第8話 世界の騎士団崩壊って…
宇宙の釈迦の会一同は、
ごく普通に世界の騎士団の地下訓練場に足を踏み入れ、
ここ道すがら食堂で美味い夕食をご馳走になっている。
やはりここの食事は格別だった。
極々ありふれた料理の数々なのだが、
これ以上美味いものがあるのかというほどに美味いのだ。
話に聞くと、全ては源次郎のレシピを忠実に再現して、
目の前にいるロボットが調理をしているのだ。
ロボットというよりもヒューマノイドで、
料理以外にも数々の仕事をこなしているらしい。
この星にはまだない科学技術だとオレは感じている。
「雛ちゃん、このロボット一体欲しいんだけど…」
仏であるにもかかわらず、仏陀は早速物欲を見せた。
「…仏陀…」
オレが困った顔を見せると、仏陀は少し舌を見せておどけた。
本来ならば我が主に意見することは許されないのだが、
オレは特別に許可を頂いていた。
今のようなわかりやすい欲は必ず止めろと仰せつかっているのだ。
この地下施設は本当に広々としている。
天井にはスクリーンを張っていて青空に雲が浮かんでいる。
それが常に動いているのだ。
そして太陽もある。
時間経過ごとに動くようになっている。
さらには風も吹いている。
当然地下施設なので、風が吹かなくなった場合は要注意ということらしいが、
この施設が完成して二年になるそうだが、
大地震があった時でも全く揺れなかったそうだ。
そして地面は緑の芝生で敷き詰められ、一角には菜園もある。
のどかな田園風景の中にある食堂といった感じなのだが、
エレベータの逆側には射撃ブースがある。
当然銃を撃てば違法になるのだろうが、国が全てを抑えているそうだ。
食事か終わり、今日訪問した本題を源次郎に伝えようと思ったのだが、
仏陀と視線を合わせ火花を散らしていた。
当然源次郎は敵視、またはライバル視だが、
仏陀の場合は恋の熱いまなざしといったところだ。
心を読める越前雛と鮫島真樹は苦笑いを零している。
仏陀は心を読まれないようにブロックを掛けているようだ。
「源次郎さん、申し訳ないのですが、
ドズ星のピラミッドを見せて頂きたいのです」
オレが言葉を発すると、
源次郎は仏陀との熱視線合戦を終了して満面の笑みでオレを見た。
このピラミッドについては栗原明日菜に聞いていて、
オレは猛烈に興味が沸いたのだ。
やはりエジプトの王ファラオだった頃の魂が騒ぐといったところだろうか。
「ああ、行こうか。
もう君たちも潜れるようにしてあるから、
いつでも行ってくれていいぞ。
注意事項はさっき話した通りだ」
「はい、ありがとうございます」
オレが礼を言うと源次郎はガイドよろしく、
オレ達をドズ星の黒い扉に導いてくれた。
潜った途端、背中に錘を乗せられた感覚を覚えた。
注意事項にあった通り、地球の重力の1.3倍は冗談ではなかった。
だがオレは視界に広がる風景に感動した。
ここはなんだと思った。
まるで中世のヨーロッパのように、全てが石造りだった。
そしてオレは空を見て、無意識のうちに、
「ウオォォォォォ―――ッ!!」と叫んでいた。
これは、オレは見たことがあると思ったのだ。
なんと、ピラミッドが宙に浮いていたのだ。
オレはきっとこれを夢で見たはずだと思い、
その夢を必死になって思い起こした。
目の前にある浮かんでいるピラミッドは白色に近い薄黄土色だ。
オレの夢では金色か銀色に光っていた。
オレは真上に浮かんでいるピラミッドを具に観察した。
源次郎はオレの正面に立って、怪訝そうな顔を見せた。
オレがいきなり叫んだので、みんながかなり怯えてしまったようで、
オレはすぐさま謝った。
そしてその理由を源次郎に伝えると、興味が沸いたようで考え込み始めた。
「光り輝くピラミッド…
金属のコーティング、かなぁー…
…シャドウ…」
シャドウと呼ばれるヒューマノイドは満面の笑みで、
源次郎に金属板のサンプルを手渡した。
ひとつの光がオレを激しく刺激した。
「これですっ!
この光ですっ!!」
オレはひとつの金属に指を差した。
オレの大昔の夢が半分現実となった瞬間だった。
「これでコーティーングしたら宇宙船にでもできそうだな…
この金属はこの星で一番固い物質なんだよ。
当然、地球のどんな物質よりも固いんだ。
この金属でナイフを造ると、ダイヤモンドでもスパッと切れるんだよ」
さすが地球の重力の1.3倍だとオレは思いながら頷いた。
「ピラミッドの宇宙船でも造っていたのでしょうか…
ああ、ですけどこれはオレの夢の話しですが…」
「だが、ピラミッドのない時代のファラオだったんだろ?
