第17話 オレと麗子がもう離婚って…

「あら?

 まあ、やあねぇー…

 ハァ―――ッ!!」


朝の憩いのひと時の朝食中に、仏陀がいきなり気合を入れた。


仏陀の放ったこの気合は、物を止めるチカラだと感じた。


『番組の途中ですが、チリで大地震が発生したということです…』


テレビが早速第一報を伝え、


半分ほど席の埋まっている学食内が少し騒がしくなった。



仏陀は建物の倒壊を防いでいると感じた。


ゆっくりしてはいられないと思い、麗子、美奈世、魂徒羅を連れて、


世界の騎士団の地下施設へと急ぎ走った。


「覇王君、これは一体…」


ヒューマノイドの細田が、モニターを見ながら驚いている。


「仏陀が止めているのです。

 すぐに宇宙船を」


「ああ、ゴメンッ!!

 すぐにっ!!」


ヒューマノイドの細田が三人、オレ達に同行するようだ。


残るひとりは、連絡係といったところだろうか。


オレ達は秘密基地といわれている宇宙船発着場に急いだ。



オレ達は宇宙船に乗り込み、霞という防護服を着込み、ペガサスを装着した。


「もう着いたから。

 みんな、がんばってっ!」


ヒューマノイドの細田は満面の笑みでオレ達を送り出してくれた。


本当に細田の作品は素晴らしいと感動しながらも、


魂の多くいる場所へと空を飛び急行した。



世界の騎士団員は全員、宇宙へと旅立っている。


留守を任されたオレたちが、人々を救わなければならない。


オレと麗子は手分けして至るところを飛び回った。


やはり年寄りが腰を抜かしていたり、子供が泣き叫んでいる光景を多く確認した。


ほとんどの住人は怪我もなく、高台に避難を開始しているようだ。


『みんな、あと一分ほど…』


オレは、魂を素早く探った。


魂がある大きめのものは全て抱え込んで飛んだ。


タイムリミットがきた様で、崩れかけていた建物が一斉に音をたてて崩れ落ちた。



魂徒羅は美奈世を抱いている。


オレは美奈世を睨みつけてしまった。


「美奈世は何をやってたんだ…」


「そう言ってやらないでやって。

 本人なりに一生懸命だったからね。

 でも、自分が倒れちゃどうしようもないのにね…

 やはり、天界での修行が必要。

 勇者の能力はこれ以上増やせないから、

 精神力を上げるしかないもの…」


美奈世は納得して勇者として満足して魂は昇天した。


そして、仏陀の弟子になった時点で、


勇者としての成長は望めなくなったのだ。


だが、数少ない能力の質を上げる事は可能だ。


仏として修行を積み、精神力を上げる事が一番重要な成長となるはずなのだ。


「それはわかっているんだけどね。

 本当にもったいない事を…

 仏陀もそれに気づいたから仏にしたのか…

 悪の、勇者…」


「まあね。

 正義の味方にはふた通りあるもの。

 自分の常識が悪ならば、正義ではなくそれは凶悪で極悪。

 全然正しくない勇者になっちゃうもの。

 そういった勇者は、源次郎さんが倒しちゃったようだけど?」


「自滅したようだよ。

 今までになかった大した事のないピンチを背負って、

 かなり慌てたそうだ。

 あまり賢くなかったようで、

 そこで生き残っていたとしても源次郎さんには勝てなかっただろうね」



空に宇宙船が浮かんでいる。


いつの間にとオレが思っていると、


雛と源次郎が化した弥勒菩薩と、


巨大化した澄美が巨大なネットを持って海に向かって飛んだ。


その飛行音は凄まじく、戦闘機よりも激しいものだった。


そして突風が吹き荒れそうになった。


オレと麗子で気合を込め、勢いよく拳を突風に向けた。


短く、『ドンッ!!』という音と共に風は止んだ。


「…とんでもないな…

 仏だけど、異種だ…」


「そうね。

 最強の仏だわ」


どうやってここまで来たのか、仏陀が姿を現した。


西郷がそばについているので、西郷のチカラでここまで来たようだと察した。


「もう手伝える事はなさそうね。

 …みなさん、祈りを…」


今の祈りは、安心。


そして、偶然への感謝。


さらには、亡くなって逝く者への哀悼だ。


仏陀は少し悲壮感を露にしている。


全ての命は救ったが、高齢者など、心臓の弱い者にショックを与え過ぎたので、


昇天する魂もあるようだと感じた。



作業が終わった巨大弥勒菩薩とこの星の神が、仏陀の目の前に降り立った。


弥勒菩薩は変身を説き、満面の笑みの雛と、少し憔悴している源次郎に別れた。


澄美はいつの間にかいつもの姿に戻っている。


「すまなかったな、突風を起してしまった。

 少々コントロールが効かなかったんだよ」


源次郎は申し訳なさそうな顔をしてから雛を見た。


雛は笑顔で女子学生のように仏陀に抱き付いていて話を聞いていなかった。


「いえ、抑えられる程度でしたので。

 源次郎さんのチカラが上がったので、

 弥勒菩薩もパワフルになったようですね。

 …巫女さんは…」


「それが入ってなくてあのパワーだ。

 入っていたらオレが持たんなっ!!」


源次郎は豪快に笑った。


そして真顔になった。


「そろそろ来るぞ…」


源次郎は遠くの海をみつめて言った。


津波が陸地を襲おうと防波ネットを越えてやってきた。


ネットはしなり折れんばかりとなるが、難なく持ち堪えている。


陸に近いネットほど、そのしなりは弱まっている。


そして最終的には、入り江近くの河口が数十センチ上がった程度で収まった。


ごく普通の波とほとんど変わりはなかった。



源次郎たちはあと数時間ここに留まり、


防波ネットを回収して日本に帰ることにしたようだ。


オレ達は乗ってきた宇宙船に乗り込み、ひと足先に日本を目指して飛んだ。



世界の騎士団の地下施設に足を踏み入れると、


SKTVのプロデューサーである、


関谷公一郎せきやこういちろうが源次郎の帰りを待っていたようだが、


まずはオレ達を労ってから、仏陀にコメントの依頼をしてきた。


仏陀は薄笑みを浮かべて了承した。


「私としては、仏は人を助けるべきではないと思っておりました。

 天変地異は自然の習わし。

 これによって命を奪われるのは仕方のない事だと感じていたのです。

 ですが今回、仏陀様は人を助けられた。

 そしてあの能力。

 人を助けるためにあるような気がしてならないのですか…」


関谷はまさにオレが聞きたかった事をストレートに仏陀に聞いて来た。


仏陀は薄笑みの顔をずっと崩してはいない。


「条件が違うのですよ」


仏陀はひと言言っただけだ。


オレは全てを理解した。


関谷も満面の笑みで仏陀を見ている。


条件が違う。


仏陀は今は人間界にいて仏陀も人間なので、


チカラがあるのならば人助けは当然のことだと言ったまでだ。


「そうでした。

 仏陀様も人間。

 助けられる能力があれば助けて当然のこと。

 …ですが残念なことに数名が犠牲になってしまわれた事が

 非常に悔やまれます…」


「お礼を言ってくださいました」


関谷はさらに笑みを深めて、何度もうなづいている。


「…ショック死…

 こればかりは仏陀様でも手に負えられなかった。

 そもそも、天変地異以外でもショック死は起こり得ました。

 …SKTVでは、今回のチリ大地震の特番を組むことに決定しています。

 全ての映像を放映してもよろしいでしょうか?」


「私はコメントを致しましたが、これは伝えないで下さい。

 あとは、雛様と源次郎様にお任せいたします。

 …私、津波の処理はできませんでしたのっ!!」


仏陀は大声で笑った。


関谷も仏陀に引きこまれるようにして笑った。


「あのお三方はとんでもないですから。

 知っておられるでしょうが、

 日本の本州ほどあるアトランティス大陸をほぼ二柱で

 空に浮かべて運びましたからね。

 本当に計り知れないパワーをお持ちのようです」


「澄美さんはこの星の全ての能力をお持ちです。

 そして、雛様と源次郎様は仏陀ですので、

 当然のことなのかもしれませんね」


関谷は驚いた表情を始めて見せた。


「…今の件も、報道したしません。

 …そうでしたか…

 やはり…」


関谷は笑顔で何度もうなづいている。


関谷はオレと麗子、魂徒羅にさらに労いの言葉をかけてくれた。


「こちらの方は…」


眠ってしまっている美奈世のことだ。


「新米の仏で、勇者の能力を自力で手にした貴重な人材です。

 私、この子を育て上げることを、

 今世のライフワークにしようと思っているのです」


関谷は大きくうなづいた。


「聞いています。

 自力で勇者となったのは、ミラクル様しかいないと。

 ほかの者は全て、勇者になって満足してこの世を去ったと…」


「美奈世もそのパターンです。

 そして地球では、彼女ひとりだけなのです。

 この地球は雛様と源次郎様が勇者となって、

 未来永劫、平和な星となるでしょう。

 そうなれば、私はただただ見守るだけですわ。

 私も、他の星の仏陀と幸せになってみたいと思っておりますの」


「はい、そうですよね。

 そうなれば、ふたつの星が平和になるはずですから。

 …長々と、ありがとうございました」


関谷は仏陀に深々と頭を下げて、


SKTVに続く渡り廊下に向かって歩いて行った。


「関谷さんは、教える事がなさそうなのでつまらないわ…」


「………」


オレは絶句して少しだけ仏陀をにらんだ。


「あら、言い過ぎちゃった。

 彼の人間生活は今世限りです。

 来世からは仏として頑張ってもらいましょう。

 名前、考えておかないとね…

 …さあ、学校に戻りましょう!

