第4話 オレが結婚って…

「…ねえ、あなたぁーん…

 結婚式、だけどぉー…」


ここは雅無陀羅がむだら大学の昼下がりの学食で、


決して我が家の夜のベッドの中ではない。


今日は半大学生半タレントの御陵詩暖みささぎしのんもいるので、


オレの妻である安藤麗子が


恋のライバルである詩暖に挑戦的なことでも言ったのかと思ったのだが、


麗子にそんな意思はないようだ。


ただただ思い出したので、少々妖艶度満載で今言った、


というだけのことのようだ。


麗子の意思を知ってか知らずか、詩暖は麗子を睨みつけた。


「そうだな、一生の記念だからな。

 源次、手伝い頼めるか?」


「ああ、いいぜぇー!

 アンタのことだから盛大に…

 とはやらないんだろうが、大勢呼ぶんだろ?」


源次はオレの同業者で仏名を孔雀明王という。


源次にはさまざまな弊害があり、大先輩なのだがオレの弟子となっている。


「できればこの学校でやりたいと思っているんだ。

 だが知っての通りこの学校に休みはない。

 邪魔をしないようにすれば許可してくれるんじゃないかなと思ったんだよ。

 それも含めた手伝いだ。

 当然、空手部という強い味方も大勢いるけどな」


麗子がオレにこれ見よがしに笑顔で拍手をしている。


詩暖も嫌々だが麗子をさらに睨んでから拍手を始めた。


「問題は許可が下りるかどうかだけのようだな」


「そういうことだ。

 ここでやると、あるメリットが発生するんだよ。

 ご祝儀代わりに、能力が芽生えることがあるようだ。

 そして、いいことをすればいいものが与えられ、

 悪い事をすれば浄化される。

 この学校にとっていい事だとオレは思っているんだよ」


『仏陀様の許可下りました。

 特例で一日休講という特別処置が取られます』


「…えっ…

 あ、いえ、ありがたく…」


学長の声にオレはかなり驚いた。


隅っこの方で邪魔にならないようにしようと思っていたのだが、


どうやら学校行事になってしまうようだ。


「ここでやることが今決まった。

 式当日は休講になるそうだ」


麗子は満面の笑みでオレを見た。


「仏陀ちゃん、来てくれるのかなぁー…」


我が主をちゃん付け呼ばわりしたが、これも修行だとオレは堪えたが、


源次はそうはいかない。


だが麗子を睨みつけただけで表情を緩め真顔に戻った。


「…仏陀ちゃん…」


麗子はオレ達を愚弄し始めた。


そしてコロコロと笑い始めたのだ。


「仏陀ちゃんがそう言えって。

 命令なのよねぇー…」


「そうか、命令ならば従うべきだな」


オレはさらに、


麗子がなぜその命令に従うのか問いただそうとしたのだがやめにした。


今の麗子ではきっと答えられないだろうと察したからだ。


源次もオレと同じ考えに至った様で、開きかけた口を閉じた。


「…まさかだけど…

 麗子さんってそれほどなの?」


詩暖の驚きの声を聞いて麗子は自慢げに詩暖を見ている。


「それほどなんだろうな。

 だが詮索はしない。

 麗子の口から聞くまではな」


「…あれ?

