第11話 有頂天になるほどの仏陀って…
「今回の緊急ゼミは、
覇王君をどうにかしようという議題で進めたいと思いますっ!」
仏陀が満面の笑みで宇宙の釈迦の会の会議室で言った。
確かに緊急性は要する。
詳しく調べると、オレの言霊が今の仏陀を越えていたのだ。
そう、今の仏陀だ。
たったひとつでも能力や性能が仏陀を越えるわけがない。
よってそれを全てクリアにするために、
緊急ゼミという形で仏の教え学科としての研究課題としたのだ。
実際にはこの大学全てを巻き込んでしまうことになるのだが、
まさに緊急なので致し方ない。
ここには仏陀とオレ以外に、澄美、麗子、詩暖、早百合がいる。
「さて、まずは現在の状況確認です。
私、本気を出す必要が出てしまいましたぁーっ!」
「うおぉぉぉぉぉ―――――っ!!」とオレは叫んだ。
わかっていたことなのだが、オレはついつい喜びのあまり叫んでしまったのだ。
だが問題が発生した。
仏陀が白眼をむいて全身を震わせ、ソファーから滑り落ちて失神してしまったのだ。
「…しまった…
惨いことを…
オレはなんてことを…」
オレは頭を抱え込んだ。
「…まさかこれって…
快楽?」
澄美が怪訝そうな顔で白眼をむいたままの仏陀を見ている。
「昇天一歩手前のようです」
オレは苦笑い満載で言った。
麗子がすぐさま、仏陀に気を注入した。
仏陀はすぐさま目覚めたが、麗子と共に着替えに走った。
「…逝き地獄…」
澄美は舌なめずりしてオレを見た。
「澄美さんと麗子はこれから別の地獄を見ることになります。
詩暖はできれば覚醒しない方がいいな。
きっと簡単に昇天してしまう域にまで達するだろう」
オレが言うと、早百合がみんなをうらやましそうな顔で見た。
澄美も詩暖もオレの言葉は特に気にしなかったようだ。
仏陀が帰ってきて、いきなりその存在感をアピールした。
釈迦に変わってはいないが、まさに真実の仏陀が目の前にいる。
オレは自然に頭を下げた。
「やはり仏陀様は偉大です」
仏陀はオレに微笑みかけた。
オレは、「仏陀様」と呼べる喜びに打ちひしがれた。
「今回の転生では、この心に戻るのはやめようと決めていたのです。
ですがさすがに覇夢王が言霊だけとはいえ私を越えてしまった。
私も少々本気を出す必要ができてしまったのです。
しかしこの状態では、人間界での修行の実りが薄いのですよ」
「はい、まさにその通り。
全てにおいて卓越されています。
今までは一介の人間で少々チカラのある能力者程度でした。
ですが今でこその我が主の仏陀様。
…手加減されていたとはいえ主のチカラを越えてしまい、
申し訳ございませんでした」
「いいのです、覇夢王。
それでこその夢界の管理者です。
そして喜ばしきことではありませんか。
きっと覇獄王がうらやむことでしょう」
覇獄王は地獄界の主。
人間のいう閻魔大王だ。
「私の言霊の能力の付加だけをこの数日間でやってしまおうと思いましたが、
今の覇夢王の様子から察してほかの能力も上げる必要があります。
それが終わった後、今朝までの私の心を持ちます。
そうすれば今まで通り、濃い内容の修行が可能となりますので。
またご迷惑をお掛けしますが、許してくださいね」
オレは仏陀に頭を下げた。
頭を上げると、麗子は呆然としていた。
澄美はまだ理解不能のようだが薄笑みを浮かべている。
詩暖はいつも通りの仏頂面だ。
早百合は困った顔をオレに見せていたのだが、今は会話している暇はない。
学校内は授業中なのだが、仏を持つものが事務所を囲っているからだ。
「仏陀様。
ひと言だけでも皆の者にお言葉を」
「そうね。
そうしておいた方がよさそうだわ」
仏陀がベランダに移動したので、オレたちも続いた。
仏陀は地上にいる仏たちを笑みを湛え見下ろした。
「これが本当の私の姿。
今朝の私も実体でしたが真の実体ではありませんでした。
これこそ私。
ですが数日後にまた今朝の私に戻ります。
全ては修行のため。
さあ皆さん、お仕事と授業にお戻りになってください」
地上にいる者たちは満面の笑みで仏陀に深く礼をして静々とこの場を去った。
もし釈迦に姿を変えていた場合、
1000名を越す仏たちは皆、大地に跪いていたことだろう。
オレ達はまた会議室へと戻った。
早百合と詩暖はこの信じられない状況に、
心ではなく視覚で仏陀の大きさを知った。
そしていつもと違う柔らかな言葉遣いに感動を覚えたようだ。
そして麗子がいきなり泣き喚き始めた。
「…ああ、罪深いっ!!