 早百合ちゃんを交えて、復習のゼミ、やるわよ」


オレ達は地下通路を使って学校に戻った。


駅のコンコースでオレ達を見つけたSKセキュリティーの社員たちが、


暖かい拍手でオレ達を送り出してくれたことで、


オレの疲れは一気に吹き飛んだ。


… … … … …


ゼミ中、早百合が少し剥れていた。


さすがに現場は危険なので、連れて行くわけには行かなかったのだ。


もし実地研修が必要であれば、仏陀が連れて来ていたはずなのだ。



昼休みに入り、オレ達はいつもの席に座り、


美味そうな食事を摂ろうとしていた時に、


源次郎の顔のアップがテレビのモニターに映し出された。


少々疲れているようだが、元気過ぎるよりはマシだろうとオレは思った。


『…今回の被災による死者はゼロ。

 考えられない事です。

 これが、仏である仏陀のチカラなのです。

 …ですがさすがに、

 危機感からのショック状態の者まで救う事はできなかった。

 この件だけが、残念で仕方がありません。

 亡くなられた方々のご冥福をお祈りいたします』


『ですが皇さん、

 これはまさに奇跡と呼べる事のように私たちは思っているのですが…』


『仏陀にとって、これは奇跡でも何でもありません。

 仏陀はこの星そのもの。

 しかも今は人間と化しています。

 よって、人間を救う事は当然のことなのです。

 ですがひとつ勘違いをしないで頂きたい。

 星の起こす天変地異は、仏陀のせいではありません。

 科学的にも証明されているメカニズムで、

 地震も火山活動も台風も起こっています。

 決して仏陀を責めないでやって欲しいのです。

 そして、仏陀が人間である限り、

 今回のような天変地異による被害を最小限に食い止めるでしょう。

 私たち世界の騎士団は、仏陀のお手伝いをして行こうと思っているのです。

 …今回、私たちは宇宙へと旅立ち、

 その途中でチリ大地震の一報を聞き付け戻って来たのです。

 なんと仏陀たちはたった四人で多くの命を救ったのです。

 オレ達は、津波を抑える事だけに専念できた。

 これも仏のチカラと思っていただいて結構です。

 …そして決して仏陀を崇めるな。

 仏陀はそれを望んではいない。

 いつも心の中に、仏陀はいるのだ』


後半になるほど、源次郎の言霊ことだまがかなり強くなっていった。


一般の菩薩が、少々朦朧としていたので少し渇を入れた。


「源次郎さん、蘇り始めているのでしょうか?」


オレの問いかけに、仏陀は薄笑みを浮かべていた。


「…いっくぅー…」


仏陀は小さな声で呟いてから急いで席を立ち私邸へと走った。


オレは、やれやれと思いながら、ほかの仏たちを見回り、


ほとんどの者が仏陀と同じ兆候にあると感じた。


「…麗子、浮気か?」


オレは意地悪く麗子に言った。


麗子も恍惚とした表情を浮かべていた。


「…ああ…

 抗えなかった…

 仏陀ちゃんが好きになって当然だわ…」


「私は平気だったわよ。

 この浮気者っ!!」


美奈世は勢い勇んで立ち上がって麗子を睨み付け、


まさに『勝ったっ!』といった顔をした。


「美奈世の言う通りではある。

 しかし美奈世は源次郎さんの言霊を正しく理解できなかったようだな。

 人間と同じ反応でしかない。

 さらに精進しないと、本当に仏陀に天界に送られるぞ」


美奈世は口を半開きにして意気消沈して、へなへなと席に座った。


「…着替えてくるわ…

 覇王、ごめんね…

 私、まだまだ弱いわ…」


麗子は妙な内股歩きで、素早く学食を出た。


外を見ると、仏の高官と言える者達が一斉に姿を消していた。


「魂徒羅は信じられないよな…」


「まあね。

 前回の夢の記憶の方が凄かったもの。

 かなり残念だけど、性欲に関してはもう抑えられるわ。

 だから、私と夫婦になってよ!」


本当に性欲を抑制しているようだが、


魂徒羅は妖艶な笑みをオレに見せ付けた。


「今はそれが妥当だけどな。

 …オレは魂徒羅の事はあまり知らない。

 だが麗子の事なら手に取るようにわかる。

 この差はかなり大きいと思うんだけどな」


「でもとりあえず離婚はしてよ。

 …不貞行為はご法度。

 仏陀も承認するはずだわっ!」


きっと、その程度の罰は下るだろうとオレも感じている。


肝心の仏陀までもが源次郎の言霊に参ってしまったのだが、


それは別の話しだ。


オレはなんとも言えない不毛な修行を今している様に感じた。



すると、いきなり澄美がこの学食に現れ、


いきなり走って仏陀の私邸に駆け込んだ。


「澄美さんまで…

 源次郎さんに言っておくべきだろうなぁー…

 雛ちゃん、怒ってるかも…」


オレは素早く食事を済ませ、地下通路を使って、


世界の騎士団の地下施設へと走った。



源次郎は三人の女性に絡まれていた。


ひとりはイエローベティー、もうひとりは御陵詩暖。


そして別の意味で、雛が源次郎に詰め寄っている。


「やはりこんなことに…」


オレが言うと、源次郎は満面の笑みを向けて、オレに逃げ込んできた。


「…これは一体…

 …澄美が…」


雛の様子を見るからに、


澄美は一輝にしたように源次郎にも迫ったのだろうと一瞬のうちに理解できた。


至るところにキスマークがあったのでかなりわかりやすかった。


「大学も、少々騒ぎになっているんです。

 オレ、早速離婚するかも知れません…」


「…えっ?」


四人が驚いた顔をオレに見せた。