 言ってなかったっけ?」


オレは少々驚いた。


麗子はもうすでに全てを悟っていたようだ。


「…だったら、今日のベッドインの時に…」


麗子は恥ずかしげに身をねじりオレを見た。


「…ああ、そうしてくれ。

 …今日の楽しみがまた増えたなっ!」


オレは本気で喜んだが、詩暖は本気で怒って、


ドカドカと足音を立てながら給仕のいるカウンターに歩き始めた。


… … … … …


結婚式当日は学園関係者全員と、オレと麗子の共通の知り合い、友人を招待した。


招待状には赤く大きな文字で、


『ご祝儀の類は一切お受け取り致しません』


と書いておいた。


届いた相手は社交辞令だと思うはずなので、


『社交辞令ではございません』


とさらにわかりやすく書いた。


従って、受付は記帳だけというシンプルな方法で済んだので、


特に気を張って受付に立つ必要もなくなり、


空手部員たちは笑みを持って招待客を迎えてくれた。



結婚式は職員用の大会議室を一時的に教会に改築してくれた。


招待客全員が見守る中、オレ達は艶やかに入場して、


指輪の交換はしたが誓いのキスはオレが拒んだ。


やはり日本式に考えると、


娘の父親としては気持ちのいいものではないと思ったからだ、


だが、麗子の父親はオレの父親代わりでもあるので特に気にもしていない様子だが、


今の笑みのままでいて欲しいと思っただけなのだ。


写真撮影の折に、「覇王、今ここで誓え」と父親らしく言ってくれたので、


オレは遠慮がちに、麗子は大胆にキスをして、万雷の拍手を浴びた。



恒例のブーケは、麗子は投げることを拒んだ。


そしてオレに渡した。


これに何か意味があるのかと思ったが、特に気にもしなかった。


そして、気になる者を見つけた。


オレは懐かしさが込み上げてきた。



披露宴会場はいつもオレたちがいる食堂で行われた。


こちらも巨大な施設なので、机と椅子を増設するだけで全員が簡単に席についた。


ひと通り儀式のようなプログラムが終わり、フリートークの時間となったので、


オレは気になる者にすぐに挨拶をした。


相手はかなり驚いた様だが、オレに満面の笑みを向けてくれた。


「あの無愛想な男性と顔を背けている女性の間に座ってくれないかな?」


オレが言って歩き出すと、麗子は笑みを浮かべてオレについてきた。


気になる者は、オレの言った通りの場所に走って行って座った。


源次がオレを見た。


「源次、悪いけど、頼む」


「ああ、いいぜ」


源次は術を使い、オレと麗子の学友を浮かび上がらせると、


その姿が視界に入った麗子が号泣を始めた。


「倫子ちゃん、来てくれてありがとうっ!」


「ううん。

 すごく来たかったから。

 麗ちゃん、うらやましい…」


麗子は倫子にすがりついて、何度も何度も礼を言った。



倫子は通学途中の暴走車に巻き込まれて命を失っていた。


そして未練があったようで成仏できなかったようだ。


「家族の人たち、呼ぼうか?」


「ううん、いいの。

 毎晩一緒にいるから」


オレたち三人は昔話に花を咲かせた。



あとで聞いた話しだが、


倫子の霊だけはどうしても校外に出すことができなかったようだ。


それほどに強い想いが倫子にあったんだとオレは思い、さらに嬉しくなった。


… … … … …


そしてその倫子がまたオレの目の前にいる。


今は月曜日の午後6時。


学食のいつもオレが座る席で倫子と向かい合っている。


「…オレ、最大級のピンチかもな…」


オレは本気で頭を抱えたくなった。


「覇王君、よろしくねっ!!」


上機嫌で挨拶だけして、倫子は消えた。



オレは近くの何でも揃うトラノイル商店街に足を向けて、あるものを買いに行った。


お目当ての店には有名人が大勢いて、


倫子と同じ背丈ほどの女優、安藤サヤカに頼んで試着してもらい既製品を購入した。


そしてこの女優たちの芸能事務所の社長でもあり、


世界一の大富豪でもある俳優の皇源次郎すめらぎげんじろうに喫茶店に誘われた。



話しを早々に終え、オレは何とか家に帰り着いて、


思いつくもの全てのセッティングをしてから眠りに付いた。


夢の中で目覚めると、満面の笑みの倫子がオレの隣で寝転んでいる。


「…大人に、なれるの?」


倫子は11才当時のままの姿の少女だ。


だが今の倫子は女だった。


「その前にプレゼントがあるんだよ」


オレが言うと倫子はかなり喜んだ。


そしてオレは倫子に目隠しをして、ウェディングドレスを着せて、


麗子がオレに手渡したブーケを持たせて、鏡の前に立たせた。


