第二話 合縁奇縁

 アントワーヌが目覚めた時にまず目に入ってきたのは、木のはりに木の板を張った屋根だった。彼は薄暗い小屋の中の床に直接敷いたわら布団に寝かされている。


「あっ、つつつ……ここはどこだろう?」


「お目覚めですか? とりあえず怪我の手当ては済みましたよ。まだ痛みはあると思いますが」


 アントワーヌの母親くらいの歳の女性だった。


「今、里のおさを呼んで参りますね」


 しばらくして小屋に入ってきたのはアントワーヌの父親よりも少し年のいった男性だった。先程の少年が来ていたものと同じような民族衣装を身にまとっている。


「息子を助けていただき、ありがとうございました」


「いえ、結局僕も一緒に崖に落ちてしまって怪我をしただけです。彼を助けたわけでは……」


「それでも二人で落ちた時に息子をかばって下さった。貴方は息子を見捨て、一人で山を下りることも出来たというのに。その行為が尊いのです」


「怪我をして泣いている人を放っておいたりできません」


「結局若様の方が重傷を負われてしまいました。ご家族の方も心配されていることでしょう。私どもはペルティエの領主様に顔向けが出来ません」


 アントワーヌが驚いたことに、里のおさは彼が領主ペルティエ男爵の息子だと何故か知っている。


「僕、息子さんにアントワーヌとしか名乗っていませんけど……」


 里の長はアントワーヌのその言葉には微笑んだだけだった。


「もうしばらくしたら担架で麓のお屋敷までお送りしましょう。それまでお休みください。あと、息子がお礼を申したいそうです」


 長が出て行ってしばらくアントワーヌはうとうとしていた。どのくらい経っただろうか、小屋にあの少年が父親に付き添われて入ってきた。


「僕の名前はドウジュと言います。アントワーヌ・ペルティエ様、自らの危険を顧みず、僕を助けようとして下さった貴方に一生忠誠を誓います」


「若様、里の者が外界の人間に本名を告げると言うことは、その人を主としてどちらかの命が尽きるまで無条件に仕えるというのが掟なのです」


 ドウジュの父親、里の長はそう説明してくれた。当然のことながらアントワーヌは戸惑ってしまう。


「でも、僕はそこまでしてドウジュさんに仕えてもらうような、そんな価値のある人間とも思えません」


「僕には分かるのです。いずれ貴方は立派に成長なさります。僕の一生を捧げる意義のあるお方です」


「さあ、そろそろペルティエの屋敷までお送り致しましょう。ドウジュは同行いたしませんが」


「アントワーヌ様、これをお渡ししておきます」


 ドウジュはアントワーヌに小さな木笛を渡した。首に掛けられるように紐がついている。


「僕が必要な時にお吹きください。いつでもすぐにお側に駆け付けます」


 アントワーヌは目を丸くした。


「あ、ありがとう。でも、そんなことが起こるでしょうか」


「息子はまだまだ修行中で、今日もヘマをやらかして崖に落ちてしまいました。しかし将来は優秀な間者に育つと、私を始め里の皆が期待しております。ご安心ください」


「でも僕はドウジュさんの手助けが要るような波乱に満ちた人生は送らないと思うのです。ごくごく平凡な男爵家の次男で一生を終えますよ」


「そんなことはございますまい。息子は貴方様のお役に立つことでしょう。私には水晶を読むことは出来ませんが、分かります。貴方は将来確固とした地位を築き立派な方になります。それも、この王国を動かしてしまう程の」


 アントワーヌは益々驚いた。何だか信じられないくらい壮大な話である。


「さあ、そろそろ担架の準備が出来たようです。失礼ですが麓に下りるまで目隠しをしていただきます。里の場所は外界の人間には決して知られてはなりませんので」


「ありがとうございます。さようなら、お二人とも。お世話になりました」


「アントワーヌ様、お気をつけて。近いうちにすぐお会いできるでしょう」


「犬のフィドーにもよろしく。僕達が助かったのって、彼のお陰だよね」




 アントワーヌはそうして担架に揺られ、麓に着いたところで用意されていた荷馬車に乗り換え、無事ペルティエの屋敷まで送られた。アントワーヌの母親は気も狂わんくらいの心配のし様で、屋敷から捜索の人員も出されていたようだった。


 里の長に言われた通り、流れの旅の一行に助けられ、怪我の手当てもしてもらったと家族には伝えたが、父親だけはそれを信じていないようだった。しかし彼もアントワーヌを問い詰めたりはしなかった。




 ペルティエの人間は間者の里を領地内の自治区として認めている。彼らは領地内の険しい山奥深くに住んでおり、閉鎖されたその地区から麓に下りることも滅多にない。サンレオナール王国建国時にペルティエ家がこの地を治めるようになり、お互い干渉しないというのが代々ペルティエの領主と里の協定だったのだ。


 サンレオナール王国は魔術師たちにより建国され、魔力を持つ王族と高級貴族により治められてきた。間者の里は建国以前からずっとこの地に存在しており、優秀な間者を輩出してきたが、王国が魔術によって支配され出してからはその勢力は衰えた。それでも今も変わらずこの下界から離れた里の民は細々と自給自足で生活し、間者や隠密を育てているのだった。




***ひとこと***

「ドウジュが なかまに くわわった!」

ということでアントワーヌとドウジュの出会い編でした。

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