私はなんてことをっ!!」
仏陀が正体を見せることで、こういった弊害も生まれるのだ。
きっと麗子だけでは終わらないとオレは思っている。
「巌是明王が罪深いとおっしゃられました。
それは覇夢王との婚姻の件です。
格違いを今悟ったようですわ」
オレは瞳を閉じた。
こうなるとオレにもどうしようもないのだ。
「もうひとつの方法もあったのですが、
私が出現することで覚醒されてしまわれた。
巌是よ、申し訳なかったな…」
「いいえ!
とんでもございません!
…覇夢王よ、今すぐに離縁を。
離縁をすると仰ってくださいませ」
「離縁する」
オレは躊躇なく言い放った。
これだけでオレと麗子は夫婦ではなくなるのだ。
そして麗子の心に安寧が訪れる。
だがそれは仏の心だけの話しで、人間の心にはわだかまりが残るのだ。
だが麗子はほっとした様で、正座したまま笑顔で仏陀をみつめている。
「今は離縁致しましたが、チカラが近くなれば復縁も可能です。
巌是よ、その覚悟はおありですよね?」
「はいっ!
もちろんでございますっ!
我が親愛なる覇夢王の隣は、私の居場所ですっ!」
「はい、よろしい。
覇夢王も、異存はありませんね」
「はい。
もちろん異存はございません。
私も協力して、私の妻を取り戻したいと思っております」
「あら、素晴らしいですわ。
それでこそ私の弟子。
どうかこの先の皆様の手本となって頂きとうございます」
オレと麗子は深々と仏陀に頭を下げた。
仏陀は早百合と詩暖に顔を向けた。
「堅苦しいですが、数日間は我慢してくださいませ。
私だけでなく、全ての仏のあり方が変わってしまわれますので
皆さんも戸惑われると思います」
「…私…
わからないことが辛いです…」
早百合は悔しそうにして仏陀を見ている。
「あなたは私が目を付けました。
今世終了と共に、私の弟子と致します。
ですが、弟子となる前の心構えを、
人間として受けて頂きたかったのです。
早百合さん、それでよろしいですわね?」
「はい、仏陀様。
お勉強、毎日頑張ります」
早百合は静かに言うと、仏陀は笑みを深めた。
「とんでもないゼミになってしまいました。
ですがこれも仏の教えの研究材料のひとつと致します。
ではそのついでに、校内を回ってみましょう。
きっと様々な変化があると思いますので」
仏陀がゆっくりと立ち上がり静々と歩き始めた。
外に出ると、もうすでに草の絨毯が敷き詰められていた。
「私には地に足をつけるということが許されていないのです。
植物にも十分に感謝をして頂きとうございます」
仏陀は静かに言った。
オレは全ての草木にも感謝をしながら仏陀のあとに続いた。
すると、澄美がいきなり泣き始め崩れ落ちた。
澄美には今やっと仏陀の大きさが見えたようだ。
麗子がすぐさま支え、ゆっくりと歩き始めた。
源次はどうするのだろうかと思っていたが、元の予定を貫く様で、
先ほどは事務所の庭にいたが仏陀に寄り添うことは控えたようだ。
花壇にあった少々萎れていた草花に一気に生気が漲った。
そして木もその緑を深めた。
やはり生物の中でも植物に一番大きな変化があるようだとオレは感じた。
学校を大きく回り、半分ほど来た時に、仏陀の行く手を子猫が阻んだ。
つい最近どこかで生まれたのか、仏陀の存在がよくわからない様で、
オレの足にじゃれ付いた。