その夢は現実でどこかにあったものかもしれない。
…ここを少し調査してみようかな。
そこそこ飛び回ったが、この星全てを探ったわけではないからな。
そういった文明文化があったのかもしれない」
源次郎たちのオレも同行して、調査団の一員に加わって宇宙船に乗り込んだ。
すると数体いるヒューマノイドたちが全く動かなくなった。
どうやら星の表面を探っているらしい。
「南南東に大きな金属反応。
きっと、人工物だよ!」
シャドウというヒューマノイドがいきなり源次郎に言った。
「まだ調査していない場所だな。
これはワクワクするなっ!!」
源次郎は子供のように喜んでいる。
オレはこういった源次郎に好感が持てる。
オレたちが乗り込んでいるこの宇宙船はこのドズ星用に改良されているようで、
かなり丈夫だということだ。
調査対象の現地について、シャドウが辺り一面の地下の様子をスクリーンに出した。
「シャドウ、360度…
…ピラミッド、だな…
深さは?」
「15メートルといったところだね。
縦横20メートル。
かなりの人数の発掘作業員が必要だよ」
「手すきの者を呼んでくれ。
特別訓練だと言ってな」
源次郎が笑顔でシャドウに伝えてから数分後に、
50名ほどの発掘作業員が空を飛べる機械に乗ってやってきた。
これはテレビで見た事のある、ペガサスという乗り物で、
雪国などで使うカンジキのようなものだが金属製だ。
道具などもひと揃え用意してきた様で、早速発掘作業が始まった。
もちろんオレも作業員のひとりになって汗を流した。
そしてこの作業は過酷だ。
源次郎は決して無理をさせないように、20分に一回の休憩を入れる。
体力の消耗が激しいので、適度な食事と水分補給をするためだ。
平気な顔をしているのは世界の騎士団員だけで、
SKセキュリティーのSP部に所属している猛者たちは、
休憩の延長をするようだ。
オレも平気ではなかったのだが、
動けないわけではなかったので続けて発掘作業を行った。
これを繰り返し、三時間後に眩く夕日に光り輝く金属が顔を出した。
「一気に掘り出したいところだが、今日はここまでだ。
みんな、ご苦労だったな。
明日も頼んだぞ」
源次郎の言葉を受けて全員が礼をした。
オレ達は宇宙船に乗り込み、高い塀に囲われた街に戻った。
発掘に出かける前はよく見ていなかったのだが、
街はオレンジ色にがかやいていて、
小高い丘のような神殿や広い農地、広大なプール、巨大な木、
野球とサッカー用のグランド、温泉場、
そして数個の大小様々なピラミッドが浮かんでいる。
まるで別世界のような風景に、オレは感動した。
そして、少し遠くに少々大きめのピラミッドがあった。
あの中に入ると、重力は相当厳しいものになるそうだ。
近付くだけでも、地球の二倍の重力になる代物だという話しだ。
オレ達は黒い扉を潜って地球に戻り、
また宇宙船の乗ってコンペイトウにある温泉旅館に行った。
ここの湯は肉体疲労の回復に絶大な効果があるそうだ。
半分眠ってしまいそうな心地よさを味わって、
今日はこの旅館に泊めてもらうことにした。
オレはふたつ夢を見た。
ひとつはこのコンペイトウが舞台で、もうひとつはきっとドズ星の夢だ。
朝起きて、大広間での朝食時に源次郎に夢の内容を伝えると、
それを見てみたいといってオレに了解を得てから
ヒューマノイドたちに囲まれた。
オレが夢を思い起こすと、宙に浮いたモニターにその夢が映し出された。
ヒューマノイドたちはこんなこともできるんだなと思い、オレは感動した。
人の夢とは違い、オレの見る夢は鮮明だ。
ドラマを観るようにオレは映像を楽しんだ。
「源ちゃんっ!!」
越前雛が、いきなり源次郎に抱き付いて泣き始めた。
この夢は織田信長と森蘭丸が、この島を散歩している夢だ。
オレは雛がこれほど感動してくれるとは思わなかった。
源次郎から離れた雛は、オレに何度も何度も礼を言ってくれた。
そしてどうやらこの夢は現実にあったことだったようだ。
そのラストは、信長と蘭丸の熱い抱擁からの口づけで締め括られていた。
一変して、浮かんだピラミッドが映し出され、
まるでゲームのように銀色に光るピラミッドが高速移動を繰り返していた。
すると、超有名人の科学者である細田仁左衛門がいきなり大広間に現れて、
オレに両手で握手を求めてきた。
落ち着きを取り戻した細田は満面の笑みでモニターを見入っていた。
何か発見があったのだろうが、オレにはよくわからなかった。
