第16話 楽しみにしている会合って…

「澄美さん、結婚式はいつされるのですか?」


昼の学食に澄美と徳が高い方の御陵詩暖が姿を見せ、


今は仏陀、麗子、早百合、西郷と和やかに食事をしている最中だ。


澄美はオレの言葉に微笑んで、


「…はあ、式はまだ…」と照れくさそうにして言った。


「しかしあの安土城には驚きました!

 まさかパーティー会場だったとは思いも寄りませんでしたよ」


「えっ?!」


オレ達を見守りながら食事を摂っている大勢の学友たちが、


コンペイトウにある安土城はただの復元した城だと思っていた様で


少々驚いている。


オレは学友たちのいる奥側の席に身体を向けた。


「オレもごく普通に城だと思っていたんだよ。

 だけど源次郎さんがパーティーをするには城が必要ということで、

 西欧風の城ができるのかと思いきや安土城だったと知って、

 驚いてから大笑いしたそうなんだ。

 設計施工はSKセキュリティーの重鎮の人間国宝、細田仁左衛門さん。

 着工から完成まで一ヶ月しか掛からなかったそうだ。

 人間業ではないが、

 人間国宝と言われる者のレベルがかなり上がったということで、

 今までの人間国宝たちが辞退したということらしい。

 当然この安土城も国宝に指定された。

 そして、古くから伝わる公開されている図面にないものが数多くあるんだ。

 信長だった頃の源次郎さんの魂の足跡から、

 それを全て探って再現したということらしい。

 …だがオレとしては天守からの眺めが一番感動した。

 殿様でなくても、殿様気分を味わえると思うぞ」


オレが饒舌に語ると、みんなは納得したようにしてうなづき、


食事を再開した。


オレは澄美に視線を移した。


「実は澄美さん。

 ひとつお聞きしたいのですけれども…」


澄美は少々怪訝に思ったようで驚いた顔をしたがオレに笑みを向けた。


「巌剛明王のどちらが嫌いなのでしょうか?

 巌剛でしょうか?

