第13話 オレの出生の秘密って…

「はいっ!

 招待する仏教関係者はこれで決まりねっ!」


オレたち宇宙の釈迦の会の会員は、


仏陀の家のリビングと言う名の会議室で会議を終えた。


「何名残りますかねぇー…」


「片手ね」


オレの言葉に、仏陀が右手を広げて言った。


「はあ、やはり…

 資格はあるのですが、残念ですねぇー…」


「経験不足と、仏教にのめりこみ過ぎているせいよ。

 それが今回の修行。

 数年後には両手になっていると思うわ!」


仏陀は両手のひらを広げて嬉しそうにしてオレに語ってくれた。



日本に存在する仏教関連施設にダイレクトメールと


宇宙の釈迦の会のホームページに同じ内容のものを掲示して、


雅無陀羅大学で行う講習会の参加希望者を募ったのだ。


多くの反響があり、ほとんどのその関係者から参加という返答をもらった。


当然全てを受け入れるわけにはいかないので、団体数100を選び、


その代表者を直接仏陀が探って決定した。


まさに越前雛がやっているコンペイトウ博物館入館者の、


『平和を愛する者』人選と同じ方法だ。



受講者を公表したところ、多くのクレームが来た。


これは予想していたことだった。


やはり大きな仏教集団が選ばれていない事に不満の声があがったが、


それを当然とした団体も多くいた。


やはり、政治と仏教は相容れないものなのだが、


それをやっている時点で選外になるとは思わなかったのだろうかと


オレはつくづく思うのだ。


「法力、持っている人も数名いるわ。

 珍しいわね…

 でも全員不合格。

 使い方を知らない。

 そして、悪意を持っている。

 それ、矯正しないとね」


仏陀は呆れ返ったようにオレに顔を向け言った。


「はい、然るべく」


人選した者を認めたから呼ぶというわけではないのだ。



SKTVのプロデューサーの副島とも最終的な話し合いをして、


恙無く講習会当日となった。


招待客の席順はすでに決めていた。


これが一番合理的なのだ。


後ろの席にいる者ほど、速やかにこの教室から出て行ってもらう計画なのだ。



その後ろの席に当校の学生の受講希望者を入れたあと、


テレビカメラのテストが始まった。


実はこれ、テストではなく撮影は開始されているのだ


そして、ディレクターの案内で徳の高そうな仏教関係者が続々と入場してきた。


オレはそのディレクターに目を付けていたのだ。


だが今はその時ではないので何のアクションも起こさなかった。



その存在を見ているだけでも後ろの方ににいる者は悪だなとすぐに感じた。


オレはその者たちに向け、「はぁっ!!」と気合を込め放った。


一体何が起こったのかと回りにいた者は思ったことだろう。


8名の参加者が白眼をむいて倒れこみ、多くの学生の悲鳴が起こった。


すぐさま学校職員がその8名を担ぎ上げ、別室へと運んだ。


「お騒がせしました。

 悪いものを持っていたので祓わせて頂きました」


最前列近くに者たちの表情が一変した。


オレを真の仏だと確信してくれたようで、満面の笑みをオレに向けている。


そして仏の教えを正しく理解している者たちのようで、


オレを拝むことはせず会釈にとどめた。


だがそれよりも後ろにいる者は、オレに手を合わせて短い経を読んでいる。


オレがそれをなぎ払うように右手を斜めに上げると、


手を合わせていた者の両手が離れた。


「講義はまだ始まっていませんがひとつ言っておきましょう。

 オレは拝まれる対象ではない。

 仏陀もまた叱り。

 あなた方は今まで何を修行されていたのでしょうか?」


オレの言葉に、ここで運命が二分した。


最後列の者たちは憮然とした態度を取った。


だがその前の列の者は、若輩者の声を聞き届け軽く頭を下げた。


最後尾の者たちは宙に浮かんで教室を追い出された。


「今の現象は手品とでも思っておいて下さい」


オレの言葉が面白かった様で、受講者が一斉に笑った。


残った者たちは仏の道が開かれるとオレは確信した。



教室の外で騒ぎが起こった。


激しくドアを強く叩く音がする。


だが、許可を得た者しかこの教室に入室できない。


例え扉が開いていても足を踏み入れることは叶わないのだ。


「少々騒がしいので、この学校から出て頂きましょう。

 みなさん、お願い致します」


オレが頭を下げると、


菩薩と言う名の職員たちがその処理のため教室から出ていった。


教室内は静まり返った。


「はい、静かになりました。

 今日はテレビカメラか入っているので、

 少し大人しくしていただかないと撮影の邪魔になりますので、

 ご帰宅をしていただくことに致しました。

 ですが、テレビカメラが入っていない時は、

 騒がしいまま講義をさせていただくと思います。

 それも修行なのですから」


オレの言葉に反論はない様で、僧侶たちは笑みを湛えている。



オレは講習会を始めた。


仏陀の教えは心の安寧による世界平和。


この件についてだけの浅い説明と具体例を挙げた講習を行ない、


オレの目の前にいる僧侶たちは納得の笑みを浮かべた。


難しいのは心の安寧。


これは幅が広い。


当然個人差があることなので、オレは丁寧に説明をした。


そして、「何事も程々です」と最後にオレが言うと受講者は一斉に笑った。


だがやはりその程々も具体例を上げた。


「やはり身体が動かなくなるような修行は避けますね。

 日常生活に支障がない程度の体力と精神力は常に保つように心掛けます。

 そうしておけば、怪我などに悩まされることはありません。

 少しでも体力と精神力が沸いてくればまた修行を続けられます。

 私の程々はこれを基準にして決めています。

 そしてこの程々にも変化が訪れるのです。

 それに気づいた時、ああ、オレは成長したんだなと

 自分自身を褒めることにしています。

 特に自分を愛しているわけではありませんが、

 やはり自分に、ご褒美をやりたくなってしまいますね。

 ですがこれは控えます。

 何事も真摯に。

 これが常日頃の私の考え方なのです。

 …きっと皆様方にもあった修行方法がおありでしょう。

 この先は聞く耳を持たなくて構いません。