ふたりは驚き、もうふたりは喜んだ。


「…ああ、覇夢王と…

 詩暖よりもオレの方がいいよな?」


「ベティーちゃん、抜け駆けは許さないわよ。

 覇王君…

 年上の女でもいいわよね?

 私、小さくて少し可愛いって思うのよねぇー…」


ベティーと詩暖の矛先が源次郎よりも現実的なオレの方に変わってしまった。


「ふたりとも待てっ!

 …覇王、一体どういうことだ?」


ベティーと詩暖が源次郎の言葉に朦朧となった。


「源次郎さんは仏陀に目覚められた様で…

 その第一弾が言霊ことだま

 源次郎さんのチカラ強い言霊が、女性の仏たちを骨抜きにしたんです。

 …麗子も被害にあいました。

 当然、仏陀もです。

 実体のない女の仏は一斉に姿を消しました。

 しばらくは術が使えないと思いますので、

 虚像であっても人間界に立ち入ることは無理だと思います」


源次郎も雛も驚いた顔をオレに向けていた。


「いや、だが…

 オレは何の自覚もない。

 それにベティーも詩暖もまだ人間だぞ」


「仏ではありませんが、仏の自覚はあります。

 そういった者たちもみんな巻き込まれたと思うのです。

 ですので源次郎さんはこれからテレビには出演しないで下さい。

 そして、言霊を緩める修行を…

 …そうですねぇ…

 ああ、魂徒羅を相手にして確認しながら学んでください。

 魂徒羅は源次郎さんの言霊を受けても平然としていましたので。

 それなりの修行は仏陀を相手に積んでいたはずなのです。

 本人は前回、昇天した時の記憶と言っていましたが、

 あれはオレへのアピールかと…」


「…魂徒羅…

 この前生まれて、大きくなったヤツだな…

 詩暖よりは可愛いが、オレの方がいいだろ?

 なんなら今すぐにでも仏に転生してやってもいいんだっ!!」


ベティーがオレに向かってチカラ強く言い放った。


「覇獣王とであれば誰も文句はいいません。

 ですが、御陵詩暖ごりょうじのん巌是がんぜ

 魂徒羅もかなり修行を積んだ仏です。

 特に御陵詩暖は仏の中でも一二を争うほどの修行者です。

 ですがオレは、麗子と離婚することになるでしょうが、

 恋人に戻るだけですので、

 ベティーさんと交わる事はありません」


ベティーも詩暖も、『それもそうだ』と思ったようだが、


なんらかの企てを今立てている最中のようだ。


「だが雛は?

 雛はなぜ何も起こらなかった…

 …ああ、魂徒羅と同じか…」


源次郎は息せき切ってオレに聞いて来た。


「はい、雛ちゃんも、かなり修行を積んだ仏陀のはずですので、

 地球の今の仏陀とは全く違います。

 ごく普通の人間と同じ反応だと感じました」


「そう言えば、最後の方の、

 源ちゃんらしい言葉は心地よかったわ…」


雛がうっとりした顔で源次郎を見ながら言った。


「はい、問題はその部分です。

 源次郎さんは本気で感情を込められました。

 それまでのお話は、台本を読むように語られていましたが、

 その部分だけは真の源次郎さんの言葉だったのです。

 ですのでしばらくは棒読みでお話をされることが一番いいかと。

 特に仏を持つ者は源次郎さんの言霊に大いに反応します。

 そしてこの先、人間にも感じられるようになるはずです。

 弱い人間は、その場で昇天してしまいますので要注意です」


「…うっ…

 マジか…」


驚いている源次郎に向けて、オレはゆっくりと首を縦に振った。


「わかった。

 皇源次郎という者の演技をしよう。

 そうすれば、感情は入りにくいからな。

 そして、咄嗟とっさの時も気をつけなければな…」


「はい、そのように。

 よろしくおねがいします」


オレは源次郎にゆっくりと頭を下げて大学に帰ろうとすると、


ベティーと詩暖がオレの腕を取ろうとした。


「ベティー、詩暖…

 本気でオレが怒った場合…

 …今ここで試してもいいか?」


ベティーと詩暖が固まり、


ゆっくりと源次郎に顔を向けて同時に苦笑いを浮かべた。


「お前たちは覇王の邪魔をするな。

 オレが許可するまで、手を出すことは許さない。

 大学だけでも大変なのに、さらにお前たちが加わると収拾が付かなくなる。

 わかったな?」


「源次郎以外にこんなにいい男は滅多にいないんだっ!

 オレはどんな罰を受けようとも…」


ベティーが途中で言葉を止めた。


源次郎が薄笑みを浮かべていたのだ。


この笑みは仏陀と同じだった。


オレも詩暖も動けなくなった。


ただひとり、雛だけは薄笑みを浮かべて源次郎を見ていた。


オレは始めて、愛するふたりの仏陀を目の当たりにした。



源次郎と雛に丁寧に礼を言ってから、オレは大学に戻った。


どうやら少しは落ち着いた様で、


少々徳の高い数名の菩薩などは戻ってきていた。


「酷い目に合いそうになりました…」


「覇王君と麗子ちゃんは離婚してください。

 ですがこれも、時間が解決してくれるでしょう。

 それまでは恋人同士で構いません。

 覇王君にとって、これも修行となります。

 麗子ちゃんも…」


仏陀は平静を取り戻して、穏やかな薄笑みを浮かべていた。


「はい、仏陀、そのように。

 麗子、いいな?」


「…はい、さらに修行に励みますぅー…」


麗子は意気消沈を通り過ぎて子供のようになってしまった。


この麗子もありだなと思い、オレは麗子に満面の笑みを向けた。


「恋人の時間はあまりなかったから丁度いいんじゃないか?」


「うんっ!

