第9話 仏の教え学部って…

起床後すぐに学校に麗子と共に行き、空手道場で別れた。


今日の朝食は近くのコンビニで済ませようと思っていたのだ。


夢に熱中し過ぎて、いつもの起床時間よりも少し遅れてしまったのだ。


学食の前を通りかかると、少々様子が変わっていた。


まずは学食が営業していた。


ついつい足を踏み入れたのだが、一旦外に出て営業時間を確認すると、


朝7時からよる8時までとなっていた。


そして、その学食の外が工事中だ。


どうやら家か会議室のようなものができる様で、なんとなく眺めた。


そこに工事目的の看板があったので見ることにした。


そしてオレは納得して、学食のいつもの席に向かって歩き始めた。



学食の営業情報はオレの仲間たちはまだ誰も知らなかった様で、


仏陀だけがテーブルについて美味そうにして朝食を食べている。


朝の早い数名の学友も目敏く見つけていた様で、カウンターに列を成していた。


オレはその列を横目で見て、仏陀に軽く頭を下げた。


「おはようございます。

 昨夜は明日菜の家ではなかったのですか?」


明日菜の家なら、ここで朝食を食べていないと思ったからだ。


「昨日はね、雛ちゃんにおよばれ。

 今日から学食を7時からに変更したの。

 麗ちゃんは朝錬?」


「はい、そうです。

 麗子が行くと、神が喜ぶので。

 オレは神への朝の挨拶巡回中でした。

 オレも、頂こうかなぁー…」


オレは仏陀に軽く頭を下げてカウンターに行くと、


どう見ても普通ではない少女を発見した。


その動きは人間業ではなかったのだ。


学友たちの眼が点になっていた。


仏陀に似ているのできっとオレを売った見返りだと思い、


オレは気軽に挨拶をした。


「おすすめ、全部食べてねっ!」


その少女はトレイに乗せられるだけの食事を山のように積み上げてオレに差し出した。


次に待っていた後輩の学生がさすがに驚いてオレを見ている。


「覇王さん、そんなに食べちゃうんですか?」


「お勧めらしいから、全部食べるよ」


オレは笑顔で答えて、


食事を落さないようにしてゆっくりといつもの席に移動した。


席に戻ると、仏陀が腹を抱えて笑っている。


「気合、入っちゃったようね。

 ここの食事は道すがら食堂とリンクしたわ」


「はあ、それは気付きました」


オレは手を合わせてお祈りをしてから食事をしようとすると、


カウンターにいた女の子が大声で泣き始めた。


「あら、お祈りが過ぎたようだわ。

 覇王君、これからは少し控えてね。

 あなたの善意や敬意は、行き過ぎて毒に変わっちゃうから」


「はい。

 これからは気をつけます」


気持ちを改めて箸を取り、ひと口口にすると本当に道すがら食堂の食事だった。