 それとも明王、仏の方なのでしょうか?」


澄美は言い当てられたと思ったのか、瞳を閉じて姿勢を正した。


「巌剛という苗字も嫌いでした。

 どんだけ固いんだと思ってっ!!」


澄美が笑い始めるとみんなも釣られるようにして笑った。


「ですけどそんなことは大した事ではありません。

 私が嫌ったのは私が仏だったという事実です。

 …仏なのに、両親を救えなかった…


それはその通りだとオレも感じた。


よって澄美は巌剛明王という仏に、いや、全ての仏を憎んだのだろう。



澄美の両親は、


澄美が幼い頃、外国人の強盗によって刺殺されたと源次郎に聞いていた。


澄美と源次郎の出会いは今のようないい関係ではなかった。


源次郎は見るからにゲルマン系アメリカ人。


澄美が好むはずのない顔なのだ。


「ですがその時、澄美さんは仏ではなかった。

 自分が仏だと知っていただけ。

 覚醒してはいませんでしたよね?」


澄美は今そのことに気づいた様で少しうろたえた。


だがオレは続けて言った。


「ですが気持ちはわかります。

 そして、仏を恨んだ事ももっともだと感じます。

 特に澄美さんが小さかった頃はこの日本もまだ平和ではなかった。

 どんな地域でも傷害事件は後を断たなかった…

 不運だったとしか言い様がありません…

 ですが平和で安全な日本に世界の騎士団が変えた。

 きっと、澄美さんの思いが届いたんだと、

 オレは思いたいのです」


澄美はオレに軽く頭を下げてくれた。


「その世界の騎士団には、雛さん、源次郎さんという仏陀がいる。

 仏が澄美さんを見守ってくれていたんだと思いたいのです」


「…はい…

 私…

 源次郎さんが大好きでした…

 でも今思えば…

 縋ってばかりだったと感じているのです…

 まるで人間が仏を慕うように…」


オレは大きくうなづいた。


その隣にいる詩暖が少し涙ぐんでいる。


「詩暖さんは源次郎さんに仏を感じた事はありませんか?」


詩暖はハッと顔を上げて涙を拭いてからオレを見た。


「きっと出会ってからずっと…

 始めて出会ったのは5才の時で、

 私、早々に源次郎君を怒らせちゃったの。

 私がお兄さんの源太さんにばかり愛想を振り撒いていたから…

 …私ってその当時から計算高かったの。

 本命は源次郎君だったのよ」


詩暖はスマートフォンを出して、当時の写真を見せてくれた。


そこには四人いて、左からかわいひよこに似たかなり可愛い女の子、


そして源太という男の子。


その隣に源次郎とごく普通に可愛い女の子が映っていた。


どうやら運動会の一幕の様で、源次郎はかなり愛想が悪く膨れっ面をしていた。


オレは女の子のどちらが詩暖なのかわからなかったが、


源次郎の機嫌の悪い顔を見る限り、


一番左側にいる満面の笑みのかわいひよこに似た女の子が詩暖だと察した。


「…源次郎さん、かなり怒ってますね…」


オレは詩暖には触れず、差しさわりのないコメントを述べた。


「源次郎君がこんなに怒った顔をしていた写真ってこれだけなんだって。

 ほかの写真は全部笑顔なの。

 この顔の理由は、

 源太兄さんへの嫉妬と、私への嫉妬だったらしいの。

 でもね、始めて顔を合わせた時は本当に素敵な笑顔だったの。

 この写真は人間木下源次郎の証拠写真だと思っているの」


詩暖はこれ以降の源次郎は仏だったとあえて言っているようにオレは感じ取れた。


澄美がゆっくりとオレ達を見た。


「…そのせいなのかも…

 私たち、施設では源次郎さんに働かせなかったの。

 頭脳労働だけっていう名目だけど、

 働かせちゃいけないって思っていたのかもしれないわ…

 神か仏か、そんな事はわからなかったけど、

 源次郎さんの肉体労働は奪ってでも私たちがしていたの」


仏陀が大きくうなづいた。


「働かせちゃいけない…

 それが一番の理由ね。

 畏れ多いとかそんな気持ちはないけれども、ずっと見ていて欲しかった。

 はっきり言ってこれって、澄美さんたちのちょっとしたアピールね。

 でも、それだけではない。

 尊い人に働かせるわけにはいかない。

 きっと自然にそうなっちゃったんでしょうね」


澄美は自然に微笑んだ。


「…アピールはあったかも知れません…

 …源次郎さん、みんなの仕事が終わると、

 必ずやってくれていた事があるんです。

 小さい子には頭をなでて抱き締める。

 …羨ましかった…」


澄美は本当に懐かしく思い、そして、本当に残念そうに語った。


「澄美さんって、子供の頃は大柄だったのね?」


「はい…

 二才上の当時の源次郎さんと同じほどありました。

 今の源次郎さんは巨人に近いのですけど、

 当時は小柄な方でしたから。

 全ては農業がうまく回り始めてからですの。

 ですので、凄く意地悪しちゃいました。

 決して、誰ともおつき合いさせませんでした。

 その例外が、白木悠子さんですわ。

 大学は源次郎さん、東京に出ましたので、

 さすがに追い駆けて行くわけには…

 ですが、高校を卒業して同じ大学に入って、

 仕事を理由に潰して差し上げました」


笑うわけにも行かず、オレ達は神妙な顔を崩さなかった。


仏陀は薄笑みを浮かべている。


「でも、源次郎さんは澄美さんの気持ちに全く気づいていなかった。

 そしてかなりあとに、雛ちゃんの出現ね」


「…はい…

 雛にはどう足掻いても勝てません。

 ですので、ついに私から告白したのです。

 ですが全く振り向いてもらえませんでした。

 …親友で戦友…

 そして妹の壁…

 幼少期に、女をアピールするべきだったと、

 今では悔やんでも悔やみ切れません。

 …ですがそれをさせてくれなかったのが、桂子姉さんだったのです。

 やはり施設のみんなは兄弟。

 それが一番平和なことだと…

 厳しい方ですが、

 子供だったのに一番常識的な考えを持っていて情に流されない、

 一本筋の通った人でした。

 さすがに私も、反抗してまで女をアピールするわけにも行かなかったのです。

 桂子お姉さんが里子に出ても、やはり私の常識が、

 桂子お姉さんと同じ考えになっていたんです。

 …でもやはり、雛の出現で大きく私の心は揺れてしまいました…」


「そうね、よくわかったわ。

 そして、雛ちゃんまでもが仏陀だった。

 もう、諦めるしか方法はない。

 …仏に転身するのが少し早かったようだけど?」


「きっと、何も変わっていなかったと…

 そして、源次郎さんと雛は勇者にもなる。

 もう私の最高の幸せはやって来ません。

 でしたら、私のその次の幸せを感じたいと思ったのです」


仏陀は大きくうなづいた。


「勇者は満足してはいけない。

 満足すると昇天してしまいますからね。

 …早百合、よく覚えておいてね」


早百合は以前オレが言った、『妥協した満足』という言葉を思い出したようで、


かなり驚いた顔をしている。


「…はい、今はっきりとお兄ちゃんに言ってもらった言葉が…

 満足すると勇者は消え去る…

 きっと私、そうなっちゃうかもしれません…」


「なりそうよね。

 そうなっちゃったのが美奈世なの。

 そして、非常にもったいない事なの。

 …その先の方がきっとずっと楽しいのに…

 何か理由をつけて満足していない事にこじつけた方がいいわよ」


仏陀の言葉に、早百合は少し考えた。


そして決まった様で少し微笑んだ。


「大樹君を越える勇者になる事。

 今は、それしか思い浮かびません…」


仏陀は大きくうなづいた。


「それがいいかもね。

 夫はライバル。

 ふたりでこの地球を守ってもらいたいわ。

 そのずっとあとに、仏になってね」


「はいっ!