映像の再生が終わると、いつのまにやら人気子役のかわいひよこがいて、
雛に寄り添っていた。
どこからどう見ても、少し年の離れた仲のいい姉妹に見えた。
オレが呆然として見ていると、源次郎が、
「ひよこもロボットなんだよ」といってオレ達を驚かせてくれた。
雛は、画像のプリントアウトをしたかった様で、
印刷の終えた写真をみんなに見せびらかしていた。
オレには抱き付いてきてその喜びを示してくれた。
そのあとすぐに細田がやってきて、
「多くの謎が解けました。
ご覧のように浮遊金属の配列に秘密があったのです。
これは危険なので今まで実証実験ができなかったのです。
アトランティス、ご存知ですよね?」
これは全世界で話題沸騰となったので知らない者はいないはずだ。
大西洋でアトランティス大陸がいきなり浮上しかけて、
ボルトガルの大地を真っ二つにしてしまった件だ。
「はい、もちろん。
現地調査中にまた浮かび上がって大惨事に…」
細田は何度も頷いている。
「これは、あの配列のものとも違うのです。
ひとつでも多くの資料がどうしても欲しかったのですよ。
この夢の情報でダメでも、実例が三つあることになるので、
この先の展望も明るいと思っているのです」
かなり踏み込んだ解明をしている様で、
オレには何のことだかサッパリわからなかったが、
礼を言われたので笑顔だけで対応した。
「言いたくはないが、
やはり覇王君は世界の騎士団に入ってもらいたいんだがな…
しかし、神の僕の能力付加はしない。
君は仏だから、弊害もあるだろう。
だが、普通の人間でも三名の団員がいるんだよ。
これは公表していないんだけどな」
これは源次郎の言った通り初耳だった。
オレはかなり触手が動いたのだが、やはり今の生活を考えると、
夕飯を食べに来るだけで精一杯なのだ。
源次郎にオレの事情を伝え丁重に断ると、かなり残念そうな顔をしていた。
そしてついに、女王である雛が仏陀に、
「覇王君、頂戴っ!」と簡単にいって詰め寄った。
仏陀は雛には弱いらしく、かなり困った顔を見せている。
きっと、源次郎が好きな件についての後ろめたさだろうとオレは感じた。
「ロボット、あげるからぁー…」
といった雛のひと言に仏陀が食いついた様で、考え込み始めた。
オレはロボットと交換されるんだなと思い、かなりショックだった。
「週一日でいいからぁー…」
と雛がいった途端に、仏陀は雛の手を握り締めて、
「売ったっ!」といい、オレを意気消沈させた。
「仏陀、オレ、まだまだ精神力の強化が…」
「大丈夫、私がしてあげるから、いってらっしゃいっ!」
仏陀は笑顔でオレを送り出すようだ。
オレはこのような理由で、世界の騎士団のメンバー入りを果たした。
オレが入るとなると、麗子や源次たちもついてくる事も視野に入れていた様で、
源次郎は満面の笑みだった。
「ああ、そうだ。
忙しさにかまけて礼を言いそびれていた。
オレたちの仲間を二名も取り戻してくれてありがとう。
特に明日菜は、もう無理だとオレは感じていたんだよ。
だが、以前にも増して元気になっていた。
本当に、心から礼を言う。
覇王、ありがとう」
源次郎はオレに深く頭を下げてくれた。
「いえ、全ては仏陀の思し召しです。
オレ達は仏陀の弟子。
どうか、そのお礼は仏陀に向けて頂きたいのです」
源次郎の顔は嫌悪感に満たされた。
「恩人の覇王の言葉だが、本当にすまないがそれはできない。
礼儀知らずに、下げる頭は持っていないんだ」
こういわれてしまうとオレも言い返す言葉が見つからない。
だが最大級の仲間がオレの窮地を救ってくれるようだ。
「源次郎さん、仏陀様はあなたのことが大好きなのですよ」
澄美がいきなり現れ、いきなり禁句を言い放った。
源次郎は固まってしまったようだ。
「…はあー…
納得したわぁー…」
世界の騎士団、日本支部の女王である
「照れ隠し、ツンデレ…
私も源次郎君に同じ様なことしたもん…」
詩暖は源次郎の追っかけを17年間していたそうだ。
ストーカーまでは行かなかった様で、
その経緯は知らないが今では源次郎の側室の位置にいる。
「そうなのかっ?!」
いつも冷静な源次郎の声が裏返っている。
源次郎は眼を見開いて仏陀を見ている。
仏陀によって神の僕に返り咲かせた皇一輝が、
してやられたといった顔で苦笑いしていた。
当の仏陀は、微笑を浮かべているだけだ。
どうやら今回はこの手で逃げるようだ。