オレは夢中で全てを綺麗に平らげてしまっていた。


「おっと…」


ごちそうさまを言うにも気を使うなと思い、一呼吸おいて静かに手を合わせた。


「あら、凄い効果ね。

 厨房が光り輝き始めたわ」


オレが振り向くと、確かに光を帯びていて、調理人たちが満面の笑みだった。



「ところでね、ゼミをひとつ増やしたのよ」


食事の終わったオレに、仏陀がコーヒーを運んできてくれた。


オレは静かに頭を下げた。


「はあ、一体何をされるのですか?」


オレはコーヒーカップを口につけて、


苦さが美味いコーヒーの味を楽しんだ。


「私への依頼をゼミにするの。

 ああ、先日の依頼も二件ゼミにしたから。

 仏の教えとしてのゼミね。

 それに、覇王君には学部を移ってもらいます。

 仏の教え学部に」


新しい学部も作ったんだなとオレは思い、仏陀にゆっくりと頭を下げた。


「学生はひとりだけ。

 覇王君だけなの。

 教授は私、覇王君は学生兼講師ね。

 三回生はもう試験はなくて論文だけよね?」


「はい、そうなっています。

 ですが、仏の教え…

 論文のテーマが難しいですね…」


「今年は神棚の件でいいじゃない。

 卒業論文は仏の教え全体について。

 わかっていると思うけど仏教じゃないわよ。

 仏の教え、だからねっ!」


「はい、それは重々承知しています」


仏教は基本人間の作ったものだ。


仏がそれを勉強をする必要はない。


仏は仏陀の教えを勉強して自分のものにするため、これを日々の糧としているのだ。


「それと、仏の教え学部に学生をひとり入学させます。

 今、大検の猛勉強中なので、来週あたり入学してくると思うの」


「はあ、それは嬉しいですね。

 オレひとりだと少々淋しい思いがしていたのです」


「早百合ちゃんよ」


仏陀は満面の笑みでオレに言った。


オレは冷静になった。


そして、だから大検かと思い納得した。


「彼女はまだ11才。

 ですが家柄の事情で英才教育は受けているとは思いますが…」


「彼女の仏の教えへの真摯な心構えには感服したのよ。

 でもね、コネで入学させるわけにはいかないので、

 極々当たり前の方法で入学させます」


オレは仏陀に頭を下げた。


この時のオレは何の疑いも持っていなかった。


だが仏陀にはある策略があったのだ。



一週間後、満面の笑みの早百合が、スーツを着て学食の席に座っていた。


源次が早百合に席を取られたので、少々膨れっ面をしている。


「知っての通り、

 早百合ちゃんは大検を軽くパスして当校の入学試験も満点合格されました。

 今日から大学一年生です。

 ですが、この学校は厳しいので、

 もう一年、一回生をしていただく必要がありますけど、

 今は勉強の時、さらにがんばってね」


「はいっ!

