第十五話 壁に耳あり障子に目あり

「さあ、本題に入りましょうか。私たちに報告することって何ですか、アントワーヌ?」


「はい、王妃さま。ラングロワ領は山が多くて狭い上、土地もそう肥えてないのに羽振りは悪くないのですね。実はラングロワ侯爵は領地で隠れてケシを栽培しているのです」


「それは本当なのか? ケシ栽培は大罪だぞ」


 一同はしんと静まり返った。


「金の流れをどうしても把握したくてずっと調べていたのですが、先日やっとその事実を掴みました。ケシそのものは持ち帰りませんでしたが、こちらをご覧ください」


 ケシ畑の大体の大きさ、場所、栽培に関わる人間の記録等が記された書類だった。


「お前それをどうやって調べた?」


「我が家には優秀な調査員がおりますので」


「まあ、アントワーヌ貴方そこまで……」


「まだ婚約中のフロレンス様からラングロワに殴られたと聞いた日から、私は彼の化けの皮を剥がす為の確固とした『証拠』と『よっぽどのこと』を集めてやると心に誓いました。まだ十分な証拠は揃っておりません。ケシ栽培他、加工、麻薬製造、売買をしているかを引き続き調べております」


「ただの噂で王国から兵を送って立ち入り捜査するわけにもいかねぇし。ここはお前の調査員とやらに任せておくか。もっと人員や費用は居るか? 何かあったら協力は惜しまないぞ」


「もちろん私もよ。ねえ、アントワーヌ貴方今いくつだっけ?」


「十七歳です」


「しっかりしているのね。とても十七とは思えないわ」


「フロレンス様とは五歳もの歳の差の上に身分差までありますから、私はそれを縮めるために必死なのです」


「しかしどうしてお前、そこまでフロレンスにこだわる?」


 クロードが聞いた。


「どうしてでしょうか。初めて学院でお会いした時、フロレンス様は大輪の花のように咲き誇っておられました。路傍の雑草のような私になど目もくれるはずはないとも。しかし、彼女は私を気にかけ優しく声を掛けて下さいました」


 アントワーヌはその頃を懐かしく思い出した。


「次にお会いした時は私のことを信用して、秘密基地に入れて下さいました。移動魔法が使えることまで教えてくださいました」


「ちょっとぉ、私たちノロケを聞かされているだけじゃないの? 要するに両想いなのよね。フロレンスも同じような事を言っていたわ。貴方が十二、フロレンスが十七の時からなのよね」


「うちの母は、ビアンカの話を聞いて恋する乙女に年は関係ないと言っていたが、恋する少年も同じだな」


「ねえアントワーヌ、あの子に最後に会ったのはもしかして……」


「フロレンス様の学院卒業の時です。それ以降は文のやり取りしか」


「そう……人に怪しまれないように何とかして会わせてあげたいけど」


「秋の俺達の結婚式にフロレンスはラングロワと出席するぞ。お前も招待しようか?」


「……いえ。お気持ちは非常に有難いですが、私が何故テネーブル公爵家の婚姻に呼ばれるのか周りが疑問に思います。何処で誰が何を見聞きしているか分かりませんから。私がラングロワを調べていることは絶対に向こうに知られたくありません」


 フロレンスに一目だけでも会える、と実は少々心が揺らいだアントワーヌだった。


「それに、私も中佐と同じく、彼女の横に並ぶラングロワ侯爵の顔を見たら即殴りかかってしまいそうです」


「お前もっと鍛えないと逆に奴にやり返されっぞ」


「いや、その前に俺が黒雷を落として奴は黒こげになってる」


「ちょっと黙ってよ、そこの筋肉バカと魔法バカ! 切ないわね、アントワーヌ」


 そこで会はお開きになった。帰りにクロードはアントワーヌに提案した。


「これから魔術塔に少し寄って行かないか? ビアンカが何かお前の役に立つ魔術具や魔法石を見繕ってくれている」


「よろしいのですか?」


「お前みたいに危険度の低い男でもビアンカと二人っきりにさせるわけにはいかんし。どうせ俺は帰宅するビアンカを送って行くからな」


「あ、ありがとうございます」


 そしてアントワーヌはビアンカから魔術具と魔法石を譲り受けた。魔術具とは数年前クロードが教えてくれた、文の受取人にしか見えない魔法の墨だった。


「以前教授がおっしゃった墨ですね。今までお互い書いた文は直ぐに破って燃やしていたのです」


「そうね、特にフロレンスさまは文を保管しておけなかったわよね。この墨を使えばね、秘密の恋文でも廃棄しなくていいわよ」


 ビアンカはアントワーヌに微笑んだ。二瓶あるその墨はお互いの血を一滴だけ中に垂らして交換して使う。自分の血が混ざった墨で書かれた文字は自分以外の人間には見えないとのことだった。


 お守りとなる魔法石は紐を通して首に掛けて肌身離さず持っていると色々な効用があるらしい。


「この二つの魔法石は対になっているのよ。アントワーヌさんがこちらの石をしばらく見つめると貴方の瞳の色に変わります。それで、フロレンスさまにも同じようにしてもらって交換して持っておくのよ」


「この魔法石、良かったらもう一組頂けますか?」


 アントワーヌはドウジュ達がこれを受け取るかどうか疑問に思った。間者である彼らは魔術全般を敵対視しているかもしれないが、一応見せてみることにした。


「鳩のサブレにラングロワ家にも行くように教えましょう。侍女の方が動けない時には重宝すると思いますわ」


「何から何までありがとうございます。ビアンカさま」


「私たちにとってもフロレンスは大事な家族だからな。不幸から助け出してやりたいのは皆同じ気持ちだ」


「でもクロードさま、ラングロワ侯爵を黒雷で黒焦げにするのは控えて下さいね」


「怒りを抑えられる自信がない」


 三人は揃って苦笑した。




 ジェレミーから後日、調査費用の名目で小切手が送られてきたのにアントワーヌは目を見開いた。銀行口座に大金の流れの記録を残したくないからと丁重に辞退すると、ジェレミーはなんと翌日現金で金貨を送り付けてきた。


『今までフローのこと、心配って言いながら何もしてやってなかったからな。まあとりあえず今のところはこのくらいで、また何か必要だったら相談しろ。それにしてもお前警戒し過ぎじゃないのか、石橋ワタル君!』


 そんな文がついてきていたのには笑った。


「石橋を叩いて渡るような奴、って言いたい訳かな、お兄様は? 一応侯爵家の紋入りの馬車を我が家の前に堂々と横付けたりせず、使用人用の馬車で勝手口から届けてくれるとはね」


「若、愛されていますね」


「えっ、やめてよドウジュ」



***ひとこと***

アントワーヌ君、妹思いの王妃とジェレミーも味方につけました。

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