オレが倫子の目隠しを取ると、鏡を見た倫子は喜び勇んだあと泣き始め、


「覇王君、ありがとう!!」と叫ぶように言って昇天した。


… … … … …


「微妙な顔ね…」


オレが目覚めてすぐに麗子のいぶかしげな顔がオレの視界に飛び込んできた。


「昨日の相手、倫子ちゃんだったんだよ」


麗子は驚いてから、困った顔を見せた。


オレがビデオカメラの映像を見せると、麗子は新たな涙を流した。



放課後、オレは麗子と共に引き出物を持って倫子の家に行った。


倫子の両親と弟はオレたちの訪問を喜んでくれた。


そして、ビデオの映像から取り出した


ウェディングドレス姿の倫子の写真と映像を家族に渡した。


両親も弟も新たな涙を流したが、満面の笑みでオレに礼をいってくれた。


「夕方はいつも一緒にいたそうです。

 ですが、倫子ちゃんの願いを叶えて上げられてよかったと

 本当に嬉しく思っています」


母親はオレと麗子をキッチンに誘った。


ひとつの席に、倫子専用の食器が並べられていた。


… … … … …


「…あれ以上嬉しいことってないわぁー…」


麗子は食事をしながらポツリと呟いた。


今は昼下がりの学食で、いつものメンバーが揃っている。


「昨日もそうだが本当にいい日だったな、結婚式…」


オレがシミジミ言うと、三人も同意してくれて頷いてくれた。


「ブーケ、なぜオレに渡したんだ?」


「そうするべきだって。

 仏陀ちゃん…」


オレは納得した。


そして麗子は徐に、カバンの中からかなりの数のミニブーケを取り出して、


節分の豆まきのようにして投げ始めた。


女学生たちが我を忘れて大騒動になったが、


みんなに均等に行き渡ったようで騒ぎはすぐに治まった。


「なんだ、詩暖はいらないのか?」


オレが言うと、詩暖はそっぽを向いた。


その詩暖に源次が視線を移した。


「オレが三つ渡したらすぐに隠したぞ」


「こらっ!

 ばらすなっ!!」


詩暖は今あったことは無視するようにして食事に専念し始めた。


「ところで、皇源次郎に会ったぞ」


オレが言うと、詩暖が食いついてきた。


「なになに?!

 何か話ししたのっ?!」


「スカウトされた」


オレが言うと三人は笑い転げ始めた。


「源次も少し世話になったんだろ?」


源次はオレに顔を向けた。


「ありゃだめだ。

 化け物過ぎる…」


悔しさを紛らわすようにして、源次は飯をかき込み始めた。


「瞬間移動とかするんだぜ。

 やはり神の僕、恐るべしっ!

 だな…」


「今の話とあわせて聞くと、オレと同じタイプのようだ。

 降って沸いた能力を即座に自分のものにできる。

 凄い魂の持ち主だからな」


「まあな。

 織田信長だったなんて信じられねえよ…

 しかも本能寺で死んでいなかったって…」


「だが、考えられないほどの数の遺物がそれを証明しているからな。

 疑う余地はないな」


「カネ使って造ったんじゃね?」


「それも考えられるが、やはり太刀。

 専門家も認めているんだろ?

 それに本物の石川五右衛門も家来だったというし、

 その異物もコンペイトウ博物館に展示されていて、

 疑う方がおかしいぞ…

 オレもコンペイトウ博物館、行ってみようかな…」


「連絡するぞ?」


「いや、だが、完全予約制だろ?」


「源次郎の家族だと認められるとオールフリーだぜ。

 オレは消えて忍び込んだけどなっ!」


源次の場合、跡形もなく消え去れるので、


コンペイトウの厳重なセキュリティーに引っかかる心配はない。


ダメで元々で、源次に連絡してもらうとその場で許可が下りた。


「詩暖以外はOKだって。

 お前、やっぱり性格悪いんだな」


源次が言うと詩暖は呆然としたあと源次を疑ったが事実だと知って泣き崩れた。


「だけど、気になったこと言ってたぞ。

 御陵詩暖みささぎしのんって、同姓同名の者が世界の騎士団にいるそうだ。

 しかも、日本支部のボスだとさ。

 オレと入れ替わりに入って来たようだぞ」


「だが、相変わらず不気味だよな。

 名前も何も言っていないのに、即座に返答してきた。

 本当に神なんだな、越前雛…」


越前雛は超一流女優で皇源次郎の妻だ。


「今はなぜだか王女様って呼ばれてるぞ」


不思議な組織だと思うが、今のこの平和は世界の騎士団によって保たれている。


そう、保たれているのだ。


だが仏陀は違う。


仏陀はそれを自然にするために人間界に転生したのだ。


「時間があれば地下訓練場に来てもいいそうだぞ。

 あそこ、凄いぜぇー…」


「有名女優だらけなんだろ?