 仏教事業以外の職に就くと、さらに修行になりますよ」


オレの最後の言葉は残った者達が覚悟していたことだったようで、


オレに笑みを向けて、大きくうなづいていた。



ついでに仏の世界のあり方を世間話のようにして語ると、


さらに連帯感が沸いて来た。


受講者たちは仏陀の弟子ではないが、


もうすでにその地盤はできていると確信した。



「さて…

 非常に残念なことがあります。

 自覚されている方、申し訳ありませんがどうかご退席下さい」


オレは仏陀が現れ釈迦となるとはひと言も言っていないが、


二列残った受講者の後列の者が一斉に立ち上がり、


オレに軽く礼をして静かに退室していった。


「お気づきと思われますが、

 真の仏陀に会われた時に昇天されてしまう方々だったのです。

 これだけは食い止めたいと思っていたのです。

 そして学生諸君とテレビ局のスタッフの方々もご退席ください。

 …ああ、ディレクタの方は結構です。

 この場で全てを見て行ってください。

 あなたはここにいる資格がおありのようです」


僧侶たちが一斉に振り返った。


そして笑みを浮かべてディレクターに一礼した。


仲間がいたとでも思ったようで、柔らかな空気が流れた。



このディレクターは一般人の中で修行を積んだ者だ。


強い精神力と心の安寧を祈っている一般人がいたことに、


オレは大感激していたのだ。


そして仏教事業以外の職に就いても仏陀は認めてくれるという


証明のようなものもできた。



そして広い教室に女性がひとり残った。


その女性、仏陀がゆっくりと歩を進めて、オレの譲った教卓の前に立った。


「素晴らしい方々に残って頂きました。

 私と致しましては、本当に嬉しい限りでございます。

 そして言いましょう。

 職を替えて下さい。

 もし行き場がないのであれば、遠慮なくこの学校にいらっしゃい。

 働き手はたくさん必要なのですよ」


オレは久しぶりに涼やかな鈴の音がする仏陀の声に感動した。


残った者たちも、オレに賛同したように身体を振るわせた。


そしてその内容にも感動したようだ。


「これは儀式ではありません。

 ただただ、私が仏陀である証拠をお見せするためのものです。

 きっと手を合わせたくなるのでしょうが、

 それは慎んでくださいませ。

 覇夢王が講習をした通り、私は拝まれる対象ではないのですから」


仏陀が言うとすぐさま釈迦になった。


一瞬驚きの声が上がったが、それは小さなものだった。


そして全員が涙を流し始めた。


この涙は、ただだた嬉しいといった類の涙だ。


「心の安寧。

 本当に難しいことでございます。

 ですがそれを自然にできる方が500万人ほどこの日本にはいらっしゃる。

 本当に嬉しいことでございます。

 そして、今回のこの撮影を放映することで、

 さらにその方は増えます。

 …現在、コンペイトウ博物館への入場は許可制となっています。

 その人数が500万人なのです。

 越前雛様は神様であらせられるのでそれを感じ取ることができるのです。

 その思いに、私も協力することにしました。

 テレビをご覧になられた方々も、きっと心の安寧を得られることでしょう。

 ですがこれはただの切欠なのです。

 そのボーダーラインにいた方が多くおられただけ。

 さらに自然に皆さんがコンペイトウ博物館に足を踏み入れられるよう、

 努力したいと私は願っているのです」


仏陀は釈迦を解いた。


僧侶たちは一斉に仏陀に頭を下げた。


今回の撮影で、この映像は流さないが音声は流す。


これで多くの人達の心が救われるとオレは感じた。


… … … … …


撮影した映像はこの日のうちに編集され、ゴールデンタイムに放送された。


そして越前雛は新たに500万人増え合計3500万人の心の確認を終え、


新たに800万人のコンペイトウ博物館への入館を許可した。


これは一般のニュースとして流された。


仏陀により、多くの人々が救われた証明として認知されたのだ。



そして釈迦の黄金像はひっそりと博物館に展示された。


多くの人たちが足を止めて、手は合わさず軽く礼だけをしているという。


… … … … …


「あー…

 なんだか疲れたわぁー…」


仏陀は姿勢は普通だが、言葉はかなり乱れている。


今は仏陀の私邸のリビングで、


雅無陀羅大学仏の教え学部講習会のオンエアーを見終えたところだ。


「確かに。

 今の心であの表現は厳しいものだったのでしょうね。

 ですがこれも、オレにとって修行でした。

 とても喜ばしいことでございます」


「ねえねえっ!

 だったらご褒美に夢の中で遊ばないっ?!」


仏陀に下心はない様で、羽目を外して遊びたいだけのようだとオレは感じた。


「遊びませんっ!

 今夜は早百合ちゃんの補講がありますから。

 仏陀が決めたことでございます」


「…そうだったわ…

 週二回だったっけ?」


オレは目礼するに留めた。


「早百合ちゃんは授業日数が足りないだけだもんね…

 来年は楽に進級できるからいいんだけどね!」


「はい、早百合ちゃんは優秀ですから。

 フランス語とドイツ語を所望しています」


「…はあ、勤勉よね…

 勇者になる修行は?」


「雛様にお願いしていますが、

 オレも手伝います。

 大樹君と共に戦うことで、少しでも早く体力、武術に関しては

 簡単にクリアできると思っています。

 問題は特殊能力。

 これはかなり時間がかかります」


「まあね。

 ESPの講義は?」


「それは雛様が。

 澄美様、大樹君、ミラクル君と共に」


仏陀が満面の笑みで頷いた。


「問題は使えるようになってからだわ…」


仏陀は憂鬱そうな顔をオレに見せた。


オレもきっと仏陀と同じ様な顔をしていることだろう。


… … … … …


眠りにつくと夢の中。


そこで目覚めると、


オレの部屋のベッドの上で早百合がオレの腕をつかんで眠ろうとしている。


「夢の中で寝ようとしてどうするんだよ…

 さあ、始めるよ」


「ねえ、お兄ちゃん、もう少しだけ…」


早百合は顔をオレの胸に密着させたまま言った。


「まあ、夢の中だからお兄ちゃんでいいか…」


「うんっ!

