第6話 モラル、常識って…

「おい、覇夢王よ…」


今、オレ達いつものメンバーは昼下がりの学食にいる。


オレの妻の麗子が隣にいて、オレの正面に源次、その隣に詩暖が座っていて、


和気藹々とした雰囲気で美味い昼食を摂っていた。


その中に一匹の熊が乱入して、詩暖の隣に座った。


この熊は柔道部の監督の西郷伝作、仏名は不動明王という。


「はい、なんでしょうか、監督」


オレは無愛想に答えた。


「柔道部、入れ」


「もう手一杯です。

 空手部と野球部。

 特に野球部は三回戦に駒を進めたので専念しないとキャプテンに叱られます。

 それに本職の方も罰を受けましたので」


オレの言葉はまともに通じた様で熊は鼻で笑った。


「次は大会じゃあねえ、ただの交流戦だ。

 それほど気合を入れる必要はねえ。

 先鋒で出て五人ほど簡単に料理してくれたらいいだけだ」


熊は大いに笑った。


「その役目、主将でいいじゃありませんか。

 …まさかざぼって怪我でもしたんじゃないでしょうね?

 その場合は責任を持たないと言ったはずですけど?」


熊は大いに困った様で、椅子から立ち上がって床に土下座をした。


「約束を破ったのは謝る!

 どうしても交流戦、勝ちてえんだよっ!!」


「仏が神を侮るからこういうことになるんです。

 神に謝ります。

 そうしないと、二度と協力してくれませんから。

 そしてオレは柔道部と縁を切ります」


「覇夢王様ぁー!

 そういうことを仰らずに…

 どうか、どうか、この通りですっ!!」


西郷は床に頭を擦りつけた。


オレは少々困ったが、まずは神に謝りにいくことにした。


案の定、神は不貞腐れていた。


神棚にある飯はカビだらけ、酒は入っていなかった。


オレは全てを綺麗にして、神に丁寧に謝った。


どうやら機嫌を直してくれた様で、オレに対しては微笑んでくれた。


「まずは監督、きちんと拝んでください」


監督が神棚に向かって拍手を打って拝んだが、神は首を横に振った。


「やり直しっ!!

 心が篭ってないっ!!」


このやり取りを数十回行なって、神は機嫌を治してくれた。


そして主将を始め部員全員が何度も丁寧にお参りをした。


オレが帰ろうとすると西郷が腕を掴んだのでそのまま捻り上げ投げ飛ばした。


神はオレの業に満足してくれた様で笑顔で何度もうなづいている。


「神に喜んで頂いたのでこれで帰ります」


オレは神棚に一礼してから柔道場をあとにした。



熊は夕食時にも学食やってきたのだが


さすがにオレが本職の仕事をしていたので諦めて帰って行った。


その翌日の昼食時にも、オレを拝みにやってきた。


「もし監督同士の諍いであるのなら本人同士が戦えばいいんです。

 教え子に監督の諍いを持ち込まないで下さい」


オレの言った事は図星だった様で、西郷は肩を落として帰っていった。


この日も夕食は学食で摂り、


五人面会してふたりは妄想だけで昇天し、


結局三人の願いを聞き届けることにして帰宅した。



家に帰り着き、居間に足を踏み入れると客が来ていた。


「おかえり、覇王っ!!」


麗子がオレに抱きついてキスをした。


どうやら客は幽霊のようだとオレは察した。


「麗子、なぜ見えないんだ?