 トラノイル商店街がパニックになっていたからな。

 ウェディングドレス、安藤サヤカに見た立ててもらったんだよ」


麗子がオレを睨みつけた。


「…覇王…

 どうして私も連れて行かなかったのよ…」


「今となっては連れて行かなくて正解だったと思うぞ。

 お前がいたら、その日に帰れなかったかもしれないからな」


オレが言うと、麗子は怒りかけたが、


それもその通りだとでも思ったのかオレの意見に同意した。


「…私、あの聖地に踏み込めないのね…」


まだ半べそをかきながら詩暖が言った。


「心を改めればいいだけだぞ。

 オレでも入れたんだからなっ!」


源次が胸を張って言った。


「源次の場合、私利私欲はほとんどないからな。

 それに強い事もわかっている。

 入り込めて当然だとオレは思う。

 詩暖はそれが修行だな。

 まずはオレを諦めてみろよ。

 簡単なことだろ…」


麗子も源次もすぐさま頷いた。


「…わかったわよぉー…

 将来のためにも、心を入れ替えるわ」


すると、源次の電話が鳴った。


「源次郎さん、どうしたんで?

 …はあ…

 …はい、伝えるよ」


源次は電話を切った。


「詩暖もいいって。

 相変わらず早いな…」


当の詩暖は呆然としている。


たったこれだけの会話で何がわかったのかオレには全くわからない。


心からの信頼関係が世界の騎士団にはあると聞いている。


それを素早く察知する術があるのだろうとオレは考えた。


「それじゃ、四人でお邪魔しようか。

 いつにする?」


詩暖は仕事をキャンセルすると言い出したが、


出入り禁止になるぞとオレが言うとまた心を改めた様で、


土曜日に訪問することを源次に言って源次郎に伝えてもらった。


… … … … …


その土曜日。


オレ達は未知の入り口である


SKセキュリティーSP部トラノイル出張所のエントランスの前にいる。


まずは源次だけが入って事情を説明すると、


オレたちももう入ってもいいそうなので足を踏み入れた。


すると右手にあるエレベーターの扉が開き、皇源次郎と越前雛が腕を組んで現れた。


「源次郎さん、雛さん、お招きありがとうございます!」


オレはしゃちほこばって言うと、源次郎は笑顔でオレの肩を叩いた。


「世界の騎士団に入る気になったようだな…」


源次郎は冗談ぽくオレに言った。


「いえ、それは、申し訳ありませんが…」


「ダメよ、源ちゃん…

 覇王君には使命があるんだから…」


源次郎は雛の言葉を聞いて頭を掻いた。


「覇王君と麗子君、組み手、やらないか?」


源次郎はにやりと笑った。



オレ達は地下訓練場に誘われ、


その場にいた人たちへの挨拶もそこそこに、


まずは麗子が源次郎と組み手を始めた。


麗子は源次郎の強さをもうすでに知っていた。


ほんの一分ほどしか戦えないような素早さで源次郎に迫った。


だがその源次郎は終始笑顔だ。


案の定、麗子は二分ほどで力尽きた。


自滅と言っていい敗北だったが、麗子は清々しい笑みを源次郎に向けていた。



オレはひとつ気合を込め、「おっしゃぁ―――っ!!」と大声で叫んだ。


だが、近くにいた赤ん坊が泣き始めたので気合が解けてしまった。


源次郎がオレに困った顔を見せた。


「すまん…

 覇王君とはまた次の機会に別室で戦ってみたな」


「はあ、なんだが、逆にご迷惑を…」


「いいや。

 あの子は泣くはずのない子だ。

 それを泣かせた。

 オレたちの中でも君に勝てる者がどれほどいるのか図り兼ねるな」


源次郎は満面の笑みでオレに言った。


「…さすが師匠、すげぇー…」


歩み寄ってきた源次がオレに行った。