「残念ですわ。
この子には私が大き過ぎて見えなかったようです」
仏陀のひと言で、今度は詩暖が覚醒してしまい、その場で平伏した。
そして仏陀に深く頭を下げて動かなくなった。
「また残念なことが…
詩暖さんは一旦脱会ですわね…
本当に残念です…
ですがいつの日か、私のそばに参って下さい」
詩暖は何も言えず、額を地面にこすり付けるだけに留まった。
きっと、仏陀が今朝の仏陀に戻っても、
詩暖はオレたちの近くに座ることに戸惑うだろうと感じた。
だが、かかわりは捨てないとも感じた。
詩暖はほかの仏よりも厳しい定めを背負ったはずなのだ。
「仏陀様、いかがなさいますか?」
オレはある気配を感じた。
だがそれは正でしかなかった。
「源次郎様たちが見に来られただけです。
知らぬ振りを…」
オレは軽く頭を下げ、意識しないことにした。
今日のゼミは悲しみが多い中で終った。
しかし真の仏陀の姿に、仏たちは静かに沸き上がった。
そんな中、オレと麗子が離婚したという話しが一番の注目となった様で、
野球部に顔を出すと皐月が凄い剣幕でオレに迫ってきた。
「…ああん、覇王君…
あなたの好きなように扱ってくださっていいのよ…」
「はあ…
言っておきますけど離婚はしていませんよ」
オレが言うと皐月はすぐさま部員たちを睨んだ。
そしてその部員たちがオレを取り囲んだ。
「早百合ちゃんが悲しそうにして言ってたわよ!
あの子がウソをつくわけないじゃないっ!」
「本当に離婚と言ったのか?
…はあ、なるほどな。
離縁はしたぞ。
だが離婚はしていない」
そんなの一緒じゃない! と凄い剣幕で責められたので、
オレは正確に伝えようと少し考えた。
「今回、仏陀様が真の姿を現したことで、麗子が正しい認識をしたんだよ。
自分自身のチカラ不足をな。
よって、麗子自らがオレと共にいることに気が引けて、
仏陀様に正式に離縁を申し込んだ。
オレにじゃないぞ、仏陀様に言ったんだ。
仏の場合、仏陀様の許可なくして結婚はできない。
だが、そのうち麗子も能力を上げてくることはわかっているからな。
その時はまた復縁する。
そして、人間の法律による婚姻は何も変えない。
仏としての離縁はしたが、人間としての離婚はしていない。
よってオレが麗子以外の女性とは付き合うとことはできない。
仏のモラルは、その国の法律によって厳しく管理されているからな。
オレと麗子が離縁状態にあろうとも、
オレと麗子は夫婦には違いないんだよ」
部員たちは確かにその通りと言って納得してくれたが、
皐月はヤル気満々だったようでトーンが全く落ちなかった。
オレはかなり迷惑そうな顔をしたのだろうか、
嫌われるのもまずいと思ったようで、皐月は大人くしなった。
「…そうだなぁー…
キャプテン、ちょっと…」
オレは皐月だけを更衣室裏に連れて行った。
「もしよかったら夢でデートしませんか?
ふたりだけの話しが非常にしやすい場所です。
もちろん、キャプテンのお望みの行為に発展するかも知れませんよ」
皐月の表情が固まった。
何かを言わなくてはいけないとでも思ったようで、
その唇が声を上げずに何度も動いている。
「…マジで?」
オレはその第一声に少し笑った。
「…はい。
その代わり、誰にも言わないで下さい。
言ってしまったら、その次はないですよ」
「言わないっ!