 覇王さんとずっと一緒なので嬉しいですっ!!」


確かにその通りだなとオレは思ったが、それほどずっとではないと思い直した。


一回生は基本学科があるので、同じ大学にいてもほとんど顔を会わせることはない。


「早百合ちゃん、ずっとって…」


「…あ、ずっとじゃないけど…

 毎日逢えるから…」


早百合は少し恥ずかしそうにして上目遣いでオレを見た。


この視線はなんだとオレは疑った。


そしてすぐさま仏陀を見たが表情を変えたあとだったようで薄笑みを浮かべていた。


オレは猛烈な疑問が生じたのだ。


「…何か悪意に近いざわめきが…」


オレが呟くと、麗子も源次も一斉に仏陀を見た。


「…早百合ちゃんを使って何かをするわけですね、仏陀…」


仏陀はすぐさま狼狽した。


「…ああ、今の仏陀の言い方の場合は、

 仏陀さんってして欲しかった…

 もしくは仏陀様で…」


仏陀は少し怒っていたが、それとは逆に後ろめたさが充満していたのだ。


「申し訳ございません、仏陀様ぁー…

 これでよろしいでしょうか、仏陀様ぁー…」


「…ああ、二回も…

 ああ、昇天しちゃうかも…」


仏陀は薄笑みだが頬が引き攣り、全身を震わせていた。


オレは策を労した方がいいと考えた。


「事務局長、申し訳ありません」


オレが言うと、事務局長の杉下可憐、仏名は巌是音弥勒菩薩が姿を見せた。


可憐はオレを笑みで見てすぐに仏陀に視線を向けた。


仏陀は薄笑みだが、まだ頬が引きつっている。


「お呼びだて致しまして申し訳ございません。

 実は、調べて頂きたいことがあるのです」


「はい、覇王君。

 私の弟の頼みであればなんでも致します」


仏陀はこの事実をもう知られたのかと思ったようで、さらに頬が引きつっている。


「つい今しがたですが、

 オレに、いいようのない悪意のようなものが感じられたのです。

 ですがその実体がわからないのです。

 申し訳ございませんが、その道筋を教えて頂きたいのです」


「はい、簡単なことでございます。

 仏陀様のいらっしゃる方向から黒い線が発しております」


仏陀は少し腰を浮かせてその黒い線を探し始めたようだ。


「なるほど…

 仏陀のいらっしゃる方向からですか…」


「はい、仏陀様のいらっしゃる方向からですわ」


「この黒い線は具体的にはどのような欲に当てはまるのでしょうか?」


「はい、性欲が一番に見えますね。

 そして謀略。

 これは酷い場合は悪意に繋がります。

 この黒い線ごと焼き切った方がよろしいかと」


「わかりました。

 焼き切りましょう。

 …源次、可憐さんの手に触れると黒い線が見えるはすだ。

 それを蒸発させてくれ」


「ああ、いいぜ。

 この能力は逃げられねえ代物だからな。

 しかも、弥勒菩薩とのコラボレーションは徳が上がるってもんだぁー…

 犯人は簡単に解るぜぇー…」


仏陀は結界を張ったが、黒い線は仏陀を突き抜けている。


仏陀はかなり焦っていた。


源次が花梨の手に触れた時、


「ごめんなさいっ! 今日の戯れの時間は終了ですっ!」


と、大声で仏陀が言った。


「…今日の?

 ですが、早百合ちゃんがいる限り続くんですよね?」


「ううん、続かないの。

 ニテロベルネム…」


「えーっ!

 そんなぁーっ!

 一生懸命勉強したのにぃーっ!!」


仏陀の言い放った「ニテロベルネム」とは暗号なので覇王にも誰にもわからない。


だが、早百合の反応で作戦終了を意味したものだと覇王は察した。


「早百合ちゃん、小学校に戻るかい?」


早百合はオレを上目遣いで見て、首を横に振った。


「みんな子供だもん…

 勉強も全部わかってることだし…

 …私って早熟って言うか、お爺様にいつもついて回っているから、

 大人の人の気持ちって凄くわかるの。

 私と同年代や少し上の人はみんな子供に見えちゃうの。

 だから、仏陀ちゃんに誘われなくても、

 高校か大学に行こうって決めてたの。

 お爺様も賛成してくれていたの。

 それに、お兄ちゃんがいるから大学がいいなぁーって…」


オレは早百合の気持ちがよく解った。


「ひょっとして、明日菜も早百合ちゃんと同じだったのかな?」


「うん、そう。

 でも明日菜姉ちゃんは野球が大好きだったからね。

 丁度よかったみたいなの」


オレは早百合に笑顔を向けた。


「そうか…

 お金持ちの令嬢も大変だよね。

 でも早百合ちゃん、身体は子供だよね?

 まだチカラも弱い。

 …そうかここだったら、オレたちが守れるからね。

 そう、オレたちが早百合ちゃんを守ろう!