 まだ修行が足りないのか…」


オレは客の女性の姿を現させた。


麗子は恥ずかしそうにして、すぐさまオレの後ろに隠れた。


「申し訳ありません。

 まだ少々未熟ですので…」


「はい、存じております。

 いきなり押しかけて申し訳ございません」


「いえ、菩薩がさぼっているだけですのでオレから罰を与えれば済むことですので。

 ご用件をどうぞ」


「…あのぉー…

 こちらにお邪魔してはいけなかったのでしょうか?」


「はい、できれば。

 オレは目にした幽体を放ってはおけませんので。

 そして今夜は少々仕事がありますので、

 アポイントメントを取っていただけると助かるのです」


「はい、よくわかりました。

 本当に申し訳ありませんでした。

 ですが改めて、明日、ご訪問させて頂いてもよろしいでしょうか?」


「できれば明後日でお願いします。

 明日も帰ってから仕事がありますので」


幽霊は丁寧に礼を言って帰っていった。


表で、ひとりの菩薩の気配がしたので家に招き入れた。


オレは懇々と説教をして、今度過ちを侵したら調伏すると言うと、


大いに泣き崩れた。


せめて昇天にしてくださいといったので、


快楽はやらないと言うと意気消沈して外の警備に戻っていった。


「仏陀ちゃん、困ってるわよ…」


「オレも困ってるんだよ…

 学生なのに働いてるんだぞ…

 折角結婚したのに、甘い気分にもなれやしない…」


麗子はその通りだとでも思ったのかかなり落ち込んだ。


「私、もっともっと修行を積んで、

 受付嬢くらいはできるようになるわっ!」


オレは麗子の言葉に丁寧に礼を言った。


特に甘い時間を取る事もなく、オレは早々に眠りに付いた。


そして夢の中で三件の依頼を済ませるともうすでに朝だった様で眼が覚めた。


全く眠った気がしないが体力は戻っている。


だが、精神力に問題ありとオレの心がざわついた。


「今日は学校休むよ。

 かなり疲れているようだ。

 だけど、夕方6時には学校に行くから」


オレが麗子に言うと相当重症だと思ったようで麗子も学校を休もうとしたが、


昨日、自らが放った言葉を思い出して学校に行くことにしたようだ。



静まり返った家は、オレの心を安らぎに満たしてくれた。


オレは座禅を組んだ。


そしていつの間にやら眠りに落ちてしまったようだ。


やはり束縛されない夢は、オレの精神力を復活させてくれた。


ふと気づくと目覚めていて、座禅を組んだままだった。


夢から覚めているのか確認したが、間違いなく現実だった。


精神力は満杯になっている。


まだ昼前なので、学校に行くことにした。



学食に足を運ぶと、詰まらなさそうな三人がいる席に足を向けた。


オレに気づいた三人が満面の笑みでオレを迎えてくれた。


「申し訳ないが、なんだがすごく嬉しいな。

 三人だと、何も話しをしないんだな」


「四人いての友達だもん。

 覇王がいないと詰まんない…」


麗子が辛辣に想いを述べた。


源次は麗子の言葉に頷いている。


詩暖はそっぽを向いた。


「詩暖はいつ見ても仏頂面だな…

 一緒にいても詰まらんだろ?」


「ここが私の居場所なのっ!!」


怒ってはいるが、居心地はいいようなので、あまり刺激をしないことにした。


「午前中、教室に熊が出たわよ。

 今日は覇王休んだって言ったら、頭を抱えてたわ!」


麗子が大声で笑った。


「これも修行だ。

 オレはやることはやっているからな。

 オレの精神力が底を突くとは思わなかった。

 かなりダメージが深かったようだ。

 だが今日の依頼を済ませてあの女性の話しを聞けば、

 三日間はのんびりと過ごせるからな」


「女性?

 霊、っすよね?」


源次がオレに怪訝そうな顔を見せた。


「家に上がり込んでいたんだよ。

 菩薩…

 花梨だったな、少々叱りつけてしまった…

 だが、きっと大丈夫だろう」


「ああ、今朝見かけたっすよ。

 酷く緊張していましたぜ」


オレは笑顔で頷いた。


「だったら大丈夫。

 今度はオレがミスをしたことになるはずだからな」


オレは怪訝そうな三人にその理由を述べた。


「…なるほど…

 自然に罰を解ける…

 さすが師匠だっ!」


源次は絶賛してくれた。


「だけどその霊、どうやって探すんです?」


「新しい能力が数日前に沸いて出たんだよ。

 なかなか便利だから、困った時には使うよ」


この日の三件の依頼を滞りなく終わらせ、


その翌日、やはり花梨はオレの家に来た女の霊を追い返していた。


オレは新しい能力の念話で女に話しかけ、再びオレの家に来て欲しいと願い出た。


女はすぐさまやってきた。


オレは菩薩の花梨に顔を向けた。


「悪かったな。

 これはオレの伝達ミスだ。

 今までのこと、なかったことにしてくれ」


オレが頭を下げると花梨は恐縮してオレに頭を下げて平常心に戻ったようだ。


オレはほっと胸をなでおろした。


やはり普段からの心の安寧も必要、


いや、まだまだ修行が足りないと思い直して、ひとつ気合を入れた。



家に結界を張ればいいのだが、極力それはしたくない。


張ってしまうと外部と完全に遮断され、外の様子を伺えなくなってしまう。


よって、麗子と仏陀とのリンクも取れなくなってしまうのだ。



オレは女性を丁重に家に誘った。


「あ、覇王、おかえり。

 今日は少しだけ見えるわっ!」


麗子はほんの少し本気で鍛錬をするとあっという間に覚えこむ様で、


オレは少し嬉しくなった。


「待たせてしまって申し訳ありませんでした。

 早速ですが、お話を伺わせてください」


オレが言うと、女性は丁寧に頭を下げてくれた。


「不動明王様を助けて頂きたいのですっ!!」


オレと麗子は顔を見合わせた。


「柔道の試合、ですよね?