「さあ皆さん、学校に参りましょう。
…源次郎様、雛様。
ご招待、ありがとうございました」
仏陀はふたりに丁寧に頭を下げた。
そして静々と歩き出し、オレたちもふたりに深く礼をして仏陀のあとに続いた。
… … … … …
「あー、驚いちゃったわぁー…
でも、何とかごまかせたわっ!」
仏陀が昼食時の学食で、食事を摂りながら話し出した。
「まあ、そうなりますけど…
ずっと微笑で?」
「そうね。
やっぱり礼儀は大切ですもの。
一歩進展、かな?」
オレは困った顔を仏陀に見せた。
「鋭い源次郎さんはきっと気づきます。
その先があることを…」
仏陀は当然オレの発した言葉の意味を知っている。
「…そうね。
世界の騎士団、崩壊の危機ね…」
「まさかっ!!」
澄美が現れるよりも先に声が聞こえて、椅子に座って仏陀を見ていた。
仏陀はすぐに結界を張って全ての事情を説明した。
澄美は言葉を失くしたようだ。
「…出過ぎたマネを…
申し訳ございませんでした…」
澄美は仏陀に丁寧に頭を下げた。
「いいのよ。
いつまでも隠し果せないし、
ごまかしている時点で罪の対象だもの。
…これは私の試練だったの。
雛と源次郎の魂の生まれた場所、
レクレア星に行く必要があるわ。
それではっきりするから。
観光目的で覗けるのよね?」
仏陀は澄美に言った。
「はい、それは滞りなく。
雛の機嫌も少々微妙ですがよろしいので…
私からもプッシュいたします。
レクレア星は、雛独自のセキュリティーもかかっているのです。
できれば少し日を置いた方がよろしいかと…」
「そうよね、そうするわ。
きっと、一時間ほどで全てを探れるから」
仏陀はオレの仕事の夢での昇天の儀を二日にするとしてくれた。
それだけでも今のオレとしてはかなり助かるのだ。
しかし世界の騎士団員としての仕事もあるが、
あまり精神力を使わないチカラ仕事が多いようなので、
オレとしては願ったり叶ったりといったところだ。
「だけど、すげえよな師匠、
休憩、定時だけだったんだろ?」
源次が感心したようにオレに言った。
ドズ星での発掘作業の件だ。
「なんとかな。
体力には自信があったが、あれは拷問に近いよな。
明日菜もかなり頑張ってたよな?」
「まあ、あそこで働いていた時は
ほぼ一日ずっといたからって話してくれたからな。
少々疲れたとはいっていたが、
オレには平気そうに見えたな…」
「あの夜も、頑張っちゃったの?」
麗子が源次に言うと、少し鋭い視線で麗子を見返したが、
困ったような顔をした。
「…ずっと、毎日っす…」
オレは麗子に睨まれた。
オレにもっとがんばれということのようだ。
だが当の源次はほとんど影響はないのだ。
今の源次は明日菜にとってただのオナペットに過ぎないからだ。
「仏陀、麗子が毎日したいようなので、
もう少し緩めて欲しいのですが…」
オレが冗談ぽく言うと、仏陀に睨まれた。
「私にもしてよ、続き…
夢で…」
これはできなくはない。
仏陀は今は人間なので、昇天することはないのだ。
「これは欲でしょうか、義務でしょうか?」
「私の欲に決まっているじゃない…
その欲を知り、押さえ込むことが人間界での修行でしょ?」
「はい、それはごもっとも。
ですがすでに一度経験されています。
それを思い出し抑える修行が一番かと存じます。
仏陀の欲の件でしたので、少々口答えさせて頂きました」
麗子が笑顔で小さく拍手をしている。
仏陀はかなり気に入らないようだ。
「…もう、固いのね…
ああっ!
思い出しちゃったっ!
覇王の、固いの…」
仏陀が右手を天に上げ、かなりいやらしい手付きで上下に振っている。
「それを押さえ込むことが修行です。
そしてここは人間界。
天界とは雲泥の差で修行も捗ります。
そのためにここに参られたのですから」
「でも、最後までヤッてないじゃん…」
「そういう下品な言葉も厳禁でございます。
それも抑えてください。
その先は今世終了時に行ないますので、
80年から100年ほど先ですね、
それまでご辛抱を」
オレは丁寧に頭を下げた。
さすがに仏陀は反抗できないようだったが、
自分を慰める行為に走ろうとしたのでオレが止めた。
「それもいけません。
全ての性欲を絶ってください。
それこそが修行。
ここに来た意味がありません」
「…うう、ひょっとして、私も…」
澄美がオレを見て今まで見せた事のない顔をさらした。
「当然です。
澄美さんも仏の仲間入りを果たされましたので」
「じゃっ!
