第二十二話 縁は異なもの味なもの
王都も随分と暖かくなり、アメリが南部から王都に戻ってきた。怪我はまだ完全に治ってなく、まだしばらくは侍女の仕事は休職するようだった。
『休職中のアメリさんが時々屋敷へ私の話相手として来てくださいます。最初はお姉さまに頼まれたのですって。色々楽しいお話を聞かせてもらっているのですよ。最初は彼女もためらっていましたけど、子供の頃に苦労されたことも少し話してくださいました。私を心配してくれてアメリさんを遣わしてくれたお姉さまに感謝するわ』
フロレンスからアントワーヌにそんな文が来た。アメリは父親が平民なのでフロレンスとは全く違う境遇で育ったのである。そんなアメリの話を聞くのは楽しいし視野が広がったようだ。
彼女は特にアメリが昔世話になった孤児院の話に興味を持ったらしい。親から暴力を振るわれたり無理やり重労働をさせられたりする子供を時々孤児院で
『そのような受け皿が地域にあるということは存じませんでした。私のような貴族の家庭の者は体面があって教会や孤児院には駆け込めませんけれど。私もささやかな額ですが孤児院に匿名で寄付させていただきました』
フロレンスも暴力的な夫を持ったばかりに、人には言えない苦労を強いられている。そのアメリの話がきっかけで、行き場を失った被害者などの駆け込み保護施設の設立をフロレンスは考えるようになっていた。
結婚後、僅かな額から始めた投資も少しずつ実を結び、彼女の個人資産はかなりの額になっている。しかし、ラングロワに相談するわけにはいかないのは良く分かっていた。妻の資産は夫婦のものだと取り上げられるのがおちである。
フロレンスは夫に内緒で資金援助だけして、施設の設立や運営を誰かに託すことも考え始める。それでもいつか将来、出来れば自ら事業を起こして一人でも多くの苦しんでいる被害者を助けたい、というのが彼女の夢だった。
さて、王都に帰ってきたアメリは晴れてリュックとの婚約が成立、二人から結婚式で付添人を務めてくれないかと打診されたアントワーヌは丁重に断った。花嫁側の付添人が誰になるのか分からないし、あまり興味がなかったのだ。
二人には結婚を祝いたい気持ちは変わらないので、ただの招待客で十分ですと伝えた。未婚の男女が務めるのが習わしの結婚式での付添人は、大抵婚約者同士か将来を誓い合った二人に声が掛かる。
昨年のビアンカとクロードの結婚式のようにジェレミーとアメリという全然関係ない二人が務めることは稀だ。アントワーヌは誰かと組みたいとも思わなかった。リュックには『まあ、お前の気持ちも分かるよ』と納得された。
そして二人の婚約披露の晩餐会に出席したアントワーヌは晩餐前にリュックの弟クリストフと話していた。そこでアナに声を掛けられる。アメリも一緒だった。
「あの、お話し中失礼いたします。アントワーヌさんも今日こちらへ呼ばれていたのですね」
「はい、アナさんはもしかして婚約者の方とご一緒ですか?」
「ええ」
「ちぇっ、可愛い子に限って売約済みなんだよなぁ……」
クリストフはブツブツ言いながら去って行った。
「彼、兄上のリュックさんがあまりに幸せそうだから羨ましいのですよ」
「まぁ……私、先日実家のボルデュック領から戻ってまいりました。ステファンさんを紹介していただいて、お礼のしようもありません。とても頼りになる方ですわ。彼のお陰で色々改善されました」
「良かったですね。それにアナさん、以前に増してお綺麗になりました」
「ありがとうございます。婚約者の方に、私にはもったいないほどのドレスやアクセサリーを買っていただいたのです。私のいつものみすぼらしいなりで向こうの家に恥をかかせるわけには参りませんもの」
アナはそう言ったが、アントワーヌは彼女の美しさはドレスや装飾品のお陰ではないと思った。急に決まったアナの婚約だが、彼女は婚約者を深く愛しているのが分かった。