 その方が妙な気持ちにならないもんっ!

 私の操は、大樹君のためにあるから…」


早百合は少し照れくさそうにして言った。


「なるほどね。

 フラれた気分だな。

 …だけどそれではいけない。

 そんなものは気にすることではない。

 全ては心の中にあるんだよ」


「うん知ってるぅー

 雛さんに聞いたのっ!

 …何にも変わらなかったって…

 凄くショックだったけどね。

 でもね、わかったかもしれない」


「その程度で十分だ。

 そして何事にも満足しないこと。

 いいね?」


早百合が始めて顔を上げてオレを見た。


「えーっ

 そうなの?」


「そうだ。

 満足は毒でしかない。

 妥協の満足は満足ではないからこの心がけを忘れないように。

 この意味がきっとわかるはずだ」


「はっきりと聞きたいんですけど…」


早百合はやはり子供ではない。


何事にも分別がつけられる大人に近い心を持っている。


「わからないことが修行だ。

 だが、危険な時は助けるから安心してくれ。

 …さあ、始めるよ。

 授業終了後にオレの夢に便乗するかい?」


早百合は飛び起きて満面の笑みでオレを見て手放しで喜んだ。


一時間ほど真面目に授業をしてから、


オレ達は古代文明真っ只中の夢の世界に飛び込んだ。


… … … … …


目覚めると、早百合がオレと麗子の間で眠っていた。


子供ができたらこうやって眠るんだろうか、などと考えていると、


麗子がオレを睨み付けていた。


「…いい根性してるじゃねえかぁー…」


麗子は朝っぱらから男前だった。


「早百合ちゃん、いつの間に来たんだ?」


「ついさっきだよ。

 こら、寝たふりすんなっ!

 覇王に…

 キ、キキ、キスできねえだろうがあー…」


「私寝てるから。

 すればいいじゃない、お母さん…」


早百合は目をつぶったままで言った。


「…だ、だ…

 誰かお母さんだっ!

 まだ子を生んじゃいねえぞっ!!」


「だったらお母さんになって欲しいなっ!

 っていう寝言…」


そういえばとオレは思い出した。


「早百合ちゃんのご両親って…」


「権力争いに負けちゃったの。

 負けは命を落すっていう付録もついてくるの…」


なるほどなとオレは感心した。


そして猛烈に早百合を不憫に思った。


「お爺さんは早百合ちゃんを認めているようだね」


「うん、そう。

 だからここにいられるの。

 早く卒業して、会社、継いで欲しいそうなんだけど…」


「それもできるように努力して欲しいな。

 だが源次郎さんはきっと動くと思うぞ。

 早百合ちゃんのためにな」


「…ああ、素敵なお父さんで私、嬉しいわぁー…」


「こら、寝るんじゃない。

 散歩に行くぞ」


オレ達は身支度を整えてから外に出た。


グランドに行くと、野球部はもうすでにランニングを始めていた。


「早いな…

 今日からのようだが…」


「テレビの影響じゃないのか?

 みんなの心に響いたものがあったんだと思うぞ」


麗子の言葉にオレは納得して頷いた。



麗子と早百合が神に祈りを捧げてくれた。


オレは朝の挨拶をしただけなのだが、また様子がおかしい。


「まさか普通の挨拶もいらないとか言わないで下さいよ」


『…い、言いたいところなんだがな、

 やはり礼儀は重んじようと思い直したところだ』


ひとりの神が言うと、ほかの神も苦笑いのような顔を浮かべた。


「言葉遣い、変えようかな…

 …おうっ!

 神たちよっ!

 いい天気だなっ!!」


オレは極力粗暴にそして声を張って言った。


神たちは気合が入ったが嫌がってはいないようでむしろ歓迎された。


「お兄ちゃん、どうしたの?」


早百合が小首をかしげてオレを見ている。


「神々への挨拶の練習だ。

 オレだけは少し乱暴な方が好みのようだ。

 丁寧に挨拶すると、畏れ多いなどと言われるんだよ。

 こういうのも話し合っておかないと、神が緊張するんだよ」


早百合は意味がわかった様で微笑んでから、オレの右腕にぶら下がった。


今はどう見ても早百合は子供だった。


「覇王君も練習に付き合いなさいっ!!」


キャプテンの皐月から檄が飛んだので、


仕方なく更衣室に行ってジャージに着替えた。


すると皐月が入って来ようとしたが、麗子に首根っこを掴まれて放り出された。


「朝っぱらから元気ですね。

 その元気は練習に使ってください」


オレが言うと皐月は、「はぁーい…」といって、オレの後ろをついてくる。


麗子がオレの後ろにつき、後ろ走りを始めた。


器用なヤツだとオレは感心した。


さすがに皐月はもう何もできなくなったようだ。


「麗子っ!

