第三十五話 俎板の鯉

 告発当日がやって来た。集まった貴族院の面々はソンルグレ侯爵が何のために議会を招集したのか、不思議がっている様子だった。しかも名も無き文官のアントワーヌとクリストフも名を連ねているのだ。クリストフに最初連名を頼んだ時には彼は辞退しかけたが、結局彼も連名に了承してくれた。


「アントワーヌ、君が全部発言しろよ。僕はただ手伝っただけだから」


「いいえ、クリストフさん。国庫の書類の細かい数字は貴方にお願いしたいです」


「うーん、君がそこまで言うならさ……」


 クリストフはあまり欲がない。結局発言したのはほとんどアントワーヌで、クリストフが一部担当することになった。


「ジジイどもがイチャモンつけ出したら俺が黙らせてやるぞ、任せておけ」


 そう言っていたソンルグレは座って聞いているだけで済んだ。先日からアントワーヌも気になっていたが、貴族院の錚々そうそうたる面々をジジイ呼ばわりとはソンルグレも容赦ない。




 ふたを開けてみると予想通り、アントワーヌが最初に述べたラングロワ領のケシ栽培、加工と麻薬密売についてはその場に居た貴族院の全員が懐疑的であった。


「確かに、私がお見せしたものは決定的な証拠としては不足です。現地に調査のための兵を送り込む以外に手はありません」


「侯爵家相手に証拠も無いのに兵は動かせないに決まっているだろう。君たちはこんなことのために私たちを呼び出したのかね?」


 事なかれ主義の貴族院の面々の気持ちも良く分かる。


「いいえ。皆さまにご報告するのはこれだけではございません。次はこちらをご覧ください」


 アントワーヌがラングロワ家の金庫に隠されていた国庫の書類を取り出している時に会議室の扉が叩かれることもなく開き、一人の人物が入ってきた。何と、サンレオナール国王その人だった。


「陛下!」


「何故こちらに?」


 貴族院の面々が動揺する中、彼は空いている席に座って口を開いた。


「静かに。ペルティエ文官、続けて」


「しかし、陛下……」


「私がこの議会を聴けない理由があるのかな?」


「い、いえ……」


 アントワーヌは心の中で感謝した。これはきっと王妃が進言してくれたに違いない。フロレンスが昔国王について教えてくれたことがあった。


『陛下はとても心の広いお優しい方で、そして実はお姉さまに頭が上がらないのよ。家族しかいない時にはお姉さまは陛下のことをゲイブと愛称で呼んでいらっしゃるわ』


 アントワーヌは国王の姿をこんな間近で拝見することは初めてだった。この威厳あるお方が王妃に頭が上がらないとは……あの王妃のことだ、何だか信じられる気がした。アントワーヌは気を引き締める。


「こちらの国庫予算の書類は日付は1018年から1020年の間のものです。王宮外の意外な場所に隠蔽されておりました。そしてこの書類が本来あるべき国庫の書架には偽造されたものが保存されておりました」


 今度は一同別の意味でざわめき出した。


「この本物の書類がラングロワ家の金庫に保管されていたことを証言するラングロワ侯爵夫人の私署証書がこちらです。ルクレール侯爵夫人のものもあります」


「侯爵夫人は自分の夫を告発するのか?」


「何ということだ……」


 アントワーヌは続けた。


「国庫の方にすり替えられていた書類は、こちらのサヴァン次官が国庫院副長官を証人として持ち出してきております。こちらは今朝国庫を出てから封がされたまま開けられておりません」


 ソンルグレの協力がなければ書類持ち出しなど許可されなかっただろう。


「ここからはサヴァン次官が二組の書類の細かい差額などについてご説明致します」


 クリストフは立ち上がり、分厚い封筒を一同に見せた。


「この書類が今朝まで国庫にあったと証明するために、どなたか封を開けて下さいますか?」


「私が開けよう」


 国王自ら手を差し出し、封筒を受け取った。封筒の表には国庫副長官の署名に、裏の封には割印がされている。国王は小刀で封筒を開け、中から書類を取り出してペラペラとめくって見た。


「うまく偽造してあるな」


「何ですと!?」


「本当に偽物なのですか、陛下?」


 クリストフは国王から書類を渡され、二組の書類とその時期のラングロワ名義口座の残高について説明し始めた。


「このように、消えた差額を合計いたしますと金貨五百枚を超える高額になります。そして書類の日付はガスパー・ラングロワ侯爵が国庫院に所属していた時期と完全に重なっています」


「そもそもお前達はどうしてこれが偽装書類だと見破った?」


 貴族院の一人が聞いた。


「過去の資料を参考のために閲覧しておりましたところ、自分が覚書をするための筆の墨をうっかりこぼしてしまったのです。そして書類の一枚に染みを作ってしまいました。こちらの頁です」


 クリストフは該当する場所を取り出して見せた。


「先程私が見たのもその染みだ」


 国庫の書類は一旦国庫院長官の署名がされると高級魔術師が特別に魔術で加工する。液体もはじき、破れもせず、火にくべても燃えなくなるのである。


 だからクリストフは最初墨をこぼした時に国庫の書類を汚してしまったと慌てたが、よく考えると本物なら墨の染みが出来るはずもない。ラングロワも書類を偽造したのはいいが、すり替えた後に本物を処分できず、ずっと屋敷に隠しておかなければならなかったのだ。


「しかしだな、いくら書類を偽造したからと言って国庫の予算を金貨五百枚もどう自分の懐にしまい込む? 国庫院の他の職員の目だって節穴ではない。それに領地税を支払った方の貴族側にも領収書等残るだろうが」


「それは私も疑問でした。しかし、ラングロワ国庫在職中の三年間に渡り領地税の額面が改ざんがされているベダール侯爵家、ラドゥサール伯爵家にメンヴィル伯爵家はラングロワ家とは懇意にしている家ばかりです」


「もしかして奴らまで抱え込んでいて、見返りでも与えたか?」


「可能性大です。その上、当時王国の情勢は特に不安定でヴァリエールの戦やその他小競り合いが他国との間に頻発しておりました。度重なる出兵により、王宮全体が人手不足で国庫院も例外ではなく職員数も今現在の半分でした」


「私が即位する少し前のことだな。よく覚えているよ、王宮内の雰囲気も今とは全く違って暗澹あんたんと無秩序に支配されていたようだった。どさくさに紛れて国庫の金を自分の懐に入れるのもそう難儀なことではなかったろう」


「陛下、お言葉ですが、書類の偽造にすり替え、横領がラングロワ侯爵の仕業と決まったわけではございませんぞ」


「しかし彼は限りなく黒に近いよな」


 国王はそう発言した貴族院の一員をジロリと睨んだ。あくまでもラングロワの悪行を認めないのがまだ数人居るようだった。



***ひとこと***

国王陛下登場です。シリーズ作今まであまり出番がなく、王妃さまの尻に敷かれているという印象しかなかった彼です。シリーズ最終作で花を持たせてみました。

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