第二十四話 恋は盲目

注!:少々のBL要素を含みます。ご注意下さい。


******



 ドウジュはアントワーヌに頼まれ、しばらくアナの身の周りを警戒することになった。彼女の安全の為である。アナが王都で居候している彼女の伯父宅と婚約者ジェレミー・ルクレールの屋敷の使用人も全て調べ上げた。今までの彼の経験からすれば何の面倒も問題もなさそうで、この任務は朝飯前だと高をくくっていたドウジュだった。


(あの薬物中毒の極悪暴力ヤローに探りを入れるのなんかよりずっと気が楽だぜ)


 そして時々アナを見張ってつけているのだが、ドウジュともあろう経験を積んだ間者が時々彼女を見失ってしまうのである。それも街中の人混みでかれるのではない。つい先程まで屋敷に居たのにいつの間にかアナが消え、行方がさっぱり分からなくなるといった感じだった。大抵夕方から深夜にかけてのことが多かった。


 アナがドウジュの存在に気付いて逃げているのではない、ただ一瞬にして気配が消えて居なくなってしまうのである。ドウジュは何が何だか分からず、少々焦りも感じ始めた。


(クソッ、何てことだ……俺が見失った隙にアナ様にもし何かあったら、若に会わせる顔がねぇ)




 ある夜、隠れ家でドウジュは既に眠りにつきかけていた時のことだった。家の前に馬車の泊まる音がした。繁華街も近い隠れ家は夜でも人通りはそこそこあるが、玄関前に馬車が止まることなどまずない。隠れ家なので訪問者など居ようはずもない。


 暗闇の中からそっと表を覗いた彼は、薄暗い街灯の明かりでその馬車が貴族のものであることを認めた。立派な紋章が入った馬車である。そしてその馬車から降りてきた人物を見てドウジュは一瞬目を疑った。なんとジェレミーだった。


 そしてジェレミーは馬車の中を振り返り、中にいるもう一人に手を差し伸べる。そして彼の手を取ったその人物が降りてきた。小柄な少年だった。歳は十代後半くらいだろうか。そして再びドウジュは目を疑うことになる。


 少年がまだ足踏みから地面に下りるよりも前に、ジェレミーが彼を引き寄せ唇にキスをしたのである。少年はジェレミーの胸を押して抵抗を試みているようにも見えた。その数秒の間、ドウジュは思わず瞬きを繰り返していた。ジェレミーが少年を離すと、彼は案の定顔が真っ赤になっていた。二人は一言二言何か話した後、少年が隠れ家の玄関の扉に向かって走ってくる。


「お休みなさいっ! ありがとうございました!」


 そしてその少年は内側からしっかり錠が掛かっている扉を何故か開け、隠れ家に入って来たのである。ジェレミーは彼をニヤニヤしながら見届けた後、馬車を出発させて去って行った。すぐさま急いで階下に下りたドウジュは少年の気配が全く消えていたのに唖然とする。


(居なくなった……錠も中からまた掛けらているし、一体どうやって?)


 ドウジュは何かが腑に落ちず引っかかった。


(これって不法侵入だけど、まあ見逃してやるか。って言うか逃げられたんだけどさ)


 とりあえず寝ようと二階に戻りながら彼は声に出してボヤかずにはいられなかった。


「何か俺、見てはいけないものを目撃しちまった……見たくもなかったというか……今晩うなされそうだぜ……どうしてくれんだよ!」




 思った通り、中々寝付けなかったドウジュである。そこで今まで見たことを頭の中で順に整理することにした。


 まず、どうしてジェレミーと少年が隠れ家まで来たのだろうか。ジェレミーの前で少年はまるでここに住んでいるかのように振る舞っていた。この隠れ家の存在は数人しか知らない筈である。名前だけの所有者であるステファンの友人に、保証人のステファン、アントワーヌ、ドウジュにコライユである。


 鳩のサブレも知っていると言えば知っている。が、サブレから情報がビアンカ以外に漏れるという可能性もまずない。


  フロレンスも知っているに違いない。アントワーヌはフロレンスとの間にドウジュのこと以外、秘密を作っていないからだ。それも、彼女はドウジュの名前を知らないだけでアントワーヌには諜報員がいるということまで把握している。しかしフロレンスがこの隠れ家のことを兄のジェレミーに伝えているとも考えられない。


 それにもしこの家がアントワーヌのものだとジェレミーが知っているとしたら、少年を送って来るはずはない。何らかの理由で、あの少年はこの家に住んでいるとジェレミーに思わせたいのだろう。


 そこでドウジュはハッと気付いた。もう一人、この家のことを知っている人間が居た。アントワーヌに先日招かれていたではないか。


「もう少しで全ての謎がすっきりと解明できそうなんだけどよぉ……ああ、もう気になる!」


 ドウジュはついに寝台から起き上がり、紙とペンを取りだして疑問点を逐一書き出してみることにした。ふと、アナの伯父宅の使用人を調べていた時にも一人怪しい人間が居たのを思い出した。屋敷の人間でも御用聞きの商人でもない少年が、勝手口から時々出入りしているのである。その彼も丁度先程の少年のような年格好だったと考え、そこで閃いた。


「もしかして……やっぱそうだよな……ハハハ、ジェレミー・ルクレール中佐さんとその恋人?の美少年さんよ、しばらくアンタらのことも確認の為に見張らせてもらうぜ。何か楽しくなりそうだぜ、これは」




 少々寝付けない夜を過ごした割には気分良く朝を迎えられたドウジュだった。そして午後になると早速目当ての場所に出かけた。


 ドウジュの予想はことごとく当たっていた。先日隠れ家に不法侵入してきた少年はニッキー・ルヴェンという名で、ジェレミーが良く行く飲み屋でピアノ弾きとして働いている。




 一度のみならず、ジェレミーはニッキー少年を時々夜中に送ってくるようになった。そして二人は別れ際に必ず馬車の中や外でキスをする。


(毎回毎回、人んちの前でベタベタしてんじゃねぇよ……全くもう……)


 送ってもらう度にニッキーは錠を開け家の中に入り、ジェレミーが去るのを待ってから消えていた。もうドウジュも目をつむることにしている。


(ニッキーさんよ、キスだけで済むうちに止めとけよ。深入りして面倒なことになる前にさ。全く、危なっかしくてこっちの方がハラハラさせられるじゃねぇか! それにしても、これが魔法ってのか? 便利なものだな。いつも錠を開けられちまうし、一瞬にして消えるし……)



***ひとこと***

前作「奥様」の「第二十四条 送り狼」でドウジュの目が捉えた決定的瞬間でした!

彼は自力でニッキーの秘密を解き明かしています。さすがアントワーヌ君の片腕ですね。

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