 仏陀様っ!」


早百合は満面の笑みで返事をした。


仏陀は少し表情を引き締めた。


「仏も行動を起こしましょう。

 ですがこれは私の意に反する事。

 ですがあえて行ないましょう。

 …私たちも、人々を物理的に助けます。

 世界の騎士団が出動する際、

 私たちも便乗させて頂きます。

 きっと、私たちでもお役に立つことがあるはずなのです」


オレ達は仏陀に頭を垂れた。


まさに、神仏一体と化して地球を守る決意をした日になった。



オレ達はゼミと称して世界の騎士団の施設に足繁く通い詰めた。


細田の作った装備を完璧に使いこなすことに専念したのだ。


仏は勇者ではないので、サイコキネッシスのような


超能力といわれる高等術式は使えない。


よって、機械に頼って空を飛ぶ事が最優先事項だったのだ。


源次郎も雛も、満面の笑みでオレたちの考えに賛同してくれた。


ここはオレたち仏に取っても修行の場と化したのだ。


「…オレもやんなきゃいけないの?」


西郷が少し神妙な顔をしてオレを見て言った。


「監督は今のうちに慣れておいた方がいいです。

 源次が無事人間界に転生したら、次は監督ですよ」


西郷はかなり驚いた様で、仏陀を見た。


「いやあ、それは嬉しいのだが…

 さらに気合を入れるかっ!!」


西郷は気合を入れながらも慎重に装備を扱い始めた。


だが、今の西郷に手伝わせるわけには行かない。


人間を助けるのは人間でなくてはならないのだ。


もし、仏だけの者が人間を助けた場合、全ての人々を救わなくてはならない。


それができれば問題はないのだが、確実にできるはずがないのだ。


そうなればその仏は自分自身を虚無に貶める事だろう。


よって人間であり仏である者に取っても、助けられなかった人々の事を思えば、


自分を虚無に落したくなると想うはずだ。


だが人間の部分がそれを抑制する。


助けられない人がいてこその修行ともなるべき事なのである。



源次や西郷のように強い味方はたくさんいる方がいい。


だが、人を見て選ぶ事も重要なのだ。


一番の問題は杉下可憐すぎしたかれんである、


巌是音弥勒菩薩がんぜおんみろくぼさつをどうするか考えた。


可憐は誰が見てもかなり真面目だ。


となるとこの人間界に来て、逆の効果が現れる場面が多くなると予測した。


まずこの時期に人間界に来るべきなのは、源次や西郷のように


少しユーモアを持っていた方がそれほどには流されないとオレは思っているのだ。


オレの考えを読み取ったのか、仏陀がオレの目の前にいた。


「その通り。

 事務局長はダメ。

 もう少し、私たちの行動をよく見ておいてもらいましょう。

 …それよりも連絡が来たの。

 魂徒羅こんとらからよ」


この件はすでに予期していたので特に驚く事はなかった。


「今どこにいるのですか?」


「日本の山奥。

 富山県というところ…

 あら?

 源次郎さんのふるさとね…」


「まさかですが…

 関係者でしょうか?」


「いえ、だったら顔を見に行っていると思うわ。

 その気配はないし…」


源次郎は少し疲れた顔をして、遅い昼食を貪っている。


どんな修行をしているのか興味津々だったが、


まずは魂徒羅観音菩薩の事が先だと思い、


カウンター席にいる源次郎の横の席に座った。


「源次郎さんのご実家で、女の赤ちゃんが生まれませんでしたか?」


源次郎は少しばかり驚いた様だが、すぐに笑みを浮かべた。


「オレの小学校時代の同級生が女の赤ん坊が生まれたと

 メールで連絡が来たんだ。

 ヤツは種無しだったはずなのだが生まれたので、

 喜びもしたが奥さんをかなり疑ったそうだ。

 それを何とか調査してくれとオレに泣きついて来たんだよ。

 …おい、まさか…」


源次郎は少し驚いた顔を見せたが、すぐに微笑みを浮かべた。


「…はあ、多分、仏です…

 お騒がせして申し訳ありません。

 ちなみにその方のご職業は?」


「山守をしている。

 山の治安を守り、山のガイドをして生計を立てているんだ。

 先祖代々ずっとだ。

 そして…

 できればここに呼びたいほどの猛者なんだよ」


源次郎は少し笑った。


「となると奥様も同様に…」


「そのようだな。

 浮気なんかできるはずもないといって旦那をぶっ飛ばしたそうだ!」


源次郎は言ってから大声で笑った。


それは頼もしいとオレは思ったが、


その先がかなりかわいそうに思えてならなかったのだ。


「まだ確定ではありませんが、お引き合わせをしていただけませんか?

 そして、心のケアも必要になるかと…」


源次郎は疲れているようだったのだが、


澄美を呼んで、なんとリスに癒してもらって復活した。


オレは、なぜこんな事ができるんだと思いかなり驚いた。


「世界の騎士団の方でしょうか?」


オレが言うとリスは小さな女の子に変身した。


さらにオレは驚いたのだが、極力平静を保つように心掛けた。


「わたし、ポロン、よろしくねっ!」


ポロンは右手を差し出したので、


オレは右手の人差し指を出して握手の代わりとした。


「すごいですね、癒しですか…」


「うんっ!

 ずっと前はとっても辛かったんだけどね、

 今は簡単にできちゃうのっ!」


ポロンは諸手を上げて喜びをアピールしている。


「そうですか、凄くえらいですね」


オレはついついポロンの頭をなでてしまった。


「ああ、申し訳ない、つい…」


「ううん!

 凄く嬉しいよっ!」


ポロンは満面の笑みをオレに向けた。


「さあ、ポロンとの挨拶も終わったようなので早速行こうか。

 ポロン、ありがとう」


源次郎はポロンに礼を言って、指で優しく頭を撫でた。


「嬉しかったから、もう精神力が戻っちゃったわっ!」


ポロンは嬉しそうに言ってからまたリスの姿に戻って澄美の肩に身を寄せた。


「そういえば、澄美さんにそっくりでしたね…」


「動物の団員たちは気に入った者とよく似ているんだ。

 そういうイメージで身体を創ったようだな」


納得したオレたちは、25人乗りの中程度の宇宙船に乗って、


立山連峰の標高3000メートル程ある山奥に飛んだ。



眼下には、まだ雪の季節には早いのだが、


万年雪がちらほらとその白い姿を見せている。


ところどころに緑は見えるが、ほとんどが茶色の世界だった。


こんなに厳しい環境で暮らしていくことは修行でしかないとオレは感じた。



暫し飛ぶと、大きなロッジが目に入った。


宇宙船はそのロッジのすぐ隣に降りて、ハッチが開いた。



源次郎は訪問を予告していなかった様で、


ライフルを構えた男女がオレたちの前に立ち塞がっていた。


「おい、源次郎。

 悪ふざけもいい加減にしてくれ…」


男は真顔で言ってからライフルを降ろし、


表情を笑顔に変えて源次郎と握手を交わした。


「出産祝いにきた。

 …奥さん、久しぶりだね。

 そして、亭主よりも勇ましい!」


山守の女房は恥ずかしそうにしてライフルを降ろした。


ご亭主は狭山勇作さやまゆうさく、奥方は統子とうこと名乗り、


オレ達は挨拶を交わした。


そして仏陀は仏陀としてふたりに挨拶をした時、


山守の夫婦は諦めの表情を仏陀に見せた。


「仏陀様も無受精出産だとお聞きしました。

 やはり、加乃子かのこも…」


「魂徒羅観音菩薩という仏の名があります。

 もう話せるはずですので、話しかけてあげてください」


ふたりは慌てて山小屋に戻って、加乃子を連れて来た。


「人間名狭山加乃子。

 たまには里帰りをしてあげて欲しいの。

 いいですわね?」


「あい!

