第十四話 成らぬは人の成さぬなりけり
アントワーヌが教授室を去ってから、帰宅する前にビアンカとクロードは王宮の王妃の部屋に寄った。事情を説明された後、王妃はクロードに聞いた。
「一度会ってみたかったのよね、そのアントワーヌくんに。彼のこと、アンタ良く知っているの?」
「魔力も全然ないくせに学院の高級魔術書を漁っていた彼に声を掛けたのがきっかけで、時々図書館で顔を合わせるようになった。確か二年ほど前だ」
「魔力が無ければじゃあ専門は何?」
「文科だそうだ。魔術科の学生に混ざって高級魔術理論の授業を取っていたので一度だけ教えたこともある。魔術の知識はそこいらの魔術師よりよっぽどある。俺がビアンカに出会った後に『何かいいことあったのですか? もしかして片割れにお会いになったとか?』などとぬかした」
そこでビアンカはクスっと笑った。
「まあ、明後日がとても楽しみだわ」
さて、アントワーヌはビアンカの言った通り、彼女の使いから文を受け取った。翌朝、自宅寝室の窓の外に一羽の鳩が止まっていたのだ。アントワーヌが起きるのをそこでずっと待っていたようであった。
「あれ、この鳩は?」
近付いて窓を開けるとその薄茶というよりベージュに近い色の鳩の足には案の定書簡が付けられており、ビアンカからの文と鳩笛が入っていた。
「ビアンカ様の使いって、鳩のことだったの」
『アントワーヌさん、お早うございます。この子はサブレと言います。男の子です。羽の色が
翌日、アントワーヌは学院からクロードと共に夕方王宮に上がることになった。と言うよりもアントワーヌの方からクロードにそう頼み込んだのである。
「男爵家出身の一学生の私が王妃さまの居室に出入りしていると王宮の門番の記録に残りたくないのです。理由は王妃様に報告するときに申し上げます。テネーブル教授の従者として一緒に連れて行って下さいませんか?」
「お前そこまで用心をするか? まあしかし、いいだろう」
クロードは解せなかったが、結局は快く引き受けた。瞬間移動で連れて行って差し上げれば、とビアンカに言われたクロードだったが、決して首を縦に振らなかった。
「何が嬉しくてヤローを抱きかかえて飛ばないといけない? 馬車を出す」
広い王宮の中、王妃の居室は西宮にある。王宮正門から入り組んだ建物の中をここまで一人で来るのは大変だったろう、それだけでもクロードに連れて来てもらって良かったと言えた。
アントワーヌはどこから見ても貴族の従者にしか見えない格好に着替えていた。王妃の居室にクロードと通されると開口一番王妃はアントワーヌに礼を言った。
「アントワーヌ、お会いできて嬉しいわ。クロードとビアンカから少し聞いたけど、貴方の侍女をフロレンスに付けて下さっているのね。ありがとう」
彼女はフロレンスよりも少し濃い金髪の美しく威厳のある女性だった。
「勿体ないお言葉です。こちらこそ、お目にかかれて大変光栄に存じます」
ジェレミーは少し遅くなるらしい。お茶を出してくれた侍女は退室しようとせず、王妃の後ろにずっと控えている。人払いをお願いするのは失礼にあたるだろうか、とためらっていたアントワーヌだった。察しの良い王妃は先に口を開く。
「アントワーヌ、紹介するわ。こちらは私の侍女のレベッカよ。私とは乳姉妹に当たります。ルクレール家から王宮に上がった時に一緒に来てもらったの。だから私たちとは家族同然よ」
「レベッカ、こちらが噂のアントワーヌ・ペルティエさんよ」
「初めまして、アントワーヌさま」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
「ジェレミーが来るまでお喋りしましょうか? それとも放っておいてさっさと始める?」
「皆さまのお時間がよろしければ、私は中佐にも一緒に聞いていただきたいのですが」
「じゃあもう少し待ちましょう。四半時も遅れないとは言っていたわ。レベッカはね、フロレンスのことは生まれた時から知っているから。ね?」
アントワーヌはフロレンスからレベッカのことを聞いたことがあるのを思い出した。
『姉や兄はよく悪戯をして侍女のレベッカをいつも振り回していたのよ。レベッカは姉について王宮に上がってからも苦労しているには違いないけれど、兄の面倒まで見なくて良くなったのよね』
どんな苦労なのだか、ジェレミーの子供時代を何となく想像してみたアントワーヌだった。
「はい。フロレンスさまは奥さまによく似ておいでのそれはそれは可愛らしいお嬢さまでございました」
「正に侯爵令嬢とはフロレンスの様な娘のことを指すのねってほどのね」
「王妃さまのおっしゃる通りでございます」
「それに比べてミラお嬢さまはどうしてこんなじゃじゃ馬に育ってしまわれたのでしょう、と続くのよね」
「王妃さま、私そこまで申しておりません」
その場の皆が笑った。その時である、扉を叩く音がして、レベッカがジェレミーを部屋に招き入れた。彼は王妃を始め皆に挨拶した後、アントワーヌにも声を掛けた。
「オッス! 青の君!」
「お久しぶりです、ルクレール中佐。何ですか、その青の君とは?」
「お前の事、もうそんな噂になっているらしいぞ。青の君に相応しい少年が就職してくるってなぁ、俺は姉上に聞いただけだがな」
「そうなのよ、次期青の君! 要するに王宮内での御三家と呼ばれる、いわゆる人気の男性のことよ。正装の色で黒の君は魔術師でコイツ、クロードのこと。もう婚約しちゃってほぼ売却済みだけどね。白の君は近衛騎士でリュック・サヴァン中佐。人当たりと性格の良さでジェレミーを押さえて堂々の栄誉ある地位をゲット。青の君は文官だけど長い間空席だったの」
流石、侍女などの噂話に耳聡い王妃だった。
「この間縁談を持ってきた、どっかのしつこいクソオヤジに言われたぞ。『次期青の君は将来有望とはいってもやはり身分が……やはりルクレール殿に娘を是非貰っていただきたい』ってな。要らんっつーの!」
「……身分が高い方は誰でも選り取りみどりで不自由しないと思っておりましたが、それはそれで大変なのですね」
「他人事みたいに言いやがって」
「他人事ですから」
「フン」
「ところでお前、フロレンスの所に自分の侍女を密偵として送り込んでるんだって?」
「はい」
「なんで今まで言わなかった?」
「聞かれませんでしたから」
「何を生意気な……まあ、その、俺たちは家族なのにフロレンスのことは心配しながらも文を書くくらいしかしてなかったからな……礼を言う」
「それには及びません。ラングロワ侯爵は外面だけはいいですから、内部の様子は中々分かりませんし」
「奴の身持ちの悪さを聞いたが、次回会った時殴りかからずに居られる自信が無いぞ」
「ちょっと、いくら向こうが悪いって言っても問題行動は慎みなさいよ、ジェレミー」
「お兄様のお気持ちは痛いほど分かります」
「オニイサマ言うな、コラ!」
先程からのアントワーヌとジェレミーのやり取りを面白がっていた王妃はそこで吹き出していた。
***ひとこと***
サブレが なかまに くわわった!
パーティーはこれで三人と一羽になりました。
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