私もなのっ?!」
麗子が叫んだのでオレはゆっくりと頷いた。
「麗子の場合は夢でなら問題ないよ。
現実よりも欲の沸いている時間が短い。
夫婦である特権のようなものだな」
「なに言ってるの、それもダメよ」
仏陀は不貞腐れた顔をして麗子にいった。
麗子は泣きそうな顔をオレに見せた。
しかしオレの言った言葉は仏陀の教えである。
やはり夫婦愛を知る上で伴侶は必要。
そして当然の行為でもあるので、極力欲を押さえ込めという教えがあったのだ。
オレが仏陀の言葉通りに口答えすると、
仏陀はいたずらを見つかった子供のような顔をして、
「その通りよっ!!」とテーブルを両手のひらで叩いて怒って叫んだ。
麗子は少しみだらな顔をオレに見せてから、
子供のような満面の笑みに変えた。
「…ああ、一輝さんと…」
澄美はかなり落ち込んでいて、ずっとテーブルをみつめていた。
「仏陀が少々壊れかけていますのでご説明します。
略奪愛こそご法度です」
澄美は死刑宣告を受けた受刑者のように泣き崩れた。
「仏たるものあっていいはずがありません。
これは性欲以前の問題です」
「…ああ、はやまってしまった…
仏陀ちゃん、解放、できるの?」
澄美は懇願の目を仏陀に向けた。
「できないって言ったジャン…
聞こえてなかったとは言わせないわよ。
ウソついたらわかりやすくわかっちゃうし…」
仏陀がかなり怒っている。
「仏陀、そろそろご機嫌を直して頂きませんと、
皆の者が不安になります」
仏陀は満面の笑みを覇王に見せて、微笑に変えた。
「はい、甘えるの終わり!
この程度はやっておかないと、鬱憤が溜まり過ぎちゃうからね。
その方が身体に毒よ。
…澄美ちゃん、一度だけ許可します」
澄美は仏陀を涙を流しながら拝んだ。
「わかっているでしょうが、この一回を性欲防止に役立ててください。
これはかなりハイレベルな試練になります。
私の場合は中途半端でしたので、それほどに伸びはないのです」
「…はあ…
…一夜妻…
切ないですわぁー…」
「そして一輝にもそれを伝えた方がいいですわ。
そうすればさらに愛されることでしょう。
そしてもう二度と、一輝にわかりやすい欲は見せないこと、
いいですね?」
「…はい、修行に専念いたします…」
かなり萎れた澄美は、顔を伏せたまま消えた。
… … … … …
放課後、部活には出ないが、神棚の神に挨拶だけをして、
世界の騎士団の地下訓練場に行った。
ピラミッドの発掘状況を知るためだ。
道すがら食堂は閑散としていた。
まだ団員たちは発掘作業から帰って来ていないようだ。
カウンター席に雛がひとりで座っていた。
これはチャンスと思ったのか、仏陀が雛に寄り添った。
「雛様っ!
レクレア星、見せて頂きたいのですっ!