 仏陀ちゃまっ!!」


おおー話したぞ… などと狭山夫婦は言って驚き、


満面の笑みでオレ達を山小屋に誘った。


「そして、大人になってしまうのですね…

 ですが、生まれるはずのない子だったのです。

 どうか、ご指導のほど、よろしくお願い致します」


勇作はいい、狭山夫婦は丁寧に仏陀に頭を下げた。


「本当はこのような理由で仏自らが

 親子の絆を引き裂くような事はしたくなかったのです。

 ですが魂徒羅から迎えに来て欲しいと言われた以上

 放っても置けなかったのです。

 どうか、許してください」


仏陀は薄笑みのままゆっくりと頭を下げた。


勇作が慌てて口を開いた。


「いいえ。

 我が子が仏陀様の弟子である事を誇りに思います。

 そして里帰りもしてくれる。

 …ああ、それでしたら身体も…」


「はい。

 ある事をすれば大きくなります。

 私もそうでしたので。

 …源次郎様、ご夫婦をご招待してもよろしいでしょうか?」


「仏陀がいいと思う者ならオレは何も言わない。

 …早速行くか?」


源次郎は勇作と肩を組んで、宇宙船に誘った。


山守の夫婦は、眼下に見える景色を楽しみながら、


世界の騎士団の地下施設に誘われた。



もうすでに準備は整っていて、グリーンベティーが道すがら食堂で待っていた。


「…ああ、妖精の…」


勇作はひとつ呟いた。


「暇だからテレビばかり見てるんだろ…

 その通り。

 お前の無精子病も治るかもな。

 あまり期待はしないでベティーの歌を聞いてやってくれ」


グリーンベティーは楽しそうに踊りながら黒い土の上に立った。


そしてゆっくりとお辞儀をしてから、何語なのかわからない歌を歌い始めた。


ほんの数秒後、前回と同様に目の前に妖精が現れた。


不思議なことに、ベティーの歌は聞こえない。


ということは、この妖精は聴覚を視覚化しているのか、


とオレが思ったところで、妖精はオレの胸の中に入って行った。



ふと気づくと前回と同様で、ベティーは歌い終わってお辞儀をしていた。


オレたちも一斉にベティーにお辞儀をした。


そして懐かしい顔の魂徒羅が生みの親に抱き付いている。


顔も身体もオレが昇天させた時と同じ姿で、


子供のようだが大人の魅力のある女性だ。


魂徒羅は徐に立ち上がって、仏陀の前に立ち、軽くお辞儀をした。


「誠心誠意、お勤めいたします。

 どうか、これからもよろしくお願い致します」


「人間界は誘惑が多いわよ。

 天界の修行なんて甘いものだわ。

 その覚悟だけはしておいて欲しいの。

 いいわね?」


「はい、仏陀様。

 肝に銘じます」


魂徒羅は仏陀に少し頭を下げた後、オレを見た。


「覇夢王様…

 愛おしいお方…」


魂徒羅はオレの夢で見せた妖艶なる笑みをオレに向けた。


「だけどな、魂徒羅。

 オレはすでに婚姻済みだ」


魂徒羅は第一の試練に耐えなければならないと感じ、


悔し涙を流していた。


「愛人でっ!!

 愛人で構いませんっ!!」


「残念だが、日本は一夫一婦制だ。

 ほかの国ならよかったんだけどな。

 この国では違法となり、オレに罰が下ってしまうんだ。

 よって、諦めろ!」


オレの言葉に仏陀は後ろを向いて肩を小さく揺らして笑っている。


「…誰…

 その、幸せな相手は…」


魂徒羅は辺りを見回し、その視線は麗子に釘付けになった。


「…うっ…

 …が…巌是がんぜ

 …ま、まさか…」


「そうだ、オレが覇王の嫁だ。

 どうだ、奪い取ってみるかぁ?

 ああん?」


さすがの魂徒羅も、麗子には勝てる気はしない様で、両親に泣きつき始めた。


「源次君も相手決まってるのよね?」


雛が、笑みを浮かべて源次郎に聞いた。


「明日菜が独り占めだ。

 だが生まれ変わった源次がどう言うのかはわからんが、

 明日菜で順当だと思うぞ」


「源次って…

 孔雀明王?!