 さっさと覇王を渡しなさいっ!」


「渡すわけねえだろ。

 こんないい男、ふたりといるわけがねえ。

 オレたちの歴史をなめんなよ…」


麗子の迫力があったせいなのか納得させられたのかはわからないが、


皐月はグランドに跪いた。


「赤ん坊の頃のことは覚えちゃいないが、

 付き合い始めて約22年だからな。

 兄妹として育たなくて本当によかったと思うな」


「ああ、それだけどな。

 親父がアドバイスしてくれたんだ。

 兄と思うな、男と思え、ってなっ!!」


麗子が胸を張って男前に言った。


「なんだ、オレたちの結婚を推奨してくれていたんだな。

 …そうか…」


オレは嬉しくなって笑みを浮かべた。


「覇王なら、悔しくもなんともないって言ってたんだ。

 ずっと、息子のようにして育てたかったんじゃないのかなぁー…

 だからここ三年、ずっと機嫌がよかったぞ」


オレはランニングの足を止めた。


「まさか、オレのオヤジとお袋は、

 オヤジさんの願いを叶えたかったのか。

 それで死んだ振りか…」


オレは少し笑ったが麗子は怪訝そうな顔をしたが、


思い直したようで小さくうなづき始めた。


「なるほどな、そうかもしれねえな…

 厳しいが、優しいご両親だったからな…

 オレの晴れ姿、見ていてくれたかなぁー…」


「見ていたはずだぞ」


「見ていたに決まってるわよ」


「見ていたに決まってじゃないか」


オレを含めた三人の様々な声で、同じ様な言葉が発せられた。


「やあ、父さん、母さん。

 元気そうだね」


オレの両親が穏形を解いた。


「まあ、元気だな。

 実体ではないがなっ!」


父の秀太が大声で笑った。


「いい男になったね、覇王。

 いえ、覇夢王様…」


オレの母麗子は涙を流してくれた。


そしてオレが近付くと逃げた。


だが素早く追い駆けて、強く抱き締めた。


「オレの女房を取らないで欲しいな、覇夢王様…」


秀太がオレに困った顔を見せた。


オレのことを覇夢王様と言っているが、感情はごく普通だ。


「そんなわけないだろ…

 親子の愛しか纏ってないぞ、オヤジ」


麗子がふたりに挨拶を始め、感極まって泣き始めた。


落ち着いてから事情を聞くと、


やはり麗子の父のために二人は消えたそうだ。


当然子離れも含めての行為だったと語ってくれた。


「ここで働くの?」


「ああ、それでだな…」


「仏陀に紹介させてもらう」


「お前の言霊、それほどか…

 そうしないと、ほかの者が…」


父の秀太は「仏陀」とオレが呼び捨てにしたことを気に病んだようだ。


オレは困った顔を秀太に見せた。


「そうなんだよ。

 はっきり言って苦痛に近いが、これも修行だ」


「あなたの本当の両親を探し出したの。

 仏陀様にも聞いて頂きたいのよ」


母の麗子が少し気後れしながらオレに言った。


「あまり他人行儀だと仏陀に叱られるぞ。

 オレの両親として毅然としていて欲しいな」


父と母は顔を見合わせ、「それを修行にする」と声を合わせていった。


そしてオレは重大なことが頭に浮かんだ。


母に関するオレの記憶の一部が蘇ったのだ。


「麗子の思うクレオパトラのイメージ、

 前に言ってたよな?」


「ああ。

 逞しい大阪のオバチャン」


オレは大いに笑った。


「今、後ろを歩いている」


「やっぱりかっ!!

 顔は変えているんだよな?」」


「まあな。

 東洋系に変えるとああなるんだろうな。

 桂子さんとは偶然似ているのかなぁー…

 だが双子だったと…」


オレは両親を伴って、学食に足を踏み入れた。


「あら?

 まあまあ…」


オレの両親はかなりの低姿勢で仏陀と面会した。


裴徒来ぺいとらい明王に覇婆破無而はばはむじ

 久しぶりね」


名前を呼ばれた順で、母の方が強いんだなとオレはすぐに察した。


「はい。

 至るところを見て回っておりました。

 その時に変わった赤子を拾ったので育てていたのです。

 まさか変わり過ぎていたこととは露知らず…」


裴徒来と呼ばれたオレの母が父よりも一歩前に出て仏陀に頭を下げた。


「覇婆破無而は相変わらず大人しいわね。

 人間だった頃は大暴れしていたのに…」


「はっ。

 大失敗だったと…」


そしてさらに思い出した。


オレの父はチンギス・ハンだ。


「大物同士が夫婦なんだね。

 今知って驚いたよ。

 クレオパトラにジンギスカン」


オレはおどけながら頭を下げた。


両親の表情が驚愕に変わった。


どうやらオレは両親にすら恐れられるようになってしまって、


かなり寂しい想いがした。


「さらに修行が必要ね。

 覇王君がかわいそうだわ…」


仏陀の言葉に、ふたりはできるだけ虚勢を張るように頑張ると宣言した。


職は夫婦揃って、まずはこの学校の清掃を担当するようだ。


働きながら学校内の事情を知って、得意分野の講師を目指すと抱負を語った。


「ところで、山根桂子さんとはどういった関係なのかしら?」


仏陀は母麗子を見ていった。


「はい。

 肉体のデータを移し取り、違う場所に自分で捨てました。

 きっと大物だと感じましたので」


「ある意味大物ね。

 有名人じゃないけど。

 シャコちゃん…」


仏陀の影からシャコが出てきて、携帯モニターに桂子を映し出し、


様々な情報を表示させた。


「…まあっ!

 あの皇源次郎様のお姉様…

 大物でしたわ…」


「そうね。

 隠れ裏ボス的存在感ね。

 源次郎様が頭が上がらない人って、桂子さんだけだもの。

 今の源次郎様があるのは、桂子さんのおかげなの。

 やはり眼の付け所が違うわね」


「はい。

 逞しさを感じました。

 まさに私自身だと」


母麗子の言葉に仏陀は大きく頷いた。


「虚勢を張ってでも、ここでは親子で。

 それが修行よ」


「はい!

 ありがたき幸せっ!!」


さすがに仏陀に修行を仰せつかったので、


どんなことになろうとも虚勢を張り続けるだろうとオレは喜んだ。


「寝床はあるから。

 穏形して寝なくてもいいわよ。

 これも修行」


ふたりは顔を見合わせてから、さらに仏陀に礼を言った。



久しぶりに摂る両親との朝食は格別だった。


そしてオレは隣にいる早百合を妹として紹介した。


「オレの妹なので、娘として接してやって欲しいんだ。

 いいよね?」


両親は満面の笑みでオレに答えて、早速早百合と会話を始めた。


何かを感じたのか、早百合が大声で泣き始めた。


「早百合、あまり大声で泣いてはいけません。

 あなたはもう大人なのですから」


母麗子は威厳を以って早百合に言った。


早百合はすぐに泣き止んで、新しい両親に詫びた。


「両親が暗殺されるような厳しい家系なんだよ。

 今の涙は許してやって欲しいんだ」


「ええ、知ってるわ。

 そして本人も死に掛けた。

 ですがそれはそれ、これはこれ。

 私たちの子供に弱い者はいません」


母は強しだな、とオレは思い、二の句が告げなかった。


「私、もう泣きません!