 そして、大いに勉強とキャンパスライフを楽しんでもらおう。

 …どうしたの早百合ちゃん?」


早百合は泣き出してしまった。


そして仏陀が苦しみ始めた。


早百合の罪の意識が、仏陀にリバウンドとして反映したようだ。


オレはすぐさまひとつ気合を入れて、その連鎖と効力を止めた。


仏陀の苦しみは治まり、早百合はすぐに泣きやんだ。


「覇王君、やはりお優しいですわ。

 …それに比べて…」


可憐は仏陀を少しにらみ付けたがすぐに視線を外した。


「私には全てがわかりました。

 なんということでしょうか…

 …早百合様には私が少々お説教をさせて頂きます。

 さあ、参りましょうか」


早百合は全く抗うことなく可憐について行った。


仏陀は微笑を忘れ、下を向いていた。


「ハメを外し過ぎです。

 しかも、早百合ちゃんを巻き込むとは…」


「…ありがと…」


仏陀は俯いたまま小声で言った。


オレはこの先どうすればいいのか見当がつかなかった。


やはり一度、仏陀に全てを体験させるべきだろうかとも考えたのだ。


そうなる妄想で、仏陀は溢れ返っているような気がしたのだ。


そして仏陀を見ると満面の笑みをオレに向けていた。


「もし、この行為で仏陀の態度が変わらないのなら、

 オレは仏を祓います」


麗子も源次も驚き、オレをかなり困った顔で見た。


そして仏陀が、申し訳なさそうな顔でオレを見た。


「…その覚悟、本気ね…

 本当にふざけ過ぎたわ…

 数十年後を楽しみにして待ちますわ…」


仏陀はいつもの笑みに戻った。


だがきっとまた何かやるだろうなぁーと少々うんざりしてオレが考えると、


仏陀はしかめっ面を見せた。


… … … … …


昼下がりの学食での昼食時、早百合は上機嫌だった。


「どうしたんだい早百合ちゃん?

 凄くご機嫌だよね?」


「うん!

 凄くモテちゃった…」


家柄の件もあるだろうがほとんどがセレブなので、


真にモテたのだろうとオレは思い、早百合に笑みを向けた。


早百合は恥ずかしそうにして一瞬だけオレを見て食事に専念し始めた。


「…あ、今気付いたけど、凄く美味しいっ!」


「道すがら食堂って知っているだろ?」


早百合は怪訝そうな顔をしてオレを見て、肩を落とした。。


「誰も入れない食堂…

 SKセキュリティーの社員でも、

 皇源次郎に認められないと踏み入れられない聖地…

 …って、まさかっ?!」


「そう、そこの味なんだよ」


早百合はそれだけでもこの大学に来て良かったと喜びながら箸を進めた。


「ちなみにあの聖地を牛耳ているのは源次郎さんじゃないよ。

 越前雛さんと皇澄美さんだ」


「へー…

 そうだったんだぁー…

 でもお兄ちゃん、行ったことあるんだよね?」


「もちろんだよ!

 オレは世界の騎士団の一員だからね!」


オレは少々自慢げに言った。


「うわぁー!!