 わたしもね、そう思ったのぉーっ!」


「麗子、今度は可愛らしくなったな。

 今の麗子も好きだぞ」


「ああん、もう、覇王ったらぁー!!」


「…前よりも甘いじゃん…」


魂徒羅は精一杯のクレームをオレ達に述べた。


「魂徒羅は今のこの麗子以上の可愛らしさを出さなければ勝ち目はないし、

 覇獣王と御陵詩暖にも勝たなければ、オレの隣はないぞ。

 地下施設に行ったら、とんでもない目に合いそうだったんだ…」


「源次郎様が助けてくださったのね?

 如何でしたか?」


仏陀が薄笑みを浮かべてオレに聞いた


「はい、自覚は全くありません。

 ですが、表情がすでに仏陀でした。

 そして雛ちゃんも…」


「まあっ!

 では今夜にでも早速会いに行きましょうっ!

 …あらでも覇王君はお仕事でしたわね。

 残念だわ…」


「その件で、魂徒羅に源次郎さんの教育係をと」


「ええ、いいわよ。

 私との付き合いは長いので、魂徒羅なら役立つでしょう。

 …魂徒羅、いいですね?」


「…はぁい、わかりましたぁー…

 …覇王が私に頼んでくれたらよかったのに…」


魂徒羅は何とかしてオレと絡みたいようだ。


麗子は今までのような態度を取らない。


ほぼオレを見たまま満面の笑みを浮かべているのだ。


「…オレ以外で逝ったな…」


オレが意地悪く言うと、麗子は泣き笑いの顔を見せた。


「罰として今夜、オレの世話をしろ。

 いいな、巌是」


「…はい、覇夢王様の想い通りに…」


「…なにプレイよ…」


美奈世がオレと麗子を代わる代わる見て言った。


「はぁ―――っ!!」


オレはひとつ気合を込めた。


美奈世がサイコキネッシスでオレの動きを封じようとしたのだ。


その美奈世は椅子から転げ落ちて、あられもない姿で眼を回している。


「…今日はコアラか…

 可愛い妹で何よりだな」


オレが美奈世を椅子に座らせようとすると、


麗子がオレの代わりに美奈世を抱き起して椅子に座らせた。


「リバウンドの方が厳しいじゃない…

 余計な事をするからよ」


「…麗子も余計な事、するんじゃないわよ…」


美奈世は目をつぶったまま麗子に言った。


「あの程度で気を失うわけないじゃない。

 これが覇王の優しさ。

 知っていても嫌な顔ひとつしない素晴らしい人。

 …今回の事、身に染みたわ。

 私はもっと強くなるからっ!」


麗子は自分に言い聞かせるように言って、ゆっくりと椅子に座った。


… … … … …


なんという慌しい一日だと思いながら、オレは夕方の学食にいた。


離婚届は早々に役所に提出した。


ふたりとも笑みだったので、職員に怪訝そうな顔で見られてしまった。



元々夫婦別姓だったので、学生たちに怪訝に思われることもないのだが、


一応、麗子の両親にだけは説明に行った。


豪造は麗子を殴り飛ばそうとしたがオレが代わりに殴られた。


豪造は、自分の手がかなり痛かったようだ。


「…覇王、申し訳ない…

 お前の両親に、申し訳が立たん…」


「いえ、オレの両親なら大丈夫です。

 そしてオレの両親も離婚の沙汰を下されましたので。

 抗えたものは、たったの数名しかいなかったのです。

 …できれば麗子も少数派に入っていて欲しかった…」


豪造は不意をついて、麗子の頭に拳骨を落とした。


豪造はさらに手が痛かったようだが、それを我慢して隠している。


麗子は神妙な面持ちだった。


「いや、その通りだ、覇王。

 …だが、秀太さんと麗子さん…」


豪造がいうと、二人は姿を現した。


さすがの豪造も驚いたようだ。


「両親も仏でした」


オレが言うと、豪造は驚きもせず再会の挨拶を交わし始めた。



「父ちゃんに久しぶりに殴られたわ。

 でも、心地いい…」


麗子は笑みを浮かべてオレを見た。


「親の愛。

 まさにそれを感じたな」


「私よりも覇王への愛の方が大きいのはちょっと許せないけど…

 でも、いいんだっ!」


麗子はオレの腕を取って喜んでいる。


「麗子、少々マズイ…

 走るぞっ!!」


護衛の菩薩がほとんどいないので、


霊がオレたちの周りに群がってこようとしたのだ。


さすがに全員の話しを聞くわけにもいかないので、今回は逃げた。


学校の校門を潜り抜けると、ひとりだけ入り込めた者がいた。


「今日は仕事があるから無理だが、

 明日なら話しができるぞ」


「うん!

 それでいいのっ!

 離婚、おめでと―――っ!!」


少女は満面の笑みを残して消えた。


麗子は少し驚いていた。


「…結界、いつもと変わんないわよ…」


「それほどなんだよ。

 一度、骨の髄まで悪霊に取り巻かれていたようだったからな。

 少々の事では動じないし、その能力も高い。

 そしてさらにオレたちが離婚した高揚感で

 一時的だがその能力値が大きく上がった。

 徳の高い神や仏に匹敵する妖怪だと思うぞ」


「…でも、神の、残り香…」


オレは麗子の言葉にうなづいた。


「できれば元に戻したい。

 そうすれば、楽しく神事もできるというわけだ。

 妖怪だが、神のチカラもまだ燻っているんだ。

 名前は魏緒たかおの神、妖怪名はぬらりひょん」


「…はあ、有名人じゃん…

 女の子って…」


「化けたのではなく、性転換のようなものだな。

 あまりにも人間の表現力が酷いので、女に転身したようだ。

 その後遺症なのか悪霊に撒かれた。

 オレが夢で見た方法を使うと、本体が見えたので何とか救い出せたんだ。

 この方法は確実じゃないから、きっともうやらないと思う。

 そうしないと、調伏してしまう事にもなってしまうからな」


「でも、骨の髄までだったんでしょ?