 お父さん!

 お母さん!」


などといいながら、早百合はさらに泣き始めた。


だがこの涙は嬉し涙なので、母は何も言わなかった。



「ところで、オレの出生の秘密って?」


オレが言うと、仏陀が身を乗り出した。


オレの両親を探ればわかることなのだが、それはしていないようだ。


秀太はオレ達に向かって一礼した。


「父親は不明でしたが確認を終えました。

 母親は現在、この国の国会議員をしています。

 名前は東洋定美。

 大物ではありませんが、長いものには巻かれない芯の強い者です。

 かと言って、大多数を占める世界の騎士党に反抗するわけではありません。

 自分自身に本当の正義を持っている者です。

 現在のこの国の代表も一目置いているようです」


仏陀もオレも頷いた。


確かにテレビで見たことはあるが、特に気にもならなかったことを思い出した。


「東洋定美は警察庁の官僚をしていました。

 師匠は皇翔樹…」


オレはこの時点で少々呆気に取られてしまった。


きっとオレは母親似なんだろうと感じたのだ。


「翔樹はつい最近命を落としました。

 全く以って残念なことです」


「そうね、ニュースでやってたわ。

 名前は伏せてたけど…

 警官から銃を奪って発砲した弾が二回跳弾して自分の頭にめり込んだって。

 …世界の騎士団の仕業じゃなくて、本当にただの偶然よ」


仏陀は説明口調でオレに語ってくれた。


「元警視総監…

 ですが、いきなりの退陣、そして逮捕…」


オレはうろ覚えの情報を頭に浮かべて呟いた。


「翔樹の血が流れているが、

 オレが見るとことによると何もかも母親似だと思うぞ。

 翔樹を追い込んだのは結果的には源次郎氏だが、

 逆恨みのようなものだな。

 そして、覇王には兄ちゃんがいた。

 よかったじゃないか」


秀太は満面の笑みでオレの背中を叩いた。


懐かしい痛みが、オレの背中に走った。


「そのお兄ちゃん、私が殺しちゃうところだったけど…」


仏陀が照れくさそうに言って、父母は驚いた表情で仏陀を見た。


「やっぱり探っていないと驚きも新鮮だわっ!」


どうやら仏陀はそっちの方に感動したようで、オレは少し笑った。



こういった事も、仏のオレとしては放っておいてはいけないのだ。


だが、どうやって産みの母と接触しようかと考えていると、


お膳立ては世界の騎士党党首の澄美が全てを終えてくれていた。


面会場所は世界の騎士団の地下訓練場。


誰にも悟られることはないので、一番安心な場所だ。



指定された時間よりも早く地下訓練場に行くと、


もうすでに来ていた東洋定美と山根桂子が睨みあっていた。


どうやらお互いの我の強いところが顔色にも言葉にも出たようだ。


そして桂子にそっくりの母麗子が近付いた。


「桂子さん、懐かしいわぁー…

 36年振りね!」


母麗子が言うと、桂子も貞美も呆気に取られている。


そして母麗子は全てを説明した。


「オレ、居場所がないな…

 偉大な妹に偉大な弟…」


一輝が少し照れくさそうにして、オレに右手を突き出した。


そして腕を掴んで、オレを引き寄せ、チカラ強く左手でオレの最中を叩いた。


「兄ちゃんはさらに頑張らないとな。

 …そして定美さん、もういい加減にして下さい。

 源次郎が勝てない相手に勝てるわけがないんだよ」


桂子は一輝の言葉が気に入らなかった様で、一輝を睨みつけた。


どうやら一輝と定美は今までに面識があったようだとオレは感じ取った。



やはり東洋定美という女性はかなりお固いようだが、


申し訳なさそうな眼でオレを見ている。


「母ちゃん、オレ、息子らしんだけど…」


オレが照れながら定美に言うと、定美は関を切ったように涙を流し始めた。


だが泣き声は上げなかった。


「はい、知ってます。

 テレビで見て、すぐに気づきました。

 立派になったと…」


ここで始めて泣き声を上げて、オレに抱きついてきた。


「先生と教え子の不始末の結果があなた…

 だから捨ててしまった。

 でもね、産みたかったのっ!

 もう、私、何がなんだか…」


定美はオレに頭を下げるしかなかったようだ。


「いいんだよ。

 オレには全く不憫な思いはなかった。

 オレの育ての両親だ」


オレはそれぞれを紹介した。


母麗子は、詳しく事情を聞くことにしたようで、まるで取り調べのようだった。


「…うう、格が違うような…」


桂子は源次郎を見ていった。


「感情的にならない。

 だから定美さんも落ち着いていられるんだな。

 覇王の母ちゃんは何者だ?」


「クレオパトラです」


オレが言うと、この場にいる全員が大いに笑った。


「逞しい…

 本当に桂子姐そのものだな。

 まさか顔も…」


「きっと、東洋系に変えているだけで少し鼻が高くて色白な程度だと思います。

 顔が似ているから性格が似ているとは思いませんが、

 桂子さんもクレオパトラと関係があるのかもしれませんね。

 そうでないと、裏のボスでありえないと思いますから」


オレが言うと、少し桂子に睨まれたが、それほど悪い気はしなかったようだ。


「ちなみに父はジンギスカンです」


「そうなのかっ!