 転生するの?!」


魂徒羅は友達に話すようにオレに聞いた。


「もういるぞ、ここに」


魂徒羅は素早く探り、田浦真琴たうらまことを見た。


そしてその姿にオレも驚いた。


真琴は臨月に近いほどの大きな腹をしていたのだ。


「もう普通に話せるようね。

 …明日菜以外にオレの嫁はいない、だってっ!」


仏陀が通訳をしたがオレにも源次の声が聞こえた。


だがこれは一体どういうことだと思い、源次郎に聞こうと思ったが、


大樹もたった40日で出産したと聞いていた。


神の僕たちの願いの子は、


早く生まれ出るので都合がいいなとオレは安直に思った。



魂徒羅は、今日は両親と共にふるさとに帰るということで、


仏陀に許可をもらってから源次郎たちが送って行った。


「私も驚いちゃった…

 もう、転生しちゃうのね源次君…」


仏陀も驚きを隠せないようだ。


「ほかにも30名ほどいますけれども、

 次の連絡は千手観音あたりでしょうか?」


「そうね。

 徳が高いほど過去の記憶は早く蘇るから。

 美奈世は18年もかかってしまったけど、

 千手だったらすぐにでも連絡があると思うわ」


オレ達は道すがら食堂で美味い飯をご馳走になってから、大学に戻った。


… … … … …


「…私も…

 仏の教え学部に編入したいんだけど…」


「オレは一介の講師だ。

 教授の仏陀に聞いてくれ」


それはその通りだと思ったようで、美奈世は仏陀に顔を向けた。


「…んー…

 どうしようかしら…」


仏陀は言ってから、早百合とこの学食内にいる大勢いる


オレの学友たちの様子を素早く探った。


「却下。

 あいている時間だけ受講しなさい。

 今はそれでいいわ。

 医学部を無事卒業したら、

 仏の教え学部に入学試験を受けて入ってください。

 これも修行です。

 そのほかの方もそのように。

 人間、仏の区別も差別もいたしません。

 …ああ、言っておきますけど、

 早百合は今は大学ゼロ回生ですから。

 来年度にやっと一回生になりますので、特別ではありませんよ」


物は言い様だし、確かに仏陀の言う通りなので、誰も何も言えなかった様で、


少し肩を落として食事に専念し始めた。


「…大学ゼロ回生自体、特別じゃない…」


美奈世は小さな声で愚痴をこぼした。


「仕方ないじゃない。

 早百合は進級できる出席日数が足りなかった時期に編入したんですもの。

 これは、この学校のルールです。

 そしてゼロ回生はただの言葉のアヤ。

 実際は一回生ですが、留年確実なので前向きに考えてゼロ回生としただけです。

 仏なら、この程度の事は察した方がよろしくてよ」


停滞は負の感情が生まれやすい。


イチをゼロからにすることで前向きと考える。


確かに仏陀の言う通りだろうとオレは思い、大きくうなづいた、


「そんなの一緒じゃん…」


「一緒ではないっ!

 恋人になれないと恋人になれるかもしれない、

 はどっちが前向きだ?」


「当然、なれるかもしれないの方が希望が沸くじゃんっ!

 なれない…

 止まっちゃう…

 落ち込む…

 …これが負?」


「そういうことだ。

 簡単なことだろ?

 何事にも希望を持つ事、前進する事は重要だが、

 オレと美奈世の恋人だけはありえんからな。

 この件に関してだけは、今は落ち込んでもいいぞ」


美奈世はかなり怒って頬を膨らませたが、その頬をつついてやると笑顔になった。


「お前…」


オレは麗子を引き合いに出そうかとしてすぐに引っ込めた。


そしてその麗子がオレを睨んでいる。


オレが何か言いかけたので美奈世は笑みを浮かべてオレに大注目している。


「…ふむ…」


オレは麗子と美奈世の過去の二十世代前までを遡り探った。


「なるほど…

 できるお姉ちゃんに嫉妬した妹が勇者になった…

 姉を越えたと感じ、満足したので消え去った…

 そして仏陀に弟子として認められた、か…

 その前に麗子は認められているな。

 やはり王の器か…

 …仲良くしろとは言わないが、あまりいがみ合うのも負を呼ぶぞ」


「…うん、わかったよ、覇王…」「…うん、わかったよ、お兄ちゃん…」


麗子と美奈世がほぼ同時に言った。


お互いにらみ合ったが、お互いが苦笑いでけん制しあった。


「…早百合にも、何か言って…」


早百合が猛烈な勢いでオレを睨んでいる。


オレはこの攻撃にはかなり舞ってしまった。


姉妹は同等に扱わないとオレに罰が下ると改めて思い知ったのだ。


よってオレは源次郎がそうだったように早百合の頭をなでてから抱き締めた。


「これが言葉の代わりだ」


早百合は満面の笑みを浮かべて喜んだが、


早百合の後ろに列ができていたことには舞ってしまった。


「何でもかんでも平等にするとは限らない。

 言ったよな、早百合には言葉の代わりだと…

 …それに仏陀、なぜ並んでいるのですか…」


「…おねえちゃんにも…」


「姉は抱き締めません」


オレの言葉に、仏陀以外の者たちも肩を落として自分の席に戻り、


美味しくなさそうな顔をして食事を再開した。


… … … … …


現在は午後6時。


ここは学食のオレの指定席だ。


「また参りました…」


雅なお狐様がオレの目の前の席に現れた。


「息子さん、どうしても転生してもらいたいようですね…

 参ったなぁー…」


「ですので、仏陀に言って修行を積ませてやって欲しいのです。

 調伏しない方法で、妖怪退治を…」


「本当に悪さをする妖怪はいませんよ。

 …ああ、いたな…

 …どうしよう…」


オレは悪霊に巻かれた畳の神を思い出した。


『叶えて差し上げて…』


仏陀の涼やかな鈴の音のような声が頭に響き渡った。


「まあ!

 嬉しいわぁー!

 久しぶりの人間界。

 大暴れしてやろうかしらぁ―――っ!!」


「その時はオレが調伏します」


お狐様は苦虫を噛んだ顔をオレに見せた。


「…お、おほほほ…

 冗談でございます。

 ですが、ひとりだけ…

 覇獣王…」


ギリギリとお狐様の歯軋りが聞こえる。


「まさか人間界にいるとは思いませんでした。

 …かなり強いですよ。

 それに、仏の自覚はまだない。

 だけど、存在感はお狐様以上かと…」


「知っていますっ!

 畜生界からいつも見てましたっ!!」


お狐様は自分より強い者が許せないようだ。


「神のチカラもありますからね。

 そして、獰猛なトラでもある。

 これに仏が加わると、今の地球上の誰にも勝てないはずです。

 …ああ、そうだ。

 孔雀明王なら何とか抑えられるでしょうね」


「…なにっ?!

 孔雀も人間界にいるのかっ?!」


「ええ、間もなく人間として生まれます。

 もうすでに記憶は持っているようです。

 胎児で記憶を持って生まれること自体、

 徳の高い証拠です。

 …同じ動物の世界の住人としては負けたくはないでしょうが、

 オレでも勝てないと思いますから、

 三番手で我慢してください」


「…くそっ!!

 やっぱりやめたっ!!

 さらに修行して戻ってくるっ!!」


お狐様は消え去った。


オレはやれやれと思いながら、次の依頼者を待った。


「あっ!

 覇夢王様っ!

 お久しぶりっ!!」


やけに明るい少女が現れた。


オレが記憶を辿ると、オレが一度助けた事のある少女だったのだ。


「なんだ、まだ人間界にいたのか…

 もうとっくの昔に成仏したと思っていたんだがな…」


「夢界の扉が開くのを待ってたのっ!