絶対に誰にも言わないっ!!」
オレは皐月にその密会方法を伝えた。
すると猛烈にテンションが上がり、早速地獄の練習試合連鎖の幕が上がった。
オレは夢界での仏陀の様子があまりにも異常だったことを踏まえ、
皐月を使って確認しようと思ったのだ。
本格的に昇天をする段階になって不安を残したくない。
もし仏陀と皐月が同じような反応を示すのなら、
きっと問題はないとオレは思っている。
皐月も仏陀同様に初心の様なので、
オレと少しだけ淫らな話しをするだけで昇天の嵐になるはずだと思ったのだ。
よってオレは何もしないので、嫌悪感に苛まれることはない。
この方法で満足してもらえたら、
皐月のトラウマも少しは楽になるだろうと思ったのだ。
野球部の地獄の練習を終え食堂に行くと、
光ってはいないが神々しい仏陀が注目の的だった。
オレは軽く会釈をして、いつも座る席に座った。
オレの隣に麗子はいない。
麗子は空手部の連中と共にいるが、誰も寄せ付けない迫力を纏っている。
「麗子。
ここに来て座れ」
拒絶されたらそれまでと思い言うと、
麗子は素早く立ち上がってトレイを両手で持ち、
満面の笑みで駆けてきてオレの隣に座った。
「お前との付き合いは仏だけということではないからな。
食することは人間のする事だ。
よって、この学食では人間同士の付き合いということでいいと思うんだよ」
「はいっ!
覇夢王様っ!!
…あ、いいえ、覇王…」
オレは満面の笑みで麗子を見た。
「そうです。
それでこそ仏です。
仏はそれほど厳しくはありませんよ。
ですが厳しい事もあります。
その逆に理にかなっていれば甘い事もあります。
その道を正しく歩んでください。
覇王君と人間として関係の深い方は、
今まで通りお付き合いしてあげてくださいね」
仏陀が言うと、なぜかこの学食にいる詩暖がどうすればいいのか迷ったようだが、
すぐに麗子が連れて来た。
「お前、部活入ったのか?」
詩暖はどう言った言葉遣いにしようか迷ったようだが、
今は人間だということで決意したようだ。
「授業、受けてたのよ。
夜の授業も受けないと進級できないもん…」
「タレント業もほどほどにした方がいいんじゃないのか?
もしくはSKアクター部に入社できるように努力する、とか」
「そんなの夢また夢よ…
でも、入室は…」
詩暖は少し考えた。
そして満面の笑みになった。
「修行、するわっ!
ありがとう、覇王君っ!」
詩暖は手早く食事を終え、そそくさと帰って行った。
「地下訓練場に行って修行するんだろうな。
端っこでレッスンの見学をする程度なら誰も何も言わないだろうからな」
「ああ、そういえば。
大女優ハリウッドスターの鷹取紗里奈も、そんなことやってたぜ。
ミュージカルのレッスンだったが、歌と踊りが苦手だったそうだ」
源次が勢い勇んで言って来た。
鷹取紗里奈は源次郎の生みの母と聞いていた。
「それほどの芸能事務所はどこにもないだろうな。
世界の騎士団員たちと同様で、
女優たちが輝いているのはそのおかげだろうな」
隣で聞いている麗子が、妙に恥ずかしそうにしてオレに擦り寄って来た。
「…人間同士の付き合いって、ここだけ?」
「いいや。
学校自体、人間のためのものだからな。
ここにある合宿所も、オレたちの家も、
人間同士の付き合う場所だよな」
麗子はかなり喜んだ。
だが、仏陀には申し訳なさそうな顔を見せた。
「麗子さん、いいのよ。
ここは人間界だもの。
私のようにハメを外し過ぎないのなら、私からは何も言わないわ。
だけど、覇王君に近付き過ぎて辛くなるのはあなたよ。
そのことだけ、きちんと理解しておいた方がいいわ」
「はい、仏陀様。
ありがとうございます」
麗子に光が差したように、顔色が一段とよくなった。
結局は真実を知っても、ほとんど何も変わらなかったことになったのでオレは喜んだ。
今日のゼミは大成功だったと今頃になってオレは気付いた。
… … … … …
麗子と同じ部屋で同じベッドで眠った。
やはりいつもとほとんど何も変わらなかった。
麗子も仏の格違いについては極力意識しないようにしていたようだ。
そしてオレは夢に移動した。
最近は眠るというよりも、
移動するが正しいのではないかと思ってしまうほどスムースに眠りに着くのだ。
皐月にはすでにロックオンしておいたので、すでにオレの左隣にいる。
だがやはり思った通り襲っては来ない。
