第12話 陰陽、大極図って…

「さあっ!

 元に戻ったところで元気よくゼミ、始めちゃうわねっ!」


本当に元気だけは本物の仏陀を超越しているなとオレは感心してしまう。


まるで別人のように見えるのだが、これも仏陀なのだ。


いつもの様にオレ達は仏陀の私邸である


宇宙の釈迦の会の会議室と言う名のリビングにいる。


今日のメンバーは、麗子、源次そして早百合だ。


「今日はね、早百合ちゃんのためのゼミなの。

 一回生ってゼミは取らなくてもいいんだけど、

 できるだけ早く仏の心を知ってもらいたいので、

 少し小細工をしました。

 早百合ちゃんは夢でも授業を受けてもらいます!」


なるほどそう来たかとオレは関心してしまった。


「覇王君はこの地球上のどの国の言葉でも大いに感情を込めて話せます。

 よって、早百合ちゃんの基本学習学科である英語については、

 特別補習として早百合ちゃんに夢で受けてもらうので、

 単位は取れます。

 もっとも早百合ちゃんの場合、英語はもうぺらぺらなので、

 ほかの国の言葉でも構いません。

 その時々に応じた授業を希望してもらってもいいわよ」


「はい!

 ありがとうございますっ!」


早百合は仏陀に丁寧に頭を下げて、オレには満面の笑みを向けてきた。


早百合と同じような顔の仏陀もオレに向け視線を移した。


「…わ、私も、さ、参加したいなぁー…

 なんて…ね…」


仏陀はここに来て妙な欲が沸いた様で、


一度失敗した作戦を蒸し返そうとしているようだ。


だが今の早百合にはオレに向ける性欲はないので、かなり困った顔をしている。


「仏陀、申し訳ありませんが、早百合ちゃんが困っています。

 早百合ちゃんには心に決めた方がおられますので」


オレが言うと、仏陀だけが早百合を羨ましそうにして見ている。


どうやら仏陀は、心は読まないことにした様で、少々驚いた顔もしている。


「早百合ちゃん、誰っ?!

 誰なのっ?!」


早百合はかなり困った顔をしてオレを見た。


どうやら、言ってもいいようだ。


「皇大樹君です。

 知っての通り、源次郎さんと雛さんの息子で伝説の勇者です。

 …ああそうだ。

 明日は大樹君の誕生日会ですのでお忘れなく」


「200円で、どうしてくれようかしらぁー…」


仏陀もやはりその件でかなり悩んでいるようだ。


オレもどうしようかと考え込んでしまっている。


「早百合ちゃんの場合、大樹君に取って少々問題ありと思っています。

 ゴメンね、辛いこと言っちゃうけど…」


仏陀の言葉に早百合は特にショックはない様で、もうすでに自覚していた。


「はい。

 大樹さんには私なんかよりもずっと素敵な方がおられるはずです。

 ですが今は、大樹さんに恋をしていようと思っているんです」


オレは思わず拍手をしてしまった。


やはり早百合は大人の心を持っているが乙女の心も持っていると思い、


その心がいじらしく思えて、ついつい少し涙ぐんでしまった。


「…うーん…

 それはどうかしら?」


仏陀は早百合に笑みを向けている。


「早百合ちゃんを弟子にする条件を追加することに決めました。

 早百合ちゃんも勇者になること」


早百合は驚き、そして、満面の笑みを仏陀に向けた。


「そうすれば、恋愛ごっこじゃなくて済むの。

 本気で恋をしなさい、早百合」


「はい、せんせぇー…

 ありがとう、ございますぅー…」


早百合は子供らしく泣いた。


だが早百合の人生は長く厳しいものになってしまったことに、


オレは心底いいようのない涙を流した。


「覇王君は泣き虫ね…」


そういう仏陀も泣いている。


当然のようにして、麗子も源次も泣いていた。



「さあ!

 気を取り直してゼミを開始しますっ!

 …人間の解いた陰陽に面白い記号のようなものがありますよね?

 白の中には黒がある。

 黒の中には白がある」


「はい。

 大極図ですね。

 オレは源次郎さんにその真髄を見たような気がしています。

 まさに理想的だと」


仏陀は大きく頷いている。


「まさにその通りなの。

 だから私も好きになっちゃったのよ。

 まさに好みそのものだから。

 だけど何がどう理想的なのでしょうか?

 今回はそれを科学に基づいて検証してみましょう!

 さあっ!

 地下施設に乗り込みますわよっ!!」


仏陀が言うと、リビングの一角に地下に続く階段が現れた。


「…まさか…」


オレは驚いたが呆れてもいた。


「安全のために、地下通路、造ってもらっちゃいましたぁーっ!!」


仏陀は軽いステップを踏みながら意気揚々と階段を降りて行った。


降りるとすぐにゲートがある。


これはセキュリティーシステムの様で、許可した者しか通れない代物のようだ。


SP部出張所にあるものよりもかなり厳重になっているように見えた。


オレ達は難なくゲートを潜り抜けると、


照明が灯ったのだが先の見えない通路が出現した。


そしていきなり地面が動き始めたのだ。


「走ると一分で着いちゃうわよ!」


仏陀は言うが早いか走り始めていた。


確かにほぼ直線なのでその程度で辿り着くだろうとオレは感じた。


仏陀の言った通り、ゆっくり走っても一分ほどで到着した。


目の前には新たなゲートがあり、ショッピングモールがあるように見える。


「はい。

 ここは地下鉄の駅とSKセキュリティー本社を繋ぐコンコースです!