一緒に行って頂けませんか?」
昨日の今日なので、雛は少し怪訝そうな顔を仏陀に見せたが、
オレの顔を見て笑みを作ってから、オレ達を招待してくれた。
「ここは少し寒いわよ」
「はい、雪と氷まみれなんですよね?」
「ああ、そっか、テレビでやってたもんね」
雛が黒い扉を潜り、
源次と麗子が続いて仏陀が潜ったことを確認してオレも移動した。
もうすでに仏陀は瞑想を始めていた。
そしてその服装は正装だった。
オレはすぐさまひざまずいて、仏陀に祈った。
当然、麗子も源次ももうすでに仏陀に祈りを捧げている。
「…一体…
なんなの…」
雛は呆然としていた。
仏陀の許可が下りたので、オレが雛に説明することにした。
「この星の仏と交信中です。
これは最終確認なのです。
源次郎さんは、この星の仏陀なのかもしれないのです」
雛は言葉を失くしたようだ。
オレは思考のブロックを外した。
オレが言うと雛はオレを探り真実だと確信して、
草の上にチカラなく腰を落とした。
オレは雛の肩をチカラ強く掴んだ。
「まだ結果は出ていません。
そして、一体これがどういうことなのか詳細がわからなかったのです。
ですが今、仏陀が探ることで、全てが判明するのです。
源次郎さんにこの事実を知られるわけには行かない。
源次郎さんが今仏に戻ってしまうと、世界の騎士団は崩壊します」
オレが伝え終わると、
「…そうだよね…
そんな気もしてたんだぁー…」
と雛はチカラなく下を向いたまま言った。
「源ちゃんは凄いもん…
人間でも神でもないわ…
覇王君みたいに立派な仏様…
きっとそうだと思っていたの…
だから、仏陀ちゃん…」
「はい。
仏陀は、仏にしか興味を持ちません。
しかも、源次郎さんはその価値があるお方。
仏陀と同じ星の仏が交わるわけには行かないのです」
「…全てに平等に…
同じ星だと、争いになっちゃうかもね…
でも違う星の仏陀同士なら…」
「そういうことです。
ですが、うまく行くとは限りません。
仏陀は源次郎さんを望んでいますが、源次郎さんが認めない限り、
その先はありません。
人間のようにお試しで付き合うというような行為はないのです。
当然、今の記憶もこの先残りますので、
お優しい源次郎さんは、誰とも交わらないはずです。
ですので想いがおありなら、全てを終わらせてください。
そうしないと、心残りができてしまいます。
心残りは負です。
負の気持ちは、神にとって毒でしかないのです」
「…私の気持ちが、世界の騎士団を終わらせちゃうのね?」
「はい、その通りです。
仏は多くはできません。
人の心を癒すことしかできないのです。
ですが、世界の騎士団は多くのことができる。
世界平和になくてはならない組織…
いえ、家族ですから」
雛は泣き笑いでオレを見た。
ひよこが姿を見せ、雛に抱き付いた。
すると仏陀が疲れた顔をして、元の姿に戻った。
「源次郎様、修行中確定よ。
私が正装したら、いきなり身代わりが現れたわ。
今日は挨拶だけと言ったんだけど、色々と聞いて欲しいって…
20人ほどは一体化していたわ。
その身代わりを仏陀としているみたいね。
そしてその解除は時限性ではなさそう。
何かの切欠で、元に戻るように仕組んでいるみたい。
考えられるのは、私のような釈迦である仏陀との出会い。
今の正装を見られちゃったら覚醒するかもね。
…もしくは、雛さんと源次郎さんの間にできた子供の顔。
それが一番、確率が高いような気がするわ。
大樹君が子供には違いないけど、願いの子の場合は、
条件を満たさなかったのかもね」
「…ああ、それはあるわ…
こうなったのも、私が源ちゃんとの子を欲したから。
生まれた子の顔を見たら元の姿に…」
「それがふたりの願い。
でもね、そうとは限らないから、
思いが残らないように急いだ方がいいの。
そして世界の騎士団を磐石にして、
また源次郎様を呼び出せば、
そばにはいてもらえるはずだわ」
「うんっ!
夫婦でなくていいっ!!
源ちゃんがいてくれるのならっ!!」
雛の決心は固まったようだ。
そして雛と仏陀は、親友として付き合おうと約束をした。
オレ達はホッと胸を撫で下ろして地球に戻った。
源次郎たちもひと仕事終えて食堂の席に座っていたのだが、
かなり疲れていた様で半数の者が眠っていた。
「なんだ、レクレア星に行ってたのか?
…雛、ご機嫌だな」
源次郎は満面の笑みで雛を見た。
「源ちゃん、決心付いたの。
まずはシャドウを人間にするわ」
まさかそんなことまでできるのかとオレはかなり驚いたが、
仏陀は微動だにせず笑みだった。
そして仏陀は真顔に変わった。
「雛さん、ちょっと待って。
雛さんと源次郎さん、変身できるの?」
仏陀が妙なことを言い出した。
だが、オレの記憶にも、そんなことができたはずだと蘇った。
そしてオレは思い出し、驚愕の事実を知った。
「あら、覇王君も気づいちゃった?
源次郎さん、もう元に戻んないわ」
仏陀は大声で笑い始めた。
「私、諦めるしかないみたい。
この地球上で言うと450年間、
源次郎さんはずっと雛さんを思っていたのよ。
そんな男性、どこにもいないわっ!」
仏陀の笑い声は涙も含んでいた。
少し落ち着いたのか、仏陀は呆気に取られている雛と源次郎を見た。
「先に変身してくれないかしら。
きっと私、また笑っちゃうかも…」
「うん!
いいよっ!」
雛は簡単に返事をして、なんと源次郎と雛が消え、
オレの知っている者に変身した。
「…仏陀っ!!」
オレは思わず芝生に足を付け、正座して手を合わせた。
『えーっ!
