第15話 オレたちの場違いな日本一って…

「…BLか…」


オレは苦笑いを浮かべていただろう。


オレの夢の中のオレの部屋のベッド上に源次がいる。


寝転がってまでも踏ん反り返っているのだが、


男には違いないのだが女のようにも見て取れる。


「…師匠の好きなようにやってくれっ!」


源次が熱い眼差しでオレを見た。


当然の如く、オレの二の腕に猛烈に鳥肌が立った。


「断るっ!

 ほかを当ってくれぇー…」


性交渉以外で源次を昇天させる方法がないものかと考え、


源次にインタビューするとかなり簡単な方法をすぐさま思いついた。


「…お前、本当にオレが怖いんだな…

 オレ、優しくないか?」


「いいや、その優しさだ!

 これは、男でも女でも関係ねえ。

 覇夢王の優しい言葉や敬語は、

 オレ達を本当に昇天させてしまうんだよ。

 特にここは、師匠の有利に働く場所だ。

 益々確実に昇天できるって事だよな?」


「その通り。

 …さて、なんと言って昇天してもらおうかな…

 源次様はどう思われますか?」


源次は喜びの表情のまま昇天した。


オレは呆気に取られて、何も考えられなくなった。


冗談半分で言ったのに…


オレは二度と敬語は遣うまいと心に決めた。



ちなみに仏陀には敬語では話してはいない。


オレがいつも仏陀に使っているのは丁寧語だ。


似ているがまるで違う。


丁寧語は感情の篭っていない敬語なのだ。


… … … … …


翌日の夕方、野球部の練習に参加すると、


いつもの様に皐月が絡んできたがそれを難なくクリアして、


なんとなく淋しげな明日菜に寄り添った。


「浮気の誘いじゃないからな」


オレが近付きながら言うと、明日菜は大声で笑った。


「はい、わかっています。

 ありがとうございます、結城さん。

 たった10ヶ月…

 単身赴任だと思って、一生懸命がんばりますっ!」


オレは安心して笑みを浮かべて練習試合に参加した。



「おらぁ―――っ!

 明日菜、来いっ!!」


オレはバッターボックスに立って闘気の沸き立つ感情を込めて叫んだのだが、


度が過ぎた。


「タイムッ!!」


オレの気合で、


近くにいた数名の菩薩たちが昇天しそうになってしまったので


蘇生を行ってから、今度は静かにバッターボックスに立った。


少し笑っていた明日菜は容赦なく剛速球を投げ込んできた。


一球目は見逃した。


速いが、打てない球ではない。


インコース低め一杯のストライクだった。


ここで明日菜の思考を読まずに山を張った。


カーブかストレートのアウトコースだと読み、


ストレートに的を絞ったがカーブできた。


オレは振り切りそうだったバットを止め、


素早くバックスイングをしてから、再度素早く振リ切った。


『カキィ―――ンッ!!』と小美味よい音がして、外野のフェンスを越えて、


その後ろにあるフェンスに突き刺さった。


「何よ今のっ!

 打ち取ってたじゃないっ!!」


オレは悔しがる皐月を横目で見て、全力疾走でベースを回った。


ホームに戻ると、皐月がブロックしてオレに抱きつこうとしたので、


皐月の頭上をジャンプして飛び越えてホームベースを踏んだ。


皐月は悔しそうだったが、


全国大会で勝ち進める手ごたえを得たようだとオレは思った。



練習後のミーティングは学食で行った。


「全国大会は勝ち逃げさせてもらいます。

 投手は明日菜と覇王。

 捕手も明日菜と覇王で」


オレは少し笑った。


確かにそれなら勝ち逃げできる可能性は大いに上がるのだ。


「幸い、プロに眼を付けられているのは明日菜と私だけです。

 だけど当然、ほかの投手は使います。

 私、プロ野球には興味ないので特に気にしていません。

 私は、お嫁さんになる事が夢だから」


オレはすぐさま皐月に拍手をした。


チームメイトたちも、皐月に暖かい拍手を送っている。


「ですがキャプテン。

 キャプテンもSKプリンセスが指名を検討しているようですけど…」


明日菜の言葉に皐月は、


『えっ?』と言うような顔をして、かなり考え込んで、


「私、出ちゃうかも…」と言って、


現金な皐月に全員で一斉にブーイングをした。


「SKプリンセスだったら受けるわよ!

 決まってるじゃないっ!!

 …でもね…

 明日菜と覇王君の全力投球を受けられないの…

 それだけが心残りだわ…」


守り神のおかげで怪我はしないといっても、限度がある。


オレと明日菜の全力で投げる球はその限度を遥かに越えているのだ。


皐月はそれを身を以って知ったので、勝ち逃げ戦法に出ることにしたようだ。


「勝てそうな時にちょっとだけ出ることにするわ。

 でも、明日菜も覇王君もベンチに下げないからそのつもりで。

 絶対に優勝したいのっ!!」


「おうっ!!」


オレたちが想いを込めて自分自身に一喝を入れた。


野球部のミーティングは終了して、


和気藹々とした雰囲気に戻り食事を摂ることにした。



オレは食事が終わってから誰もいないグランドに行った。


守り神たちと話しをするためだ。


「おい、神たちよ。

 一日一球だけでいいから、

 オレか明日菜の全力のボールを皐月さんが受けられるようにしてくれ。

 どうだ、できるか?」


「ああ、やってやろうっ!

