第十八話 彼を知り己を知れば百戦殆うからず

 秋になり、その日はビアンカとクロードの婚姻の儀が大聖堂でとり行われていた。


 アントワーヌは折角のクロードからの招待は断ったものの、結局敵の顔を見ておこうという理由でドウジュと共に大聖堂に行ったのだった。そして二人物陰から大勢の見物客に紛れて新郎新婦が出てくるのを待っていた。


 本当はフロレンスがラングロワと腕を組んだりしているのなど見たくもなかったアントワーヌである。同じ理由でフロレンスの結婚式には見物に行かなかったので、彼は未だにラングロの顔を知らないのだった。


 彼らが大聖堂前に着いた時は式の途中だった。正面入り口の前には式の後に公爵夫妻を乗せるための豪華な馬車が止まっている。人ごみの中アントワーヌは今か今かと待った。


 新郎新婦の二人が出てくると、大聖堂の屋根に止まっていたであろう白い鳩が一斉に飛び立った。ゆうに百羽は超えるだろう。白い鳩というだけであまり見ないのに、それが百羽あまり集まるという珍しい光景に皆が空を見上げた。


「あの鳩たちもサブレみたいにビアンカ様の友達なのかな?」


「そうかもしれませんね」


 ドウジュはアントワーヌに新郎新婦に続く人々の説明をする。


「ジェレミー・ルクレール中佐の隣は彼と共に付添人を務めたアメリ・デジャルダン嬢、新婦ビアンカ様の親友です。その後ろは新郎の両親である前テネーブル公爵夫妻、その隣はルクレール侯爵夫妻ですね。あ、後ろに奴がいます」


「うん、すぐ分かった。フロレンスの隣の不健康そうな面の奴だ」


 ここで彼女に駆け寄ってそのままさらって行けたらどんなにいいか……ラングロワは彼女の隣に夫として立てる自分がどんなに幸運な男かまるで分かっていない……そんな思いにアントワーヌは拳を握りしめ、歯ぎしりをした。


「ルクレール中佐にまだ殴られてはいないみたいですね。テネーブル公爵の雷攻撃も受けてなさそうです」


 アントワーヌの怒りを感じ取ったドウジュは何とも言えない思いで、おどけて何でもいいから気を逸らせるようなことを言ってみた。


「枕を高くして寝られるのももう少しだけだ、今に見ていろ。さ、行こうか、ドウジュ」




 フロレンスはアントワーヌと交換した魔法石の首飾りを今日のような首回りの大きく開いたドレスの時はポケットに入れていた。


 大聖堂から出てきた時に何だかその魔法石が暖かくなったような気がし、隣の夫に分からないようにそっと取り出してみると石は淡い光を放っていた。彼女がその石をギュッと握りしめると彼女の耳に優しい声がどこからともなく聞こえてきた。


『僕の愛しいフロレンス、今日も変わらずお綺麗ですね。おめでたい日なのですからもっと笑っていてください』


 驚いて周りを見回すが、彼の姿は見つけられなかった。夫のラングロワが隣に居ては人ごみの中、彼を探して回るような不審な行動も取れない。フロレンスはそっと魔法石に口付けて念じた。


『そこに居たのね、アントワーヌ。貴方の言う通りだわ、やっと幸せを掴んだビアンカさんとクロードを笑顔で祝ってあげないとね』




 その公爵夫妻の結婚式の次の週、国王一家は離宮に一週間滞在するために王都を発った。そこで王国中を震撼させる事件が起きたのである。


 王太子の一行が何者かの襲撃に遭い、幸い王太子は怪我も無く無事だったものの、彼をかばった侍女が大怪我を負ってしまう。前方から賊が攻めて来たので一行がそちらに気を取られている隙に、後方から怪しい魔術攻撃を受け王太子の馬車が破壊されたのだ。


 犯人たちはそこで退散したため未だに逃亡中であった。




 アントワーヌはドウジュに聞いた。


「国王一家に対する私怨かなあ。謀反だったら王太子じゃなくて国王を狙うよね。幼い子供を標的にするなんて、許せないよ」


「若、王太子を庇ったという侍女は先日公爵家の式で花嫁付添人を務めたアメリ・デジャルダン嬢です。覚えていらっしゃいますか?」


「うん。フロレンスから聞いたけど、そのアメリさんとジェレミー・ルクレール中佐を一緒に付添人にしたのは王妃さまの仕業だったって。それで彼女の想い人をあぶり出すとかなんとか……」


「何ですかそれは?」


「それでリュック・サヴァン中佐が彼女と仲良くしているルクレール中佐に嫉妬して、まんまとその王妃さまの策略にはまったのだって」


「ルクレール中佐もよくそんな道化の役回りを引き受けましたね」


「彼は王妃さまに逆らえないのだよ、きっと」


 王妃やジェレミーから聞いたそんな他愛無いことをフロレンスは時々アントワーヌに文で知らせているのだった。


「ところでそのサヴァン中佐は離宮に一人残った王太子の一行の警護の責任者でした」


「殿下は無事だったとは言え、なんかやりきれないよね」


 リュック・サヴァン中佐は正式な辞令が下りるよりも先に単身王都警護団に乗り込み、犯人逮捕のため昼夜駆けずり回っているらしい。


 アントワーヌはリュックの気持ちを考え、居たたまれなかった。彼は自分の愛する女性が大怪我を負うところを目の当たりにしたのである。しかもそれは彼女が彼と王太子を庇ったためだ。


 王太子は無事だったとは言え、自分を襲撃する人間がいるという事実を幼い子供がどう受け止めるのだろうか、アントワーヌは心配だった。彼はフロレンスの甥にあたるし、ルクレール家にとっては大事な家族である。




 ドウジュは数日後に色々と情報を仕入れてくる。アントワーヌも王宮で捜査状況など噂は聞いていた。


「王都警護団が王太子襲撃の犯人をほぼ確定しました。すぐに逮捕されることでしょう。主犯はセルジュ・オージェ元伯爵でした」


「彼の息子グスタヴ・オージェは領地でケシ栽培していて捕らえられた後、獄中自殺したよね。もう九年前くらいのことだけど。ラングロワと関係あるかもしれないね」


「息子グスタヴはラングロワと同じくらいの歳でしたね。調べてみます」



***ひとこと***

ビアンカとクロードの結婚式から王太子襲撃事件でした。この事件は少なからず今作にも絡んできます。

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