この変な巨人って、仏陀なのぉーっ!!』
「そう、大昔の仏陀。
私だけが仏として生まれた時の姿。
掴みどころないでしょ?
混沌としてるから」
『そうよね。
人型だけど、何かに似ているわけじゃないから』
雛は変身を解いた。
「でもすばらしい。
全てはレクレア星の仏陀のチカラ。
それを雛さんに入れ込んじゃったのね。
ずっと一緒にいるために」
「まだできるよっ!」
雛は子供のように仏陀に言って、少し集中してから源次郎と合体した。
「…弥勒菩薩…」
オレが呟くと、仏陀は静かにうなづいた。
「そうね、間違いなく弥勒菩薩だわ。
もう仏になってたんじゃない…」
『この巨人は仏って呼んでたわっ!』
雛は変身を解いた。
「でも完全じゃないわね…
…雛さん、ひよこちゃんの魂も森蘭丸さんに入れ込んでくれないかしら。
また分けられるんでしょ?」
「うん、簡単だよっ!」
何も起こっていないが、雛は笑みを浮かべた。
「また集中してから、合体してくれない?」
「はい、変身っ!!」
眩い光が辺りを包み込んだ。
ここまで来るともう大仏を越えていた。
そして仏陀も正体を晒した。
「双子のようね。
でも大きさが全然違う。
これが、釈迦よ。
源次郎さんの思惑通りにことが運んだみたい。
…雛さん、源次郎さんが…」
雛は変身を解いた。
源次郎は芝生の上に倒れこんだ。
雛が優しく源次郎を抱き寄せた。
仏陀は元の姿に戻った。
「源次郎さんはまだまだ修行不足。
強くなれるはずだわ。
そして、私の始めての恋も終わったわ…」
仏陀は淋しそうだったが薄笑みを雛と源次郎に向けていた。
「…私…
私もできるのよっ!!」
第二の女帝である御陵詩暖が仏陀に向けて手を上げた。
「はい知ってます。
あなたも仏だから」
「…えっ?」
詩暖は頬けた顔をして仏陀を見ている。
「あなたは、
今日は来ていないけど、私たちのお友達の御陵詩暖はただの菩薩なの。
だからオマケ」
オレは思わず少し笑ってしまった。
「御陵詩暖はある高等術式を用いて分裂したの。
自分に必要のない綺麗な顔を捨てたのよ。
だから今世では、今は幸せなはずだわ」
「…うん…
少し微妙だけどね…
でも、一年前と比べたら…
源次郎君がそばにいるから…」
詩暖は幸せそうな顔を仏陀に見せた。
「あなたの神の僕の能力で変身する時だけ発動するの。
でもまだまだ修行不足、でしょ?」
詩暖は恥ずかしそうにして仏陀に向かって頷いた。
「私が今の源次郎君みたいになっちゃう…」
仏陀は笑みを浮かべて頷いた。
「詩暖さんも気が向いたら宇宙の釈迦の会に遊びに来てください。
仏だけの会合も楽しいかもしれないわよ」
「うん!
明日行っていい?」
「ええ、もちろん!
澄美さんとご一緒に」
世界の騎士団の最大級の危機は脱した。
源次郎が目覚めてから今あった全貌をヒューマノイドがダイジェストで
世界の騎士団全員に見せた。
やはり源次郎は仏だったと、一輝は手を合わせて拝んでいる。
「だが本当に、元に戻らないのか?」
源次郎が心配そうにして仏陀に聞いた。
「戻り様がありません。
混ざり過ぎちゃって…
レクレア星の仏陀はあのままで構わないでしょう。
できれば、レクレア星では釈迦に変身しないで下さいませ。
混乱が起きるかもしれません。
…ああ、そうそう。
弥勒菩薩には変身されたようですわね?」
「ああ、一度したな。
その情報はレクレアの仏陀から?」
「はい。
気にすることはないと言っておきました。
ですが釈迦だと、身代わりが妙な動きになる可能性があります。
ですが大丈夫。
おふたりがずっとレクレア星で住まわれたらよろしいだけですので。
外に出かける時はまた身代わりを立てればいいのです。
ですが、源次郎様はまだまだ修行が必要ですわ」
「ああ、そうしよう。
自らの手で全てを壊してしまうところだったな…
本当にありがとう。
オレも、仏を信仰しよう。
いや、目の前にいる仏陀を信仰しようかっ!」
「はい。
心で手を合わせていただくだけで十分です。
今のこの国もほかの国もお金を使い過ぎです。
このようなことは私は言ったことがございませんのに…
やはり人間社会に溶け込ませるためでしょうか?」
「その通りだな。
仏はただ一人。
そしてそれ以外は真の仏になるための修行者。
そこに格差はあってはならない。
これは仏の教え、だよな?」
仏陀はかなり喜んで手を合わせた。
「はい、その通りですわ!