 だが、一球だけだぞ。

 それ以上は保障できんからな」


「わかった。

 感謝する」


慇懃無礼なオレの振る舞いだが、神たちは満面の笑みだった。


… … … … …


全国大学選手権大会は、コンペイトウスタジアムで行う事が急遽決まった。


全ては澄美の策略なのだが、出場選手たちは未知の球場に喜び勇んでいる。


サブ球場は隣のサッカー場に臨時に作られている。


ホテルは本土にある、SKワールドグランドホテルが用意された事もあり、


出場選手たちはまるで天国で野球ができる喜びを噛み締めている。


出場チームは16チームで、有名大学がずらりと並んだ。


その他の超有名大学を全て破り、


全国大会に出場した雅無陀羅大学選手一同は、


『場違いだな』などと思いながら自信を持って胸を張っている。


当然の如く、即戦力を狙うプロのスカウトたちが大勢観戦に来ている。


誰もが誰かと電話で話をしている。


かなり忙しい証券会社のようだとオレは少しだけ笑った。



皐月が前夜祭で一番くじを引いてしまったので、早速オレたちの出番だ。


狂ったような練習試合の繰り返しの成果を見せる時がやってきたと、


全員が胸を張っている。


先発は明日菜で、捕手はオレだ。


一回戦から勝ち逃げ作戦を決行することになった。


相手は超強豪の宙王ちゅうおう大学なので、


気を抜く暇はないだろうと思っている。



明日菜が投球練習を始めると、相手チームから審判にクレームをつけた。


プロ選手には出場資格はないはずだという話しだ。


だが、明日菜はまだプロ選手ではないのでこのクレームは受け入れられなかった。


一応言っておくかといった相手チームの監督の牽制のようにオレは感じた。



そしてその剛速球を見ただけで戦意喪失した様で、


オレとしては面白みのない試合になるだろうと方向修正した。


やはりその通りで、相手打者から三振の山とへし折ったバットを積み上げた。



明日菜は五回まで投げて、オレとマウンドを交代した。


明日菜は意気揚々とマスクをかぶり、まるで高校生のように、


「しまっていこうぜぇ―――っ!!」と大声を発した。


これでさらに相手チームが意気消沈したのか、


15対ゼロで雅無陀羅大学は難なく一回戦を快勝した。



オレ達は源次郎から許可をもらったので、コンペイトウ温泉旅館を宿にしている。


ここの湯は本当に肉体の復活が早い。


疲れがみるみる取れて行くように感じるのだ。


こういった事も、勝ち逃げ作戦のひとつに組み込まれている。



許可を得たプロのスカウトたちが、


温泉旅館に上がりこんで明日菜を囲んでいる。


明日菜が一年しかプロに所属しない件の再確認のようだ。


それが終わると、オレにも確認に来た。


オレはプロには進まないとはっきりと宣言した。


オレが終わると、皐月にもスカウトが寄って行った。


皐月は、


「SKプリンセスならプロに、

 そうでなければお嫁さんになります」


と言ってスカウトたちを笑わせていた。


ほかのレギュラーたちも接触された様で、


みんなはいい気分のまま笑みで寝床に就いたことだろう。



そして今はオレの夢の中。


部屋にあるベッドのオレの隣には麗子がいる。


「簡単に勝っちゃったわね。

 …それよりも皐月さん、襲って来るんじゃないの?」


「大丈夫だ。

 菩薩たちと、事務局長を雇ったからな」


オレが言うと麗子は大声で笑った。


この旅館には選手だけではなく


ボディーガードとして空手部員たちも合宿と称して来ている。


オレの寝床の周りには、それなりの猛者が大いびきで眠っているのだ。


ムードもへったくれもないので、


ここでは襲う気にもなれないだろうと思っている。



麗子とは身体を合わせるわけではなく、


ただの話し相手として来てもらったのだ。


そうすれば、オレの精神力の復活も早いのだ。


麗子と共にこの先の事をいろいろと話し合った。


「…子供、どうする?」


「社会人になってからだな。

 だがその前に試練がある。

 性欲を持たずに子を成すこと。

 これが一番肝心なことだ」


「無理に近いわよ…

 私よりも、覇王が…」


「オレはもう大丈夫だぞ。

 性欲はすでに絶った。

 そして、子種の放出は可能だ。

 かなり微妙な心境だな。

 …しかし、実際にそう決めた時、

 うまくいくのかは不明だな。

 麗子次第と言ったところだろうな」


「うん…

 自然でいられるように…

 …ねえ、アドバイス、ない?」


「あるぞ。

 視覚的効果に頼る。

 お互いの眼を見詰め合ったままでいること。

 そうすれば、性欲は沸きにくいからな」


「…ねえ、試したいな…」


オレは麗子の意見に同意して試したのだが、


麗子がノリノリになってしまってあえなく失敗に終わった。


麗子がほんの数秒で、自分の世界に入り込んで眼を閉じたところで、


歓喜の絶叫を上げ始めたのだ。


夢の中のオレの優位さは消していたのだが、


オレよりも麗子がかなり頑張らないと無理だと思い、


この先の麗子の修行に期待した。


… … … … …


翌朝。


この日は試合はないのでオレは大学に出た。


ほかのチームメイトたちはそれぞれのスタイルで休暇を楽しむようだ。