 強いはずだっ!」


源次郎と一輝が同時にオレに言い放った。


「いえ、実質的には母の方が断然強いです」


それもそうだとふたりは思ったのか、


オレの両親と定美の様子をちらりと横目で見て確認している。



秀太が退屈そうなので、オレはひとつの疑問をぶつけることにした。


「結城純也君のことだけど…」


「麗子が結城家に拾われたんだよ。

 オレは婿養子だからなっ!」


簡単な話しだったなとオレは瞬時に理解できた。



その純也がエレベーターから降りてきて、立ち尽くしてしまった。


幽霊がふたりいるので驚いてしまったようだ。


オレが純也を迎えに行って、


「偽装死体だったんだよ」とオレが言うと多いに笑って、


父母への挨拶に走った。



純也が女になっていたことを両親は喜んだ。


「心の病だからな。

 肉体を変えるしか方法はない。

 そして今はごく自然だ。

 身体つきももう女にしか見えないな…」


秀太がマジマジと純也を見ている。


純也はごく自然な笑顔だ。


母麗子は前を向いて純也を見たまま自分の亭主の頬を拳骨で殴り飛ばした。


秀太は空中で切り揉みをして、頭が芝にめり込んだ。


「あらまあ、手が勝手に!

 おほほほほ…」


「…おおー…」と、源次郎たちが小さくうめいた。


オレの強さはやはり母譲りだと感じながら、我が父を助けに走った。



「…お母さん、お強いのね…」


定美は暴力的な母麗子に少々腰が引けたようだ。


「はあ、まあ…

 ですが15年間、母のああいった暴力行為を見たことがありません。

 きっとオレへの教育の一環だったと思うんです」


「身体中から沸き立つ強さを、覇王君に注ぎ込んだのね。

 …私にその勇気がなかったことが凄く残念だわ…

 …ああ、こんなこといっちゃ、何も言えなくなっちゃうわね!」


定美は極力明るく振舞うように変わった。


この先、今までと何も変えることなく生きて行こうと話し合い、


連絡先だけ交換してオレと両親は生みの母を商店街に送り出した。


「…何も変えない…

 簡単に変わるわよ」


母麗子が少々悪そうな顔をしてオレに視線を移した。


「まあね。

 でも、どんなアクションを取ってくるのかなぁー…」


「まずは同居ね。

 仏陀様の気持ちひとつで全てが決まると思うわよ」


「それは認めないわよ」


いつの間にかエントランスに仏陀がいた。


「18年間放っておいたんだもの。

 18年間このままよ。

 それが理に適うっていうことだと思うのよね」


「…はあ、少々可愛そうですよね…」


オレは他人事のようにいった。


「その優しさが余計なのよ…」


仏陀がオレを睨み付けた。


「私の入り込む余地がなくなっちゃうじゃないっ!」


これは私欲だよなとオレが思った途端、仏陀は上目遣いでオレを見た。


… … … … …


オレ達は地下訓練場に戻った。


そしてオレは確認したいことがあったので、源次郎の前に立った


「ミリアム星を案内して頂きたいのです、

 …ジーマ、オレの記憶が正しければ…」


源次郎は怪訝そうな顔をオレに見せたが、すぐに笑みを浮かべた。


「オレは、ジーマも仏だと思っているんだ。

 きっと、大昔のオレが試しに作ったんだろうな。

 数千年前にミリアム星に送り込んでいたはずなんだよ」


まずは源次郎が解明している事実を教えてもらい、


ジーマの画像を見て記憶違いではないと気付いた。


オレは仏陀と源次と共に源次郎の案内でミリアム星に渡った。


そこにはもうすでにジーマがいた。


「…おいおい、オレかよ…」


源次が驚いた顔で呟いた。


「やはりな。

 テレビで一度だけ見た切りだったから記憶があやふやだった。

 鳥の頭、人型、後光のような虹のオーラ…」


オレが言うと、源次は孔雀明王本体に変身した。


さすがの源次郎もこれには驚いたようだ。


「…源次の、真の姿か…

 小さいなっ!!」


源次郎は大声で笑い始めた。


「ほっといてくれっ!

 オレはその器を大きくしてえんだっ!」


ジーマは5メートル、源次はその半分の2メートル50センチほどだ。


「…孔雀明王か…」


源次郎がぽつりと呟いた。


オレは源次郎に微笑みかけた。


「やはり仏の中でも変り種ですので。

 明王では不動明王に継いで有名人ですからね。

 それに、動物が絡んでいる仏は珍しいのですが…」


オレは話していて、ふと、トラのベティーが頭に浮かんだのだ。


「なんだ?

 覇王、どうした?」


源次郎が心配そうにして考え込んでいるオレを見ている、


「覇王君、それは真よ。

 そしてもうひと方…

 この日本の最初の王も…」


仏陀が笑みを浮かべてオレを見た。


「80年間で約1000人の犠牲者…

 誰も死んではいません」


「なっ?!」


源次郎はひと声叫んでにんまりと笑った。


「犠牲者は…

 いや、連れ去られた魂は仏だったのか…」


「そのようですわ。

 仏陀だった源次郎さんはそれぞれの星の仏の魂を奪い、

 ジーマを創り上げるように願っていたんでしょうね。

 このようなことは仏にしかできません。

 そして、仏にとっても修行だったのです。

 偶然でも逃げ果せた者はほとんどいません」


「だが、殺生には違いないだろ?」


「いえ、実は、仏陀にはそういった試練を与える能力があるのですよ。

 当然これは、仏陀にしか与えられていません。

 それを利用して、ジーマを創り上げました。

 そしてその魂も解放されたようですわ」


「…えっ?!