 私たちは許可されているので、

 正面にある地下施設に続くゲートを潜りましょう!」


オレ達は道行く人々に挨拶をしながら、


そして羨ましそうにされて見られながらゲートを潜った。


右手に大きな壁がある。


これは射撃ブースだとすぐにわかった。


左手の斜め前にSK本社ビルに続く通路があり、


その向こうに科学技術研究室の大きな自動ドアがある。


正面の遥か彼方に、道すがら食堂が見える。


地下施設をこの方向から眺めるのは始めてなので、


かなり新鮮な想いを抱いた。


「今日は雛ちゃんがいるので挨拶をしてから研究室に行くわよっ!」


オレ達は急ぎ足で道すがら食堂に行き、雛と挨拶を交わした。


そして雛も、早百合の感情の変化に気付いていたようだ。


そして雛はひとりの少年を手招きした。


「ゲンジ、早百合ちゃんと大樹、どうなっちゃうのかしら?」


ここにもゲンジがいたのかと思い、名前を探ると源治だった。


そしてこの少年は凄い能力を持っている。


当然の如く世界の騎士団員でもあった。


「それがね、先が全然見えないんだ。

 でもね、一週間先ならわかるんだよっ!

 きっとね、仏陀姉ちゃんがここに来てからだからね。

 未来がたくさん見えちゃうんだよ…

 気持ち悪いから、あまり先を見ないようにしてるんだっ!」


「あら、そうだったの…

 ゴメンね…

 一週間先、言わない方がいいの?」


雛が言うと、源治は面々の笑みで雛の手を離れて、


ドズ星に続く黒い扉を潜っていった。


「…脈あり」


仏陀が早百合に満面の笑みで言った。


早百合は胸の前で手を組んだが、すぐに改めて仏陀に軽く頭を下げた。


雛が笑顔で早百合を見た。


「わかっているようね。

 勇者になろうとする早百合ちゃんの気持ちが、大樹にきっと伝わるわ。

 それにここで鍛えれば、きっと簡単になれちゃうかもっ!」


雛は笑いながら言った。


早百合はさらに決意を固め、真剣な顔になった。



オレ達は道すがら食堂をあとにして、細田のいる研究室に足を踏み入れた。


そして、そのお目当ての細田が大勢いたことに、オレは眩暈を覚えた。


「…一体、どうなってるんすかぁー…」


源次が小さな声でオレに言った。


「…すまん、オレに聞かないで欲しい…」


オレはまず生を探った。


今近付いてきている細田には生があった。


そのほかは細田そっくりのヒューマノイドだと理解した。


「驚いていただいて光栄です。

 人間の細田です」


オレ達は大いに笑った。



オレ達は会議室に誘われて、この星の最先端を目の当たりにした。


まるでSFの世界だったのだ。


「外に漏れると困るものがここには多くあります。

 はっきり言って全部ですけどね!

 それに、ここの地下施設も最先端です。

 よって、ここに入って頂ける方は、厳選しているのです。

 ご説明申し上げなくてもご承知の通り、

 この地下施設の詳細な内容の公表は厳禁。

 すぐさま雛さんが出入り禁止にしてしまいますのでご注意ください」


オレ達は細田の言葉を厳粛に受け止めて一礼した。


早百合がすぐさま両手のひらを口に当てた。


その愛らしさにオレは少し笑った。



細田のアンケートなどにより集計したという、


白の中の黒を表現した画像が宙に浮かんでいる。


その絵を見て仏陀がうっとりとした眼を向けている。


「どうやらこれが仏陀さんの理想、

 ということでよろしいようですね。

 お分かりのように、これが会長の善悪です。

 ちなみに様々な方の画像もお見せいたしましょう。

 世界の騎士団の主戦力を担う方々です」


源次郎を筆頭に、顔写真、名前、そして画像が一気に表示された。


「源次郎さんに最も近いのが、

 やはりクラークさんですか…

 ああ、もうひと方…

 ガズマ様?」


オレの言葉に細田が大きく頷いた。


「会長からお聞きの通り、神の僕以外に四人の団員がいます。

 ガズマさんはその中のおひとりです」


オレは納得して大きく頷いた。


「そして彼の実態はこの方です!」


細田の言った画像には芋虫が一匹いた。


だがオレはこれを報道番組で観た覚えがある。


「彼はトカゲ型宇宙人の寄生虫のような存在の人間です。

 この芋虫のようなものは、彼自身なのです。

 …ああ、覇王君は知っていたようですね。

 ほんの数回ですが、テレビで放映しました。

 よってここには、宇宙人が住んでいます!

 …そう言えばドズ星の子供たちも宇宙人でした!」


細田が大声で笑った。


だがこの事実には誰もが凍り付いてしまったようだ。


「彼は人間です。

 そして誰よりも源次郎さんに近い心の持ち主です。

 ここに来てくださったのは奇跡に近いことなのですよ」


「…う、宇宙人だったら、恋しても、いいかなぁー…」


仏陀がオレに聞いた。


そして妙に少女になっている。


身体の前で手を組んでイカのように身体をくねらせている。


「お任せいたしますが…」


オレが細田に視線をやると、少し困った顔を見せた。


「ガズマさんには思い人がいますので、できればご遠慮ください」


「じゃあっ!

 クラークさんはっ?!」


「もうすでにご結婚されています」


細田の言葉は仏陀に取って死刑宣告に近いものだった。


そして、二度と立ち直れないのではないかといったほどに深く落ち込んだ。


「今回のゼミは有意義だ。

 仏と科学の融合…

 その結果を見たような気がします。

 説明、いらないですよね?