「勝ち逃げ作戦、成功のようね」


仏陀が朝の学食でオレに言った。


「はい。

 問題は今日ですね。

 ハメを外し過ぎなきゃいいのですけど…」


オレは本気で心配だったのだ。


「それも修行よ。

 レギュラーでない子が目立つかもしれないし、

 それでいいんじゃないの?」


確かに仏陀の言う通りで、


ベンチにいる者全員がレギュラーと言っても過言ではないのだ。


この一ヶ月間の練習試合で、全員がめきめきと実力を上げた。


レギュラー落ちした半数の者が虎視眈々とレギュラー復帰を狙っているのだ。


「神のチカラは野球関連での怪我はないのよね?」


「はあ、一応は…

 ですが神たちは日常生活も見守ってくれていると思うんです。

 かなり危険な場合は怪我をするでしょうが、

 命を落とす危険はないと思っています」


仏陀は納得したようにして小さくうなづいた。



朝早くから、部活に入っていない美奈世が学食に現れた。


どうするのか観察していると、オレを横目で見て少し離れたテーブルに付いたが、


オレはすぐさま、席を立って素早くジャンプした。


オレの視界の下には、空振りをした美奈世の両腕が見えた。


オレはふわりと床に足をつけ、美奈世の前に仁王立ちした。


「いい加減にしてくれないか、この卑怯者め。

 麗子がいたら、また吹っ飛んでたぞ」


「…私、溜まってんの…

 澄美さん、厳しいんだもん…」


美奈世はコケティッシュにオレに言った。


よく見ると可愛いのだが、どう思っても十代前半としか思えない。


「当然だ。

 勇者の前にお前は仏だ。

 まずはそれから学べ。

 さらに勇者の中でも最下位ランクのようだな。

 赤ん坊に負けてどうするんだ、ああん?」


能力値を比較すると、


まだ赤ん坊のクリス ――詩暖と源次郎の願いの子―― よりも能力は下、


しかも能力数、能力値を半分ほどしか発揮できないと診断されたのだ。


だが、美奈世本人が悔しがらないので、これを責めても暖簾に腕押しだった。


「向こうは神の軍団だもん。

 仏は地道な修行が必要…

 覇王君の強さって絶対おかしいわよっ!」


「まあな、それはオレも感じているが、

 オレの場合、ずっと真面目に修行していたようだぞ。

 その実力は蘇るが、記憶は二の次だからな。

 それほどに実感はない。

 …どうでもいいが、もうオレを追いかけないでくれ。

 でないと強制的に天界に送るぞ。

 オレの夢で、お前に手を触れることなく送る事も可能だからな。

 どうだ、楽しそうだろ?

 そして、もうすでに勇者になる秘訣はオレが全て探った。

 それを盾にする事はもう無理だぞ」


美奈世は口を挟めず呆気に取られ呆然としている。


「…そんなぁー…

 このじゃれあいが楽しかったのにぃー…」


「じゃれあっていない!

 楽しんでるのはお前だけだろ…

 今度不穏な動きを見せたら、仏陀の許可なく送るからな。

 しっかりと覚えておけっ!」


オレは威厳を持って言いたかったのだが半分笑ってしまった。


だが美奈世は泣きそうな顔をして立ち上がって、


また少し離れたテーブルに座った。



オレは何か違和感を感じた。


前世でのオレの妻になったことが間違いだったのではないかと感じたのだ。


それを探る前に仏陀を見ると、悲しそうな眼でオレを見ている。


「…私、ちゃんと真面目にするから、送らないで…」


オレはおかしくて少し吹き出した。


「送りませんっ!

 そもそも今はもう無理です。

 今の仏陀でもオレのチカラでは送れないでしょうね。

 もっとも、仏陀次第のところは大いにありますけど。

 欲の面で…」


仏陀はオレに苦笑いを浮かべた。


「でも、覇王君にしては厳しいんじゃない?

 まあ、美奈世の麗子ちゃんとの入れ替わりは酷いわね…

 罰は、真っ当な仏になることでいいと思うの」


仏陀の言葉にオレは笑顔で頷いた。


ちなみに美奈世が失っていた勇者の能力は今は元に戻っている。


一時的に仏陀が抑え込んで、美奈世に何をしても無駄だとみせつけたようだ。



オレは視線の端に美奈世を捉えている。


やはりどこからどう見ても子供だ。


「美奈世は、本当に18才なのですか?」


「ええ。

 もうすぐ19才よ。

 誰が見ても子供なのよねぇー…

 だからこそ生徒たちには人気はあるみたいなの。

 そして、医学部の天才。

 もっとも、勇者で仏だから当たり前だと思うけどね」


「人を助け、怪我を治す。

 勇者のあるべき姿のような気がします」


仏陀は笑顔で頷いた。


オレは美奈世の過去を探る事をすっかりと忘れ去っていた。


… … … … …


夜のうちにコンペイトウの温泉旅館に行くと様子がおかしい。


部員たちに怪我はないようだが、


半数ほどの女子野球部員の表情が上の空になっていたのだ。


「…なるほど…

 面白い攻撃をされたものですね。

 今、上の空の者は明日の試合に出られないということでいいのでは?」


オレが皐月に言うと、


皐月はオレの意見に賛成してオーダーを組み替え発表した。


まさに眼が覚めたようにして、


スターティングメンバーを外された部員たちが皐月に泣きついた。


「時限爆弾付きの選手を使うわけないじゃない。

 アンタたち、ベンチからも出てもらうわよっ!

