第5話 グランドのフィールドにいた少女って…

外に出る機会が増えると、どうしても野良幽霊と接触することになる。


だがさすがに目的のある時は話しかけるわけにはいかない。


気を利かせて菩薩たちが誘導してくれているのでほとんど支障はないのだが、


強力な想いがある者は菩薩程度では梃子でも動かないのだ。


「君、あとで話を聞くからそこからどいてくれないか?

 かなり邪魔なんだ」


オレは今、野球グランドの三塁ベース付近で守備についている。


試合開始前から気づいていたのだが、


オレの目の前に女の子が体育座りをしていてオレの様子を窺っていたのだ。


「それに、パンツ見えてるから…

 そういう座り方はしないで欲しいね」


「…もう…

 覇夢王様の、エッチィー…」


体育座りをしていた少女は笑顔ですぐさま立ち上がってフェンスまで移動した。


あの少女の幽霊はオレが話しかけるのを待っていたんだろうと確信した。


そしてまた、ロリコンだと言われる事も覚悟した。


全ての覚悟をした時、痛烈なライナーがオレを襲ったが、


何事もなかったようにして捌いたので、


打者はオレに舐められていると思いかなり憤慨している。



今日から、全国大学校野球大会の地区予選が始まった。


我が雅夢陀羅大学は奇跡のゼロ失点で七回の守備を終えた。


ナインたちもベンチにいる者たちも誰もが泣きそうな顔になっている。


まず初回に点を取られない試合は皆無だったので、


常にベンチにいる者はずっと泣いている。


だがさすがにグランドに立つ者は泣いてはいられないので


懸命にボールを追いかけている。



「覇王君に全てを託すわ…

 きっとあなた次第で勝っちゃうと思うから」


キャプテンの錬国皐月れんごくさつきがオレにバットを差し出した。


「…ああ、あなたのバットも握りたい…」


皐月は余裕だなとオレは思って、少し笑みを浮かべ


皐月に頭を下げてバットを受け取ってグランドに一歩踏み出した。


出てきたオレを相手チームの全員が睨み付けている。


どうやら先ほどのオレの緩慢プレーが気に入らなかったようだ。


オレはデモンストレーションとばかり軽くバットを振ったが何の反応もない。


「…師匠、それ無効…

 バットが全く見えてないから…

 半分のチカラで…」


源次がオレの耳元で囁いてくれた。


「ああ、なるほど…」


オレは相手チームにオレのバットスイングが見えるように


何度もバットを振り回した。


最終的にはつむじ風が起きてしまったので止めることにして、


バッターボックスに入った。


相手チームはかなり腰が引けたようだ。


オレはこの回から試合に参加している。



キャッチャーが妙にニヤついている。


オレはタイムを取って、審判に講義した。


「まだ行われていませんがビーンボールを投げてくるそうです。

 どうか、それを踏まえたジャッジをお願いします」


オレが丁寧に言うと、審判も、「了解した」とさも平然として答えてくれた。


さすがにこう言われるとビンボールは投げられないので、


置きに来たストレートを簡単にバックスクリーン上空までかっ飛ばした。


音はしたのだが打球を眼で追えなかった様で審判の協議が始まった。


ライトの線審がバックスクリーンを超えたことを確認していた様で、


オレはホームランの宣言を受けた。


オレはゆっくりと確実にベースを踏んで、


蜂の巣を突いたような騒ぎの我が校のベンチに戻った。



結局、雅無陀羅大学はオレのホームランの一点を守りきって、


数十年振りに一回戦を勝ち上がった。


特に相手が優勝候補筆頭の優良師亜ゆうらしあ大学だったので


喜びもひとしおだった。



試合終了後、オレは幽霊の女の子を呼び学校に連れ帰ることにした。


そして客席からも女の子が降りてきた。


仮死状態になったついでに幽霊体験のある三友早百合だった。


早百合は怪訝そうな顔をしている。


女の子の幽霊は見えないはずなのだが、オレの右手の先に注目していた。


「…いるんだよね?」


「ああ、いるぞ。

 眼が飛び出していて手がもげて…」


オレが言うと早百合はオレを睨みつけて目をそむけた。


存在はわかるが、はっきりとは見えないといったところのようだ。


「凄くね、たくさんいたんだけど、

 ひとつだけ残ってあとは消えちゃったの」


「三塁ベースのところだろ?」


早百合は無言で頷いた。


「お兄ちゃんが何か言ったら、端っこの方に行ったの」


「大正解。

 やはり幽体になった経験が幽霊を見せてしまうようだね」


早百合はなぜか喜んでいた。


「どうして嬉しそうなんだ?」


「見えるから?」


多くを語らなくても早百合の気持ちがオレにはわかるような気がした。



早百合はさらに笑みを浮かべて、オレの左手を取った。


「あら?

 両手とも塞がっちゃったのね。

 ざぁーんねぇーん…」


麗子が言うと皐月が怪訝そうな顔を見せた。


「右手、開いてるじゃない…」


と皐月が言ってオレの右手を取ろうとした。


「そこにはね、

 眼が飛び出していて手がもげて…」


麗子が言うと、皐月は、「ギヤャァ―――ッ!!」と叫び声を上げて、


一目散に駆け出して行った。


麗子はコロコロと笑っている。


「夫婦揃って同じことをいうんじゃない…」


オレは困った顔を麗子に見せた。



「交通事故、かなぁー…

 轢死だとほぼばらばらだからなぁー…」


「ええっ?!