そこまでトラウマが薄くなっているとは思っていなかった。
「皐月、襲ってもいいか?」
オレが少々荒っぽい言葉を吐くと皐月は驚いた顔をして、
まるで少女のように首を振り、もうすでに泣きそうになっている。
「キャプテン、いつもの調子で卑猥なこと言ってくださいよ」
「覇王君…
凄く意地悪だわ…」
元に戻ったオレに苦情を言った皐月は、
自分の身体を抱きしめ、少し震えている。
「やはりまだまだのようですね。
ふたりっきりは早かったのかなぁー…
でも、逃げ出そうとはしていないし、
それほどに震えているわけでもない。
オレを信用していると思った方がいいようですけど、
男って結局みんな一緒です。
魅力的な女性にはちょっかいを出したくなるものです」
オレは皐月を見ないで正面を見ていった。
だが皐月の様子は視界の端に捉えている。
皐月に過度の恐れはないようだ。
「男性を意識し過ぎるからなにかを言って口を開いている必要がある。
ということでいいんですか?」
「…半分は正解、半分は願望…」
皐月のぶっきらぼうな言葉にオレは少し笑った。
「望まれて嬉しいです。
皐月さん、少し離れてください。
きっとまだ近過ぎるんだと思ったのです」
皐月とオレの間は約50センチほどある。
このベッドの広さだと、ごく当たり前の距離だ。
だが、男性恐怖症の皐月にとってはかなり近い距離だと感じたのだ。
それに、オレが現れてから身体ごと移動した形跡はない。
皐月が今言ったように、怖いけれども興味があるといったところだろうか。
皐月は移動しようとして身体を止めた。
その代わりにオレが移動して少し離れた。
「どうして逃げちゃうのよ…」
「決して嫌がってはいません。
普通に話せる距離を探ろうとしているだけです。
やはり少し離れた方が自然のようですね。
身体の震えが止まった」
皐月は今気付いた様で、少しだけ笑みをこぼした。
「何も話さない皐月さんも新鮮です。
今日はこのままでいましょう」
「嫌よ。
次、いつになるのかわかんないもん…
せめて…
…バ、バットを握るとことくらいまでは…」
オレは静かにゆっくりと笑った。
本当はいきなり大声で笑いたいところだったが、
皐月が萎縮すると思ったのだ。
「おかしくないぃーっ!!
私、ホントに真剣なんだから…
覇王君のこと…」
皐月は上目遣いでオレを見た。
「それは困ります。
今のうちに忘れてください。
…どうやら余計なことをしてしまったようです。
オレのお節介が過ぎたようだ」
皐月はどうすればいいのかわからず、オレに近付いたり離れたししている。
「もし抱きつかれてもオレは何もしません。
でもそれはここだけの話。
現実に戻れば、それ相応の対応を取ります。
当然現実世界では身をかわします」
オレが言うとすぐさま皐月はオレに抱き付いた。
「ああっ!
できたっ!
できたよ、覇王君っ!!」
皐月は子供のように満面の笑みで喜んだ。
「できて当たり前です…
ふたりっきりだし、オレは襲わないと宣言しています。
こんなに優しい強姦魔はいませんから」
皐月は心底おかしそうにして笑い、オレを強く抱き締めた。
「でも、絶対にさっきまでの私って、
こんなことできるなんて思ってもいなかったもん…
弟にも協力してもらったけど、無理だったんだもん…」
「姉弟であればできなくて当然です。
感情が違いますから。
この場合、他人でなくてはならない。
弟さん、妙な世界に入り込まなきゃいいんですけど…」
「…うん、わかってたよ…
なんだか、変な気分になってもうやってないの…」
「やはり性的な部分が大いにありますからね。
異性でスキンシップが多い仲のいい兄妹はそれほどいるとは思いません。
成長するにつれ意識するからだと思います。
近親交配の件もありますからね。
特に日本人は逆に意識し過ぎのような気がします」
「…ああ、交配、して…」
皐月は目一杯勇気を出して入ったようで、声が震えていた。
「いいですね。
普通の男だったらもうすでに襲っているはずです」
「…もう、言わないわ、こんなこと…
こういった時にだけ、はっきりということにするわ…」
「そうですか。
しっかりと覚えましたよ。
卑猥な言葉でごまかさない、
ということでいいんですよね?」
皐月は返事をする代わりに、震える唇をオレの唇に当てた。
キスした感覚は全くなかった。
ただただ触れたといったようなものだ。
「積極的過ぎじゃないんですか?