 私は優勝だけが狙いなの。

 私の18年間の野球人生の集大成なのよっ!!」


何年野球をやっているんだとオレは驚き、そして納得もした。


皐月はまさに本気なのだ。


「さて、ひとりずつ何があったかみんなの前で話してもらおうか…

 ウソを言っても、見破れるんだぞ、オレって…」


オレは少し迫力満点に言った。


事情はほぼ同じで、わずかなカネと大いなる欲、特に性欲。


そのふたつが彼女たちを牛耳っていたようだ。


「ではその彼氏に、スタメンを外され、

 ベンチにも入れてもらえなくなった事を伝えてもらおうか。

 今のところこれはウソではないからな。

 あとはキャプテン次第だけどな」


オレの言葉に、皐月が大声で笑った。


きっと相手チームは戸惑いを隠せないことだろう。


十数名の部員が一斉に電話をかけると、


その半数以上が罵倒され汚い言葉を投げかけられた様で意気消沈したが


その分やる気が出たようだ。


だが罰としてスタメンからは外された。


しかし、ベンチ入りができることに、みんなは皐月に頭を下げていた。


「まあいいんだけどね。

 明日菜は相手を撃沈したようだから」


明日菜には源次がいる。


そして超セレブだ。


数名言い寄ってきたそうなのだが、


一瞥すると逃げて行ったということだったようだ。


… … … … …


翌日の第一試合は大いに荒れた。


だがそれは試合展開ではなく、相手側ベンチだ。


騙された女子部員たちはバッターボックスに立つとこぞって


相手ベンチに向かってボールを打ち込んだのだ。


当然逃げ場はなく、数名が怪我をして退場した。


怪我にはならなくても硬球に当ればかなり痛い。


ほとんどのレギュラーが使い物にならなくなり、


簡単に勝負は決まった。


この出来栄えに、皐月は終始笑顔だった。


「明日もやっちゃおうかしら?」


「できれば今日も止めたかったんですけどね。

 狙って打てるはずがないということにしました」


練習の成果がここでも出た。


ほとんどの部員はどのコースにボールが来ても


甘い球であれば難なく狙い通りの場所に打てる。


ベンチに飛び込んだファールボールは35球に達した。


よって最終的には全員がベンチから出て、


グラブ片手に声援を送り続けることになった。



一番初めの犠牲者は首謀者である監督で、


激しく跳ね返った球が後頭部を直撃して本土の病院に運ばれた。



楽々と二回戦も突破して、明日は準決勝だ。


オレ達はあまり騒ぐことはせず、身体を休めることに集中した。


「明日菜の最高の球が取れたわっ!

 …でもね…」 


この件でスカウトたちの表情が一変したのだ。


捕手の弱いチームはこぞって皐月にラブコールを贈ったのだが、


皐月の決め台詞を聞いて、意気消沈していた。


「一日一球だけ。

 あと二試合で二球。

 それで何かを掴んでください」


オレが言うと、皐月は満面の笑みでオレを見た。



皐月はこの大会にすべてをかけている様で、余計なことは何もしない。


オレは安心して、


空手部の猛者たちのイビキの渦巻く寝室でゆっくりと夢を見た。


… … … … …


翌日の試合は楽勝だった。


よって、ほとんど疲れなかった。


だが決勝戦は、超有名超強豪の報正ほうせい大学だ。


相手チームのレギュラーはほぼ全員がプロに行く事を確約されている。


ここでいいところを見せることで、それを確実に掴む事ができるはずだ。


だがオレ達はそれに協力するつもりはない。


チームを勝利に導くことが最優先なのだ。



皐月は相手チームが打てないことを前提に勝負に出た。


全員を超前進守備につかせたのだ。


完全に優勝候補をなめ切った行動に、当然腹が立ったことだろう。


だがこれこそが手だ。


完全に冷静さを失っている。


投手はオレ、捕手は明日菜でゲームは始まった。



オレの剛球はボールに回転を与えないように仕組まれている。


中三本指で、ボールをわしづかみにして投げる。


スピードはマックス170キロなのだが、


それほど出さない方がボールは重いらしい。


一番打者から三番打者まで、


全てを内野ゴロに打ち取って上機嫌でベンチに戻った。



打順にも勝つための秘訣が施されている。


一番打者はオレで、二番は明日菜だ。


打順が回れば点は取れるという作戦だ。


だが相手チームもバカではないので、オレと明日菜は敬遠してくるはずだ。


オレは第一球目は様子を見て何もしなかった。


そして二球目、全く同じところにボールがきたので、


左手をバットから放して右腕だけで大きく振った。


『カキィ―――ンッ!!』


ボールを見事にバットの芯で捕らえ、


大アーチを描いてバックスクリーンを越えた。


テニスはやった事はないのだが、


きっとオレの記憶にあるスマッシュのフォームになっていただろうと感じた。



オレは全力疾走でグランドを駆け抜けホームベスを踏んだ。


もうこれで勝ったと皐月は自信に満ちている。


相手には一点もやらない作戦なのだ。


マウンド上で投手と捕手がケンカを始めたが、何の意味もない事だ。



二番の明日菜も敬遠だが、すっぽ抜けたボール球が外角のいいところに来た。


明日菜はフルスイングして簡単にスタンドに運び二点を先取した。


相手チームのひとり相撲で、


重い二点を差し出してしまったことで、


すでに相手ベンチは敗戦ムードが漂っている。


この時点でメンタル的にはもう勝ったも同然だ。


だがオレは気を引き締めるように皐月に言った。


「…そうね、そうよっ!

 みんなっ!

 練習試合っ!