 本当のことだったのぉー?!」


オレの言葉に早百合が驚きの声を上げた。


「人間的に見るとごく普通の可愛い少女だ。

 だが仏の目で見ると真実が見える」


「…人間の目で見てあげて欲しい…」


早百合が少し涙ぐみながらオレに訴えた。


オレは早百合の言う通りにすることにした。



学校に帰り着いて学食でひと通り喜んだあと、


グランドにいた少女に話を聞くことにした。


麗子、源次、詩暖、早百合とオレが少女を囲んだ。


「悪霊がつくとね、もう人間界に戻れないって…

 それが嫌だから…

 犯人、捕まえて欲しいって思って…」


「犯人って、君を車で轢いた犯人でいいんだよね?」


「そうなんだけどね、たくさんの人を殺してるの、この犯人…」


少女の名前と犯人の特徴を聞いて、ノートパソコンを用いて早速調べ上げた。


「犯行は三年前…

 犯人、死んでるぞ。

 自殺…

 これは一体…」


「もうひとりいたの。

 こっちがね、本当の犯人なの。

 顔をね、替えちゃったの。

 犯人は女優の高梨慶子さん…

 その死んだ女の人もこの人に殺されちゃったの…」


虫も殺さないような大人しそうな顔をした女優だ。


有名になり始めたのは二年ほど前なのでほぼ間違いないだろうとオレは感じた。


「告発だけでいいんならオレが簡単にできるぜ」


源次は本当に簡単に言い放った。


「だが、証拠、ないだろ?」


「いや、ちょっと待ってくれ…」


源次はパソコンを使い始め、数々の証拠写真や映像とそのデータを出して、


この場にいる全員が納得した上で警視庁にメールをした。



ほんの一時間後、テレビに『有名女優逮捕!』と報道が流れた。


テレビではその姿は確認できなかったが、


源次が裏を取り、高梨慶子だと確認を終えた。


この件で一番危うい状況にあったのは裁判だ。


犯人死亡により結審しようとしていたのだが、検察側が止めていた。


高梨慶子は疑われていたのだが証拠がなかったのだ。


取り調べで、始めは黙秘をしていたが、証拠を突きつけるとすぐさま認め、


昔の写真を出さないように警察に頼み込んだようだ。


「顔に酷いコンプレックスがあったんだな。

 自分を見て笑ったわけでもないのに笑っている人を見ると轢き殺す。

 鬼だ…」


「そして死んだ女性のカネを奪って整形した。

 捕まらなかった理由のひとつは証拠不十分ということもあるんだが、

 親父が警察官僚だった事も大きいよな…」


源次が感慨深く言った。


「証拠が揃い過ぎていたことと、

 メールで送られていたことで口封じもできなかった。

 こういうことでいいのか?」


「だな。

 ネットで広がれば今のように堂々としていられなかっただろうな。

 それに戸籍だ。

 死んだ女性のものを奪っているからな。

 この件は伏せられているから、警察の威信を保てるってわけだ。

 ネットに情報、流してやろうかぁー…」


「さてどうしようか…

 君はどう思うんだい?」


オレは幽霊の少女に聞いた。


「もういいの…

 私、ほかに思い残すことできちゃったから…」


少女は覇王を見ている。


覇王は苦笑いを浮かべた。


誰に聞いたんだ… と覇王が考えると、


『菩薩が優しく口を滑らせて…』


と情けない学長の声が帰ってきた。


そういえば、オレの仏名も知っていたなと思い出した。


