第三話 主従は三世

― 王国歴1023年春


― 王国西部ペルティエ男爵領 




 アントワーヌは貴族の中でも最下位の男爵家の出だったが、領地は広く豊かな土地でペルティエ家は経済的に恵まれている。王都にも立派な屋敷を構えており、両親は度々王都を訪れていた。兄は十二の年から貴族学院で学んでおり、アントワーヌも今年十二になったので秋から学院に入学する予定である。


 アントワーヌはドウジュに出会って以来、笛を吹いて彼を呼び出したのは今まで二回だけだった。特に彼が必要というわけではなかった。最初に呼んだのは足の怪我が治って杖を必要としなくても歩けるようになった時だった。報告がてら笛を使わせてもらった。




 間者の里から屋敷に帰って怪我を診せた医者は、アントワーヌが既にきちんと手当てをされていたのに驚いていた。応急手当が良かったのか、彼の怪我は順調に良くなった。


「早くに適切な処置をされた様で何よりです。深い傷を負ったにもかかわらず、感染症にもかかりませんでしたし。それに折れた骨が不適切にくっついてしまっていたら一生杖が必要だったかもしれません」


 それを聞いた母親は再び涙をあふれさせた。怪我はその後治ったものの、アントワーヌは走ったり、激しい運動をしたり出来なくなった。左足はいつも引きずって歩かなければいけなかったが、アントワーヌはこんなことは何でもない、と思っていた。


 あの時狼にドウジュと共に噛み殺されていたかもしれないと考えると、足を引きずるくらい何でもない。それに、この為にドウジュは一生をアントワーヌに捧げるとまで言ってくれたのだ。




 二回目にドウジュを呼んだのは王都の学院行きが決まった時である。


「今日はドウジュにお別れを言わないといけないんだ。夏になったら僕は王都に引っ越すことになってね。秋から貴族学院に進むことが決まったから。六年後に卒業したら領地に戻って来ると思うよ。在学中帰省する時には用がなくてもドウジュを呼んでいいかな?」


「何をおっしゃいますか。私は一生若にお仕えすると申したではないですか。王都へ私も参ります。若が異国へ行かれようとも、私はお供致しますよ」


 以前、アントワーヌ様と呼ぶのはやめてと言ってからは彼に『若』と呼ばれるようになっていた。二人が山で出会ってからたった二年弱でドウジュは随分と大人びてきていた。年を聞いても教えてもらえなかったが、自分より三つ四つ上だろうとアントワーヌは考えていた。


「ドウジュ、里から離れて大丈夫なの?」


「もちろんです。若のご心配には及びません」


「そう……」




 アントワーヌは勉強が好きだったし両親の元を離れて王都で進学することにも不安は抱いていなかった。しかし所詮は下級貴族の次男であり、学院に行く目的が見い出せなかった。


 足の怪我のせいで騎士にはなれず、もちろん魔力も全くない。だとしたら残るはまず文官だろうが、それでも一般文官として一生雑務にこき使われるのがせいぜいといったところだった。


 それならいっそ卒業後はペルティエ領に戻ってきた方がましだろう。先に進学した兄にも同じようなことを言われていた。


「貴族学院と言ってもさ、俺らはただの男爵家の出だろう? 学院じゃ適当に目立たないように過ごして学位を頂いたらさっさと領地に引っ込むに限るよ」


「そういうものですか」


「そういうものなのよ。いくら頑張ったって所詮蛙の子は蛙のままさ。今生陛下の治世になっていくら身分よりも実力重視って言われたって、長年培われてきた風習はすぐに変わらないんだよ」


 ここペルティエ領では仮にも領主の一族であり領民たちに敬われている。しかし、王都で他の高位の貴族の子女の間では、ただの男爵家出身の者としてさげすまれるのだと兄からは散々脅されていた。そうしてアントワーヌは折角上京するというのに、何の夢も希望も抱いていなかった。




 アントワーヌは幼い頃から子供には十分すぎるくらいの小遣いをもらっている。もともと堅実な性格の彼は無駄遣いもせず、大部分は貯めていたので自分自身の貯金はかなりの額になろうとしていた。


 王都行きが決まりドウジュがついて来ると分かった時から、更にその貯金を増やす努力をしていた。里で生まれ育ったドウジュが王都でどうやって生きていくのだろうと、アントワーヌは大層心配だったのだ。


 ペルティエ家は昔から隣の領地を治めるラプラント伯爵家と懇意にしており、よく行き来をしていた。両家は遠い親戚でもある。ラプラント家の次男ステファンとは年が離れていたが、彼はアントワーヌを可愛がってくれていた。


 アントワーヌの七つ上の彼はもう既に次期伯爵である彼の兄を助けながら、王都やその他の地で商売もしている。貯金を増やしたい、とステファンに相談した時はペルティエ領の産物を他の土地で売る、などの例を挙げて沢山の助言をしてくれた。


 ステファン自身も領地経営のかたわら、ラプラント領の農産物を王都に時々卸しに行っているらしい。


「アントワーヌ、君その歳でもう財テク始めるの? じゃあ僕たちの事業に投資してみるかい?」


 ステファンは同じように地方の農産物を王都で卸している仲間と協力して市や店の経営をしている。彼は願ってもない提案をアントワーヌにしてくれた。


「ステファンさん、王都で小さい一軒家を買うにはどのくらいの額が必要ですか?」


「建物の大きさ、築年数、立地にもよるけど……何、アントワーヌ、商売のための店か事務所、それとも自分だけの城を持ちたいの?」


 ステファンはあまりのアントワーヌの真剣さに少々驚いていた。


「うん、まあそんなところです」


「何かあったら相談に乗るけれどね」


「はい、ありがとうございます」


 家を借りるにしても買うにしても、たかが十二歳の子供が何とか出来るはずもなかった。取りあえず資金はもっと必要だろうし、ステファンの協力も欠かせない。とりあえず彼の商売に投資をしてみることにした。


 何もかも置いて王都について来るというドウジュに居場所を作ってやりたいアントワーヌだった。




***ひとこと***

アントワーヌ君は十二の歳で既にやり手です。強力な助っ人ステファン氏もついていますしね。

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