「なんだ、源次の師匠か…

 それはそれは…」


源次郎は大笑いを始めた。


今ここにいる住人たちは朗らかだが


源次郎に負けないほどの実力者だとオレは察した。


身体の傷が軍人であったことを物語っている者が四人いる。


それ以外でも大柄のふたりの女性が目立った。


そのふたりはオレを睨み付けている。


「真琴、ベティー、威嚇するな…

 お前たちは修行不足だな。

 …あとでオレが面倒を見てやろうか…」


源次郎の最後の言葉で、オレの背中は氷付いた。


実業家でも俳優でもなく、皇源次郎は戦士だと確信した。



この地下施設には食堂がある。


道すがら食堂という名の社員食堂だ。


以前は地上にあって商店街の中のごく普通の定食屋だったのだが、


世界の騎士団の旗揚げと共に食堂を閉店して地下に新設したそうだ。


「…うまい…

 学食もうまいけど、これは格別だっ!!」


オレは夢中になって食事を摂った。


「社員になれば、いつでも食べられるし無料だぞ?」


源次郎がオレの触手を動かした。


だがその話に乗るわけには行かないことを、オレは残念に思った。


「オレは、仏陀の弟子ですので…」


源次郎は満面の笑みでオレを見た。


「常に無料で。

 いつでも食べに来てくれ。

 …自然に平和でいられるように。

 これがオレの願いだ」


オレは源次郎を見誤っていた。


源次郎もそれを望んでいたのだ。


オレはさらに修行を積まなくてはならないと思い、


今再戦してもらうように源次郎に頼み込んだ。



オレは隣の施設にある隔離された部屋に源次郎に誘われた。


観客はいない。


オレと源次郎だけの空間だ。


オレはチカラを入れ、そして抜いた。


どうやら源次郎も、オレと同じ様な動きをしたように感じた。



まずはオレから攻め、左右に掌底を散らして放った。


源次郎は全てを避けた。


なんて素早いんだとオレは思いつつもさらにスピードを上げた。


源次郎はついに受けに出た。


瞬時に足捌きを見ると、とんでもないスピードで動いていた。


オレは少し後方に飛んで間合いを広げた。


あの足捌きを真似してみようと考えたのだ。


だがその前に源次郎が襲い掛かってきたので、その足捌きを使い大きく回り込んだ。


源次郎の顔付きが変わった。


もう笑みはない。


まるで闘神のような厳しい顔になっていた。


オレは全てのスピードをゆっくりと上げて行った。


オレの掌底が時折狙い通りに当るようになった。


だが喜んでもいられない。


源次郎の反撃も凄まじかった。


まるで千手観音のようだ。


そして、オレも千手観音の気持ちに移行した。


すると今までの倍ほどヒットするようになったのでさらにスピードを上げた。


オレはもうすでに朦朧としている。


だが、ここで引き下がっては今までと何も変わらない。


そしてオレはさらにスピードを上げ、


一発だけ小さく早く正確に源次郎の胸を目掛けて拳を振るった。


オレの拳は源次郎に見事にヒットして、膝を折らせた。


源次郎は俯いていたが、上げた顔は満面の笑みだった。


「仏陀に、会いに行っていいか?」


「…はあ…

 きっと源次郎さんでしたらお会いになられると思います…」


オレは力尽きて、その場に倒れこんだ。



目覚めると、道すがら食堂の脇にある芝生で眠っていたようだ。


なんて目覚めがいいんだとオレは思い、少し伸びをした。


身体に変調はない。


空手道場の神もオレにチカラを与えてくれていたようだ。


入念にチェックをして、立ち上がって軽く飛んだが何の支障もない。


オレがカウンター席に座っている麗子に近付くといきなり抱き締めて来た。


