投獄

第四十話 いたちの最後っ屁

 アントワーヌは昨晩のラングロワの行動と今朝の誘拐騒動のことをドウジュやコライユから報告されていた。フロレンスからも文が来ていた。


「実の息子を誘拐して人質にしようだなんて……奴も地に落ちたな……」


 コライユにはリリアンと彼女に雇われ馬車で待機していた御者の男を王都警護団に引き渡すように指示をした。彼女がラングロワについて証言をする気になれば彼には益々不利になる。口をつぐんでしまったら、それはそれでしょうがないが、リリアンも侯爵令息誘拐未遂の罪を一人で被るつもりではないだろう。それにどうせラングロワには山ほどの罪が課されることになる。


 ドウジュは引き続き、領地に戻ったラングロワを見張っていた。アントワーヌもその日の夕方仕事を終えてすぐに馬でラングロワ領へ向かう。翌朝彼が捕らえられる瞬間を目にしたかったが、仕事で無理である。


 それならば、せめて召し取られる前夜の奴の顔でも見に行ってやろうと思っての行動だった。ドウジュに抜け道を説明してもらっていたため、関所を避け、容易にラングロワ家の監視をくぐり抜けて入領できた。屋敷に近付いた時、迎えに来たドウジュに落ち合う。


「ドウジュ、迎えの必要はなかったのに。ラングロワにこの隙に逃げられたりしたら……」


「ご心配なく、若。奴は愛人の一人とよろしくやり始めたところですのでしばらくは大丈夫ですよ」


「いい気なもんだね。まあ、明日から臭い飯を食う身だ、せいぜい楽しませてやるか」


 二人は馬を屋敷近くの木につなぎ、敷地に忍び込んだ。ドウジュの言う通り、ラングロワと愛人はまだ二階の寝室に居た。二人は庭の木に登り、そこから部屋の中を観察した。


「奴は昼間から荷造りを始めておりました。それから夕食後には馬車を一台準備させ、いつでも出発できるようにと命じておりましたね。リリアンがナタニエル様の誘拐に失敗したのを知らず、待っているのかもしれません」


「とにかく今夜のうちに逃げるつもりなんだね」


 そこで裸のラングロワは隣の部屋に移動した。愛人は寝台で寝ている。案の定、ラングロワは部屋を移るなり灯りも点けず地味な旅の装いに素早く着替えた。


「愛人は置いていくつもりか。さあ、行こうドウジュ」


 ドウジュが木から縄をかけ、二人はバルコニーに移った。窓はドウジュがあらかじめ鍵を開けておいたのだろう、すぐに音もなく開き部屋に忍び込むことが出来た。


「ガスパーさま、私を置いてどちらへ?」


 ドウジュは愛人の声を真似て言った。アントワーヌはいつも彼やコライユの多才さに驚かされる。ギクッとしたラングロワは飛び上がった。


「お、お前には関係ない!? って、だ、誰だ?」


 ドウジュはすかさず廊下への扉の前に回った。


「私の屋敷で何をしているのだ?」


 ラングロワが人を呼ぶ前にドウジュは彼の背後から首に短刀を突きつけて脅す。


「大声出すなよ。どっちみち助けは来ないがな」


 アントワーヌは口を開いた。


「ガスパー・ラングロワ、うすうす察しているように貴様はのっぴきならない状況に陥っている。侯爵と呼ばれてかしずかれるのも今夜限りだ」


「お前らか、私の金庫を破ったのは?」


「誰だと思う? 牢獄で考える時間は十分ある。あの国庫の書類は既に偽造書類と共に貴族院に提出済みだ。貴様の爵位は剥奪され、領地と全財産は王国に没収されるだろう」


 灯りのともっていない部屋で月明りを背にしたアントワーヌの顔は、ラングロワには丁度見えていない。


「貴様が望むならここで自害する栄誉を与えてやってもいい。罪を認め、自ら命を絶つ方が牢獄で余生を過ごすよりよっぽど名誉が守られると思わないか? ナタニエルの将来の為にも同じ大罪人の父親でも、受刑者よりは死人の方がましだ」


「ああ、分かったぞ、お前はフロレンスに横恋慕している間男だな?」


「そんなことが言えるのもあと数時間だ。王命により明日付でラングロワ侯爵夫人とナタニエルはラングロワ家と無関係になる」


「フン、使い古しで良ければくれてやる、あんなつまらないマグロ女!」


 その言葉にドウジュの顔は引きつる。彼にはアントワーヌの堪忍袋の緒がブッチンと切れた音が聞こえたような気がした。ラングロワは超特大地雷を踏んだのである。


「おい、フロレンスを侮辱することをもう一言でも口にしてみろ、この顎の骨を砕いて二度と口をきけないようにしてやる。馬は乗り手を選ぶとも言うな。こんな下品は例えは彼女に対して非常に失礼だが。まあどうせ女性をまるで物のように扱う貴様に何を言っても無駄だろうが」


 アントワーヌはラングロワに近寄り、彼の顎を思いっきり掴んだ。


「イデデデデ……離せっ!」


「彼女の価値は未婚だろうが既婚だろうが変わらない。ちなみに、彼女の初めてはこの私だ」


 ドウジュの顔は益々引きつり、眼は見開かれた。


「な、何っ!? やっぱり結婚前から俺を裏切っていたのか、ナタニエルが俺に全然似ていない訳だ、あの托卵女め!」


「どんな最低夫であってもあのフロレンスが法的に結婚している間は不貞を働く筈はないだろう。夫らしいこと、父親らしいことは何一つせず、あちこちに愛人を作っているお前のどの口がそんなことを抜かす?」


 アントワーヌは彼の顎を益々きつく掴む。ドウジュは呆れてため息をついている。


「情けをかけて、自殺に見せて殺してやろうかとも思ったが、気が変わった。今更清廉潔白な元妻の不貞を疑っている余裕などないぞ。貴様は自らの保身が最重要課題だ。刑が軽くなることはないだろう、せいぜい生き恥をさらすことだな」


 そこでアントワーヌはドウジュに目配せをした。彼は頷き、ラングロワの腹に一撃を加え気絶させた。


「若ぁ……何意地張っちゃってるんですか……」


「なに、ドウジュ? フロレンスのファーストキスは僕だから嘘は言ってないよ」


 ドウジュの責めるような目つきにアントワーヌはしれっと言ってのけた。


「コイツだって、明日目が覚めたらフロレンスの名誉を傷つけている暇なんてないと思うしね」


「ま、それはそうでしょうけど」


 そして二人は床にのびているラングロワを下着姿にし、隣の寝室に運んだ。そして裸で眠っている愛人の隣に転がしておいた。


「こいつらには睡眠薬を打って朝まで目覚めないようにしておきます。王国の兵に起こされると眠気も吹っ飛ぶでしょうね」


「頼んだよ、ドウジュ」


「明日も普通にお仕事ですか?」


「うん。急いで王都に帰らないとね。休みたいのは山々だけど、仕事でもしている方が気が紛れるかもね」


「お帰りもお気をつけて」



***ひとこと***

アントワーヌ対ラングロワ直接対決でした。今までドウジュでも一度しか見たことのなかったレアなモード、怒りのアントワーヌ君が現われました。これが最後の登場になるといいですね。

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