 練習試合よっ!!」


皐月のひと言でベンチ内は真剣な顔つきになった。


相手チームは練習相手なのかと思ったようで、


半数が落ち込み、半数が怒り狂った。


益々やりやすくなったので、二回からはオレはサード、


明日菜はセンターの守備についた。


皐月はファーストを守っていたのでそのままマスクを被った。


今のこの状態が、オレたちのベストポジションなのだ。


相手チームは焦ったのか、いい球を力んでしまい、


内野ゴロと内野フライに打ち取った。


続く打者はいい当たりだったのだが、オレの真正面のライナーだった。


軽く捌いて攻守交替した。



回は進んでもう七回なのだが、未だヒットを許していない。


得点は五対ゼロ。


オレと明日菜は慎重に敬遠されたが、


下位打線の猛攻が爆発してからの敬遠だったので、


難なく二点を献上してくれたのだ。


そのあとに続く皐月がタイムリーヒットを放って、五点目をもらった。



ここで投手と捕手、ファーストの守備を替えた。


今度は明日菜が投手の番だ。


明日菜の剛速球が冴え、


簡単に三人で討ち取ってオレ達は意気揚々とベンチに戻った。



最終回の守り、ツーアウトツーストライクまで来て、オレがマウンドに立った。


最後の最後で、始めて皐月にオレの本気のボールを投げることにしたのだ。


投球練習は省いてもらって、ゲームを再開した。



皐月に緊張が走ったが、オレが肩を上下に揺らすと、オレに笑みを見せた。


オレは大きく振りかぶり、


いつもよりもかなり前傾のフォームで渾身の一投を放った。


打者にはオレのこのボールが見えないはずだ。


オレは握りを普通のストレートに変えていたのだ。


『バシィ―――――ッ!!!!』


途轍もないキャッチャーミットの音がグランド内に木霊した。


「トラッカウッ!

 ゲームセッ!!」


主審の叫びに皐月がマスクをはずして駆け寄り、


オレに抱きつこうとしたので素早く逃げた。


「…最後くらい抱きつかせなさい、覇王…」


それはもっともな意見だと思い、オレから抱き付いて皐月を抱え上げた。


そして明日菜に投げた。


皐月は不満そうにして明日菜に抱きかかえられていた事が、


この数日間の一番記憶に残った場面だった。



スコアボードを見ると、スピード表示が出ていなかった。


スピードガンでも計れない球を皐月はよく取れたなとオレは感心した。


そしてベンチに帰ってまずは救急箱を手に取った。


「キャプテン、手首、捻挫しましたよね?」


皐月はミットを外していなかった。


「…折れたと思ったけど、捻挫で済んだわ…

 …傷ものにされたから、責任とって欲しいんだけど…」


「野球で負った傷は勲章です。

 しかも守られていたのに、ですよ。

 それほどの球を取ったんですから、

 そんな詰まらないことに引き替えない方がいいですよ」


皐月はオレの言った事が心に浸み入った様で、


笑顔でゆっくりとミットを外してオレの治療を受けた。


帰ったら神たちが意気消沈してるだろうなと思い、


慰める言葉を考えた。


… … … … …


閉会式を終え、号泣しているチームメートたちと共にまずは温泉に浸かった。


特に皐月は怪我をしたので、これは重要なことだった。


温泉旅館が祝勝会の会場となり、関係者一同がなだれ込んできた。


万雷の拍手を浴びて、皐月を先頭にしてオレ達は応援の礼をした。


「…私…

 高校時代も、

 そして大学に入ってからもずっと悔しい想いをして来ました…

 ですが今日、その想いが報われました。

 応援、本当にありがとうございました…」


皐月は涙ながらに短いコメントを告げ、関係者たちにも涙のおすそ分けをした。



オレと麗子は盛会中の祝勝会をこっそりと抜け出し、


大学の野球グランドの守り神たちの社に行った。


神たちはオレを見て、いきなり土下座をした。


「そんなことをするな。

 骨折はしなかった、ただの捻挫で済んだんだ。

 益々精進して欲しいものだな…」


「おおっ!

 精進してやるともっ!!」


神たちは気合が入った様で、


怪我をさせてしまった事はもうすっかりと忘れてしまったように元気になった。


「…役に立たない神たち…

 頼まなくて正解だったわ…」


美奈世が暗がりの木陰からこっそりとオレ達を見ていたようだ。


「そんなことを言ってやるんじゃない…

 神たちも懸命だったんだよ。

 …あ、そうだ…」


オレは美奈世を見て、オレと接していた美奈世の過去を探った。


やはりな、とオレは美奈世に微笑んだ。


「美奈世はオレとは関係あるぞ。

 五世代から二世代前までずっとオレの妹だった。

 義理ではなく血の繋がったな。

 お前だってそれを知っていたんだろ?」


「だからこそのステップアップじゃないっ!!」


美奈世は怒りを露にしてオレに言った。


「だからこそ、オレはイヤなんだよ」


オレは美奈世を抱きしめてから頭を撫でた。


「おやすみ、美奈世。

 また明日な」


オレが言うと、美奈世はどうすればいいのかわからなかった様で、


その場で呆然として立ち尽くしていた。


麗子は少し怒っていたが、


オレを睨みつけながらも腕を組んできてご機嫌になった。


「だがな…

 これもあまりよくないと思う…」


オレは困った顔を麗子に見せた。


「いいじゃん!