 すごぉーいっ!!」


早百合はオレに拍手を送ってくれた。


「きっと早百合ちゃんだったら許してもらえると思うよ。

 今日はどうしても行かなきゃいけないから一緒に来る?」


早百合は手放しで喜んだ。


オレは源次郎に電話を入れた。


すると源次郎は、


今日はキャンセルだという電話だと思いながら電話に出たようだ。


オレは否定して早百合のことを話すと、即座に認められて、早百合も喜んだ。


『あの爺さんはいいが、それ以外は連れて来て欲しくないんだよ。

 あの企業は、爺さんがいなければきっと持たないだろうな…

 先日の早百合ちゃんの誘拐の件も、妾の子の仕業だったんだろ?』


「はい、そのようですね。

 だから早百合ちゃん、精神的にはもう大人なんですよ。

 あんなこと当り前の世界といった認識が強いんです。

 本来ならば同年代の友達と楽しい学校生活を送っているはずなのに、

 本人の希望で大学に通っているんです。

 もちろん、試験を受けて雅無陀羅大学に合格したんです」


『それは凄いな…

 仏陀は手は抜かないだろうからな…

 …そうだ、大樹の誕生日会にも来てもらおうか。

 今日の反応次第で決めてもいいんだがな』


オレは源次郎に礼を言って電話を切った。


「大樹君か…

 肉体的には同年代だけど、勇者だからなぁー…」


オレが呟くと、早百合は大樹に興味津々になった。


オレはスマートフォンに大樹の写真を出して早百合に見せた。


「へー…

 凄くカッコいい…

 中学生?」


「いや、小学六年生で二才だ」


「…えっ?」


早百合は信じられないと思ったのか、オレを怪しんだが、


ウソをつくはずがないと思って満面の笑みを浮かべた。


「…でも、勇者って…」


「皇澄美様、この星の女王様で神様だよね?」


早百合はこくんと頷いた。


「澄美様も勇者なんだよ。

 でもね、大樹君はその上の伝説の勇者という存在なんだそうだ。

 澄美様を勇者にされたのも大樹君らしいんだ」


早百合は驚き、オレのスマホを強く握り締めたまま放さなくなった。


… … … … …


世界の騎士団の地下訓練場に早百合を誘った。


早百合は自信満々で源次郎たちに自己紹介と挨拶をした。


当然小学校は下校の時間なので、大樹は帰ってきていた。


大樹たち子供たちはすぐに早百合の手を取って仲間に加えた。


「…はあ…

 みんななんという社交性でしょうか、驚いてしまいました…」


オレは大樹たちの行動力を見せ付けられて呆気に取られてしまった。


源次郎はその様子を笑顔で見ている。


「早百合君が押されているな。

 なるほどな、大人の戸惑いに見えるな…」


源次郎の呟きは正解だった。


オレにもそう見えてしまったのだ。


しかし時間が経つごとに、早百合の表情が変わって行った。


早百合はチャイルドスペースという円卓で


子供たちに囲まれて一緒に食事を摂っている。


今は小学5年生の早百合に戻っているようにオレは見えた。



源次郎との組み手を終えて道すがら食堂に戻ると、


早百合が先導して子供たちと遊んでいる。


オレは汗を拭いながら早百合に近づいた。


「早百合ちゃん、楽しそうだね。

 やっぱり、小学校に戻るかい?」


早百合は満面の笑みで首を横に振った。


「大樹さんとここにいるみんなが学校にいるのならそうしたい。

 でも、ほかの子ってやっぱり違うの…」


普通は嫌だということらしいので、オレは早百合の頭を撫でた。


早百合は満面の笑みでオレを見た。


「お誕生日会も誘われたのっ!」


早百合は子供らしくオレに招待状を渡してくれた。


「そうか、よかったね。

 でもね、プレゼントは200円まで。

 これが最大の難関だよ」


「…えっ?」


早百合は招待状を見直した。


「…200万円だと思ってた…」


オレは少し笑った。


そして早百合は頭を抱え始めた。


すると、フラフラになった源次郎がオレに近付いてきた。


「それ、できれば個人で200円の方が嬉しいんだが、

 クラスごとで金を持ち寄ってプレゼントを買う手に出るそうだぞ。

 それならば、そこそこのものが買えるからな。

 だがオレはサヤカと聡美の誕生日会の時に感動したものがある。

 聡美のプレゼントに、小さなキャンバスの絵があったんだ。

 その絵は聡美の油絵の肖像画でな、画家志望だと思ったがそうではなく、

 サヤカの絵に感動して始めたばかりだったそうなんだ。

 たった200円だが、カネには替えられない値打ちがあったとオレは思ったな」


源次郎は感情を込めて語ってくれた。


「はあ、羨ましいですね…

 それは一生の宝物ですよね…」


「…自分にできること…」


早百合は呟いてから懸命に考え始めた。


「…私、細田先生に憧れて、木工細工しているんです…

 お若いのに人間国宝。

 それに、本当に凄い作品ばかりです。

 つい先ほども、特別室を見せてもらったんです。

 私、感動しちゃって涙が溢れたんです…

 時間はあまりないけど、私、頑張ってみようかなって…」


「いいでしょう!