 やっとこの日が来たわぁー!!」


「それはおめでとう。

 一瞬で昇天させてやるから、あまり悪さをするなよ」


「もうしないもん…

 調伏されちゃったら元も子もないもん…」


「まあな。

 …なんだ、話でもあるのか?」


少女は消えようとはしなかった。


少し身体をねじりながら、オレを見ている。


「デート、して欲しいんだけど…」


「それは無理。

 オレは婚姻しているからな」


少女は大きく目を見開いたまま、微動だにしなかった。


「…想いが、残ったままに…

 …キャンセル、お願いします…」


少女は消え去った。


今日はなんだとオレは思いながら、次の依頼者を待った。


「きゃーっ!!

 覇夢王様ぁ―――っ!!

 い、逝くぅ―――っ!!」


多分、大人の女性だが、いきなり現れいきなり昇天した。


このパターンは最近多いので、特に気にもしていない。


よって、三人の依頼者を得るまで、二時間ほどかかってしまう場合がある。


一晩で20人ほど一気にさまよえる魂を昇天させた時は、


仏陀から祝い金が出た。


額は大した事はないのだが、仏陀の労ってくれる気持ちが嬉しいのだ。


学食が8時まで営業するようになった理由はここにあるのだ。



そうこうしているうちに、ようやく悩み多き少女が現れた。


「わたしぃー、死んだって、思えないんだけぉー…

 なんで?」


オレの目の前に、ガングロヤマンバが現れた。


一瞬、妖怪かと思ったが、普通に人間の魂だった。


「電車に轢かれたんだよ。

 その記憶もないのか?」


「まっじぃー!

 ヤバいよねそれってぇー!!」


「まあな。

 かなりヤバかったからここにいるわけだ。

 だが君は、どうやって昇天してもらおうかなぁー…」


この中学生ほどに見える少女は、性欲では昇天しないと感じたのだ。


「して欲しい事とかあるか?」


「今、沸いて出ちまったようー!

 アチキ、誰に突き落とされたんだ?」


「やっと思い出したようだな。

 お前が親友だと思っていた、末次順子だ」


『アチキ』は、黙り込んだ。


そして、徐に口を開いた。


「同じ目にあわせてくんね?」


「悪いがそれはできないな。

 告発するだけなら可能だ」


「じゃ、コクって。

 それで、満足すると思う?」


「さあな。

 告発したあとお前を呼ぼう。

 返事がなければ昇天したと判断するからな」


「ほえーっ!

 それぇー、便利っすねぇー!

 じゃ、またぁー」


少女はお気楽な言葉を残して消えた。



今回の契約の儀も30名ほどの相手をして、仏陀から報奨金を頂いた。


本職の昇天の儀の三人もほんの数秒で恙無つつがなく終了した。


だが問題は、『アチキ』の件だ。


末次順子の悪行の一切を証拠を添えて警視庁宛にメールを送り告発した。


『アチキ』殺害について警察は証拠固めができておらず、


自殺として処理していた。


だが確たる証拠が出てきたので、末次順子を逮捕したのだ。


メインの証拠としては二点で、どちらもカメラの映像だ。


駅のホームに設置されていた監視カメラには移っていなかったのだが、


その駅に隣接するコンビニエンスストアの防犯カメラに


その犯行の一部始終が移っていた。


末次順子は歪んだ笑顔で『アチキ』を突き飛ばしていた。


だが正面からなので、決定的な証拠とはならない。


もう一件の映像は決定的で、


スマートフォンで入線してきた電車を撮っている映像だ。


このふたつを同時に再生すると、正面と真横からの映像の合致により、


末次順子の犯行が決定的となったのだ。



このスマートフォンの持ち主も殺されている。


スマートフォンは近くの少し大きい水路に打ち捨てられていたが、


ヒューマノイドのシャコにより、簡単にデータを取得できた。


スマートフォンの持ち主は、


順子を脅して強請ゆすろうとしたので殺したのではないかという警察の見解だ。


だがこの件について順子は何も語らなかった。


少しでも減刑を望んだ弁護士の判断のようだ。


まだ13才なので刑務所に行く事はない。


しかしどうにかしてこの悪魔のような心を何とかした方がいいと


オレは思い悩んだのだ。



だがその前に、『アチキ』に連絡を取った。


『アチキ』は工藤美佐と名乗り、昼の学食にその姿を現した。


「成仏できないようだね。

 何が心残りなんだろうか…

 やはり、普通に裁かれないからかな?」


「…うん、珍しく調べたよ…

 ヒト殺しといてベッショだけだなんて…」


ベッショとは少年鑑別所の事のようだ。


「まあな。

 14才以下は保護されるからな。

 そして二件目の犯行は黙秘」


この事実は美佐は知りえなかったことだった様で、さらに憤慨している。


「だがな、まずは彼女の真の言い分を聞きたい。

 そこから正しいの道を見出したいんだよ」


「なんだよ、罰するんじゃねえのかよ」


「当然罰を与えたいが、彼女の事情を知りたいんだ。

 そうしないと、改心しないかもしれないからな。

 改心すれば、美佐だって許せるかもしれない。

 そうすれば順子は正当な罰を受けることになる。

 美佐もそれでこの世に想いが残らなくなるかもしれないからな」


オレが美佐に言うと少し膨れっ面を見せたが、その通りだとも思ったようで、


オレに全てを任せることにしたようだ。



探りを入れると、事の発端は美佐だった。


道理で妙な顔をするなと思ったのだが、


オレは美佐を少し睨んで真実を伝えた。


「オトコとったってぇー、

 殺すことないじゃん…」


「まあな。

 人殺しはやり過ぎだな。

 だが美佐が男をとらなければ?

 仲のいい親友で、今もつきあっていたんじゃないのか?