 そんなことって…」


「できるんだ。

 安陪清明あべのせいめいに見せたら

 やりたがるだろうなと思って封印中なんだよ」


オレは麗子の手を取って、ゆっくりと空手道場に足を運んだ。



道場に行くと、神が出張していた。


オレは神に、ほんの僅かに目礼すると、神もオレと同じようにして返した。


麗子は神に寄り添って、愚痴をこぼし始めたことにオレは笑った。



部員たち全員を相手に乱取り稽古を行ない、


ひと汗かいたので道着を着たまま柔道部の道場に足を運んだ。


部員ではないが部員扱いなので出入りは自由だ。


西郷も自分の修行とばかり学生相手に乱取りをしていた。


オレもその仲間に加わり、西郷を一本背負いで投げ飛ばしたところで、


次は弓道部に足を向けた。


オレはこうして、時々だがテーマパークのようにして部活動を楽しんでいる。



ゴルフ部に行くと誰も練習はしておらず、


部室でゴルフゲームをしていた。


簡単な機械仕掛けのもので、


かなり小さく軽そうな玉を打ち出せる妙に本格的なものだ。


コースは、次の大会がある本物のコースを縮小して作ったようだ。


高低もウォーターハザードもバンカーも忠実に再現されている。


「やあ、覇王君。

 オレ達は楽しみながらゴルフをしようと思ってね。

 今が一番楽しい時だっ!」


新部長の八重垣が勢い込んで人形を掴んで、


ドライバーをセットして人形をティーグランドに立たせた。


レバーを引くとバックスイングに入る。


少し弾くようにして指を離すと、低い弾道で勢いよくボールが飛んだ。


オレは妙な違和感に苛まれた。


「これ…

 実際にコースに出ているような錯覚が…」


「そうそう!

 それを狙ったんだ。

 その秘密はこのボールにある」


オレは予備のボールに手を触れると、少々柔らかい。


ゴムのようだがゴムではない。


それほどには跳ねないのだ。


「シリコン製のボールなんだ。

 だから本当にゴルフ場にいる感覚を味わえるんだよ。

 それほどに跳ねないし、

 重量と摩擦が大きいのでそれほどには転がらない。

 この遊びでのいいイメージを持つことで、

 精神的鍛錬にもなると思ってね」


ものは考えようだし、それが真の場合も多い。


まさにこの遊びは、ゴルフ上達にはいいのではないかとオレは感じた。


「でも、ずっとゲームをしているわけじゃ…


「ははっ!!

 7時になる30分前に打ってるよ。

 本来の練習はそれだけ。

 あとはランニングだね。

 神にもきちんと挨拶はしておかないとね。

 ゴルフも危険なスポーツには違いないから」


オレは笑顔でうなづいて、


子供部屋のような部室をあとにして学食に足を向けた。


オレは、大丈夫だろうかとかなり心配はしたが、


ゴルフは頭を使うスポーツであり、


普通の人よりも体力があれば何も言うことはない。


まさに冷静沈着であることがいいゴルファーの代名詞だとオレは思っている。



学食に入って注文をしてから、トレイを持っていつもの席に座った。


「ぬらりひょん、仏陀に調伏されなかったようだな」


オレが座った隣の席にすでにぬらりひょんはいた。


「秘書ということで、お願い致します」


ぬらりひょんは少し気取って頭を下げた。


「却下。

 邪魔をされそうなのでほかの席に移って欲しい。

 今はオレの人生の中で一番シリアスな場面だ。

 その邪魔を…」


オレは言葉の途中なのだが、ぬらりひょんは消え去った。


だが振り向くと、背中合わせにして座っていた。


オレは何も言わずに前を向くと、依頼者がすでに来ていた。


「…ぬらりひょんっ!!」


小物の妖怪が少し驚いてオレを見た。


「いないと思ってくれ。

 もし眼の毒だと感じるのなら、ここから追い出すことも可能だ。

 ここはお前の魂の、最後の場所でもあるんだからな」


「…まさか、お仲間とか…」


妖怪は少し心配そうな顔をした。


「それはない。

 能力が高いので入り込めただけだ。

 気になるのなら…」


オレが振り向くと、ぬらりひょんはいなかった。


「…はあ、驚きました…

 まさかですけど…」


「そう、気を使ってくれたんだ。

 そういった常識はあるようだね。

 …さて、依頼を聞きたいのだが、昇天しなくてもいいだろ…

 バイト、流行ってるんだろ?」


化け猫だが、人の姿をした女は、少し恥ずかしそうにしてオレを見た。


「…ここに…

 ここに来たかっただけですぅー…」


もちろんこういった者も少なからずいるし、オレとしては大歓迎なのだ。


その理由は、オレの見ていない様々な出来事を知る事ができるからだ。


「…お前、そんな理由で…」


ぬらりひょんは化け猫の隣に現れ、化け猫はがたがたと震え出した。


「ぬらりひょん、いいんだ。

 今は情報収集の時間だからな。

 さあ化け猫よ。

 名前を聞かせてくれないか?」


ぬらりひょんは姿を消した。


化け猫はホッと胸を撫で下ろし、ほんの数分だがオレと話しをして、


満足して帰って行った。



ぬらりひょんは何かにつけて姿を現しては、オレに睨まれ消えていた。


オレの秘書を気取っている様で、少々微笑ましくも思えた。


妖怪以外ではぬらりひょんを怖がる者はいないので、


ほとんど問題なく、三人の依頼を聞き届けることにした。


だが三人とも、簡単に昇天するだろうとオレは思っている。


「なあ、覇夢王よ。

 これも修行なのか?」


「そういうことだ。

 そして情報収集。

 ウソを言ってもわかるし、記憶を辿れば全てが見える。

 だから、みんなを数分はここに留まらせるんだ。

 そうすれば、情報収集は終了だからな。

 だが依頼者以外の記憶は読まない。

 当然、ぬらりひょんの記憶も読んでないぞ。

 これは暗黙の了解の交換条件、

 と言ってオレ自身を納得させているんだ」


ぬらりひょんは小さくうなづいた。


「それくらいいいだろうな。

 どうせ、昇天目的でここに来ているんだし。

 なあなあ、少しは時間、あるんだろ?」


「これから麗子とデートだ。

 ベッドの中でな」


ぬらりひょんはかなり不貞腐れた顔をした。


「…見ててやる…」


「昇天するかもな」


オレが言うと、それもそうだと思ったようで、すぐさま姿を消した。


だがそうではなく、オレの後ろに仏陀が立っていたせいだとすぐに思い直した。


「ぬらりひょん、仲間になってもらいたいですね」


「本人次第ね。

 それに、神の道も開けるもの。

 ここを守ってもらいたいほどだわ」


仏陀は薄笑みを浮かべている。


「では仏陀、今日は家に帰ります。

 護衛はいると思いますので…」


きっとぬらりひょんは家までついてくるはずだ。


それを見越してオレは言った。


「…恋人…

 どうしようかしら…」


オレは苦笑いを浮かべて、仏陀に目礼をして踵を返した。


「…覇王君、ダメ、よね?」


「はい。

 できればほかの星の者にして頂きたく思います。

 ほかの仏に、示しがつきません。

 そして、女の仏にも言い寄られ続け、

 オレの修行は滞ります」


仏陀はかなり残念そうな顔を見せた。


「わかってて聞きましたっ!!