「その菩薩、昇天させてもいいですか?」


オレが放った言葉がかなり怖かった様で、源次と詩暖が怯えた。



オレは少女の情報を仕入れ、


オレがロリコンにならないようにすぐさま行動して準備を終えた。


… … … … …


眠りにつき、夢で目覚めると、少女はオレの大事なものをもてあそび始めた。


「おっきくなんないよ?」


「まあな、オレにその気はないからな。

 それに、ロリコンでもない」


少女は少し残念そうな顔をした。


「…本当はね、凄く怖いの…」


「そりゃそうだ。

 死んだ時だって怖かっただろ?

 これからどうなるのかって…」


「…うん…

 考えられないほど痛かったの…

 もう、あんな目にあうのは嫌だから…」


少女は泣き始めた。


「だが人間になるとまた痛みはあるよ?

 だったら、今の世界にいるのも間違いではないんだよ。

 だけど淋しいよね?

 ずっとオレが相手をできればいいんだけど、

 オレ達も修行をする身だからね」


「うん、そういうのも聞いたの…

 私の仲間のみんなって、順番待ちしてるの。

 性欲の昇天が凄い順番待ちだって…」


オレはめまいがした。


そして週一回では生ぬるいと感じた。



オレは用意したものを少女に見せた。


少女は子供らしく、満面の笑みでビデオを観ながら昇天した。



少女は結城純也の大ファンだった。


オレの従兄弟である今の純也をビデオメッセージとして


映像として納めさせてもらったのだ。


持つ者は有名俳優の親戚だよなとオレは思い、


オレの好みではない新たな夢に飛び込んだ。


… … … … …


今日の未明、女優高梨慶子が自殺を遂げたと報道があった。


今は月曜の午後6時。


オレは今、学食のいつもの席に座っている。


その自殺した女優が整形手術前の顔でオレの目の前にいる。


「仏の身でありながら、あなたには憎悪しか浮かんで来ません。

 何かいい訳があるのでしたら聞きますよ」


オレは投げやりに言った。


「いい訳なんてないわ!

 逃げてきてやっただけよっ!」


「そうですか。

 オレ、あなたが素直に全てを語ってくれたらやんわりと

 成仏してもらおうと思ったんですけど、

 もう戻れない場所に行きますか?」


「…もう、戻れない?

 輪廻転生はウソなの?!」


慶子は大声で笑い始めた。


「まともな魂なら真、そうでない魂は否です」


「面白いそうだからそこに送ってよ!

 きっと痛いことたくさんされるんでしょ?」


「それは地獄界。

 そこに比べれば地獄界なんて天国ですよ。

 あなたがこれから行くのは無界。

 なにもない世界です。

 ただただ漂っているだけ。

 かなり退屈だと思います。

 そして狂って無に溶け込みます。

 ですが、誰もあなたに誹謗中傷することはないでしょうね」


慶子は挑戦的な笑みを見せたので、オレは慶子を調伏した。


そしてオレの罪を必死に詫びた。



だがオレに罰が下された。


週一回の昇天の儀が週三回になって、一回当り三つの魂を送ることに決まった。


こうなると、性欲により昇天させるしか方法が浮かばなくなったのだ。


しかし、順番待ちも多いということなので、これも修行だと思うことにした。

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