 すると、ジーマは…」


「いえ、何も問題ありません。

 開放の切欠は、仏陀の出現。

 天界からではなく、人間の仏陀が目の前に現れること。

 …皆さん、お疲れさまでした。

 元いた場所にお戻りなさいな…」


仏陀は澄んだ声で言い放つと、大勢の魂が天を目指して飛んでいった。


「ジーマを創るための協力者にしただけですの。

 そしてこちらの方々は仏ですわ。

 覚醒は見送られているようですけど…」


仏陀はふたりの植物星人を薄笑みを浮かべて見ている。


「…ああ、そのふたりの魂は地球にいたんだ。

 この星の王で勇者のディック、

 そして団員の北島さんの母親だったガックだ」


仏陀は笑顔で頷いている。


「ジーマにはこの方々の大いなるチカラを

 制御し切れないので組み込みませんでした。

 そしてこの星で転生された。

 まだまだ修行を積む様ですのね」


ディックとガックはポカーンとして仏陀を見ているだけだ。


「…イエローベティーと田中さんも…」


「はい。

 ベティーさんは貴重な動物と人間の生身の仏ですわ。

 それ以外のほとんどの方は、源次君のような存在。

 ですが、天界にも影響が及んで、魂ごとジーマに吸収されるか、

 このようにして人間界で転生されたのです。

 仏陀にはそれほどのチカラがあるのです」


「…オレには罪悪感しか沸かないな…」


「はい、それも仏陀の修行ですわ」


仏陀は源次郎に向け小さく笑った。


「ねえ、何の話なの?」


この星の王のディックが、源次郎と仏陀の顔を交互に見ている。


「お前たちふたりが仏だという話しだ。

 …すると、ここの仏陀は?」


「ここにはいませんの。

 極めて珍しい星ですわ。

 その理由は簡単です。

 植物が支配する世界は、仏はいないのではと。

 植物星人自体、仏のようなものですから。

 よって仏陀は他の星から魂を調達するためこの星を選んだのです。

 これも、知っていてやっていたはず。

 多くの星々との仏のコミュニケーションといったところでしょうか?

 きっと帰って行かれた方は、徳が上がったことでしょうね。

 …雛さんの変化が心配ですので、地球に戻ります」


仏陀の声を聞いて、源次郎が慌てて黒い扉をくぐって行った。


オレたちもそのあとに続いた。



仏陀の予想通り、雛がかなり困っていた。


多くの仏たちが雛を囲んで礼を言っていたのだ。


この地下施設は仏であふれ返っていた。


「あら?

 大丈夫だったようですわ。

 これも組み込んでおられた様ですのね。

 魂は天界に帰っています。

 ですが仏陀だった源次郎さんには何も起こらない。

 さらに自分自身が修行を積むように組み込まれているようですわね。

 雛さんの神としての能力がさらに上がりましたわ。

 もう怖いものは何もないかも知れません。

 源次郎さんは益々修行を積まなくてはなりません」


仏陀が申し訳なさそうな顔を源次郎に見せて軽く頭を下げた。


源次郎は絶句したままだった。


「あ、源ちゃん。

 おかえりなさい。

 みんながね、お礼を言ってくれてるんだけど…」


雛がかなり困った顔をして源次郎を見ている。


「礼はいらないから、自分の修行をさらに積めと言ってやってくれ」


「おおっ!

 こちらにもっ!」


と仏たちが言って源次郎に礼を言っている。


そして最後に、仏陀に丁寧に頭を下げて、大勢の仏たちは姿を消した。


「見ての通り、それほど徳の高い者はいません。

 ですがそれなりに成長はしています。

 学校にいる警備の菩薩の倍ほどは徳を積んだようですわ。

 …源次郎さん、お願いがありますの。

 今起こったこと、テレビで放映してくださいませ。

 ああ、ただのお話としてで構いません。

 きっと、多くの方々に感動していただけるような気がするのです。

 …おひと方、素晴らしディレクターの方がSKTVにおられますので…」


源次郎は何度も頷いている。


「そうしよう。

 だが彼は、もうディレクターではなく、

 プロデューサーに抜擢されたんだよ。

 本人は嫌がっていたんだけどね…」


「はい、それも修行だと言ってやってくださいませ」


仏陀は心底の笑みを浮かべた。


仏陀の徳も上がったのではないかとオレは感じている。


話し方に余裕があるのだ。


「仏陀様、さらに修行を積んだようにお見受け致しましたが…」


「…ああっ!

 イヤンッ!!

 ダメェ―――ッ!!」


仏陀がオレを拒絶するようにしてかなりの内股で宿舎に向かって駆け出した。


源次は少しニヤついていたが、


ほかの者は何が起こったのかわからなかったようだ。


「オレが「仏陀様」とお呼びしたことを負担に思われたようです。

 今はその後処理中です…」


オレは少し下を向いて言った。


「…ああ、覇王の言霊だったな…

 仏陀は覇王の心底の敬愛を何かに取り違えたようだなっ!」


源次郎は察したのか大声で笑い始めた。


「ちなみに今の仏陀の器の大きさはどれほどなんだ?」


源次郎が興味津々で聞いてきた。


「はい、本来の1000分の1ほどです。

 それほどでないと修行にはならないそうです」


「だったらオレは1000倍の修行を積むべきなんだろうな。

 だがオレの悪い癖が出てしまうようだから、

 それを抑えることもまた修行…」


源次郎は自問自答して考え込んでいる。


悪い癖とは… と少し考え、源次郎の修行への執着が見えた。


「魂が抜けるほどの修行は誰にもできないことです。

 確かに、控える必要もあるようですね。

 程々のランクが上がっていくことを楽しまれるのも一興かと…」


「ああ、そうだ。

 それは覇王の言葉だったな。

 オレもそれを実践しようか。

 日常生活に支障をきたさないように、修行に励むことにしよう」


源次郎はオレの肩を強く握り締めてからミリアム星に続く扉を潜っていった。


入れ替わるようにして、仏陀が宿舎から出てきてオレを睨みつけた。


「申し訳ございませんでした」


オレは仏陀に心の底から深く詫びた。


「ううん…

 睨んで、ゴメンね…」


仏陀は身体をくねらせてオレを上目遣いで見た。


仏陀の様子がかなりおかしい。


一体どうなったんだとオレは思い、ひとつのキーワードが思い浮かんだ。


「仏陀、ツンデレ、いや、デレツンですか?」


「あんっ、もう…

 覇夢王ちゃんってばぁー…」


仏陀は肩をオレの身体にぶつけてきた。


「仏陀、いけませんよ。

 いや…

 正気に戻れっ!