 覇王君、おやすみっ!!」


仏陀は怒りを露にして、私邸へと勇ましい姿で戻って行った。



ふと気づくと、オレは空手着のままだったので、空手道場に走った。


道場では、麗子がまだ神と話しをしていた。


「麗子、着替えたら帰るぞ」


麗子は神に感謝の言葉を述べて、オレの腕を取ってきた。


男子用ロッカールームに入ると、


「うわぁー、男くさぁーい…」と麗子が言ったが、


出て行くつもりはないようだ。


オレは素早く着替えを済ませ、麗子と共にロッカールームを出た。


校門で立ち止まって様子を伺ったが、妖怪や霊は全くいなかった。


菩薩の気配は感じない。


やはり、ぬらりひょんが眼を光らせているようだ。


だがオレは一抹の不安を感じ、「麗子、走って帰るぞ」と言って、


麗子と共に猛然とダッシュした。


やはり、ぬらりひょんの画策があり、大勢の霊や妖怪たちが沸いて出たようだが、


オレたちの足に追いつく事はかなわなかったようだ。


ぬらりひょんは妖怪たちを使って、オレを朝まで眠らせない作戦に出たようだ。


「ぬらりひょんは明日お仕置きだっ!!

 オレの仕事の邪魔をする秘書は必要ないっ!!」


オレが叫ぶと、すぐさま妖怪たちの気配が遠ざかった。


「今のひと言が利いたな。

 家まであと100メートル。

 ゆっくりと帰ろうか」


「うんっ!

 そうしようー!!」


麗子は子供っぽくオレに言った。



オレと麗子はゆっくりと家にたどり着くと、


玄関に漣蓮さざなみれん菩薩が神妙な顔付きで立っていた。


「お疲れさま。

 徳の高い漣に守ってもらえるとは光栄だよ」


「いえ、どうか、ごゆっくりとお休みくださいませ。

 そして、どうか私にもおこぼれを…」


「それはないな。

 帰ってもらってもいいぞ」


漣蓮はかなり困った様子になって、オレに深く礼をした。


「漣ちゃんは私が明日お仕置きするのっ!」


麗子は元気よく言った。


漣蓮はさらに困った顔を見せ、頭を上げられなくなったようだ。



家に入って、麗子と共に風呂に入った。


ぬらりひょんの気配はない。


一瞬、漣蓮に化けているのかと思ったが、そうではなさそうだった。


やはり源次郎の仏陀への転生が、仏界を大いに揺るがせてしまったようだ。



麗子は子供返りをしたようにしておどけている。


まるっきり女を感じさせなかった。


まさか麗子が、と思ったがが、ぬらりひょんではない。


麗子はどれほどの性格を抱えているのかと思い、少々愉快な気分になった。



だがベッドに入ると豹変したことに辟易とした。


この瞬間にすべてを凝縮したかのように、オレに迫り、


オレを喰らい尽くさんばかりに責め立てたが、


自分の性欲が先とすぐに方向転換していつもの麗子に戻っていた。



「また仏陀に叱られるな…」


「今日一日ずっと抑えていたから、私自身へのご褒美だもん…」


麗子はこれだけ言って眠りに落ちた。


オレはこれからが本番だ。


オレも瞳を閉じ、夢に移行した。


… … … … …


目覚めると、いつもと同じ朝だった。


麗子も寝ぼけ眼でオレに朝の挨拶をしたので、オレはキスで挨拶を返した。



漣蓮に朝の挨拶をすると、暇過ぎて何もしなかったと言った。


どうやらぬらりひょんは本気でとりあえずはオレの秘書の座を獲得したいようだ。


漣蓮にそれを伝えると、「ぬらりひょんと勝負しますっ!」と勢いよく言った。


「担当の菩薩が戻ってからだな」とオレが言うと、


少し落ち込んだが、すぐに元気を取り戻している。


「秘書か…

 他にも増えそうだな…」


麗子が久しぶりの男前な顔で、満面の笑みでオレを見ている。


「麗子が筆頭秘書になりそうだな」


麗子は一変して子供のような満面の笑みをオレに向けた。



漣蓮と共に学校に行き、いつもの様に神たちに朝の挨拶に行った。


また美奈世がいたのだが、今日は言い争ってはいない。


どちらかといえば、美奈世はかなりの低姿勢だ。


「…できなくはない。

 我らも、かなり大きくなったからな。

 だが、覇夢王と巌是を困らせるようなことは許さん。

 それが発覚した場合、祟りがあると思い知れ」


一柱の神の言葉に、美奈世は明らかに動揺した。


「祟られるから、この作戦は中止だな」


オレが美奈世に声をかけると驚きもせず


「うまく行くと思ったのにっ!」と叫びながら立ち去った。


「神たちよ、今日もいい天気だなっ!」


「ああ、いい天気だ。

 …聞かぬのか?」


オレが美奈世が何を言ったのか知りたく思わなかったのかと、


神の一柱が気を使って聞いてくれたようだ。


「アイツの悪巧みを聞いてどうする。

 だがそろそろ、仏陀が厳しいお灸を据える事だろうな」


神たちはうなづきながら大きな声で笑った。


「オレの恋人狙い以外のウソなら許せるんだが、

 そればかりだからダメなんだよ」


「全くだ。

 もう聞き飽きたぞ…」


美奈世はかなり頻繁に神たちを訪ねているようだ。


「神たちも美奈世が正しく更正できるように、

 少しだけ願ってやって欲しい」


オレは少しだけ頭を下げた。


すると神たちは怒ったように、「おおっ! やってやるともっ!」


と、かなり気合が入っていた。


オレの言霊に少々感情が入ったかと思ったが、否定しなかった。


神たちに緊張は見えなかった。


「美奈世の事、好きなんじゃな…

 ああ、もちろん、色恋沙汰を抜いての話しだぞ」


麗子の頬が引きつっていたので、神たちはかなり畏れたようだ。


「面倒だが、なんだかぎこちなくってな。

 放っては置けない存在と言ったところかな。

 そしていじらしくも感じる。

 恋のためだけに、悪に染まるのは惜しいと思っているんだ」


「あやつ、修行が足りん…

 …おおっ!

