第四十四話 好事門を出でず悪事千里を走る

注:少々ドキドキな内容ですが、全年齢の皆さまに安心してお読みいただけます。きわどいオトナな場面を期待されていた方々には申し訳ありません。

***



 二人は再び激しくキスをしながら寝台に倒れこむ。実は緊張して余裕など全然なかったアントワーヌだった。最初はフロレンスの方が優しく導いてくれた。




************




 寝台の上に横になって、やっと手に入れた愛しい女性の髪を撫でながらアントワーヌは言った。


「ああ、フロレンス……ついに思いを遂げられて、言葉に出来ないくらい嬉しいのですけど、それ以上に恥ずかしくて僕は……あの、でも……」


「照れているアントワーヌ、可愛いわ。私あの姉と兄の妹ですから……小さい頃から色々と読まされたり聞かされたりで……無駄に知識だけはあるのです。でも実戦の経験はほとんどなくて……貴方と色々試してみたいのよ」


 フロレンスは屈託なく笑った。何を色々読み聞きしていたのか、少々たじたじとなるアントワーヌだったが、それはそれで嬉しい驚きだった。


「アントワーヌ、今日はもうお疲れでしょう? ゆっくりお休みになってね」


「いえ、そんな折角貴女と朝まで二人きりで居られるのですから、寝るのなんてもったいない。それに貴女はまだ……」


「そうですけど、でも……私はいいのよ。明日の朝も早いしお仕事でしょう?」


「心配しないで下さい。僕、若いですし」


「まあ、うふふ」


 そして二人はその後一緒に湯を浴びることにした。湯はすっかり冷めてしまっていたが気にならなかった。


「貴女の全てが見たいです。そして僕を全身で感じて欲しい」


「ええ。もう心だけでなくこの身も全て貴方のものよ。好きになさって」




************




 湯から上がった二人は流石に疲れ果てていた。もう一時でも離れていたくないかのように寝台の上で二人ぴったりくっついて、心ゆくまでお互いの温もりを確かめ合いながら眠りについた。




 翌早朝、アントワーヌが屋敷を出て行こうとした時にはもう執事のセバスチャンが起きていて挨拶をされる。


「お早うございます。ペルティエ様、お帰りの前にコーヒーをお飲みになりますか?」


 驚いたと同時に気恥ずかしさでいっぱいになったアントワーヌだった。見送りに一緒に玄関に出てきていたフロレンスも少々頬を赤らめている。


「え、その、お気遣いありがとうございます。でも……」


「セバスチャン、ありがとう。朝早くからご苦労さま。でもコーヒーは後で私だけいただきます。その、アントワーヌは急いでいますから……」


「それでは、お気をつけてお帰り下さい」


(思わずいってらっしゃいませと言うところでした)


 セバスチャンは心の中でニヤニヤしていた。先程声を掛ける前、仲良く手を繋いでいた二人をしっかり目撃していたのである。その後、毎日のようにルクレール家を訪れるようになったアントワーヌに結局セバスチャンは『お帰りなさいませ』『行ってらっしゃいませ』などと挨拶するようにまでなった。




 その後屋敷に帰ったアントワーヌはドウジュに報告を受けた。昨日の午後護送馬車は無事、王都外れの山奥の牢獄にラングロワを連れて行った。そして連行されたラングロワはセルジュ・オージェの独房の前を通り彼の前で一瞬立ち止まったかと思うと悲鳴を上げたらしい。


『グ、グスタヴお前生きていたのか? ヒィー!』


 薬の影響で幻覚が見えたのか、正気を失っていたのか、父親を見て息子がまだ生きていると勘違いしたのである。睡眠薬が効きすぎていて未だ足元が覚束なかったラングロワはそのまま腰を抜かしてしまった。セルジュの方は気もまだ確かでラングロワの姿を見ると暴れ出したとのことであった。そして他の看守も呼ぶ大騒ぎに発展した。


『ラングロワ、やはりお前だったのか、息子を殺したのは! おい、ここから出せ、おのれラングロワ許さん!』


 セルジュ・オージェは独房で鉄格子をガタガタと揺すりながらそう叫び続けていたとのことである。




「ラングロワは吐くかな、グスタヴに毒を盛って殺したと」


「どうでしょうか。今回のこの二人の会話は証人もたくさん居ますからね。しかし私が思うに、ラングロワはしばらく証言能力もないかと。もうすぐ薬の禁断症状が現れます」


「まあ奴の人生も終わりだ。フロレンスも証人として喚問されるだろうね。奴の情けかな、彼女を巻き込まなかったのは」


「いや、違うでしょう。若もご覧になりましたよね。領地の悪趣味な豪邸を。王都の屋敷に比べてよっぽど贅を尽くした生活をしていましたよ。利益を独り占めしたかっただけでしょう」


「つくづく見下げた奴だね」




 その朝アントワーヌが出勤したところ、朝一番でソンルグレ副長官の執務室に呼ばれた。


「もう噂になっているぞ、ラングロワの逮捕と投獄の事」


「そうみたいですね。私も聞きました」


「揉み消す前に噂になって、陛下の耳にも既に入ったらしいぞ。何しろ、グスタヴが死んでなかったら王太子襲撃もなかったわけだからな」


 


「セルジュ・オージェは起こした事件を考えると同情の余地はありませんけれど、何だか虚しくて後味が非常に悪いですね」


「そうだな。俺もセルジュの無念は良く分かるがなぁ。とにかくお前の大手柄だ。やっぱり今朝はやけにすっきりした顔してるな。まあ聞かなくても分かるが。彼女に会えたんだな?」


「あ、ええ。はい」


 アントワーヌは嬉しそうに赤くなりながら答えた。


「いやあ、若いっていいねえ。さて、ラングロワの件は済んだことだし、例の書類を揃えているよ」


「えっ、もう? ありがとうございます」


「実はもうずいぶん前から用意していたんだ。で、一旦俺の申し出を受けると決めたらなるべく早くしたいんだろ、お前? あとはお前とお父上の署名があれば提出できるよ」


「はい、次の休みに領地に戻って署名を貰ってきます。提出後はどのくらいで許可が下りるでしょうか?」


「あまり前例がないからなあ、数か月はかかるかもしれないぞ」


「そうですか……」



***ひとこと***

実はフロレンスさまもあの本「淑女と紳士の心得」や他にも王妃さまやジェレミーから押し付けられて読まされています。しかもまだ年端もいかないくらいの頃から刷り込まれていました。

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