 交流戦と聞きましたが…」


「はい。

 ただのなんでもない交流戦です。

 ですが、負けてしまうと、

 不動様は消えてしまわれるかもしれないのですっ!」


オレは少し考えた。


「呪詛、ですよね?

 相手の学校の監督が…」


女性は小さく頷いた。


「人間ですが悪霊がついて、妖怪までもが取り憑いているのです。

 不動様はその者とライバルだったそうで、

 遺恨に思っていた心の隙間に入り込んでいたようなのです。

 そして、呪詛を掛けられてしまったのです…」


「試合に負けると命を取る。

 魂が消え去るわけではありませんが、

 人間界にはかなり長い間いられなくなりますからね。

 そして、オレに伝える術がない。

 伝えればさらに大きなリバウンドを背負う。

 不動明王、修行をさぼっていたようですね…」


オレが言うと女性は少し悲しい眼をした。


「その原因は私にあるのです。

 私の命を救おうとしてくださったのですが…

 残念ながら死んでしまいました…

 性も根も尽き果てたその時に呪詛にかかってしまわれたのです…」


「そうだったのですか…

 理由も言えない、何も言えない。

 オレを拝むしかなかったんだな…」


オレはかなり反省した。


女性から呪詛を掛けた者の情報を聞き出し、眠っていることを確認した。


こうなるとオレの独壇場だ。


まずは眠りに入り、男から悪霊を簡単に引き剥がし調伏した。


人間の場合、ずっと取り憑いたままでいると早々に命を奪ってしまう。


よって悪霊は人間を覆っているに過ぎないのだ。


そのあとすぐに妖怪を金縛りにした。


事情はあとで聞くことにして、眠っている男の額に指を当てた。


そして、この男のトラウマを理解した。


結局は仏である不動明王の不始末だった。


オレは妖怪に顔を向けた。


この妖怪は畳の神が妖怪化したもので、


どうやら不動明王は畳にも恨みをかっていたようだ。


しかし、悪霊を取り払ったと同時に呪詛は消え去っていた様で、金縛りを解き、


少し話をして神に戻ってもらうようにオレから進言した。


妖怪は意気揚々と大学の柔道部の道場に移動した。



家に帰り着くと、女性は涙を流して待っていた。


どうやら、不動明王の呪詛が解けたことを悟ったようだ。


そして、女性に新たに依頼されたので、


オレは仕方なく夢の世界で目を覚ました。



オレは不動明王の姿で女性を抱いた。


女性は一瞬、本物なのか気にしたようだが、性欲には勝てなかった。


すぐさまオレの大事なものを握り締め、胸の先端をオレに吸わせた。


「…ああんっ!

 もうダメェーッ!!」


女は言ってすぐにオレの腰に自分の腰を押し付けた。


「…ああ、イケないことなのに…

 でも、イケないから…

 あんっ!

 もうっ!!

 まだイヤッ!!

 逝っくぅ―――――っ!!」


女は激しく痙攣してオレの大事なものを抜き去った。


「…ああ…

 不動様…

 幸せでした…」


女はオレに唇を押し当てて昇天した。



ごく普通の霊が神や仏に身体を委ねることは許されない。


これが許されるのは夢の中にいるオレだけなのだ。


… … … … …


呪詛を掛けた男のトラウマは、西郷に勝てなかったこと。


それだけならここまでひどくはならなかったのだが、


武人にあるまじき対応を西郷は取っていた。


敗者を鼻で笑う行為。


仏ともあろう者が何たることだとオレは嘆いた。



翌日、不動明王こと西郷に全てを伝え、


心を入れ替えるようにさらに進言した。


西郷は神妙な顔をしてオレに礼をして立ち去った。


また何かしでかすだろうが、今回に限ってはかなり堪えたようで、


歩いている後ろ姿に哀れみを感じた。

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