 妹同士仲良くしてもらえばっ!」


そうは簡単には行かないだろうとオレは感じている。


… … … … …


急いで温泉旅館に戻ると、全員がオレ達を睨んでいた。


特に皐月は麗子が組んでいる腕を激しく引き剥がした。


「どこに行ってたのよっ!!

 源次郎さんたち帰っちゃったわよっ!!」


これは叱られて当然だと察し、すぐさま源次郎に詫びの電話を入れた。


ひと通り説明して、話を聞いていた皐月が泣き出しそうな顔になった。


「…神様のおかげで守ってもらえたのに…」


皐月は捻挫した左手首を右手で胸の前で握った。


「神たちは土下座をしてくれたんです。

 早く嫌な呪縛から解いてやらないと悪霊が沸いたりするんですよ。

 さらに修行を積むそうなので次からは大丈夫のはずです」


「…うん…

 怒っちゃって、ゴメン…」


皐月は少し落ち込んでから、


気を取り戻したようにして美味いビールを煽り始めた。


… … … … …


最後の夜もこの温泉旅館に宿泊して、


翌朝、オレは早くに出て大学に行った。


学食に行くと、オレの指定席に仏陀と美奈世が座っていた。


「美奈世ちゃん、早いな。

 おはよう。

 …仏陀、おはようございます」


「…うん…

 おはよう…」


美奈世は少し元気はないが、オレを襲うことはもうやめたようだ。


「覇王君、おはよう。

 私のお友達、大人しくなっちゃったわ。

 どうしてくれるのかしら…」


仏陀は少し怒っていた。


「美奈世なりの答えが出たようですからいい事ではありませんか。

 きっと、勇者の能力も上がると思うんだけどな」


オレが言うと、美奈世は本当のオレの妹のように


満面の笑みを見せてから恥ずかしそうにして食事を再開した。



そして、この状況を見た早百合が


驚きの表情で学食の入り口で立ち尽くしている。


「早百合ちゃん、おはよう」


オレが早百合に挨拶をすると我に返った様で、オレの隣に座った。


「…お兄ちゃん、みんな、おはよう…

 …仲良く、なってるように見えちゃうけど…」


「まあな。

 だけど、違うようにも見えるよな?」


早百合は小さくうなづいて、そして、怒りを露にした。


「私の方が先に妹だったのよっ!!」


ついに戦いが始まってしまったのだが、


ここは仏陀とオレで早百合の怒りを静めてもらった。


「仏は協力してこそです。

 ふたりとも、仲良くしてくださいね」


仏陀が優しい言葉をふたりにかけた。


柔らかな笑顔で美奈世は小さくうなづいたのだが、


早百合は少しふくれっ面でうなづいた。


オレがその理由を語ると、その顔は少し緩んで、


まずは仏陀に詫びを入れてから美奈世に謝った。


美奈世は謝られて困ってしまったようだ。



そしてオレは気づいた。


どこかららどう見ても、


8才も年下の早百合の方が姉だなと思うと


かなり愉快な気分になって大声で笑った。


三人が不思議そうな顔をしてオレを見た。


オレが理由を告げると、仏陀は薄笑みで少しうなづいた。


「そんな感じ、あるわね。

 大人の心は、早百合ちゃんの方が完全に上だもの。

 見た目も気の強さからすれば姉には違いないと思ったわ。

 …でもね、ふたりはいいライバルで、

 そして仲のいい姉妹になれるはずだわ。

 …早百合ちゃん、今度は妹もできちゃったわね。

 ほかに家族、いらない?

 私、お姉さんになってあげようか?」


仏陀は妙なアピールをオレに向けて始めた。


「仏陀、両親が震え上がっているのでやめてください…」


オレの言葉にウソはなく、隣のテーブルに座って食事を摂っていたのだが、


椅子と同化して固まっていた。



『ワールドベースボールに結城覇王当然当選確実?!

 佐久間監督、熱烈ラブコール!!』


朝食を摂っている全員がオレの顔を見た。


「これって、話、来たの?」


仏陀の言葉に、「いえ、まだ接触はありません」


とオレが言うと、仏陀は少し思案顔になった。


「平和じゃないので断ってね」


「はい、仰せの通りに」


オレが答えると、みんなは首を振りながら食事を再開した。


『推定球速、250キロ!!

 これ、間違いないのでしょうか?』


番組はまだ続いている様で、


昨日のオレの最後の投球について物議が交わされていた。


『そして極め付けがこれですっ!』


映像はオレの足型で、左足だった。


『これ、踏ん張った結城投手の左足なのですが、

 マウンドに10センチほど埋まっていたのです。

 そして右脚のその蹴りは、ピッチャープレートが吹っ飛んでいたのです。

 恐ろしい蹴り足です。

 250キロは伊達ではありません。

 もし吹っ飛ばなかったら、さらにスピードは上がっていたことでしょう』


なるほどな、吹っ飛んでいなかったら皐月も吹っ飛んでいたな


と思ってオレは苦笑いを浮かべた。


「でも、ボールを受ける人がいないわよね。

 宝の持ち腐れよ」


仏陀の言う通りでもある。


「それを理由に断りましょう。

 もっとも、監督が悪だからと言ってもいいんですけどね」


オレの言葉に、仏陀は小さくうなづいた。


「矯正…

 してあげてもいいんじゃないの?