 さあ、行こうか」


いきなり細田が現れ、大笑いしながら早百合の手を取って連れ去って行った。


オレと源次郎は顔を見合わせて大いに笑った。


… … … … …


早百合は学校には来ていて昼食も一緒に摂るのだが、


午後になるとそそくさと出て行ってトラノイル商店街方面に歩いていく。


当然、早百合のボディーガードもついて行っているので安心だが、


毎日木と向き合っているんだろうかと思い、


オレも200円で何をしようかと考えを巡らせている。



オレには趣味はない。


趣味は夢なのだ。


だが、手先は器用だと思う。


早百合と同じ様なものにならないように、何かを作ろうかと考えを巡らせている。


実は木像は仏としては掘りべきだと思っている。


当然自分の木像だ。


この木像に自分自身の想いを込めるのだ。


それを修行としている仏は何名もいる。


当然この世界は虚なので、ほとんどの者は天界でやっている。


その虚の存在の源次も、オレと同じように頭を悩ませているようだ。


「…オレ、仏陀様を彫ろうかと思ったんっすよねぇー…」


「ああ、オレも考えた。

 だが、細田先生に発注したいなとも思ったんだ。

 きっと誰もが満足する逸品になると思ったからな」


源次もオレの意見に賛成した。


当然それを見て崇めるわけではない。


仏陀は崇める対称ではない。


仏陀の言霊を実践するだけなのだ。


「それ、発注して頂きたいの。

 本当はいけないことだと思うんだけど、

 細田様であるのなら、私、脱ぐわっ!」


仏陀はおどけて上着を脱いだ。


オレ達はその行動を無視した。


仏陀はかなり気に入らなかったようで不貞腐れた。


「ですが…

 ああ、そうですよね…

 仏陀の実体を見ると…」


「そう。

 崇める対象でないのならいいの。

 ですのでコンペイトウ博物館に寄贈します。

 そうすれば、仏陀ってこんな人なんだってわかってもらえるから。

 お寺に祭られることは嫌だけど、そういった場所なら別に構わないわ」


オレは早速源次郎に電話を入れた。


源次郎が細田に連絡するともう造ったということらしい。


その映像を見て、まさに仏陀そのものがいた。


「…素晴らしい…

 金箔張り…

 まさに、仏陀です…」


『ああ、それ…

 純金製の鋳造なんだ…』


「ええっ?!

