第三十六話 天網恢恢疎にして漏らさず

「あともう一件皆様にご報告することがございます」


 アントワーヌはそこで再び発言した。


「この中にもお覚えの方もいらっしゃると思いますが、今から11年前グスタヴ・オージェが1019年にケシ栽培等の罪で逮捕されました。昨年王太子殿下を襲撃した主犯セルジュ・オージェの息子です。当時彼のケシ栽培がどうして発覚したかと言うとガスパー・ラングロワが密告したからなのです」


 アントワーヌはソンルグレが手に入れてくれた当時の記録書類を指した。


「私は良く覚えているぞ。密告した自分が今度はケシ栽培を始めたのか……」


「その後、グスタヴは牢内で服毒自殺しました。牢内でどうやって毒を手に入れたかが問われました。グスタヴの両親は彼に頻繁に面会しており、自殺するような様子ではなかった、反省してきちんと罪を償い更生する気になっていたというのが彼らの言い分でした」


 再び議会はざわめき始めた。


「そしてセルジュ・オージェは息子の死因再調査の訴えを起こします。しかし、グスタヴの死はヴァリエールの戦の真っ最中でした。その他の小競り合いも起こっており、出兵のため人手不足だったせいか、再調査は行われることなくうやむやになってしまいました」


「確かに、犯罪者が牢で死んだのだからそのまま自殺として片付けられたのだろう。しかし、もし詳しく再調査が行われてセルジュ・オージェが息子の死に納得していれば昨年の王太子襲撃事件も起こらなかったかもしれない」


 国王の言葉には少々怒りが込められていた。無理もない、自分の即位前に起こった事件がきっかけで、何も関係のない息子が狙われたのだ。そしてその場は静まり返った。しばらくして貴族院の一人が口を開く。


「お前たちはもしかしてグスタヴの死までラングロワが関わっていると言いたいのか?」


「いえ、そこまでは。けれどその可能性は捨てられません」


「出兵の準備には何日くらいかかる?」


 国王は貴族院の長に聞いた。


「はい? 陛下、も、もしや……」


「兵を出せと言っている。ラングロワ領にガサ入れする」


「陛下、いくらなんでもそれは。侯爵家の領地から何も出なかったら大事となりますぞ」


 別の貴族が言った。


「国庫の文書を偽造、隠蔽しただけでも大罪と思わないか? ここで多数決を取るか?」


「多数決の必要はないでしょう。国庫の書類の件だけで十分です。王命をお下しになってください、陛下」


 貴族院の長も遂に意を決したようだった。


「紙と筆を持て」


「はっ」


「出兵の準備は大至急行います。三日後の早朝、王宮を発つようにしましょう。王都の屋敷へも同時に兵と王都警護団を出します」




 アントワーヌは信じられない思いで彼らのやり取りを聞いていた。遂に裁きが下ることになった。


(ああフロレンス、僕はやり遂げたよ)


 彼は魔法石をシャツの上から握りしめて念じた。そして国王が出兵の王命を文書にしたため、会はお開きになった。王命文書を持った貴族院の長に他の面々も次々と退室していく。


 アントワーヌはしばらく立ったままだった。ソンルグレとクリストフがポンポンと肩をたたいてくれた。国王は未だ座っていて何やら書いている。そして国王は最後に署名をした後、顔を上げ三人は声を掛けられた。


「ご苦労だった、三人とも」


 彼は立ち上がると先程署名をした紙をアントワーヌの方へ差し出した。


「これはペルティエ文官、君に。可愛い義理の妹と甥を助けてくれたお礼だ」


 それは国王専用の便箋で、アントワーヌは受け取ると同時に冒頭にさっと目を通す。


『王国歴2030年三月〇日を以って、ガスパー・ラングロワ侯爵には公式文書偽造、隠匿他余罪によりフロレンス・ラングロワ侯爵夫人との婚姻関係の解消することを申し付ける。それにより夫婦の長子ナタニエル・ラングロワに関する全権をガスパー・ラングロワは失効……』


 国王直筆のその文書を目の錯覚ではないかと瞬きをしながら読んだ。出兵と同じ三日後の日付だった。どっちみちラングロワ家は断絶、領地と全財産は王国に取り上げられることになるだろう。そうなれば離縁も成立するが、時間がかかる。