夢とはいえ、今の心もトラウマは同じものを持っているんですから、
無理をするとひどいダメージが襲ってきますよ」
「…トラウマね…
もう、消えちゃった…」
「…えっ?」
さすがのオレも驚いた。
「だって、私が覇王君を襲っちゃったもん…
あの男が思ったことと同じことやっちゃったもん…
私も、強姦魔…」
皐月は感情を込めてキスをしてきた。
だがオレは従わなかった。
「…ねえ、やって…」
オレはある能力を使った。
「もう治療は終わりです。
どうやら完治したようですね。
おめでとうございます。
では、そろそろ、お開きということで…」
ロボットに変身して、ぎこちない言葉で言ったのだ。
皐月は大いに笑っい、そして、涙を流し始めた。
「ああ、残念です。
実はこの先がオレのお楽しみだったのですが…
また誰かに頼むことにしましょう」
皐月は泣き止んで、ロボットであるオレを見た。
「楽しみって、なに?」
「何もしないで女性を昇天させることです。
最近能力が強過ぎて、少しいやらしい言葉を放つだけで、
何度も何度も昇天するのですよ。
それを確認したかったのです」
「それって…
あなたのバット、固いわとか…」
皐月は感情を入れずにごく普通に言ったのだが、
急に身悶えを始めた。
「うそっ!
そんなぁ―――っ!!
覇王君!
逝かせてっ!!
覇王君のでっ!!
うそっ?!
逝っちゃうっ!!
逝っちゃうううー――ん…」
やはりいやらしい精神状態だと、
仏陀の性欲は問題なかったと言えるなとオレは結論付けた。
よって、夢でのオレのレベルが上がっているということで、
何も問題はないようだ。
だが、問題は皐月だった。
ロボットのオレに迫ろうと、身体を痙攣させながら近付いてくる。
「底なしですか?」
「…教えてあげない…
さっさと出しなさいっ!」
「ロボットにはそんないやらしいものはついていませんから。
野球のバット、出しましょうか?」
「いやんっ!!
そのキーワードは、ダメェ―――ンッ!!
あうっ!
おう、おう、おう…
逃げないで…
ロボットでもいいから…
触って…
ああ、触ってないのに触られたような…
あ、ああんっ!!
いやぁ―――っ!!」
皐月はひとりで叫びながらまた果てた。
痙攣は常にしているがダメージは仏陀ほどではない。
皐月が言っていたもので表現しようと思い、
キャッチャーミットとバットを出し合体させると
皐月は大噴水を天井にまで届かせ、ほぼ昇天した。
こういう妙な妄想もしていたんだなぁー、とオレは思って、
皐月に祈りを捧げてから静かに部屋から出した。
もうオレの夢は終わって、あとは目覚めを待つだけだ。
少々時間がかかったが、
オレは新たな夢の現代っぽい妙にリアルな場所に飛び込んでいた。
… … … … …
いつもの日課の早朝の神への挨拶にいくと、
もう皐月はランニングをしていた。
「おはようございます」
とオレは丁寧に挨拶をしたのだが、知らん振りをされた。
そして殺気を感じたので正面に全力で逃げた。
予感は的中していて、皐月の両腕はオレを掴み損ねたようだ。
「今のタイミング…
完璧だったのに…」
「あまりやると、強制わいせつ罪で訴えますよ」
「別にいいわよ…
三年くらい、どうってことないわ…」
見事に開き直っていたので、ランニングをしていた麗子に合流した。
オレは皐月に、「卑怯者っ!」と叫ばれたが、あまり嫌な気はしなかった。
「180度変わっちゃったんだ…
凄い効果ね…」
麗子が皐月を見て感心していた。
「多分大丈夫だと思うんだ。
オレとふたりっきりでもかなり怯えていたからな。
そして最終的には、皐月さんも強姦魔の仲間入りをした。
よってトラウマは解けたようだぞ」
「強姦って…
…ああ、キスされちゃったんだ…」
オレは笑みだけを麗子に向けた。
「自分も強姦魔の仲間入り。
当然、トラウマを背負うわけには行かない。
自分自身も、そういったことをしたんだからな。
自分勝手でない分、いい人には違いない」
だが麗子はそれほど人間はできていない様で少し膨れっ面をした。
しかし、今の覇夢王であるオレを見て、申し訳なさそうで淋しそうな顔を見せた。
「…同じ場所に立てる自信がありません…」