 話しかけるのも憚られますし…」


オレがみんなに言うと、細田は控えめに笑いながら小さく頷いた。


仏陀の好みの心がわかったので、その内訳を見せてもらうことにした。


それはまさに膨大ともいえる数々の想いが凝縮された画像だったのだ。


「チェック項目は108あるといわれる煩悩。

 そして私の考え出したオリジナルの煩悩。

 そして細かな段階示唆。

 きっと、かなり正確に表されていると思っているのです。

 …できれば参考までに、皆様にもテストを受けて頂きたいのです」


オレ達は快くテストを受けることにした。


だがその質問事項はかなり細かいもので、


これをクリアすることが修行のような気がしたのだ。


一時間タップリ時間をかけて記入が終わった。


仏陀たちも、オレとあまり変わらない時間をかけてほっと一息ついたようだ。


その結果がすぐさま顔写真と共に画像として現れた。


「やはり覇王君は源次郎さんに酷似していますね。

 そしてさらに優しい。

 だけど、それが頂けないのかもしれません…」


細田の言葉に、仏陀が大きく頷いた。


「優し過ぎるのも罪なのです。

 誰もが頼ってしまうのですよ。

 時には突き放す勇気も必要なのです。

 それが仏なのですよ」


仏陀の言葉に、オレも賛同した。


オレはさらに源次郎に近付こうと、具体的に細田に話を聞き、


それを取り入れることに決めた。


「…そして会長の口癖は、

 『程々に』です」


オレは少し笑いそしてさらに納得した。


「その程々が難しいのですけれども、

 それもこれからの修行としたいと思います」


オレの言葉が締めとなった様で、仏陀が細田に礼を言って研究室をあとにした。


部屋を出た源次が酷く落ち込んでいる。


「わかりやすくていいじゃないか、

 これからの考察…」


「…まあな…

 まずは言葉遣い。

 何とか変えて見せるぜっ!」


「そうそれだ。

 語尾の「ぜ」を「ぞ」に変えろ。

 少し柔らかくなるからな。

 だが、気合の乗った時は「ぜ」の方がいいな…」


「…む、難しいな…

 …いやっ!

 それでこそだっ!」


源次の発した言葉自体が柔らかく感じた。


仏陀もそれを認めたようで、笑みの種類が変わった。



雛に礼を言おうと思い道すがら食堂に立ち寄ると、


源次郎たちが食事を摂っていた。


折角なので、オレたちも昼食をご馳走になることにした。



「お勧めをお願いします」


オレが言うと、ヒューマノイドは少し困ったようだが満面の笑みを見せた。


そして、オレが今あまり欲しないものばかりがオレの目の前に置かれた。


これはまさか修行なのかと感じると、仏陀が笑っている。


どうやらそうしろということらしいので食べ始めたのだが、


全てがあっさりとしていた。


妙に拍子抜けの気分を味わいながらも、逆に得した気分になった。


「凄く美味しかったよ。

 だけど、この味付け、学食のものとは少し違うよね?

 いや、少しじゃなくてかなり違う」


「シャコは何かを取り違えてるんじゃないのかなぁー…

 砂糖と塩とか…

 どの料理も大量には使わないからあまりその差がわからないんだよ。

 でも確実に美味しくなくなるんだ。

 それを確認したかったのでお勧めにしたんだよ。

 今からチェック、するからね!」


カウンターの中にいるヒューマノイドがいうと、


仏陀の影からヒューマノイドがあわられた。


毎回オレに食事を配膳してくれるヒューマノイドだ。


シャコという名前なのかと思い、シャカとシャコ… 駄洒落か?


とオレは少々いぶかしげに思った。


だが思い出した。


シャコは基本、足が108本ある。


煩悩の数を現した海洋生物で甲殻類に属する。


きっとそれに因んで名づけたのだろうとオレは思った。


「握り寿司のシャコ、大好きなのよねぇー…」


仏陀の言葉にオレは大ショックを受けた。


違ったのかっ?! とオレはかなり残念に思った。


「エビの方がぷりぷりしてて美味いっすっ!」


「…ふふふ…

 知らないのね、シャコの底力…」


仏陀は少しいやらしい笑みを源次に向けている。


「教えて欲しいのなら、ガズマさんを連れてきなさいっ!!」


オレはきっとこれは仏陀の口からでまかせだと感じた。


そして、本人に確認する事も必要だとオレも仏陀の思いに賛成した。



ガズマは隣にある第二訓練場で汗を流していたようだ。


ガズマをひと目見た仏陀の反応は、恋する乙女そのものだった。


近くにいるクラークにもポーッとした顔をしていた。


「ガズマさんっ!

 私、仏陀と申しますっ!

 お好きな方とはうまく行っておられるのでしょうか?」


仏陀は単刀直入だった。


ガズマは驚きもせず少し笑った。


「源次郎と一輝を騙したヤツにしてはストレートじゃないか。

 …うまくは行ってないな。

 オレのことは眼中にないようだぞ。

 だがオレは諦めていない。

 それに、オレの目当ての人には彼氏はいないからな」


仏陀はかなり微妙な顔をした。


これ以上踏み込んでいいのか悪いのか判断できなかったようだ。


源次郎は苦笑いを零している。


一体、その女性はどういった人なのだろうとオレは気になった。


「今日は早いな。

 あの方だよ」


ガズマはエレベーターを指した。


そこには、なんとオレの母親がいたのだ。


そしてそんなはすはないと、マジマジと見てしまった。


「おや?