「それにしても何だか想像できないわ、あまり。ジェレミーさまって貴女と一緒の時も仏頂面で時々意地悪を言ったりするの?」
「外でのルクレールさまと変わらないと思いますけど……」
そのアメリとアナのやり取りにアントワーヌは一瞬耳を疑った。
「え、アナさんのお相手って……」
「そう、あのジェレミー・ルクレールさまよ!」
「ええ? あ、そうだったのですか」
「ね、アントワーヌ、びっくりしたでしょう? 私もついさっき知ったばかりなのよ!」
アメリまで、ニコニコと言うよりニヤニヤしている。アメリはリュックから事情を聞いているのだろうが、アナの方はフロレンスとアントワーヌのことをまだ知らないようだった。
そう言えば先日フロレンスから文が来ていた。
『あの兄が婚約したと姉から聞いたのですけど、どうしても信じられません。今度姉と一緒にその婚約者の方とお会いすることになっています』
その時にはアントワーヌもあのジェレミーも遂に年貢を納めることになったのだなと軽く考えていただけだった。彼の相手がアナだとは……その後食事中二人が並んで座っている所を見ても何だかしっくりこない。
どうしてジェレミーがアナを選んだのかが、全く失礼で余計なおせっかいだが、不思議だった。二人には何の接点もないように思えた。しかし、よくよく考えてみると案外合っているのかもしれない。
ジェレミーは女嫌いで有名で、言い寄って来る女性ファンの相手はまずしないらしいが、アナはそんな女性達とは正反対のタイプだろう。横暴でハチャメチャなジェレミーも、アナの様な落ち着いた女性ならうまく操れるのかもしれない。彼も悪人ではないし、結婚して一旦家庭に収まれば多分良い夫になる、とアナの為にも願いたい。
アナのことを放っておけないというあの時の勘もあながち外れではなかったな、とアントワーヌは思った。何にせよ、アナの家が援助を受けて再建に向かうことは本当に良かった。しかし、ルクレール家に将来嫁ぐアナとももう表立って会うのは避けた方がいいだろうと彼は考える。
慎重すぎるのかもしれないが、敵に対して用心しすぎることは決してない。アントワーヌはラングロワ家のことを探っていることは絶対に知られるわけにはいかないのだ。向こうが警戒して不正取引等の証拠を
食事の後、アントワーヌは再びアナと話す機会があった。彼女は領地のことや、ステファンのこと、そして経済的に無理で諦めていた貴族学院魔術科への編入のことなどを彼に話してくれた。それにしても肝心の婚約者はアナのことを放ったらかして何をやっているのだろうか、少々不審に思うアントワーヌだった。
そこへやっとジェレミーがやってきた。そろそろ帰宅するらしい。アントワーヌがアナと一緒に居ることに不快感を覚えたのだろう、それが顔に出ていた。
「これはこれはルクレール中佐、ご婚約おめでとうございます。アナさんみたいな素敵な女性を射止めるなんて運がいいですね」
半分嫌味を込めずにいられなかったアントワーヌだった。こんな可愛らしい彼女を一人にしてジェレミーは何をしていたのだ。
「お前は相変わらず胡散臭いな、その歳で」
「褒め言葉と受け取っておきますよ。ではアナさん、またいつでも何かありましたら相談に乗りますからね」
「ありがとう、アントワーヌ」
そしてアントワーヌは無邪気にニッコリ笑い、アナの手の甲に軽く口付けた。普段なら彼は女性に対してそんなことは絶対しない。そしてその場を去った。
「フン、嫌味な奴」
ジェレミーの声が背後から聞こえてきた。
***ひとこと***
前作「奥様」の「第十七条 晩餐会」「第十八条 公爵夫妻」にあたります。
アントワーヌ君、アナが将来フロレンスの義理の姉になることを知った回でした。困っているアナを放っておくなという彼の勘は正しかったのです。
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