 …異性関係の揉め事でこうなるパターンはよくある事だ。

 人のものに手を出せば、最悪こういう結果にも繋がるんだよ」


「はいはい、よくわかりましたぁー…」


美佐は不貞腐れたまま消え去った。


どこかに行った訳ではなく、昇天してしまったようだ。


誰かに正しい見解を示して欲しかっただけだったんだとオレは感じた。



オレのメッセージをいつもオレの守護をしてくれている桔梗菩薩に託した。


オレと美佐のやり取り全てを順子に伝えるように言付けたのだ。


順子が少しでも報われ、素直になればいいなと思っただけのことだ。


だが、戻って来た桔梗の顔色が優れない。


「まさか、早まったか…」


「はい、牢屋で首を吊っていました。

 魂はもう昇天したようです。

 今のこの現実から逃げたんだと思います」


「虫道か、畜生道か…

 地獄はないな…」


この様な死に方をした場合、地獄道に行ってすぐに、


さらに厳しいどちらかに回されることになる。


魂の逃げは、地獄よりも苦しい場所に行くことに繋がるのだ。


「…魂が救われるよう…」


桔梗は天に向かって拝んだ。


オレも便乗してほんの少しだけ苦しみを和らげるよう祈った。


… … … … …


今日はオレの夢の中であるイベントが行われる。


夢なので、仏ではない者も参加できる。


よって世界の騎士団員のトラのベティーは、


自分が仏だということをここで知ることになる。


「やあ、皆さん。

 始めまして。

 覇夢王です」


「あら?

 覇夢王様…

 …なんだなんだお前らは…

 …つ、強そうじゃあねえかぁー…」


ベティーの声が震えている。


「覇獣王。

 ベティーさんの仏名ですよ」


「オレは仏なんかじゃあねえ…

 あ、いえ…

 仏なんかじゃないわ」


ベティーは女らしくいい直した。


「それならそれでよい。

 覇夢王、よくぞ生まれてくれたな」


満面の笑みの覇天王が、オレの肩を叩いた。


「はい、覇天王、

 ありがとうございます。

 …ああ、隣の部屋に行きましょう。

 覇獄王が狭苦しいようです」


覇獄王、通称閻魔大王以外が大声で笑った。


オレが隣の部屋に促すと、かなり大き目のリビングセットが用意してある。


オレは覇獣王を所定の席に座らせて、オレも自分の席に付いた。


「覇獣王は覚醒してませんし、これは夢です。

 この先は覇獣王の意思に任せましょう。

 では早速ですが、何か問題定義のある方、挙手願います」


真っ先に覇天王が手を上げた。


確実にクレームだと感じる顔付きだった。


「天界からあまりにも多くの主要な仏が消え去った。

 できれば数十名は戻してもらいたいのだ。

 しかしながら仏陀の護衛の件は重々承知している。

 それなりに仏は必要だとな。

 だが、この先、不動までもが…」


「不動は人間界で必要です。

 本来ならばあと数十名欲しいところですが、不動で最後にします。

 あと80年ほど、踏ん張ってはもらえませんか?

 そうすれば逆に天界が重鎮で溢れかえりますので」


覇天王は渋い顔を見せたが、真顔になって眼を閉じた。


きっと、これも修行、と思ったに違いない。


「わかった。

 御陵詩暖ごりょうじのん、覇獣王。

 この両名が覚醒すれば仏陀の守護は万全だということでいいんだな?」


「はい、その通りです。

 さらに、千手も加わりますので、仏陀の守護としては安泰です。

 しかしながら…」


今度はオレが渋い顔を見せた。


七覇王たちは、オレを同情の眼差しで一斉に見た。


わかってくれる友がいる事をオレは幸せに感じた。


オレが黙り込んだのは仏陀の欲の件だが、言葉にしなかっただけだ。


「頑張ってくれたまえ」


覇無王が真面目腐った顔で言ってから、少し笑ったが、


すぐに真剣な顔に戻った。


「おおっ!

 覇無王が笑ったぞっ!!」


覇戦王が少し陽気に言った。


覇無王が笑うことはありえないそうで、


どうやらこの会合を楽しみにしていたようだ。


「人員分配の件でいうのなら、畜生界は荒んでおる。

 王が不在だからな」


「一応、強いチカラは残しております。

 仏ではありませんが、金化きんかの狐…」


オレが言うと七覇王たちは少し安心したようにうなづいた。


「しかしながら、二回ほど人間界に転生すると言って来たのです。

 一回目は偶然、二回目は必然として追い返しました。

 今のところは彼女に畜生界を任せたいと思っているのです。

 覇獣王が覚醒すれば、人間界にいてもそのチカラは及びます。

 できればその時まで。

 ですがこの件は、早急に仏陀にお願いしたいと思っています。

 それでよろしいでしょうか?」


「賛成だっ!

 …もう堅っ苦しい話しはいいだろ?

 会食といこうじゃないか、覇夢王よ」


覇獄王がオレを満面の笑みで見て言った。


「皆さん、よろしいでしょうか?」


覇獄王以外の七覇王も、この会食を楽しみにしていた様で姿勢を正した。


「ちょっと待ってくれ!

 まさか、オレが迷惑をかけているというのか?」


覇獣王がはなはだ迷惑だと言わんばかりにオレ達を見回した。


「急がなくていいのです。

 あなたは仏で、覇獣王。

 まだ覚醒されていませんが、これは間違いのない事です。

 …ひとつ、覚醒するヒントを授けます。

 更なる多いなるチカラを欲してください。

 どうです?