 仏陀っ!!」


オレはひとつ渇を入れた。


仏陀は眼が点になったが、その表情が元に戻った。


「…ああ、危なかったわ…

 覇王君の虜になってたわ…」


「はい、オレも迂闊でした。

 申し訳ございません…」


「いいえ、いいのです。

 これもまた修行です…

 …でも…

 …気持ちよかったぁー…」


「…もう一度渇を入れた方がよさそうですね…」


オレは怒れる不動明王のようになり、仏陀に数回渇を入れた。



トラのベティーがトラの姿のままでオレに飛びつき、人間の姿に変わった。


「おい、覇王…

 源次郎は諦めたからお前がオレの男になれ…」


ずいぶんと虚勢を張っているなとオレは感じて、


ベティーのわき腹を掴んで押し返すと、


「…あんっ! いやんっ!」といって身悶えた。


どうやら、脇腹が弱点のようだ。


「仏だからね、それは無理です。

 それにオレは結婚をしているし、法律で縛られている。

 不貞罪は仏にとって苦痛なんですよ」


「…お前を苦しめて…

 仏陀が、企てたんだな…」


完全に順番が違っていると思ったオレは、


まずは椅子に座って順序良く説明をした。


「となると、お前の妻の麗子を食ってしまえばいい訳か、簡単だな」


人間だが、トラの持つ存在感を放ってベティーは言った。


「それはダメです。

 それに、その時はオレが敵となりますよ」


「…うっ…

 まあ、その通りではあるな…

 …また諦めるのか…

 くそっ…」


一旦は納得することにしたベティーは姿をトラに変えてオレにじゃれついてきた。


わき腹をくすぐるとまるで猫のようになって大人しくなった。



「相変わらず凄いお方です」


世界の騎士団員の田中がオレに近付いてきた。


「この日本の王よ。

 始めまして、結城覇王です」


「あはは、記憶、まだ戻ってないんですよ。

 それに私には仏の事実もないのです」


「…そうなんです。

 それが凄く気になっていたんです。

 ベティーさんには強く仏を感じます。

 ですが、あなたにはその欠片もない。

 人間でしかないのです」


「そんなの決まってるじゃない。

 田中さんが望んだことなのよ」


仏陀がオレと田中を交互に見た。


「田中さんにはまだ名を与えていませんの」


それでか、とオレは一瞬で理解した。


「ですが修行は怠っていません。

 しかし今世は少々危うい状況に追い込まれた様ですのね?」


「…はあ、そのようです。

 ですが仏の源次郎さんに助けて頂きました。

 やはり仏としての自覚も必要だと感じたのです。

 それに、子供のためにもさらに強くなろうと決心したのです」


「源治君ね。

 理由はわからないけどお父さん…

 赤の他人の子供がいうはずがありませんもの。

 田中さんが持つそれなりの資格を、源治君はわかっていた様ですのね。

 …いいでしょう、名を与えます!

 覇慈武はじむよっ!!」


田中は一気に覚醒して、その本体を晒した。


その体高は5メートルを越えている。


とんでもない術者で仏だと、オレは関心してしまった。


しかもその強さも半端ではなかったのだ。


源次の開いた口が塞がらなかった。


「名を定めたのでは今ではありません。

 覇慈武明王、きっと、私の弟子の中ではトップクラスの明王ですわ。

 もうすでに名は決めてあったのです。

 ですので一部の方にはわかってしまっていたようですの。

 雛さんと、源治君…」


「はい、ありがたき幸せ」


覇慈武は仏陀に一礼すると、元の姿の田中に戻った。


だがその肉体は一気に改造されたかのように雄雄しかった。


「その肉体は今まで溜め込んでおられた利子のようなものです。

 きっと源次郎さんにも匹敵する強さのはず。

 どうか、お役に立ってあげてください」


「はい、本職は控えることにします。

 これはから源次郎さんと雛さんのために」


田中は仏陀に深く頭を下げた。


「白木悠子さんとはうまく行っていない様ですのね?」


「…はあ…

 源治のためにと思いましたが…

 非常に残念なことです」


「やはり普通の人間では、あなたの大きさが見えなかったのよ…

 澄美さん…」


澄美は名を呼ばれる前から仏陀の隣にいたようだ。


どうやら身を隠して全てを見ていたとオレは感じた。


澄美は惚れ惚れとした眼を田中に向けていたが、


申し訳なさそうな顔もしていた。


「お互いの気持ちの確認をした後、

 夫婦であることを承認いたします。

 覚悟ができたのならいつでもいらしてください」


田中と澄美は同時に仏陀に頭を下げた。


「澄美さんは源次郎さんと一輝さん、小恋美さんに丁寧に謝罪を。

 いいですね?」


「はい、仏陀様っ!」


澄美は少し子供のような顔で仏陀を見て言った。


「この地球の女王様に相応しいご主人です。

 きっと、さらに心の安寧が訪れることでしょうっ!!」


オレは悟った。


これは仏陀の激しい願いだ。


身体が吹き飛ばされそうになったがオレは何とか持ち堪えた。


だが回りはそうは行かなかった様で、


ほとんどのものも人も吹っ飛んでいた。


これは仏陀の祝福だとオレは感じた。


「…あーあ、やっちゃったわ…

 ノリで…」


オレは仏陀の言葉に少し笑った。


黒い扉からミラクルが現れて少し驚いた後、


サイコキネシスですぐに元通りにした。



オレと仏陀、源次は雛たちに挨拶をしてから学校に戻った。


その帰り際、源次がポツリと呟いた。


「…仏ゼロ才児にも負けたっすよ…」


「まあな、お前、オレよりのヘタレだもんな…」


オレの言葉は慰めにはならなかった様で、


源次はさらに落ち込んだ。


ここは何とか言って元気付けようと思ったが、


いい言葉が浮かばず、


源次郎のマネをして頭を掻くだけになってしまったことが残念だった。

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