 覇王君も桂子さんが好みなのか?」


ガズマが何か言ったようだが、


オレは今、オレの母そっくりの女性に釘付けだった。


「ガズマさん、あの方、覇王の亡くなったお母さんにそっくりなんです。

 きっとそのショックで眼が放せないんだと…」


麗子が何か言ったが、オレには聞こえなかった。


だが近付いてくるたびに、母ではないとやっとわかったのだ。


しかし年の頃も母と全く同じだった。


「魂の双子なんじゃない?」


仏陀が静かに言った。


オレは仏陀に顔を向けた。


「普通はね、一卵性双生児として生まれてくるの。

 でも稀に、近くにいた妊婦のお腹にひとつの魂が宿って分裂することがあるの。

 きっとそういったことがあったんじゃないのかなぁー…

 覇王君のお母さん、捨て子だったのよね?」


「はあ、そうですが…

 まさか…」


「桂子さんも捨て子よ。

 特殊ではなくて、ごく普通に双子だったのかも。

 ちょっと待ってね。

 追いかけるから。

 …ああ、遡ると言った方がいいわね」


仏陀は眼を閉じた。


注目されている桂子は何事かと怪訝の思ったようだ。


「桂子さんは富山、覇王君のお母さんの麗子さんは新潟。

 罪なことをしたようね、覇王君のお爺さんたち…」


「…ああ、はいそうです。

 新潟の施設で過ごしたと…

 では、オレの肉親、まだいたんですね」


「そうか、それはいい日だな。

 桂子姉ちゃん、甥の覇王君だ」


桂子は何がなんだか全くわからない様で、


一から説明してようやく理解できたようだ。


オレはスマートフォンにある写真を桂子に見せた。


「あら、私じゃない…

 そう…

 私の片割れは結婚して凄い子を生んだのね。

 私にもいい人、現れないかしら…」


ガズマは渋い顔をした。


ガズマは確かに人間だが、身体はロボットだ。


生殖能力はないのだ。


きっとこれがガズマが踏み込めない理由なんだろうとオレは感じた。


「子供がいらないのなら、ガズマさんがお勧めですよ」


仏陀は笑顔で桂子に言った。


「あら、そうなの?!

 初耳だわっ!!」


桂子は満面の笑みでガズマの腕を取って、ツーショットテーブルに誘った。


仏陀は自らの手で失恋に追い込んだようだ。


「…仏、だな…」


源次郎は仏陀に頭を下げた。


そして顔を上げてオレを見た。


「となると、覇王はオレの弟だな。

 覇王とオレは顔は似ていないが性格は似ていると思っている。

 桂子姐はオレの母でもあり姉でもあるんだよ。

 小さな家族としても付き合ってもいいと思うんだがな」


「はい!

 こんなに嬉しいことはありません!

 ですが、母に悪い気もします。

 まだ死んだって、思えないんですよね…」


「別に姉さんか叔母さんでいいじゃないか。

 だが、どうして死んだと思えないんだ?」


「…はあ、それが…

 少し恥ずかしいんですけど…

 父と母は異常に仲がよくて、三年前、父が42才、母が33才の時に、

 今年は本厄だから気を付けないとな! などと言いながら、

 できたばかりのテーマパークに行って

 ジェットコースターに乗ったんですよ。

 そのゴンドラが、ふたりの棺おけになったんです。

 ふたりとも心臓発作でした。

 ですがふたりとも全然苦しそうになくて、

 眠っている様にして死んでいたんです。

 オレ、一滴の涙も流しませんでした。

 死んだなんて、今でも全く信じていませんから」


仏としては不幸なのか幸運なのかわからない心境なのだ。


「…なんと言っていいのか…

 不幸中の幸運だな、といえばいいんだろうか…

 苦しまないで死んだ者っていないとオレは思うんだがな…」


「この先、覇王君はまた会うわ。

 その日を楽しみにしてらっしゃい」


仏陀が預言者のようにしてオレに言った。


そしてオレは気づいた。


オレの両親も仏だったのだろうと感じたのだ。


「はい、正解っ!

 …もう、覇王君って面白くないわっ!」


オレは仏陀に少し睨まれた。


源次郎たちは何がなんだかわからないようだ。


そして桂子は仏である母がマネをした人間


ということでよさそうだとオレは思った。


「オレにはもう両親は必要なかった。

 一人で生きて行けるので、

 ふたりは自身の修行に専念するために

 子離れをしたということでいいんですよね?」


仏陀は笑みを浮かべたまま、何も言わなかった。


「ですがオレは、どうやって生まれたのでしょうか?

 …ああ、オレも、捨て子…」


「そう、察しがいいわね。

 あなたは赤ん坊の時に捨てられ、二人の仏が15年間育てたの。

 あのふたりは、コースターのゴンドラで死んだ振りをしていたの。

 だからまだ当然、死んでないわよ。

 死ぬはずもないんだけどねっ!」


仏陀は大声で笑い始めた。


「…死んだ振り?

 だが、焼いただろ?」


源次郎が怪訝そうな顔で仏陀を見た。


「焼かれた振り?」


仏陀はさらに笑った。


「ふたりの骨壷には何も入ってないわ。

 全てが虚像だから。

 私たち、宇宙の釈迦の会にその虚像の者がひとりいます。

 さて、誰でしょうか?」


「…なに?!」


源次郎は本気で驚いている。


「論理的に考えればすぐにわかります。

 消去法で。

 生はあります。

 仏はみんなこれだけはできるのですよ。

 ロボットではありませんから。

 本体の魂は、天界にあるのです」


源次郎はゆっくりと源次を見た。


「…お前…

 成敗してくれようかぁー…」


オレは源次郎の言葉に大笑いした。


「はいっ!

 大正解ですっ!

 今の人間界に仏が人間として住んでいる者はごくわずかです。

 大勢いる仏はほとんどが虚像。

 ですが、そう言った能力を使っているので、疲れないわけではないのですよ。

 見た目は人間と同じです。

 細田さんなら、そういったものを造っていただけるんじゃありませんか?

