第三十四話 鬼に金棒

 ソンルグレは大きく息を吐いた。


「それでアントワーヌ、お前は俺にラングロワに対する訴えを起こしてほしいわけ?」


「はい。その前にあと一件揃えたい材料があります。11年前の1019年、グスタヴ・オージェがケシ栽培のとがで逮捕されました。当時の密告者の名前が貴族院の記録に残っていないかどうか調べて頂きたいのです。私の身分では貴族院には入れないので」


「お前はその密告者もラングロワだと思っているのか?」


「はい。それから、捕えられた後グスタヴは獄中自殺をしていますが、本当に自殺だったのか、それも騎士団に記録が残っていなくて不審です」


「殺された? 口封じか何かのために?」


「その可能性は大きいですよね」


「おいおい、去年セルジュ・オージェが起こした王太子襲撃事件にも関わってくるじゃないか。主犯の彼はグスタヴの父親だろ。参ったな、こりゃ」


 ソンルグレはアントワーヌに聞かされた事柄を全て上手く飲み込めない。蒸留酒を再び口に含んだ。


「しかし、これだけの証拠があれば、貴族院への告訴は俺じゃなくてもアントワーヌ、お前一人で出来るだろう? 俺が手柄を横取りするかもしれないぞ? そうしたらお前は大出世の機会をみすみす見逃すことになる」


「ソンルグレ副長官、私の目的は自分の出世ではなく、ラングロワに長年苦しめられてきた人々を解放することです。その中には私が愛してやまない人もいます。ですから、この件は男爵家出身の私のような人間が一人で訴えて、貴族院の面々にひょっともみ消されるわけにはいかないのです」


 アントワーヌは必死だった。自分がラングロワ侯爵夫人に横恋慕しているだけと思われただろうか。


「貴族院の役員にはラングロワ家と昔から交流があって親しくしている方々もおられます。ですから貴族院とやり合える、高い身分で信頼できる方を探しておりました。副長官、貴方以外には考えられません。私はこれだけのために何年も費やしてきたのです。全てを水の泡には出来ません」


 アントワーヌの訴えにソンルグレは難しい顔で耳を傾けていた。


「分かったよ、アントワーヌ。ただし俺とお前の連名にするぞ。それから、貴族院のジジイどもにはお前が陳述しろ。俺はあくまで補佐役と証人だ、奴らがゴタゴタ言い出して揉み消そうとしたら俺の椅子にかけても阻止してやる」


「ありがとうございます、副長官。連名にするのでしたらクリストフ・サヴァンさんも入れていいですか? 国庫の偽書類を調べるのを協力してくれたのは彼なのです。それに各主要銀行にラングロワが隠し口座を持っていないかどうか調べてくれたのも彼です」


「ああ、国庫のサヴァン君か。お前も強力な味方をつけたもんだなぁ。ところでこの件を暴くのに数年費やしたって、お前就職してまだ一年半くらいじゃないか。学院時代からずっとラングロワのこと追っていたのか?」


「ええ、そうですね。もう六年ちょっとになります」


 ソンルグレは感心して目を大きく見開いた。


「そうか、十代半ばの遊びたい盛りにそこまでして……よし、俺も協力は惜しまないぞ。明日にでもグスタヴ・オージェの件を調べてみるとするよ。さあ食欲が激減するような話を聞いた後だけど食事にするか。ロレインも待っていることだし」




 ソンルグレ夫妻と三人でする食事は純粋に楽しいものだった。夫人は侍臣養成学院で教鞭を取っている。生徒は主に平民だが、経済的に貴族学院に通えない貴族の子女もちらほらと居るらしい。


「私たちは結局子供に恵まれなかったから、生徒たちが子供みたいなものね」


 夫人は侍臣養成学院で王宮や貴族の屋敷に就職予定の生徒たちに礼儀作法などを教えている。ビアンカとアメリもこの侍臣養成学院出身だと聞いていたので夫人に尋ねてみると、彼女たちのことは良く覚えているとのことだった。


「二人共立派な侍女になられて、教師冥利につきますわ。ビアンカさまは王宮侍女になられたからこそテネーブル公爵にお会いになれて、今の道に進むことが出来たのですものね」


 夫人は王太子襲撃事件のことにも触れた。


「アメリさんが事件に巻き込まれた時は心を痛めましたけど、殿下をお守りになられたと聞いて彼女らしいと思わずにはいられませんでした。良いご縁に恵まれて、復職もされて何よりだわ」


 アントワーヌは再びペルティエ領の両親のことを考えた。一日、二日でもいいから顔を見せに帰ろうと思った。




 その夜アントワーヌが帰宅した後、ロレインは夫に言った。


「貴方がお話して下さった通りの、感じの良いしっかりした若者ですわね」


「あんな息子なら欲しいと思うって言った通りだったろ?」


「ええ。貴方のお眼鏡にかなったくらいですものね。失礼かと思って尋ねませんでしたが、恋人か婚約者はいらっしゃるのかしら? 聞きたくてうずうずしておりましたのよ」


「長い間ずっと想っている人がいるらしいよ」


「そうでしたの。誰もいらっしゃらないのでしたら、どなたか紹介して差し上げようと思いましたのに。余計なお世話でしたか。お相手はどちらのお嬢さまなのかしら?」


「まあそのうち分かるさ」


「あら秘密なのですか? さぞかし素敵なお嬢さまなのでしょうね」




 ソンルグレの行動は流石に迅速だった。翌日の昼には既に貴族院と王宮内牢獄の資料を手にしていた。アントワーヌは彼からの小さなメモをこっそり受け取り、小会議室に呼び出されていた。


「いやあまり俺が君と一緒に何かしていると、また君がやっかまれるかと思ってね」


「お気遣い、ありがとうございます。助かります」


 アントワーヌはソンルグレから渡された書類に目を通した。


「やっぱり……私の思っていた通りでした。お陰様で奴を告発する全ての材料が揃いました」


「貴族院はいつ招集できる?」


「私はいつでも構いません。書類の準備も万端ですし。クリストフさんにも聞いてみます。あとは貴族院の面々のご都合次第ですね」


「あのジジイどもならどうせ暇を持て余しているさ。会議などいつでも開ける」




 結局クリストフの了承も得て、ソンルグレ副長官は貴族院をすぐに招集してくれた。王妃を始め、クロードやリュックなど協力してくれた人々には告発する旨をとりあえず報告しておいた。


 アントワーヌは当日、準備に抜かりはなく、万全の体勢で決戦に臨んだ。その上、彼には思ってもみなかったこれ以上ない強力な味方までついたのだった。ラングロワがフロレンスを今までどのように扱ってきたかを考えると当然のことだった。



***ひとこと***

遂に、苦節六年余り、ラングロワの悪事が公の場で晒されることになります!

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