麗子はオレに丁寧に言った。
「同じでなくてもいい。
手が届く範囲であればな」
「はい、誠心誠意、努力いたします」
仏としての会話が終わり、オレたちは学食に足を踏み入れた。
仏陀の心の調整はひと晩では終われなかった様で、
今はいつもよりもかなり上品に朝食を摂っている。
オレはこの光景をずっと見ていたいと思って立ち尽くした。
「覇王君、ダメですよ。
そこは通路です」
オレは我に戻り、辺りを見渡してから別のテーブルの近くまで移動して、
立ったまま仏陀を眺めることにした。
仏陀は何も言わず、ただただ黙々と食事を続けている。
「そうだわ。
昨日の子猫ちゃんですけど、お話しができますのっ!」
仏陀は満面の笑みでオレに言った。
「それは素晴らしいっ!
もしや、神の僕のチカラが…」
仏陀は首を振った。
「そのような付加はないものと思います。
次に生まれ変わる時は、きっと人間です。
今まで、少々悪い事をしてきたようですが、
虫の心から修行をしてきた逸材です。
見失わないようにしたいものですわ…」
「はい、問題ございません。
私がロックオン致しました。
今の身体であっても魂だけであっても見失うことはありません」
「あら、まあ、すごいのね。
…あら?
おほほほ…
私にもございました。
使わないから、忘れちゃってたようだわ。
ごめんなさいね」
「いいえ、仏陀様」
オレは自分のことを「私」そして、
仏陀のことを「仏陀様」と口にできることを喜んだ。
だが、周りにいた仏たちが朦朧としていたので、やはり使わない方がいいと思い、
かなり残念に思った。
「…自然な言霊だけで…
やはり管理者の方は仏陀様同様、先が見えません…」
「そういう麗子は朦朧としていないじゃないか。
お前もオレの近くにもういるんじゃないのか?」
麗子は満面の笑みでオレを見て、カウンターに並んで、
いつもよりもたくさんの皿を取っている。
そしてすぐさま戻って来た。
「覇王、コーヒーだけお願い」
多いと思ったらオレの分まで用意してくれた様で、
麗子に礼を言ってから、三つのコーヒーカップにコーヒーを注いだ。
まずは仏陀に差し出すと目礼をしてくれた。
「心が篭っていますね。
誰にでもできることではございません。
きっと麗子さんもすぐにでも追いつかれると思いますわ。
夫自らが妻を引き上げる。
しかもその妻は、王以上のチカラを持っている」
オレは仏陀の言葉に驚きを隠せなかった。
仏陀はただ単に麗子を友としたわけではないようだ。
「あら、やだ、おほほほ…
口が滑ってしまいました。
覇王君の思った通り、誰にでも簡単には私に触れさせません。
わずかにいる私の身体に触れてもいい方が麗子さんなのです。
ついでに申しておきます。
その姉もそのひとりであるのです。
やはり大昔のインドの王や家族は優秀な方が多いようですわ。
苛酷な生活環境。
生きていることが修行。
今でこそ近代化を成し遂げましたが、
当時の麗子さんはかなり苦労をされていますからね」
まさしくその通りで、インドは今でも日本と同じく地震大国だ。
「仏も、世界の騎士団のみなさんのように、
心だけではなく身体ごとお救いしたいですわ。
何かいい方法、ないのかしら…」
「はい、ございます。
それは…」
オレは自信をもって仏陀に進言した。
仏陀はオレの話を聞き、満面の笑みを浮かべた。
「雛さんとお話を致しましょう。
壮大な計画ですが、きっと素晴らしい国と変わるはずですわ。
…ですがもうひとつの方は…」
「…はあ、あの大地は雑すぎるのです。
ですので一から造った方が安心なのです」
仏陀は満面の笑みをオレに向けた。
「この件は、いずれ学校行事と致しましょう。
世界の騎士団の皆様と共に、チカラ強く歩んで参りましょう」
オレは仏陀の言葉に祈りを捧げた。
オレの周りにいた者達がついに意識を失ったので、
そろそろ程々にしようと心を入れ替えた。
… … … … …
あと一日ほどは、仏陀は高貴なままだろうと思ったが、
朝の学食にいた仏陀はかなりのランクダウンをしていた。
オレは少し落ち込んだが、この落ち込みを用いて話そうと思った。
「仏陀、おはようございます」
「うん!