 触れられるホログラムだと思っていただければ幸いですわ」


「ああ、それなら原理はオレでも組み立てられたな。

 そうか、なるほどな…」


源次郎は満面の笑みで源次を見ている。


「組み手でも身体を鍛えるにも、身体を投影しているから二倍疲れるんだよ。

 だからそれほど早く能力は上がらない。

 だが、この人間界に魂ごと来れば、成長は半端ないんだよな。

 その第一号が、そろそろ駄々をこねると思うんですがねぇー…」


「魂徒羅ね。

 迎えに行ってもいいけど、何か言ってくるまで放っておきます。

 私は仏としては18番目に人間として転生しましたの。

 人間界で自然に転生した者はほんの数十名です。

 きっと私が人間界に降りたので、覚醒した者が大勢出た様に思います」


仏陀が薄笑みを浮かべながら言った。


「赤子だが、心は大人。

 仏陀のように一気に成長して人間界での仏の修行を始められる。

 なかなかいいシステムだな」


「ですが大変ですわ。

 きっと、レールに乗れない者も現れます。

 ですので目が離せませんの」


「人間としての欲、か…」


仏陀は笑顔のまま頷いた。


「それは私が身を持って経験しましたの。

 天界の修行がまさに天国だと感じましたわ」


「そうだよな。

 この身体は操っているだけ。

 感覚はほとんどねえ。

 だから欲も沸きにくいんだ。

 ゲームをしている感覚だからな。

 だが魂ごとここに来たらそうはいかねえからな。

 欲、沸き放題だと思うぜ、ぞ…」


源次郎たちは源次の発言に大声で笑った。


「笑うんじゃねぇー!