 落ちたぞ、巨大な雷っ!!」


仏陀がついに美奈世に本気で怒ったようだ。


「いいか、優しくするな。

 朝だけでいい。

 そうすれば、少しはマシになるだろう。

 覇夢王は優し過ぎるのだ」


「ああ、それは言われた事もあるし、自覚もしているんだ。

 だがオレの優しさは性分だ。

 しかし、今朝だけは鬼となろうぞっ!」


少々気合が入りすぎた様で、神たちがオレを畏れてしまったので、


簡単に、「悪かったなっ!」と憮然な態度で言い放った。


神たちは正気に戻り、ホッと胸を撫で下ろしていた。



学食に足を運ぶと、美奈世がかなり落ち込んでいた。


オレはそれを無視するようにして、自分の席に付いた。


「今朝のオレは優しくないそうだ」


オレが人事のように言うと、美奈世はさらに落ち込んだ。


仏陀は薄笑みを浮かべたままだ。


「麗子ちゃんは罰ね。

 今日は覇王君に触れるの禁止。

 いいわね。

 …ああ、明日のこの時間までに訂正。

 拒否権はないわよ。

 …拒否すると、恋人の権利を剥奪…」


「はいっ!

 守りますっ!!」


麗子は真剣な顔で息せき切って言い放った。


優しい罰でよかったとオレは感じた。


「…私だって、可愛いウソだったのに…」


オレがひと言いう前に、仏陀からまた雷が落ちて、美奈世は泣き叫んだ。


だが、席を立ち移動する事はない。


それだけは褒めてやろうと思ったが、


オレは精一杯我慢して、麗子と共に立ち上がりカウンターに並んだ。


すると、後ろに並んでいた麗子がいきなりオレに抱きつこうとした。


オレが渇を飛ばす前に、仏陀がやってくれた。


美奈世は真後ろにひっくり返って意識を失った様で動かなくなった。


「麗子、よく堪えたな。

 弱いといっても、自由は効かないからな」


「うん、驚いちゃった…

 だけど、いい修行にはなりそうだわ。

 でも、気配がないからすぐに引きこまれちゃう…」


「気配はあったぞ。

 それと同時に渇を飛ばせば、麗子にも簡単に解けるはずだ」


オレは満面の笑みの麗子の頭をなでた。


麗子は困った顔をしたが、麗子からは触れていないのですぐに笑みを取り戻した。


オレたちが席に戻ると、仏陀が薄笑みでオレを見ていた。


「覇王君も今日はもう麗子ちゃんに触れちゃだめ。

 麗子ちゃんの罰にならないから」


それはその通りだと思い、オレは反省して仏陀に詫びた。


「…甘いわよ、仏陀様ぁー…」


朦朧としている美奈世が身体を起こしながら言った。


「そんなことないわよ。

 私は麗子ちゃんは覇王君に触れると思っているもの」


「…えっ?」


麗子と美奈世が一斉に言った。


「麗子ちゃんは、覇王君に近づくどころか、

 今日は家に帰った方がいいかもね。

 本気で恋人解除だから」


今日ここには甘くない仏陀がいる。


そして涼しい顔をしながらも何かを企んでいる。


麗子は仏陀に一礼して、オレに手を振りながら家に帰って行った。



オレの最大の守護がいなくなったので、徐にスマートフォンを取り出して、


守護を呼びつけることにした。


するとほんの数秒でベンガルトラが現れ、学食内はパニックとなった。


この騒ぎを見て、ベンガルトラはベティーにその身を変えた。


「覇王、嬉しいぞ!

 オレが、恋人候補ナンバーワンかぁー…」


ベティーは何度もうなづきながら勝手に満足している。


美奈世はあまりに驚き過ぎてお漏らしをしたようで、


仏陀の私邸に向かって走って行った。


仏陀は少し肩を揺らして笑っていた。


「だがな、詩暖が不貞腐れたぞ。

 まっ!

 オレとしては嬉しいんだがなっ!!」


ベティーは大声で笑い始めた。


学友たちはトラの號咆に聞こえた様で、耳を塞いでいる。


「休憩時間中はトラに戻って頂いても構いません。

 今日はオレの講義もありますので、その時はどちらでも結構です」


「そうか、いいなそれ。

 たまにはこういった依頼もいいもんだ。

 ああ、オレも食事を頂くとしようかっ!!」


ベティーは無意味に高揚感に満ち溢れていた。


仏陀は笑みだったのだが、いつの間にか不貞腐れていた。


オレに近付く術を見失ったと感じたようだ。


「仏陀は笑みがよく似合いますよ」


オレが言うと、仏陀は思い直したように薄笑みを浮かべた。



オレは長身の超美人のベティーを従えて、教室に入った。


やはり存在感はピカイチで、誰もがベティーをマジマジと見る。


今日もオレの講義は満員御礼だった。


そしてベティーはすぐさまベンガルトラに変身して、


ほとんどの学生は我先にと退出していった。


早百合は辺りを見回して、ホッとした表情を浮かべている。


「いい人払いになってくれたのでご褒美です」


オレはベティーのわき腹をくすぐり、軽い眠りに誘った。



早百合はいつになく上機嫌だった。


こんな事ではいけないのだが、オレを独り占めできたと感じたようだ。


教室に残った数名は、ほとんどが仏で徳の高いものばかりだ。


だがその中にひとりだけ人間がいた。


「少し早いのですが、今日はここまで。

 そして、オレの興味を解決したいと思っているのです。

 二回生、矢島八景君」


矢島はまさかオレから自分の名前を聞くとは思わなかった様で、少し驚いたようだ。


「君は、ベティーさんに全く驚かなかった。

 これは人間ではありえないことなんだよ」


「…ああ、でも、ボク、知っていたので…

 …あっ…」


「なぜ知っていたのだろうか?

 ベティーさんがベンガルトラである事実は公表されていない。

 もっとも本人たちは、

 公表されても構わないと思っているようだけどね」


オレはうつらうつらしているトラのベティーを見ながら言った。


「…教えて、もらって…」


八景はチカラなく少し上目遣いでオレを見ながら言った。


「それはウソ。

 初めから知っていた。

 …ウソを強要されたようだな」


八景は少し身なりを正して勢いよく立ち上がった。


「申し訳ありません。

 ボク…いやオレ… いえ、私は、

 安陪晴明の血を受け継ぐもの。

 そちらの早百合ちゃんのように、霊や妖怪の類が見えるのです。

 …ベティーさんはふたつ見えます。

 今実体はトラですが、視線を換えると人間に見えます」


オレは笑顔で何度もうなづいた。


「そのご先祖様が間もなく今の人間界に返ってくる。

 できれば君に世話係をやってもらいたいんだ。

 もう無謀な事はできないが、チカラの程は恐ろしいものがあるからね。

 …八景君は視野以外に変わったチカラは?」


「妖怪憑きの場合、その妖怪の能力を使えます」


「ここではやめてくれよ。

 仏陀に祓われるからな、ぬらりひょん」


『あー』といった顔を八景は見せた。


するとぬらりひょんが腕組みをしてふくれっ面で現れた。


「どーしてわかっちゃうのよっ!

 本当に詰まんない男だわっ!!」


「ほうっ!

 それは何よりだっ!!」


オレが喜ぶと終業ベルがなった。


「…あっ!

 違うっ!