 コーチとして引き受けるのもいいのかも…」


仏陀はかなり興味深い事をオレに言った。


「そのために世界選手権に参加するのもいいですね。

 ですが、できれば日本を離れたくないのですけれども…

 やはり昇天の儀の依頼や、オレの警護…」


「あら、そうだったわ。

 残念…

 …理事長、追い返してください。

 結城覇王はワールドベースボールには参加致しません」


学食に姿を見せていた理事長がすぐさま仏陀に礼をして学食を出て行った。



シャコが姿を見せ、このテーブル専用のモニターで校門の様子を打ちし出した。


佐久間が何とかして学校に入り込もうとしているのだが


それが叶わないのでイラついているようだ。


校門を抜けていく学生の後をついて行ったりしているのだが、


何もない場所で強か顔面を強打している。


「自分が悪いって思わないんですね。

 やはり実力派の選手だった頃の記憶がそうさせるのでしょうか…」


「プライドが高過ぎるの。

 そして相手を挑発する。

 こういった人が多い世界だから仕方ないんだけどね…」


仏陀はため息混じりで言った。



次はどんな作戦に出るのか待っていると、


昼食時の学食で源次郎から連絡が入った。


SKプリンセスの監督、宮城順太経由で源次郎に話しが回ってきたそうだ。


オレは丁寧に礼を行ってから、断る理由の数々を告げた。


『決定的なのは、最高のボールを誰も受けられない。

 皐月君は捻挫程度で済んでよかったとも言えるな。

 仏としても手が離せない状態だからな、

 監督が嫌なので参加しない事も全てありのまま語っておこう。

 その事実は雛も確認済みだ。

 世界選手権の監督としてはする事だけすれば納得もするだろう。

 …だがな…』


「…はあ…

 きっと、ボールを受けさせろと言ってくるはずです…

 オレ、人死は見たくないんですよね…」


源次郎は大声で笑った。


『それ、お膳立てするぞ。

 死なない程度で投げ込んでやればいい。

 それでも食い下がってくるのであれば、

 オレと雛がすべて引き受ける。

 もっとも、それ以外の理由で断るので、

 ボールを受けられない証明をするだけだからな。

 本人多忙により、が一番の理由だ』


オレは源次郎に礼を言って電話を切った。


「源次郎さん、楽しそうだな…」


オレが言うと、周りにいた者が一斉に笑った。


「覇王君に絡めるのが嬉しいのよ。

 そして、その最高を見せてあげればさらに喜ぶわよ」


確かに仏陀の言う通りでもあるとオレは一礼した。



夕方の学食にそのお膳立てが揃ったと源次郎から連絡があり、


二日後にSKプリンセス球場でその検証が行われることになった。


オレの球を受けるのはガズマだった。


「まあっ!

 ガズマ様がっ?!

 身体はロボットですからね。

 受けられるでしょうし、それにテストも終わっているのでしょうね」


仏陀の頬が一気に緩んだ。


「はあ、きっと、さらにとんでもない球でも受けられるように思います。

 なんだが全力で投げ込む事ができる喜びに満ち溢れて来ましたっ!!」


オレが気合を込めて言うと、周りにいた菩薩たちが虚ろな目になったので、


オレと仏陀で蘇生を開始した。


仏陀は笑みを浮かべただけで何も言わない。


オレは、源次郎のように頭を掻くしか術はなかった。



約束の当日、検証会場に出向くと


佐久間が満面の笑みでオレに握手を求めたがオレは断った。


「オレはあなたと仲良くするつもりは毛頭ありません。

 …源次郎さん、よろしくお願いします」


オレは源次郎には頭を下げた。


佐久間から歯軋りの音が聞こえた。



ガズマは満面の笑みで難なくオレの軽く投げたボールに反応している。


軽く投げたといっても、200キロは優に越えているのだ。


そしてついに、オレは最高にいい気分で全力で投げた。


『ドオォォォォォォ―――ンッ!!!!』


という大砲のような轟音がスタジアムに響き渡った。


時速300キロ。


いくらヒューマノイドでもよく受けられるな、


スゴイなとオレはガズマを絶賛した。


ガズマは笑顔でオレにボールを投げ返した。


さらに投げろということらしい。


オレは舞い上がったようになり楽しんで何度もボールを投げた。


「おっと、ダメだ。

 手がもげた」


ガズマが平然として言って、回りの者たちを驚かせている。


機械オイルのような赤い液体がガズマの服を汚した。


これも想定内だった様で、細田がすぐにガズマを連れて、


研究室モドキのテントに入って行った。


すぐさま出てきて、何事もなかったようにガズマは現れた。


今度は佐久間の矛先はガズマになったのだが、その前に源次郎が止めた。


「ガズマは特別製だ。

 もうそろそろ諦めろよ」


源次郎が言うと佐久間は源次郎を睨みつけた。


「次はお前が取ってみるか?

 そうだ、それがいい!!」


源次郎は佐久間にミットだけを渡したが、


佐久間はそのミットを地面に叩きつけてベンチに向かって踵を返し歩き始めた。


「この、根性なしめっ!!」


源次郎が叫ぶと、佐久間は一旦は歩を止めたが、


何事もなかったようにしてグランドをあとにした。


「…さて、今の一部始終を早速SKTVのスポーツ枠で流そう。

 これも、契約のひとつなんだよ」


源次郎は全て手を打っていた様で、源次郎に頭を下げた。


源次郎は叩きつけられたミットを拾い上げ、丁寧に土を払った。


「オレにも投げてくれないか?

 …ああ、300キロは無理だけどなっ!!