 今は、話し方の調整中なんだよっ!」


「…いや、笑ってわるかった…

 治す必要があるんだな。

 それはかなり大変な修行だろうな」


「まあな。

 魂にこびり付いているからな。

 一筋縄ではいかねえんだぞ、よ?」


源次郎たちは今度は含み笑いに変えた。


だが源次は気に入らない様で膨れっ面を見せている。


「笑われてしまうことも修行となさい。

 その方が、上達も早いかも知れませんから」


「…はあ、まあ、そうする… よ?」


今後は仏陀が口を両手の平で押さえ込んだ。


源次はもう笑われてしまうことになれた様で、


それほど悪い気はしていないようだ。



この朗らかな雰囲気の中、早百合の元気がない。


「早百合ちゃんは心理テストの結果を気にしているようだね。

 子供の心…」


早百合はオレを見てから、コクンとうなづいた。


「仕方がないことでもあるんだが、子供の心が出やすい場所がある。

 さっきオレが言った、遊園地やそれに動物園。

 ほとんど行ったことないだろ?」


「…一度もないの…

 警備が大変だって…」


「だったらこの近くにある動物園に招待しよう。

 それに、コンペイトウは動物と混浴もできるぞ」


源次郎が言うと、早百合は源次郎に飛びついた。


まさに子供の早百合がここにいる。



一旦学校に戻って、レポートを書いてから、


また地下施設に移動して源次郎と共に動物園に行くことに決めた。


近くにある動物園は源次郎の提案で無料で警備をしているようで、


しかもデートスポットとしてナイター営業も始めたようだ。


早百合は満面の笑みで学校に戻って、レポートを書き始めた。



夕食は移動して道すがら食堂で摂り、


子供に戻った早百合が大勢の子供たちと共に意気揚々と動物園に入って行った。


今はどこからどう見ても、年相応の子供だった。


トラのベティーはここで調教、飼育されていた。


女優の安藤サヤカがオレに教えてくれたのだ。


そして、世界の騎士団の団員も時々ここで働いているそうだ。


源次郎と仏陀はその資格がある動物と話しはできる。


だが、ここの飼育員だった福田直道は、どんな動物でも話しができるそうだ。


その福田が順に園内をガイドしてくれた。


ネームプレートには、『精神獣医』と肩書きが記されていて、


オレは関心してしまった。


当然体調不良などは、言葉を交わして理解できるので、動物たちにとっては、


福田は心の支えとなる。



年齢がほぼ同じサヤカと早百合は楽しそうに手を繋いで園内を回っている。


麗子が妙に申し訳なさそうにしてオレの手を取ってきた。


オレが笑みで返すと、麗子も子供のような顔でオレを見た。


「そういえば、おばさんも麗子だったわ」


「そうだな。

 偶然だと思ったが、そうではなかったようなんだ。

 お前が生まれた時、名前を決める段階でオレたちが引っ越してきた。

 妙に男っぽいオレの母親の名前を

 オヤジさんが気に入ってくれてそのままつけたそうだ。

 …なんだ、知らなかったのか…」


麗子はきょとんとした顔をしてオレを見ている。


「それで私、男前だったの?」


オレは少し笑った。


「だがそれがお前を強い女にしたような気がするな。

 そして今は名前と同じで誰よりも麗しい。

 今が本当の麗子だとオレは思うんだ」


「…ああ、うん…

 ありがと…」


麗子は少しスキップをして、オレを急かせた。


「それに言葉遣いだけで、成長を遂げた人もいる。

 巌剛さんとグランさんだ。

 麗子もそれと同じかもしれないな」


「そうなんですかいっ?!」


真後ろから源次が大声を上げた。


「ああ、みんな知ってるぞ。

 巌剛さんはグランさんの様にかなり男前な話し方だった。

 グランさんは今の巌剛さんのような話し方で紳士だった。

 話し方を変えた途端に、それまでの能力が倍増したそうだ。

 謙虚に、そして大胆になった時、

 それが自分に合った話し方だったと気づいたんだろうな。

 その影には雛さんがいた。

 巌剛さんが怪我をした時、雛さんが許さなかったそうだ。

 半年ほど口を聞いてくれなかったそうだぞ。

 もしオレたちが仏陀にそれをされると、

 今すぐにオレを消してくれと思いたくなるはずだ」


「ああ、きっとなるな…

 そうか、そうか…」


源次はやけに元気になった。


「麗子も一度、男前の話し方に変えてみたらいいんだよ。

 何か新しい道が見えるかもな。

 お前の場合は簡単に元に戻せるはずだ」


「…あ、ああ、まあ…

 簡単にできるが…」


言葉は少ないが雰囲気は以前の麗子に戻っていた。


「お前は明王だからな。

 その方があっているのかもな。

 菩薩の優しさは、姉ちゃんに任せておけばいいんだよ」


「ああ、わかった、そうしよう。

 だがこの話し方だと、また部員の連中を泣かせることになるはずだ。

 少々可愛そうだが、これはオレのためだ。

 我慢してもらおうか…」


「いい雰囲気だ。

 惚れ直したかもな」


麗子は一瞬女らしい顔を見せただけで、また男前に戻った。



そしてオレには今すぐに考えなければならないことがある。


わずか200円の誕生日プレゼント、どうしよう…


… … … … …


かなり子供っぽいがこれしかないと思い、


オレは寝る前に麗子を寝室から追い出してせっせと作った。


あまりにも出来上がりが早かったので、


麗子は驚いているが特に何も聞かなかった。



朝起きてすぐに最近買ったばかりのタキシードを着て道すがら食堂に出向いた。


もうここがすでにパーティー会場のようで、華やかさで満ち溢れていた。


やはり有名女優が大勢いるので、さらにパーティーを引き立て、


盛り上げるのだ。



オレたちは宇宙船に乗り込み移動して、安土城を見上げた。


ただのモニュメントのようなものだろうと思っていたのだが、


まさかここがパーティー会場だとは知らなかったのだ。



パーティーをするのなら城を建てようということになり、


源次郎はてっきり西欧風の城ができるのかと思っていたら、


細田がやはり信長には安土城、ということで日本風の城を建てたのだ。


笑い話のようだが利に適っているので、オレとしては納得してしまった。


まさにこのコンペイトウは、信長ワールドと化しているのだ。



橋を渡って城に入ると、とんでもない人で溢れ返ってていたが、十分に余裕があった。


招待客は軽く千人は越えていたが、混雑しているようには見えない。


広さで言えば、野球のグランドほどはあるようだ。



招待客はオレたちが最後だった様で、早速源次郎が大樹を伴って壇上に立った。


「皆さん、いらっしゃいませ。

 この城の持ち主の織田信長こと皇源次郎です」


割れんばかりの拍手が会場内に響き渡った。


そして軽い笑い声も起こった。


「我が息子、大樹の誕生日を

 大勢の大樹の友達と迎えることを本当に嬉しく思います。

 今日は存分に楽しんで行ってください」


源次郎が頭を下げると、拍手の渦が沸きあがり、続いて大樹がマイクを持った。


さらに大きな拍手が巻き起こった。


「ボクは二才になりました。

 みんなよりもかなり若いんだけど、

 仲良くしてくれてありがとう!

 今日は、そのお礼もしたいと思っています。

 そして、こんなこともできますっ!!」


小学生の低学年の子供たちが、会場内を飛びまわった。


そして、ゆっくりと地に足を付けた。


普通ならひとりくらいは怖くて泣くはずだが、みんなは笑顔だった。


きっと始めての体験ではないとオレは感じたのだ。


「今日からも、仲良くしてくださいっ!」


大樹が頭を下げると、さらに大きな拍手が会場を包み込んで、


パーティーが始まった。



不思議な歌が聞こえる。


この歌は一度聞いたことがある。


だが声が違う。


まるで妖精のような女の子がひとり、マイクを通さずに優しい歌を奏でていた。


声にもリズムにも優しさがあふれていた。


オレだけではなく、子供たちもこの歌に感動しているようだ。


今日は妖精は現れないなと胸元を見た。


どうやら歌い手に秘密があるようだ。


想い起こせばあの妖精はグリーンベティーにそっくりだったのだ。



早速だがプレゼント贈呈式が始まった。


オレは早めに渡そうと、真っ先に大樹の前に出た。


「喜んでもらえると嬉しいんですけどね」


オレは小洒落たカードケースを大樹に渡した。


大樹は、「ありがとうございますっ!」と大声で言って、


「開けていい?」とオレに聞いたので、「はい、どうぞ」と答えた。


「うわっ!

 すっげぇーっ!!

 本当に嬉しいですっ!!