 違うのよっ!!」


ぬらりひょんは慌てふためいている。


オレはベティーを起し、小百合と共に教室を出た。


… … … … …


学食での昼食のひと時のオレたちのいる席に、矢島八景を誘った。


八景はひとしきりみんなに頭を下げ捲くっている。


「オレたちの仲間、ということでよろしいかと」


オレは仏陀に軽く頭を下げた。


「当然ね。

 そして、能力開花も確実にあるわ。

 あなたも来世は仏にしようかしら…

 まだ早いかもしれないけど…

 それに、晴明よりも使えるかもしれないわ。

 江戸時代前期、最後の唯一残った本当の陰陽師だったのよ。

 私が能力を奪いました」


「…はい、それは、ここで勉強させて頂きました。

 調伏が、いかに愚かな行為だということを」


仏陀は薄笑みを八景に向けた。


「まずはあなたにも修行を。

 ぬらりひょんの能力は乱暴なものが多過ぎます。

 とりあえずは、捕らえてもらう術を…

 覇夢王…」


「いえですがあれは…」


オレが夢の中で見た悪霊だけを調伏する方法だ。


「八景君なら簡単なの。

 もぎ取った悪霊は全部ぬらりひょんが処理してくれるから。

 取り巻かれた妖怪や霊たちを助けることに専念できるのよ」


「では、もうひとつの術は…」


「まずは見てもらいましょう。

 覇夢王、その術でぬらりひょんを捕らえて」


何も悪い事はしていないのだがぬらりひょんは学食ので口へと飛んだ。


だがもうすでにぬらりひょんの身体はオレの手の中にある。


「…凄い…

 この、包帯のようなものは…」


八景には、オレの手から出ている、


ぬらりひょんまで伸びている包帯が見えるようだ。


「やはり使えるな。

 美奈世、お前は見えないだろ?

 仏なのに…」


オレが嘆かわしく言い放つと、美奈世は驚いた顔をふくれっ面に変えた。


「私、見えるわ…

 本当に包帯みたい…」


早百合が正確にオレの手から出ている包帯を見て取れているようで、


ぬらりひょんのいる床を見ている。


ぬらりひょんの足から絡めたので、


その先は地面にあるのだ。


「このまま調伏も昇天も可能ですが…」


「それはいいわ。

 信頼関係を築くためにね」


オレは軽く頭を下げて、ぬらりひょんを絡めた包帯を解いた。


「…覇夢王…

 なんだ、今の術は…

 簡単に捕まってしまった…」


ぬらりひょんは相当なショックを受けている。


「100年ほど前にお前を助けた術だよ。

 もっともお前は朦朧としていて、

 この事実を知らなかった様でけどな」


今度はぬらりひょんが不貞腐れて席に戻ってきて勢いよく座った。


「夢での現実化…

 ということは、本当に実際にある術なのね?」


仏陀の言葉に、この場にいる全員が驚いた。


「はい、そうなりますね。

 ですが、理解不能のものの方が多いです。

 これは、天使が使える術だと教わったのです」


仏陀は薄笑みのまま小さくうなづいた。


「この星には真の意味での天使はいません。

 他の星にも存在しないでしょうね。

 …覇夢王の見る夢の一部は、違う宇宙の夢…

 私たち仏は、その宇宙では天使相当なのでしょうね」


「…はあ、実はかなり危険なのですが…

 オレからハイビームと呼ばれるレーザー光線も出せます…」


「ぬらりひょんが暴れたら撃ってやってください。

 …細田様にお聞きした方がよろしいかも…

 でもそれって、どこで試したのかしら?」


「はあ、戦時中でしたので、視界の効く辺りで敵軍の軍艦を…

 これはぬらりひょんと出会う前のことです」


「覇夢王がこの日本を軍事大国にしちゃったんだわ。

 神風はきっと吹くって…

 その奇跡に罰を与えなければなりません…」


仏陀の言葉に、オレはうなづこうとしたが、今のオレがやったことではない。


オレが異議を申し立てる前に、オレの守護神が仏陀をにらみつけた。


「…喰って、やろうか?」


ベティーがひとつ舌なめずりをした。


「…ほ、ほほほ…

 冗談ですわ…」


絶対に冗談ではなかったとオレは確信した。


オレへの罰は、一夜を添い遂げろとでも言おうとしたはずだと感じたが、


それをベティーが引き継ぐ様で、オレを妖艶な眼で見た。


「…別の意味で、喰ってやろう…」


ベティーはひとつ舌なめずりをした。


結局は誰かを喰うんだなと思い、オレは少し愉快な気分になった。


「だが、やめておく。

 麗子と戦うことは、オレは好まんからな。

 …きっと、どちらかが死ぬ」


この場の空気が氷付いた。


ベティーが仏に転身した場合、それは十分にありえる事なのだ。


だが勝った者も、この人間界には留まれないだろう。


仏陀によって、重い罰を課せられるはずだ。


「オレが仏にこの身を変えるのは、

 そういった一か八かの勝負の時だけになるだろう。

 それに、源次郎の命もあるからな、今は手を出せない。

 しかし、覇王を守る事はする。

 どうだ?

 オレが一番役に立ってないか?」


そう言われるとその通りと、オレは思ってしまった。


「できればずっと、護衛をしていただいて欲しいところです」


オレが言うと、ベティーは面白くなかった様で、


巨大なトラに変身して、オレに特大級の號咆を放った。


オレは一瞬朦朧としたが、菩薩たちが危うい状態だったので、


まずはそっちを助けに行った。


「修行不足。

 益々精進した方がいいな。

 今の仏陀もだ」


仏陀は、おかずのプレートの中に顔を突っ込んで眼を回していた。


もし標的が仏陀であれば、


一瞬で衝天していただろうと感じるほどの凄まじい感情がなだれ込んできた。


すると学食の窓の外に、鳥や猫が大挙して集まっていた。


これが覇獣王の能力だと改めて思い知った。


それを見つけたベティーは悠々と外に出て、


獣の王の風格を、野鳥たちに見せ付けている。


「大丈夫か、源次のヤツ…」


西郷がひとつ呟いた。


肝が据わっているので、この程度の事では動じなかったようだ。


「大丈夫ではないかも知れませんね…

 源次の方が惚れる事も考えられますから…

 ですがすでに知っていたことですけど、

 明日菜を取った。

 手に負えないとでも思ったのでしょうか?」


「だとすれば、ベティーさんからのアプローチだけ要注意だな。

 明日菜は簡単にプロ入りが決まったことだし…

 できれば穏便に済ませたいところだ」


オレは西郷の言葉にうなづいた。


するとベティーが猛烈な勢いで学食に駆け込んできて人型を取った。


「源次、生まれるらしいぞっ!!」


オレ達は昼食を中断して、仏陀の私邸に駆け込んだ。










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覇夢王《はむおう》 ~宇宙の釈迦の会~ 木下源影 @chikun0027

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