「…覇王、帰れないかも…」


「…まあな。

 源次郎さん、仏陀に会いに行ったんだろ?」


麗子はコクンと頷いた。


「それもあるけど、ここの猛者の人たち、かなり気合が入っていたの。

 私が虚勢を張れないほどに…」


麗子の身体が震えている。


やはりそれほどの猛者だったんだとオレは再確認した。


「凄いのね。

 疲れも痛みも感じていないみたい。

 …仏陀から取り上げちゃうのよ、覇王君…」


雛が恐ろしげな笑みをオレに見せた。


「いいえ。

 それはオレが認めませんので」


オレは雛に挑戦するように言った。


そして雛は大声で笑い始めた。


「取り上げることなんてしないわ。

 でも、本当に凄いのね。

 源ちゃんに攻撃を当てる人なんてここにはひとりもいないのよ。

 本当に残念だわ…」


雛は本気で落ち込んでいる。


「神仏一体の世界の騎士団が最強でございます。

 決してお諦めにならないよう」


いきなり雛の横に女性が現れた。


気配を全く現さずいきなり浮き出てきたこの女性をオレは知っている。


「始めまして、木下…

 あ、いや、皇澄美様」


オレはこの地球の神とも言える女性に頭を下げた。


「木下でも皇でも私は嬉しいので間違いではございません。

 覇夢王よ」


澄美は上機嫌でオレの仏名を呼んだ。


「そしてやはりお優しい。

 抱き付いてもよろしいでしょうかっ?!」


澄美はさらに上気してオレに迫ってきたが、オレは丁重にお断り申し上げた。


「澄美姫様だったらいいよ。

 何かもらえそうだもんっ!」


麗子が満面の笑みでオレに言うと、


「奥様の許可が出ましたので…」


と言いつついきなりオレに抱きついていた。


逃げる間がなかった。


またいきなりオレの目の前に移動して来たのだ。


「驚いていらっしゃる。

 人のチカラではございませんので、

 ご安心頂いてよろしいですのよ」


なぜだかオレは急に強くなったように感じた。


「何か…」


「はい。

 チカラをお分け致しました。

 十分にご活躍くださいませ。

 あら、そうすると、会長を越えられたかも知れませんわ。

 私、大失敗っ!!」


澄美は大笑いしながら忽然と消えた。


「ほら、ねっ!」


麗子が満面の笑みでオレを見ている。


オレはきっと苦笑いを浮かべていることだろう。


なんだか催促して能力の上乗せをしてもらった様で、少々気が引けたのだ。


「催促して能力の上乗せしてもらったので、

 世界の騎士団にも所属してねっ!」


オレは雛の言葉に愕然とした。


一体何が起こっているのか、全く理解できない。


オレの思考を読んでいるとしか思えなかったのだ。


「はい、大正解っ!

 私ともうひとりできる人がいるの。

 女優の鮫島真樹ちゃんよっ!」


オレは少し離れている鮫島真樹を見つけて会釈した。


真樹は子供のような大人のような男性と楽しそうに話をしているように見えた。


そしてオレは愕然とした。


その男性は生がなかったのだ。


「真樹の隣にいるのはシャドウ。

 ロボットよ」


雛は嬉しそうにオレに教えてくれた。


「はあ、もう、何も考えられなくなってしまいました…」



オレは少し落ち着いてティーブレイクをしていると、源次郎が帰ってきた。


「仏陀は強情だな…

 覇王君の話しをすると口を閉ざした。

 仏だったら返事くらいしろと思ったな」


源次郎には似合わない、少し悪意に似た思いが沸いている。


だがこれも真なのだ。


「きっと、何を言っても返されると確信されていたのでしょう。

 源次郎さんこそ、こちら側に来ていただけませんか?

