第二十話 能ある鷹は爪を隠す

 アントワーヌはリュック・サヴァン中佐には他のつてで面会させてもらおうと考えていた。


 職場の大半から眼を付けられてねたまれていたアントワーヌだったが、親切な同僚も実は沢山居る。クリストフ・サヴァンもそのうちの一人だった。リュックの弟である。アントワーヌと彼は部署は違うが一度食堂で一緒に食事をしてから親しく話をするようになっていた。しかも彼は以前ラングロワが居た国庫院所属である。


「代々文官を出している家に生まれたものだから、他の選択肢は無くてね。うちの兄は異色で騎士になったけど。まあ僕は他に何の取り柄も無かったというか」


 クリストフはそう謙遜しているが、アントワーヌは彼が優秀なことは良く分かっていた。


「アントワーヌ、君も大変だね。やっかむ人間の気持ちも分かるけどさ。ああヤダヤダ、男の嫉妬は女のそれよりも醜いや」


 それに公明正大な人間でもあるようだった。アントワーヌはある日クリストフに聞いた。


「クリストフさん、お願いがあるのですが。お兄様のサヴァン中佐に会わせていただけませんか? お聞きしたいことがあるのです」


「うちの兄に何を聞きたいの?」


「中佐は王太子殿下襲撃事件を担当されていましたよね、その捜査や犯人についてです」


 クリストフが信頼できる人間と知っているので正直に言った。


「ふうん。何で君がそんな事を知りだがるのかな? でもとりあえず今は無理かな。詳しくは言えないけどさ、家庭の事情で……ちょっと揉めていてね、兄が結構荒れているんだよ」


 サヴァン伯爵夫妻がアメリに手切れ金を渡したことがリュックにバレたのかもしれないとアントワーヌは疑った。


「しばらく待ってよ、とにかく兄が落ち着かないことにはさ、今もう家庭崩壊の危機なんだ」


「そうですか、分かりました。ご家族のこと、うまくまとまるといいですね」




 その後しばらくして、アメリが手切れ金を全額寄付したことをリュックは突き止める。アントワーヌは王都銀行の担当者からその話を聞いた。


(この調子なら近いうちに大団円を迎えるね。そろそろサヴァン中佐に会わせてもらえるかなあ)


 アントワーヌがそう思っていたところ、クリストフの方から持ちかけてもらえた。軽い口約束をきちんと覚えてくれていたその律儀さに感心した。


「兄の気がやっと鎮まってね。両親とも和解したよ。だから今度兄に紹介できるよ」


「ありがとうございます、クリストフさん。お兄様のご都合の良い日にお宅に伺います」


「兄は明日の夕方でもいい、って言っていたけど。僕も同席していいかな? どうして君がそんなことに首を突っ込むのか少々興味があってね」


「もちろんです。貴方にも聞いて頂こうとこちらからお願いするつもりでした」


 正攻法で隠し事なく話を持っていくのが得策かな、とアントワーヌは考えていた。




 そして翌日、アントワーヌは仕事の後帰宅するクリストフと共にサヴァン家に向かった。リュック・サヴァン中佐は既に帰宅していて二人を応接室で待っていた。有名人の彼の噂は良く耳にしていたアントワーヌだが、こうして個人的に会うのはもちろん初めてである。


 剣の実力でも人気でもジェレミーといい勝負だというのが頷ける。長い金髪に青い瞳の美しい青年だった。見た目や噂ほどチャラい人間でないことはクリストフから少し聞いた感じだけでも分かる。それにジェレミーよりもずっとまともで性格も良さそうだ。


「私のためにお時間を割いていただき、ありがとうございます」


「で、君はどうしてあの事件のことが知りたいのかな? それからクリス、お前いつまでそこに居るんだよ?」


「いえ、クリストフさんにもお聞かせしたいことがありますし、彼も同席されたいとのことですから」


「ならいいけど」


「私、実はラングロワ侯爵のことを調べておりまして、先日たまたま彼が襲撃犯セルジュ・オージェの息子グスタヴと学院で同学年だったと気付いたのです。ですから今回の襲撃事件の発端となったグスタヴの自殺と何か大きな関わりがあるかと疑っているのです」


「へぇ。俺が次に何を聞くか分かってるよね?」


「はい。私の知り合いの方がラングロワ侯爵の身近にいらっしゃるのですね。その方がラングロワの金回りが良さに少々疑問を持っておられるのです。それに彼の態度が時々怪しい、とおっしゃるのです。外では人当たりの良い人間として振る舞っているのですが、屋敷内では豹変するそうです」




 リュックとクリストフは目配せをした。アントワーヌの知り合いとはフロレンスだと気付かれただろうか? それはそれでしょうがない。こちらの手札を見せなければ多分何も得られないだろう。


「それで私は不審に思い、うちの者にラングロワ領を見てくるように申し付けたのです。深い山々に囲まれており、中々大変でしたが、そこでケシが栽培されているということを突き止めました」


 二人の男性は息を呑んだ。


「今、確固たる証拠を集めているところなのです。ラングロワ家は明らかに領地の面積と土地の痩せ具合には不相応な羽振りの良さですから」


「ラングロワ侯爵は爵位を継ぐ前には国庫にいましたよね」


 クリストフは非常に察しがいい。


「そうなのです。私はひょっとして彼が国庫院時代に何かやらかしてないか、と思いクリストフさんにもお話を聞いて頂きたかったのです」


「え、国庫院に居た時に何か不正でもしたとか? だとしたらそれは大変なことだよ」


「事情は分かった。今回の事件は父親の方が起こした事件だし、息子はもう故人だから実はあまりそっちの方は調べていないんだよ。でも何か警護団にも記録が残っていないか見てみる。本当は駄目なんだけどさ」


「ラングロワ侯爵は王都の屋敷にはほとんど居ないので、王都で麻薬の売買をしているとは思えないのですけども……」


「警護団の管轄になるけどね、もし王都で違法の売買をしているならね。でも、侯爵家のガサ入れや家宅捜索なんて貴族院かそれ以上の命がないと出来ないよ」


「それは承知しています」


「とりあえず捜査記録を見てみよう。持ち出しは出来ないぞ」


「ありがとうございます。あの、私が色々嗅ぎまわっていることを他言しないで頂けますか?」


「分かっているよ。ラングロワに警戒されたくないんだろ?」


「ええ、その通りです。でも、王妃様にルクレール中佐、それにテネーブル公爵夫妻はご存知です。その、一応彼らには報告しておかないといけないかな、と思って」


「……そうだな」


 リュックとクリストフは顔を見合わせた。


「年末年始は人手不足で忙しくなりそうだし、その後は俺自身が休みを取ってっから、今すぐの方が都合いいんだ。明後日警護団に来られるか?」


「大丈夫です」


「僕は国庫の記録を見てみるけど、彼が在職中のものだけでも結構な量になるよね」


「クリストフさんもありがとうございます」


 アントワーヌが去った後、兄弟二人はボソッと漏らした。


「アントワーヌが言っていた、ラングロワの近くにいる人って……」


「彼が事情を話している面子からしても……ラングロワ侯爵夫人だろうなぁ……」


「ですよね……」


 そして二人共黙り込んでしまった。



***ひとこと***

サヴァン兄弟登場です。個人的には弟のクリストフ君を応援したいですね。白の君リュックや青の君アントワーヌが近くに居るためどうしても影が薄くなってしまう彼でした。

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