 簡単でしょ?」


「…欲するだけ?」


「はい、欲するだけです。

 それ以降はあまり欲を出さないで下さい。

 特に、源次郎さん関係で…」


「わかったわかった…

 もう源次郎は諦めた…

 雛も仏陀だったとは信じられんが、そうとしか思えんからな…

 …あ、荒っぽい言葉でごめんなさい…」


みんなが一斉に笑った。


「いいんですよ。

 覇獣王はそれほどの勢いがあって当然です。

 …もし覚醒されたら、源次郎さんと大樹君を鍛え上げてください。

 きっと、世界の騎士団員の中では、ベティーさんが一番強くなりますから。

 その次が、多分真琴さん…」


「なぜ、真琴がそれほど強く…

 …ああ、オレもそうだった…

 子を生むと…」


「はい。

 今回の子は人間でも獣人でも勇者でもありません。

 仏ですので、その恩恵は多大なるものになるはずなのです」


「真琴は源次郎を諦めていないからなぁー…

 オレが抑えた方がいいんだよな?」


「お任せします。

 それも源次郎さんの修行だと」


「まあな。

 源次郎は最近無謀な事を始めたからな。

 だが、通常生活には支障をきたしていない。

 ほかの猛者共とは一味違うな」


「はい、そのように鍛え上げるように指導させて頂きました。

 そうすれば、寿命を短くする事もありませんから」


「ああ、言ってたな…

 前世では働き過ぎて40でこの世を去ったと。

 無謀なことは我が身を滅ぼす、ということだよな?」


「はい、その通りです」


オレは一拍手した。


綺麗どころの菩薩たちが、いい香りのする食事を運んできた。


「…う…

 なぜここに…」


覇獄王が麗子を見て驚きのうめき声を上げた。


「オレの妻ですので無条件で雇いました。

 顔見知りでしたか」


「まあな、ずいぶんと前のことだ。

 強くなり過ぎて、我を忘れた愚か者だ。

 美人なのに、もったいない…」


オレは知っていた事実なので驚く事はなかった。


「覇王に出会って変わったのっ!

 アンタにだけは、料理、配らないでおこうかしら…」


「それはないだろぉー…

 おおっ!

 これはうまそうだっ!!」


全てはどこにでもある料理だが、


全ての味付けは道すがら食堂バージョンのものだ。


オレの記憶が寸分違えず再現してくれているはずだ。



覇王たちは喜び勇んで食べ始めた。


夢なので、大食いしてもほんの少ししか欲をかいたことにならない。


かなり都合のいい話しだが、仏も本能にはあらがえないのだ。


だが全ての料理に、ある野菜を使って作ってある。


植物たちが、「食べてください」と言ってくれた大地の恵みだ。



数十分後、七覇王たちは妙な顔つきになった。


「なぜ、もう満腹なんだ?

 確かにかなり喰ったが、まだ喰えると思ったのだが…」


覇無王は驚きの眼でオレを見た。


「そうよそうよ!

 食いしん坊な私がこれっぽっちで…」


覇鬼王が妙な理由で悔しがっている。


オレは仏陀の考えを話し、全員が納得をした。


「食欲を相殺する、か…

 これだと食欲だけは本能ごと抑制することになるということか…」


覇天王が何度もうなづきながら言った。


「これが仏にとって最重要事項だと思っているのです。

 食は毎日摂りますから。

 そして、人間の考えた精進料理と言うものがありますが、

 これは否です」


「ああ、そうだな。

 この結果から植物も命があるといっていい…

 喰えるものはなにもない。

 口にしていいものは水だけだ…」


「はい、それが真の精進料理となります。

 ですが、この野菜だけは精進料理として食してもいいものなのです」


「いやっ!

 大満足だっ!

 …ところで、次の会合はいつだ?」


覇獄王がかなり楽しそうにいい、多くの笑いを誘った。


… … … … …


「どうして私を呼ばないのよ…

 私は覇人王で覇虫王なのに…」


翌朝の学食で仏陀が剥れていた。


仏陀はほとんど管理していないのだが、


仏陀の言う通り人間界と虫界を管理するものである。


本来人間会の管理者は空位なのだが、仏陀がいることにより、


名目上、覇人王となっているのだ。


だが、さすがに七覇王と肩を並ばせるわけにはいかないので、


今回は遠慮してもらったのだ。


というよりも、オレの記憶の奥底に沈めておいたので、


今の仏陀では探れなかったはずだ。


そして、真の仏陀であれば、隠す必要のない事だ。


その仏陀は、今の仏陀のように聞き分けの悪い人ではないからだ。



今回の七覇王会議は、


ほんのひと時でも翼を休めてもらおうとオレが提案した事だ。


「…察してくださいませ…」


オレがつぶやくように言うと、


「…だったらぁー、ねえ…」と言って仏陀は両腕を広げた。


「性欲が沸くはずですので、でき兼ねます」


オレは欲の件なのではっきりと言った。


麗子が少し大笑いをして、すぐに真顔になって外を見て、


「ああ、いい天気…」と大雨で土砂降りの天候をうっとりとしたまなざしでいる。


仏陀が膨れっ面を見せたが、オレは何もしなかった。


これは罠だと感じたからだ。


「…覇夢王…

 天界に送っちゃおうかなぁー…」


「行けません、仏陀。

 それは欲のねじ曲がったものでございます。

 さらに器を広げた方がよろしいかと。

 欲の件ですので、言わせて頂きました」


仏陀はさらにふくれっ面を見せたのだが、


反論できる言葉が見つからなかったようだ。


「それに、上司がいるとハメを外したい部下の肩が凝るのです。

 今回はできれば骨休めとしてオレが企画したのです。

 やはり仏陀の弟子たちの親交を深める…」


「…もうわかりましたぁー…

 …私もガングロヤマンバにでもなっちゃおうかしら…」


オレは下を向いて笑ってしまった。


御陵詩暖ごりょうじのんも学生時代はやっていたそうですよ。

 最近はやめたようですけど…

 ですが、昨日、普通だったな…」


「顔はね、メイクでごまかしてたの。

 雛ちゃんがレクチャーしてくれているそうよ。

 …御陵詩暖は次はどんな離れ業の修行をするのかしらねぇー…」


オレの記憶にはない事なので、


今仏陀が言った件はかなり古い出来事のようだ。


世界の騎士団日本支部の女帝にふさわしい人物だと、改めて思い知った。




















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