やっと正式に貴方の奥さんになれたわ。これからも二人でたくさんの最良の日々を迎えましょうね」


「はい。僕達もう二度と引き裂かれることなくずっとずっと一緒です」




 フロレンスの言った通り、それから二人は幾度となく素晴らしき日を迎えた。初めてナタニエルがアントワーヌを『お父さま』と呼んだ日、フロレンスが晴れてソンルグレ侯爵夫人を名乗るようになった日、フロレンスが二人の間に子供が出来たと告げた日、その子が誕生した日、と数え上げればきりがなかった。



***ひとこと***

苦難を乗り越え二人ここまで来ました。第一作「世界」でビアンカは結婚式で養父であるアルノー・ルクレール侯爵がこの結婚式で号泣する将来をちらっと見ていました。その時私自身、二人がこの幸せな将来に辿り着くまで長いなあ……と思っていました。無事に書ききれて私自身一安心です。次回、感動の最終話になります!

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