告発
第三十三話 求めよさらば与えられん
アントワーヌ所属の財政院の上司、ギレン・ソンルグレ副長官は部下を平等に扱う人である。ずっと彼の下で働いてきたアントワーヌは、誰も見下すことも特別扱いすることもなく信頼できる人間だと確信していた。それにソンルグレは侯爵位も持っている。
アントワーヌは念頭に置いている件に協力を請うのは彼以外に適切な人物はないと、前々から目星を付けていた。それは身分も地位も十分高い人物でないと出来ないことだった。
周りに人が居ない時を狙って彼はソンルグレに声を掛ける。
「副長官、失礼ですが仕事の後に少々お時間を頂けますか? ご相談したいことがあるのです。今日でなくてもご都合のよろしい日で結構ですので」
「いいよ。今晩我が家に来るか? 夕食を食べて行けよ」
「えっ、ありがとうございます。御迷惑でなければお言葉に甘えてお邪魔いたします。お見せするものがあるので、一度帰宅してから伺って宜しいですか?」
「ああ。待ってるよ」
まさか自宅に呼ばれるとは思ってもみなかったアントワーヌである。その日は仕事を定時で終え、別宅に寄り、そこで必要なものを全て揃えてからソンルグレ家へ向かった。
応接間に通されたアントワーヌを迎えたのはロレイン・ソンルグレ侯爵夫人だった。夫妻には子供はいないが、夫婦は結婚して二十年近く経っても仲睦まじいとドウジュの調べで聞いていた。侯爵位は親戚の誰かに譲るという話が出ていたが、これと言って近い親戚にも適任者は居ないらしい。ソンルグレ侯爵家は彼の代で終わるのでは、というのが貴族間での噂だという。
夫人は小柄な上品で優しい感じの女性だった。
「ギレンはすぐに下りて参りますわ。お茶かお酒、何かお飲みになりますか?」
アントワーヌはお茶を頼んだ。彼女から受ける感じは違うが、自分の母親を思い出してしまった。王都に出てきて以来、ろくに帰省もしていないアントワーヌだった。両親が王都に出てくることの方が多かった。時間を作ってたまにはペルティエ領にも帰らないとな、ドウジュ達もゆっくり里に帰りたいだろうな、と思った。
「私の顔に何かついておりますでしょうか?」
「あ、申し訳ありません。侯爵夫人の雰囲気が、何となく領地の母親に似ていたので家族のことを思い出してしまいました。比べるのも失礼に当たりましょうけど」
「御両親はずっと領地にいらっしゃるのですか?」
「はい。私と兄が学院入学で上京して来たのです」
アントワーヌの兄は卒業後、領地に戻って父親を手伝っている。
「お母さまはご子息を王都に送り出されてさぞお寂しいでしょうね」
そこへお茶を持った侍女がやってきた。そしてアントワーヌが家族や領地のことなどを夫人と話しているところにソンルグレが入ってきた。
「やあ。お待たせしてすまない。さあ、お前の話を先に聞こうか、それとも食事を先にするかな? 食べながら出来る話かな?」
「お見せしたい書類が色々とございますので、ここで先にお話し致します」
「それでは私は退散いたしますわ。ギレン、貴方お飲み物はよろしいですか?」
「いや、私はいいよ。ありがとう」
「ここに書類を広げるのでしたら、茶器は片付けた方がいいですね」
「すまないね、ロレイン」
何と夫人は自ら茶器や茶菓子のお皿をお盆に乗せ、それを持って去っていった。
「さて、お前の話の内容は仕事に関するものかな? どういった性質のものだね?」
「財政院の仕事には関係ありません。実は私、以前からずっとある人物について調べておりました。先日その人物が働いた不正を暴いたのです。副長官にその不正を貴族院会に告発していただきたいと思い、ご相談したわけなのです」
「不正ってどんな?」
「まずこちらをご覧下さい。国庫院の書類です。王宮外のある場所に
ソンルグレは一通り目を通した。
「これがある場所に隠されていて、お前が国庫から持ち出したのでないなら、国庫に今保管されている書類はなんだ?」
「偽造です。国庫で調べていた時に偶然偽物だと発見しました」
「俺、さっき飲み物要らないって言ったけど、やっぱり強い酒が欲しくなってきた。しらふじゃ聞けないような重い話だ、全く」
「どうぞ、何でもお飲みになって下さい」
「じゃあ失礼するよ」
ソンルグレは蒸留酒をグラスに注いで口をつけた。
フロレンスとアントワーヌはこの書類を金庫で発見した後、一緒に発見した通帳以外にもラングロワが銀行口座を持っていないかどうか密かに探っていた。クリストフやステファンの助けも借り、王都にある銀行全てを当たってみたが彼は他の口座は王都以外で持っているようだった。
本物の書類とクリストフが几帳面に当該偽書類の数字を写してきてくれているのと、金庫にあった二冊の通帳の額面をつき合わせても金額が一致するわけではなかった。現金でそのまま使い込んだか、他の口座に分散させられているとも考えられる。
「この二冊の口座名義はガスパー・ラングロワ侯爵だけど、彼が黒幕なんだな?」
「はい。こちらもご覧下さい。彼は国庫を退職した9年前から領地に引きこもって本格的にケシ栽培を始めております」
アントワーヌはケシ栽培、加工、販売の記録をソンルグレに見せた。加工した麻薬は王都ではなく、ラングロワ領よりさらに南の町で取引されていたのだ。
「こちらは私の調査員がまとめたもので、決定的な証拠にはなりません。しかし現地に王宮の兵なり、辺境騎士団なりを送り込んで調べればすぐに露見することです」
「おいおい、ちょっとお前どえらいことに首を突っ込んでいるじゃないか」
ソンルグレはまた蒸留酒を口に含まずにはいられなかった。
***ひとこと***
アントワーヌ君、今度は上司を味方につけます。ソンルグレ氏はアントワーヌ君が就職した時から雑用を押し付けられているのを陰ながら気にしていました。
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