 こうして王命にしたためられたということは出兵と同時にフロレンスとナタニエルは晴れて完全な自由の身になるということである。アントワーヌは国王の前で不覚にも目に涙が溜まってくるのを感じていた。慌てて瞬きを繰り返し、最敬礼でお礼を述べた。


「陛下、感謝のしようもございません。わ、私はこのために数年を費やしてきました。ありがとうございます」


「よくやってくれた。まあね、君とフロレンスの婚姻許可の王命も下しても良かったけど、それは君自身がルクレールのご両親とあの厄介な小舅殿にお許しを請いに行くことだね」


 国王はいたずらっぽい笑みを浮かべている。


「は、はい」


 アントワーヌはそろそろと頭を上げた。感動でもうこれ以上何も言えそうになかった。口を開くと涙まで溢れてきそうだった。


「これからも活躍を期待しているよ。フロレンスとナタニエルのこと、よろしく頼む。将来の義弟おとうとくん」


 国王は最後に一言残し去って行った。目をぱちくりさせてまだぽかーんとしているアントワーヌにクリストフとソンルグレは声を掛けた。


「おめでとう、アントワーヌ」


「遂にやったな! 良かったよ。ところでラングロワの奴は今も領地にいるのか?」


 アントワーヌはまだボーっとしたままだったが、辛うじてソンルグレの問いに答えた。


「はい。彼はまず王都に居ることはほとんどありません」


「王都から兵が押し掛けてきたら奴も腰を抜かすだろうなあ」


「貴族院の面々のうち、出兵の情報を彼に漏らしてしまう人間がいるでしょうか?」


「そこだよな、サヴァン。怪しそうなのが数名居たよな。前もって知らされたらどう出るかな?」


 アントワーヌは少し考えた。


「ケシ栽培の証拠と麻薬取引の証拠を隠滅するのは時間が足りないし……王都に戻ってきて金庫内の書類の無事を確かめるのは無駄足になる……いや……」


 彼は最悪の事態を想定し、戦慄が走った。


「フロレンス様とナタニエル様に危険が及ぶかもしれません!」


「夫人は今までルクレール家に泊りがけで帰ったことがあるのかな?」


「いえ、ありませんね」


 アントワーヌの即答にソンルグレは微笑んだ。


「何か良く知ってんだな、お前。それなら三日待たずにルクレール家に二人をかくまってしまうってわけにもいかないな。奴に怪しまれる」


「王都警護団の兄に頼んでそれとなく屋敷周りを見張る人員を数名派遣してもらいましょうか?」


「それは可能でしょうか?」


「王命により三日後にガサ入れすることが警護団に知らされるのはいつになるだろうな? 明日ぐらいには行くだろうな、きっと」


「私は早速兄に知らせます」


「私はフロレンス様にくれぐれも気を付けるように文を書きます。我が屋敷の護衛も送り込みましょう」


 そして三人は会議室を後にした。アントワーヌはまだまだ油断できないと、気を引き締めた。執務室近くの誰も居ない小部屋からサブレを呼び、フロレンスへの文を託した。


 ドウジュは数日前にラングロワ領に発っており、まだ帰ってきていない。アントワーヌは仕事で夕方まで王宮を抜けられなかった。しばらくしてサブレが王宮に戻ってきた。フロレンスからの返事とコライユからの連絡もあった。


『アントワーヌ、気を付けます。あと三日だけの辛抱なのですね、夢のようだわ。ありがとう』


 フロレンスは急いでこの返事をしたためたようである。コライユによるとドウジュはラングロワを見張って未だ領地に居るとのことだった。今の所向こうでは何の動きもないらしい。



***ひとこと***

遂にやりました! 離縁も三日後には成立、ラングロワ家は断絶となるでしょう!


余談ですが、前回と今回で述べられている1019年のヴァリエールの戦とはビアンカの実家ボション領の隣で起こった戦で、クロードも魔術師団の一員として出陣していました。そこで当時10歳のビアンカがクロードの存在を感じ、王都に出る決意を固めることとなったのですね。

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