覇王君、おはよう!」
こっちの仏陀も好感が持てるなと思い直したが、
修行を始めたばかりの菩薩たちには丁度いいのではないかと思っている。
「そう、正解っ!
私もそう思うのよねぇー…」
「問題は詩暖だけでしたが、
人間の心が思ったよりも強かったので安心しているんです」
「それでいいんじゃない?
バランス取れてて」
仏陀は愉快そうにしてくすくすと笑った。
その詩暖がなぜだが早朝の学食に姿を現して、
なだれ込むようにしていつもの自分の席に座った。
「…筋肉痛だわ…
どこかに優しい殿方、いないかしら…」
「お前のファンは今はいないな。
見限った者ばかりのようだ」
詩暖がオレを睨んでから立ち上がろうとしたので、
詩暖の思考を読んでからオレが席を立った。
「優しい殿方になってよ」
詩暖はオレに笑みを向け、
「申し訳ございませんっ! 覇夢王様っ!」と言ったが
それは言葉だけですぐに人間の心に切り替えた。
凄い変わり見だなとオレは感心して、詩暖の今日の好みを注文した。
トレイを詩暖に持っていくと、かなり喜んでいる。
「…ああ、以心伝心…」
「いや、心を読んだだけだ。
気にするな」
オレが言うと、詩暖は膨れっ面をオレに見せて、
すぐに笑みに変わって食事を美味そうにして食い始めた。
「…ああ、いいわぁー…
それでこそのお友達よねぇー…」
オレは無防備な仏陀の思考を読み、
席を立って特製のドズ星ミックスジュースを
サーバーからグラスに注いで仏陀に渡した。
オレも仏陀に倣うことにして同じものをもらってきた。
「まあっ!
私もお友達でいいのかしらっ!」
仏陀は上機嫌でジュースを飲んでいる。
詩暖が羨ましそうにしていたので、同じものを持ってきてやると、
「申し訳ございません、覇夢王様っ!」
と叫んだあと、
「覇王君、ありがと」
と、ごく普通に友達の気持ちで言った。
面倒なヤツだなと思いオレは少し笑ってしまった。
やはり詩暖は不起用なんだなとオレは感じた。
「いいんじゃない、面白いから…」
仏陀が言うと詩暖は睨み付けそうな勢いで顔を上げたが
すぐに下を向いて仏陀に丁寧に頭を下げて元に戻った。
「ほんとに不器用だが、疲れないか?」
「疲れてもいいの。
これも修行だから」
なるほど、混ぜ始めたなとオレは感じた。
言葉は人間、気持ちは仏としてその感情が伝わってきた。
詩暖の言霊だけは早急に上がるとオレは踏んだ。
仏陀は笑顔で頷いている。
「あら、早いのね。
みんな、おはよう!」
麗子はまずは詩暖にひと言言ってからオレ達に挨拶をした。
麗子も、仏陀が元に戻っていることを察したようだ。
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