 キャッチボール、しないか?」


オレは快く引き受けて、源次郎とキャッチボールを楽しんだ。



「…源次郎さんとキャッチボール…

 いいわぁー…」


明日菜は恍惚とした表情をオレに見せた。


夜の学食で、そのオンエアーを見終わったところだ。


明日菜はどこを見ていたんだとオレは少し笑った。


「いつでも相手になるぞ。

 だけど明日菜はオレよりも源次郎さんの方がいいんだよね?」


「ううん、覇王さんも…

 明日、よろしくお願いします」


オレは快く引き受けた。


オレであれば、明日菜の抑えるレベルが手に取るようにわかるので、


プロになっても相手を壊すことはないはずなのだ。


… … … … …


源次郎との組み手の約束の日、


オレ達は仏陀と共に世界の騎士団の地下施設に行った。


今日の同行者は、麗子と不動明王である柔道部監督の西郷だ。


源次の代わり、といったところだ。



西郷は心を入れ替えた様で、かなりいい男になっていた。


もっとも本来の肉体は以前の源次と同様でここにはない。


心を入れ替えたという証明は、仏陀とそして雛がすでに終えていた。



気持ちのいい芝を踏みしめると、


少し先で早百合と美奈世が口論しながらも楽しそうに訓練を行っている。


澄美、大樹、ミラクルがその監視役のようだ。



「やあ、いらっしゃい。

 …源次の代わりか?」


源次郎は西郷の前に立って握手を求めた。


西郷は快く源次郎と握手を交わした。


「オレはずっとさぼっていた。

 一体何をやっていたのか…

 オレにもここで鍛えさせて欲しいんだ。

 よろしく頼む」


西郷の話し方には優しさがあった。


源次郎は快く西郷の申し出を引き受けた。


早速その相手が列を成したので、遥か離れたブースの前で組み手を行うようだ。


源次郎が西郷たちを見る微笑ましい顔から一転して、


オレに鋭い視線を浴びせかけた。


「そろそろ、トカゲからの星々の解放に行こうかと思っている。

 できれば覇王にも来てもらいたいのだが…」


オレとしては興味のあることだ。


だが、やはり地球を離れる事、


いや、仏陀からはなれる事はオレにはできなかった。


オレが丁重に断りを告げると、源次郎は察してくれた。


雛も笑みを浮かべていたので、この回答も視野に入れていたようだ。


「社会人になってから、ということにしようか…

 それまでに源次も戻ってくるんだろ?」


「はい、そうなればオレも安心して仏陀を離れられますから。

 戻って来た源次はオレ以上だと…」


オレの言葉に源次郎は納得した様で、何度も何度もオレの肩を叩いた。


「きっと以前の倍ほどの強さはあるんだろうな。

 それだとさすがにオレも無理だ」


源次郎は正しく理解していたようだ。


人間の肉体を持つ者としては、


この星の神を背負った澄美の上を行くだろうとオレは思っている。


仏陀が、怪訝そうな顔をひとりの女性に向けている。


その視線は世界の騎士団員の田浦真琴にある。


「…彼女、妊娠してるの?」


「なにっ?!」


源次郎は仏陀の言葉に驚き、


真琴に近付こうとしたが踵を返して雛と話を始めた。


「…誰との子なのかしら?

 相手が全く思い浮かばないんですけど…」


雛は源次郎を睨み付けている。


「オレは何もやっていない。

 数日前に願いの子の話しをしただけだ。

 …まさか、その時に…」


「…はあ…

 孔雀明王だわ…

 強い母体。

 彼女が適任だったみたい…

 …今は寝言のようなことしか話せないみたい」


仏陀の言葉に、源次郎は笑みを浮かべて、真琴に歩み寄った。


源次郎の言葉を受け、真琴は一瞬は喜んだのだが、すぐに意気消沈した。


産みの喜びを感じるだけで、


すぐに手放さなければならない宿命を少し呪ったようだが、


それは一瞬だったようだ。


真琴は仏陀に歩み寄ってきた。


「きっと、さらに素晴らしい源次君が生まれてきます。

 どうか、期待していて下さい」


「…ええ、わかっているわ。

 よろしくお願いします」


仏陀は柔らかな笑みを真琴に向けて少し頭を下げた。



オレは源次郎に誘われて特別訓練場に足を踏み入れた。


軽く礼をした後、一気に指出争いを始めた。


源次郎は何か特別な修行を積んだ様で、その手捌きは異様に早くなっていた。


オレは源次郎に乗ることにして、その一歩先を維持するようにして戦った。


源次郎は見る見るうちに伸びる。


オレがさらにもう一段階上げると、いきなり源次郎は床に膝をつけた。


どうやらスタミナが切れた様で、肩で息をしていた。



源次郎は徐に知恵の輪を取り出し、かなり苦労して解き、仰向けに寝転がった。


「それ、いいですね。

 全く違うことに集中する。

 …ああ、これって…」


オレが大樹にしている修行と同じようなことだ。


源次郎はもう何も言えない様で、満面の笑みで眠りについていた。



オレは特別訓練場から外に出た。


すると、満面の笑みの大樹の顔を見つけた。


「今日は、何のカードかな?」


「あはは…

 今日はこれですっ!!

 …お父さん、寝ちゃったよね…

 覇王兄ちゃん、本当にすごいねっ!!」


大樹は少し背伸びをして訓練場を覗き見て言った。


「まあな。

 だが、オレも余裕はもうない。

 次の手合わせの時、オレも一気に上げられる予感がするな」


オレは大樹の頭をなでてから、第二訓練場の広い場所まで移動して正座をして、


大樹と向き合った。

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