だから分派などをして信仰心が薄れるのです。
そして競争をする、いがみ合う。
余計なことをしてくれたものですわ。
…人々の心に安寧と平和を。
お寺など必要のないものです。
ご自分の部屋で祈るだけでいいのです。
妙な梵字などもありますが必要のないものです。
心の中に強く思えば全てが聞こえるのですから」
「ああ、そうだそう言えば…
念話は動物とも話しができるからな。
それに植物とも。
異星人であろうとも正確に話し合えるからな」
「はい、グリーンベティーちゃんからお聞きしましたわ…
それは凄くうらやましいことでございます…」
「ならば、グリーンベティーの友としてその母に聞いてみようか。
仏陀なら、使えるようにしてくれるかもな」
仏陀は手放しで喜んだ。
オレ達は宇宙船に乗って、コンペイトウの巨大な木に移動した。
「手を幹につけてくれ」
源次郎が言うと、仏陀は一礼して木に触れた。
そして仏陀は源次郎と見詰め合っている。
そのあと木を見て、頭を下げている。
「…ああ、なんだか、すごく成長したような気がします…
源次郎様、ありがとうございました」
仏陀は丁寧に頭を下げた。
とんぼ返りで地下訓練場に戻り、
道すがら食堂で夕食をご馳走になってから帰宅した。
すると、玄関で明日菜が待っていた。
「源次なら家に帰ったぞ。
どうしてここに来たんだ?」
「ランニングです。
そろそろ戻ってこられるかなって。
仏陀様はこちらに?」
「うん、家なき子だから…」
オレはまた不覚にも噴き出してしまった。
「もしよろしければ私の家に。
部屋、たくさんありますので」
そう言えば、明日菜の家は大金持ちだと源次が言っていた事を思い出した。
「でもね、私がひとりで動くと警備が大変なの…
もしお邪魔じゃなかったら、
覇王君たちも引っ越していいかしら?」
仏陀が勝手に話を進め始めたのでオレは止めた。
「仕事にはここの静かな環境がいいんですよ。
でも、明日菜の家も興味あるな…」
「でしたらお試しでいらしてください!
源次も呼びますっ!」
明日菜は意気揚々とスマートフォンを手に取り電話をかけ始めた。
明日菜の家に行くと、巨大な玄関で源次が待っていた。
オレは門と門の奥をつぶさに見た。
「お前んち、大き過ぎるだろ…
この前は夜だったからよくわからんかったが…」
「私の家ですけど、親のすねかじりですから自慢できません!
…あら、三友家の…」
車が邸内から現れ、門の前で止まり、三友早百合が車から降りてきた。
「あれ?
みんなお友達になっちゃったの?」
早百合はオレに向かって聞いた。
「ああ、そうだぞ。
今日はお泊り会なんだよ」
「私も泊まるのっ!!」
早百合は満面の笑みで言った。
六人で少し話をしてから眠ることになり、
結局、オレたちが早百合を押し付けられた。
その早百合は仏陀と共に眠りにつくようだ。
警備を確認すると、菩薩がふたりと観音菩薩がいる。
やはり大きな屋敷なので、霊などがうようよいる様で、三名の増員がかかった。
「修行にはいいが、こりゃダメだな…
きっとひとりくらいは入り込んでくるぞ…」
その時、大学の事務局長が現れ、弥勒菩薩に変身した。
「仏陀の守護のようだな…
夜勤手当、はずまないとないけないんだろうな…」
「今の人って、私に似てたよね?」
「ああ、麗子のお姉さんってところだな」
「お姉ちゃんなんていないわよ…」
麗子は少しふくれっ面になった。
「当然知ってる。
人間ではなく、仏の姉妹だ。
彼女は
仏名は巌是音弥勒菩薩だ。
お前の姉ちゃんなんだよ。
もう、数千年前の話しだがな」
「…ああ…
…うん…
思い出したわっ!!」
麗子は窓を開け放ち裸足で庭に駆け出て、弥勒菩薩に抱き付いた。
弥勒菩薩も気づいた様で、麗子を抱き締め、オレに頭を下げてくれた。
ひと通り挨拶をして、麗子は戻って来た。
「ここではできないわ…」
オレは少し噴き出した。
「まあな。
だが、夢の中なら大丈夫だぞ。
そのあとのオレの趣味も手伝ってくれ」
麗子は満面の笑みでオレを見て、少し抱き合いながら眠りに入り夢を見た。
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