 今日帰って早速使いますっ!!」


大樹の喜びように源次郎が気になって覗きに来た。


そして、大樹からオレの作った特製組み手券を奪い去ったが、


また大樹がテレキネッシスで奪い返した。


「お父さんは券がなくても週に一度は相手をしてもらってるじゃん…

 ずるいよ…」


「いいじゃないか、たくさんあるんだから…」


源次郎の方が子供だとオレは思った。


「ダメだよ。

 ほら…」


大樹は券の裏を源次郎に見せた。


そこには、『皇大樹のみ有効』と書いておいたのだ。


源次郎は本当に悔しいのか、大樹を睨みつけている。


こういった源次郎も面白いとオレはいつも思ってしまうのだ。


「次のプレゼント、渡しづらいだろうな…

 この責任は覇王君になるからな。

 苦情は覇王君に言ってくれ…」


源次郎はこれ見よがしにオレを責めた。


だが、本当に子供のような源次郎にオレはさらに好感を抱いた。



大樹は分け隔てなく、みんなのプレゼントに驚き、満面の笑みで喜んでいる。


やはり大樹もすごいと思わざるを得なかった。


そして早百合の番がやってきた。


だが緊張したのか、なにもないのに躓いて、


プレゼントを宙に躍らせてしまったのだ。


だが、何事もなかったようにプレゼントは早百合の目の前に浮いている。


早百合は泣きそうな顔だったのだが、それを満面の笑みに変えて、


プレゼントを手に取り、


「お誕生日おめでとう!」と言って大樹にプレゼントを差し出した。


大樹は礼を行ってから開けることを宣言して、リボンを解いてフタを開いた。



大樹は何も言わなかった。


顔に笑みはなく真剣そのものだ。


早百合はまた泣き出しそうな顔をしたのだが、


大樹が無理やり早百合を抱きしめて何か言った。


そして誰にも手が届かない、


会場にある大きな梁の上にプレゼントをビニールに来るんで飛ばして置いた。


これは大樹の宝物だといわんばかりの行為だった。


それを察して結局は早百合は泣いた。


だがこれは満面の笑みで零した嬉し涙だった。


「…大樹、なぜ見せない…」


源次郎はかなり本気で怒っている。


「お父さんだけだよ、わかってないの…」


大樹はかなり大人だった。


大人気ない源次郎は本当に面白いと、オレは思った。


やはり早百合のプレゼントだけは、大樹にとって特別だったようだ。



この城には数々の仕掛けがあって、子供たちを飽きさせないものだった。


オレ達は源次郎と共に天守に昇った。


ここから見る景色は壮観だった。


地上の至るところに花が咲き、心地よい気分にしてくれた。



すると大樹が階段下からオレを呼んだ。


オレが歩を進めると、オレは大樹と共に宙に浮いた。


なんということだとオレは思った。


そして、暫しの空中の散歩を楽しんだ。


その目的地は、一階にある大きな梁の上だった。


そこにはビニールに包まれた早百合のプレゼントが置いてあった。


「覇王兄ちゃんには見てもらいたいんだっ!