 その方が凄いじゃないですかっ!!」


オレは源次郎に礼を言って、仏陀の意思を伝えた。


源次郎もそれを確認したかったと語ってくれたのだ。


仏陀は呆けていた。


そしていきなり立ち上がり駆け出した。


オレと源次はすぐさま仏陀のあとを追った。



地下訓練場に行くと、仏陀は黄金の仏陀像を眺めていた。


自分なのに自分ではないような顔だった。


「…これ、自分で造ったら確実に心が曲がるわ…」


自分を信仰しろという心が沸くということでいいようだ。


「コンペイトウ博物館に展示ということでいいんだよな?」


源次郎が言うと、仏陀は返事を渋った。


「私が抱いて寝たいほどだわ…

 でも、手元にあると見せびらかしたくなっちゃう…

 源次郎さん、展示場の端に飾ってやってください」


「言葉通りでいいんだよな?」


仏陀は満面の笑みで源次郎に頷いた。


源次郎は正しく仏陀の意思を確認した。


通常、こういったものはお祭りをして豪華に飾るものなのだ。


だが仏陀はそれを望まない。


そして源次郎も、その仏陀の意を汲んだのだ。


「そっくりだから、オレと雛、ということでもいいんだけどなっ!」


「あら、そうでしたわ。

 ですが、存在感がまるきり違います…」


「…実はな…

 大きいのもあるんだよ…」


源次郎は恥ずかしそうにしていった。


仏陀は名前を付け両方を並べて陳列して欲しいとさらに願い出た。


源次郎は満面の笑みで頷いた。


「だがな、少し違うんだよ。

 こうやって見ただけではわからないんだけどな」


源次郎は宙にモニターを浮かせて、画像を出した。


それはそれぞれの仏陀の襟元にあった。


「どうやら、個体識別のようなんだ。

 地球とレクレア星の…」


それは記号の様で絵のようだ。


そして、梵字でもない。


象形文字のようにも見える。


そして戦国、江戸時代の高職の花押のようにも見えた。


「宇宙文字、といったところでしょうか…

 当てはまるものがありません…」


「宇宙共通文字があるのかもな。

 オレと仏陀の念話のように。

 細田がそれにも興味津々だったな。

 そしてこれだ」


また別の画像が表示された。


それは単純なのだが、宇宙文字とオレが言ったものに酷似している。


「この記号は…」


「ピラミッドにあったものだ。

 …ドズ星の仏陀とは?」


源次郎は仏陀に顔を向けた。


「はい、挨拶だけですが…

 少し、聞いてまいりましょう」


仏陀のあとを、オレと源次郎で追った。


仏陀がいきなり釈迦となり、交信を始めたようだ。


そしてオレも参加した。


話しによると、このドズ星の仏陀が担当して宇宙文字を作ったということのようだ。


この星はかなり古い。


だが、仏発祥の地とは違うようだ。


そしてピラミッドの件を聞くと、やはり外からの攻撃によって、


この星の軍は敗れたということのようだ。


だが、外来生物も重力差に耐え兼ねてただでは済まなかったようで、


早々に立ち去ったということだ。


そして源次郎たちに礼を言ってくれとも言っていた。


そしてできれば人間を増やして欲しいとも頼まれた。


どうやら新魂が溢れ返っているようだ。


だが、現在の状況ではそれは叶わない。


もう50年ほど頑張って欲しいと仏陀が言うと、


ドズ星の仏陀は満面の笑みで承諾した。



仏陀が源次郎に正確に伝えると、源次郎は満面の笑みだった。


そしてピラミッドの宇宙文字は数字の3だということを伝えた。


よってピラミッドの三号機ということでいいようだ。


仏陀の襟の記号はただのデザインで、ほとんど意図はない。


星が誕生するたびに、この星の仏陀が似通わないように描いているようだ。


これを公表するべきか仏陀と源次郎で考えたが、


謎だということにしようというオレの意見が通った。



だが万が一を考え、伏せた方がいいのではとさらにオレの頭に過ぎり、


源次郎も仏陀も賛成した。


「やはり名を知られると悪用されるかもしれないからな。

 像に傷つけない方法で細工をしよう。

 細田なら簡単にできるからな」


オレと仏陀は丁寧に源次郎に頭を下げて礼をいった。



地球に戻ると少々目を回している早百合が芝生の上に座っていた。


「細田先生の指導は厳しいようだね」


オレが言うと、早百合は満面の笑みでオレに抱きついてきた。


そして何かブツブツと言っている。


「はい!

 エネルギー充填完了っ!