 きっと、ボクがこうなるのは、

 覇王兄ちゃんのおかげになるはずだから」


大樹は丁寧にビニールをはずし、リボンを解いて箱を開けた。


そこには金箔の貼られた、青年と言える大樹がいた。


やはり源次郎を意識したのか、少しだけ似ていた。


だが、大樹が大きくなればこうなるだろうと簡単に予測はついた。


「…これは凄い…

 早百合ちゃん、毎日頑張ってたからね」


「券を使い終わる前に、絶対にこうなってるからっ!」


これは大樹の夢だとオレは感じた。


「そうだね。

 そうなるように、大樹君を鍛えよう」


大樹に渡した券は108枚ある。


煩悩を打ち消してもらいたいというオレの願いを込めたのだ。


だが残す必要のあるものが数枚ある。


大樹はきっとそれを残すのだろうと思い、オレに宣言したと感じたのだ。


… … … … …


会は進み、源次郎からのお礼のプレゼントの山が出現した。


子供たちは喜び勇んで、一列に並んで欲しい物を選んでいった。


だが大量にまだの残っているので、もう一巡回ることになった。


200円が数万円相当になって帰ってきたので、オレとしてはかなり気が引けた。



盛大だった会もお開きになった。


みんなが帰った後、大樹は梁の上から未来の自分の像をゆっくりと下ろして、


大事そうに抱えた。


早百合はかなり恥ずかしそうにしている。


大樹に抱かれた感覚がまた蘇っているのではないかと感じた。



早百合に約束した通り、女の子と女性は動物との混浴風呂に入っていった。


きっと誰もが子供になっていることだろうとオレは思って少し愉快な気分になった。



「早百合君、大樹にどんな木像を渡したんだ?」


源次郎は少しイラついている。


大樹は男湯に入ったのだが、


プレゼントを持って行ったようなので確認できなかったようだ。


「それは、秘密です。

 きっとそのうち、大樹君が見せてくれるはずですから」


仕方ないと思ったのか、源次郎は丁寧にオレに頭を下げてくれた。


「あの組み手券も、大樹はかなり嬉しかったんだろうな。

 だからこそ覇王も特別扱いにしたんだろう」


「はい、そうだと感じました」


今度は源次郎に泣き付かれたが、オレは口を割らなかった。



「覇王君、気づいたわよね?」


「はい。

 オレ、試されちゃいました」


仏陀は薄笑みを浮かべて小さくうなづいた。


「覇王君の器を試すため。

 大樹君も源次郎さんに協力していたと思うわ。

 やはり個人の意思は尊重するもの。

 いくら相手が尊敬する者でもその親でも、

 断りなく事実を話すのは罪だわ。

 どこまで深い認識があるのか、

 源次郎様に試されちゃったのね。

 でもね、ひとつだけ真実があったの」


「はい、それは気づきました。

 組み手券…」


仏陀は大声で笑い始めた。


「源次郎様のこの小さな欲が心地いいのよ。

 それに欲といっても、生と正のための欲だから」


オレは小さく頷いた。


「ところで仏陀はどんなプレゼントを…」


オレが言うと仏陀は泣き笑いの顔をした。


オレは聞かないでおこうと思い、


師匠ではあるが抱き締めたい衝動に駆られた。


「…でもね、おかしいのよ…

 プレゼントがお菓子だっただけに…」


オレは少し笑い、そして怪訝に思った。


「そうえいえば…

 大樹君、食べられるものは持っていませんでしたよ?」


「…雛ちゃんがね、満面の笑みで持ってたの。

 大樹君、ずっと気にしてたみたい…」


「…ああ、そういえば…」


オレはある会話を思い出した。


それはウェディングドレスを買いにトラノイル商店街に来た時のことだ。


「サヤカちゃんと聡美ちゃんの誕生会の時も、

 駄菓子をもらっていたそうなんですけど、

 アメ玉をひとつ食べただけで、

 ほかは全部雛さんに取られてしまったようなことを

 サヤカちゃんが言っていたんですよ。

 可愛い人だなぁーと思ったことを思い出しました」


「雛ちゃんの幼いころの記憶ね。

 雛ちゃんの可愛い欲望。

 でもね、理由なく取り上げていないと思うの。

 きっとね、お説教した見返りにお供え物として取っちゃったんだと思うわよ」


オレは雛も仏陀も可愛いなと思ってしまい、少し恥ずかしくなってしまった。



旅館の大広間で休憩を兼ねた軽い食事会をしていた時、


仏陀がその事実を雛に聞いたところ、仏陀の予想通りだった様で、


大好きだった祖母に無理を言って駄菓子や縁日の食べ物なとを買ってもらったと、


懐かしそうな顔をして話したということだ。


そして大樹が仏陀にもらった駄菓子もまだ持っている。


オレは源次郎に願い出て、飛行艇を出してもらった。


「木像、見せてもらったんだ。

 かなり本格的ったな。

 大樹が見せたがらないはずだ。

 木像に恥じることなく、成長してもらいたいものだな」


この言葉には源次郎の優しさが詰まっていて、オレはさらに嬉しくなった。



オレと源次郎は知りうる限りの店を回って大量に仕入れた。


そして温泉旅館に戻って、雛に持っている駄菓子の交換を要求した。


雛は目の色を変えてオレの抱えていた駄菓子をひったくるようにして取りあげ、


持っていた駄菓子の袋を、大樹に返した。


なぜがサヤカが雛の動きをじっと見ている。


微笑ましそうではなく、雛から何かを盗み出そうという弟子のような目だった。


「サヤカちゃん、聡美ちゃん」


オレはふたりにも駄菓子を差し出した。


「前にもらったのに、お母さんに取られちゃって…

 凄く嬉しいですっ!

 覇王さん、ありがとうございますっ!」


聡美は満面の笑みでオレに礼を言ってくれた。


サヤカも丁寧にオレに礼を言ってくれたが、


オレはサヤカに雛に送っていた視線の件を聞いた。


「雛先生、人間として凄く可愛いって。

 翔太君が言ってて、雛先生に弟子入りしたんです。

 その可愛らしさを私も知りたいって。

 雛先生は私の人生のお師匠様なんですっ!」


オレは納得して、サヤカに礼を言った。



雛に大量の駄菓子を渡したのだが、


誰にも分けることはぜず、


全てを自分のものにしたことだけをオレはかなり残念に思った


… … … … …


「さあ、大樹君。

 始めようかな」


オレ達は世界の騎士団の地下訓練場に戻り、


オレは今芝生の上で大樹と向き合っている。


「まずは少し話をしようか」


オレは芝の上に正座をした。


「はい!

 先生っ!」


大樹は満面の笑みでオレに従ってくれた。


そしてなぜだか先生になっていたが気にしなかった。


「ちらっとカードを見せてもらったけど、もう順番に並べてあるようだね。

 雛様に?」


「はいっ!

 雛ちゃんが並べてくれて、駄菓子、取られちゃったんですっ!」


オレはそういう交換条件か、善意の押し売りだな、などと思い少し愉快になった。


「そして今日はこのカード。

 勇者にとって、これはかなりシビアな問題だ。

 物欲…

 だけど今回の組み手で、この欲が消え去るわけではないんだ。

 この組み手をした記憶が、物欲を押さえ込むんだよ。

 だからしっかりと身体に刻み込んで欲しいんだ。

 大樹君も雛さんも、そのことがわかっていたようだね」


「はいっ!

 この記号ってボクにはわかんなかったけど、

 雛ちゃんが知ってるぅーって…

 凄く子供のようなお母さんですけど、凄く好きなんですっ!」


「いい親子だとオレも思ったよ。

 …何かを得るために戦ってはならない。

 …今日はそのお勉強をしようか…」


オレはゆっくりと立ち上がった。


大樹は笑みを真剣なまなざしに変え、オレに一礼した。



大樹の拳はオレには届かない。


当然リーチ差があるからだ。


よってオレは手加減をする。


大樹の間合いに入り込み、それをことごとく素早く避けるのだ。


よって大樹は全身でオレに触れようとするが、オレは全てを掻い潜った。


業を煮やした大樹は、ついにサイコキネシスを使い、さらに間合いを詰めたが、


それは読んでいたのですぐさま引き、さらに回り込んだ。


大樹は楽しそうな笑みをオレに向け、挫けることなくオレに攻撃を仕掛けてくる。


大樹のスタミナが切れ始めた時、ボディーへの一発を当てさせた。


オレは怯んだ振りをした。


これで、大樹の精神力が一気に上昇した。


だがそれはろうそくの炎が消える一瞬の煌き。


ほんの数十秒で大樹はチカラなく芝に倒れこんだ。


「大樹っ!

 これからが本番だっ!

 宇宙船を操り、あの円の中に飛ばせっ!」


大樹は眠りにつきそうになっていたが、


オレが叫ぶと這うようにしておもちゃの円盤に近付き、


リモコンで操作して、円盤を飛ばして芝生に記した円の中に入れ込んだあと、


仰向けになって倒れこんだ。


大樹は満面の笑みで眠りに付いた。


「オレの息子になんてことをしてくれたんだ。

 いいだろう、次はオレが相手だっ!」


源次郎が笑いながらオレに近付きながら言った。


「今のオレの動きは見切れないと思うのですが…」


オレは申し訳なさそうに源次郎に言うと、


源次郎は納得したようにしてオレの肩を叩いた。


「まさに、師匠と弟子。

 そして組み手だけではなく、

 その全てを伝えようとする師匠らしい教え。

 オレは自然に頭を下げたい」


源次郎はオレに頭を下げてくれた。


「武術、武道だけでは勇者は務まりません。

 疲れ切った時こそ、もうひとつ何かができること。

 それを知ってもらいたかったのです」


「ああ、本当に勉強になった。

 オレたち武術家も、覇王の教えに従おう」


源次郎はオレの肩を強く握り、道すがら食堂に誘った。



源次郎は自分のことを武術家と言った。


源次郎はさらに自分自身を鍛え上げる決意をしたとオレは感じ取った。

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