 行って来ますっ!」


早百合は手を振って、サヤカたちのいる工房に駆けて行った。


「サヤカちゃんと翔太君は陶芸作家でしたよね?」


オレが源次郎に言うと満面の笑みでオレを見た。


「そうだ。

 食堂も温泉旅館も博物館のレストランの食器も

 全てふたりの手で作ってもらったんだ。

 そして、人間国宝になりかけたっ!」


源次郎は大笑いをした。


やはりそれほどの腕前だったんだなと、


遠くで楽しそうに絵付けをしているサヤカたちを眺めた。


「だがそれも時間の問題だ。

 食い止めてはいたんだが、やはり見る者が見るとな…

 騒ぎ始めたんだよ。

 そして、一番の心配は一般開放した時の博物館のレストラン。

 食器泥棒で逮捕者続出だろうな」


源次郎は憂鬱そうな顔でオレを見た。


「その件ですが、もう一度申請者合否の書類選考をして頂きたいたいのです。

 そしてさらに、数週間後に一度…」


オレはすでに始動しているある計画を話した。


源次郎は満面の笑みでオレの肩をチカラ強く叩き、雛に寄り添った。


そのあとすぐに澄美を呼んでその澄美がSKTVのプロデューサーを連れて来た。


挨拶を交わした後、計画の簡単な流れを会議出席者全員に話した。


「二週間後、オレと仏陀で講習会を開催します。

 場所は雅無陀羅大学の教室の一室です。

 そこに、仏陀の教えを信仰する者を招待します。

 仏教ではなく、仏陀の教えを教授願いたいと言って来た僧侶たちが大勢いたのです。

 仏陀は全てを見極め、資格のある者を呼びました。

 ですがこれは試練の入り口でしかないのです…」


オレが全てを説明すると、プロデューサーは満面の笑みで承諾してくれた。


そして絶対にしてはならないことも、雛と源次郎からも厳しく言い渡してくれたのだ。


「…実験に使うわけには行きませんからね。

 それに、試すわけにもいかない…

 …想定ではどれほどの…」


「思い浮かぶのは一割。

 国民のほとんどが視聴したとして一千万人が成仏してしまうでしょう。

 満面の笑みで…」


仏陀は薄笑みを浮かべながら言った。


「特にライブ映像はリアルですのでほぼ確実です。

 そして録画放送も、お勧めできませんね。

 その証拠をお見せすることは可能です。

 私ではなく覇夢王がこのチカラには長けてます。

 死ぬ思いで、体験されますか?」


プロデューサーは息を飲み多少尻込みをした。


そして源次郎と雛が満面の笑みだったので、仏陀に一礼してオレを見た。


プロデューサーの名前は副島毅という。


オレが、「副島毅様」というと、副島は満面の笑みで呼吸が止まった。


源次郎が気を込め、軽く背中を押すと息を吹き返した。


副島プロデューサーは笑みのまま咳込んでいる。


「…なんと…

 思いが全て叶ったようなそんな気持ち…

 これが、成仏、でしょうか…」


副島は真剣な眼でオレを見た。


「はい、その軽いものです。

 仏陀の場合、じわじわではなく瞬時にこれが起こるのです。

 はっきり言わせていただくと、大惨事となってしまいます。

 わかっている事ですので、先にお伝えする必要があったのです」


「…はい、体験致しましたので私にはよくわかります。

 これが…」


「そうですね、オレの場合は聴覚ですが、

 仏陀の場合は視覚的効果で成仏する者が大勢出ます。

 ここにいる猛者たちにはほぼ影響はありませんでした。

 一般人ではありませんからね。

 当然仏陀は、わかっていてここで釈迦を見せたのです」


澄美が、黄金の仏陀像である釈迦をテーブルの上に置いた。


副島はまた呼吸が止まった様で、源次郎に助けられた。


「視覚的にはガラス張りでもその効果は絶大ですが、

 死に至る者はでません。

 ですが直視すると、昇天する者が確実に出てしまう仏像なのです」


澄美が副島に行った。


副島はまた見て呼吸が止まっていたので源次郎が助けた。


澄美はすぐさま釈迦を柔らかい布に包んで抱いた。


副島は羨ましそうにして澄美を見ている。


「実は、普通の人間があのようにして持つだけでも昇天します。

 澄美様は徳がお高いので平然とされているだけですので」


オレが言うと、副島はすぐさまオレに視線を移してひとつお辞儀をした。


「平気ではございませんの。

 凄く、熱いのです。

 ですが、これも修行…」


澄美は一礼して、細田の作った台座に釈迦を置いた。


するとふたりの女性が地下訓練場に姿を現した。


お天気キャスターの白木悠子と、報道アナウンサーの綿貫美津子だ。


このふたりも、世界の騎士団員だと聞いていたので、


オレは簡単に挨拶だけした。



何の話だろうかと怪訝そうだったふたりは、


恭しく隠された釈迦にかかった布を解き、


ふたりとも同時に呼吸が止まった。


オレは慌てたが、澄美がすぐさまふたりを蘇生してから釈迦に布をかぶせた。


「世界の騎士団員でも死に至ります。

 それほどのものなのです」


澄美は笑顔で言った。


どうやら澄美も雛も、こうなることがわかっていた様で、


全く動じていなかった。


かわいそうなのはモルモットにされてしまったふたりで、


仲良く芝生で眠ってしまっている。


副島はさらに理解して一同に頭を下げてから


編成会議をするということでテレビ局に戻っていった。



仏陀とオレ達は源次郎たちに丁寧に礼を言って、大学に戻った。


そして今日から、この大学がオレたちの家となってしまったのだ。


そしてオレはまた嫌な予感がしてならないのだ。








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