 仏陀であればそれができます」


源次郎は苦笑いを零し、自分が愚かだったと猛反省したようだ。


「なるほどな…

 仏陀は弟子がこの言葉を放つと思って何も言わなかったんだな…

 今回は二度参った。

 だが、覇王君はさらに強くなってるが、どういうことだ?」


「澄美さんが強さを分けちゃったの。

 お説教、した方がいいんじゃない?」


雛の言葉に、源次郎は大笑いした。


「世界の騎士団に入れとは言わない。

 週に一度でいいので、ここに来てオレの組み手の相手をしてくれないか?」


源次郎はオレに頭を下げた。


これは断れないと思い、オレはすぐさま承諾した。


… … … … …


オレ達は源次郎に誘われて道すがら食堂の席を立った。


オレの視界に気になる者が移りこんだ。


その者の後ろに女性がいる。


「オレの前世の孫で、道塚美乃里さんだ。

 考古学者で、オレたちの過去を探ってもらっているんだ。

 情報量が膨大なのでかなり苦労をしてもらっている」


源次郎は困った顔を美乃里に見せた。


そしてオレは、「…前世の孫…」と呟いてしまった。


美乃里と気になる者がオレを見た。


オレはその場で屈んだ。


「君はここで何をしてるのかな?」


移動をしようとしていた源次郎たち一行がオレの周りから一気に離れた。


そしていぶかしげな顔をオレの視線の先に向けている。


「源次、頼む」


オレが言うと源次はすぐさま、女の子を実体に変えた。


「…榛葉やすはちゃんっ!!

 どーしてっ?!」


美乃里が榛葉に抱き付いた。


「私、美乃里ちゃんの助手なのっ!

 いつもコンペイトウでガイドのお仕事してたのよっ!!」


オレは目の前に霞がかかった。


榛葉の想いが、オレに染み渡った気がして思わず号泣してしまったのだ。


オレに釣られるように、ほとんどの者が泣き始めた。


今まで誰も榛葉の声は聞こえなかったはずだ。


だが榛葉が自信を持って仕事をしていたんだと思うと、


感情を抑えられなくなってしまったのだ。


「榛葉ちゃん、ガイド、お願いできるかな?」


オレが言うと、榛葉は満面の笑みでオレの右手を握って、宇宙船に誘った。


「今日はちょっとだけ宇宙に行くのよっ!!」


今日は榛葉のガイド通りに行動する様で、宇宙船は宇宙に飛び出した。


オレ達は体重を失い一瞬浮かび上がったが、


源次郎たちは全く重力に影響されないようだ。


そして、ゆっくりと重力がかかり始めた。


それでも身体はかなり軽かった。



宇宙船は月の裏を回って再び地球の大気圏に侵入してコンペイトウ上空に停船した。


「凄いですね!

 ネットでは情報が流れていないので壮観ですっ!」


オレは源次郎を見ていった。


「だがそろそろ一般に公開しようと思っているんだよ。

 申請されて許可を出したのはたったの三割。

 それ以外は平和を望まない者たちなんだよ」


オレは愕然とした。


博物館見学の許可が下りないのは


それを察知して人選していたということだとオレは理解した。


先日の電話での一件も、雛が瞬時に選別したのだろうとオレは察した。


「今のところ、盗難もケンカも何一つ起こっていない。

 一般に公開すると初日から確実に騒ぎが起きるはずなんだ。

 まずは騒ぎ第一号争いが始まる。

 本当に、バカなヤツラだと嘲笑してしまう。

 それを考えると一般公開をしたくなくなってしまうんだよ」


オレには源次郎の気持ちが痛いほどよくわかった。


「やはり源次郎さんも、仏の仲間に…」


とオレが本気で言うと、源次郎も雛も困った顔をオレに見せた。


「一般公開は見合わせてください。

 そしてその理由を公にしてください。

 そこからは仏が担当しますっ!」


オレは気合を込めて言い放った。


麗子はオレに拍手を送ってくれたが、源次が微妙な顔をオレに見せた。


「…菩薩たちの迷惑そうな顔が浮かんだぞ…」


「いいんだ、それも修行だ」


麗子がオレに大きな拍手を送ってきたので、間違っていないとオレは悟った。



麗子と仏陀は繋がってる。


麗子はその能力を仏陀に頂いた巌是明王がんぜみょうおうだ。


巌是明王は無道から舞い戻ってきた一人で、出てきた途端に明王となっていた。


その魂が麗子に宿ったという仏陀の話しだ。


麗子の能力もオレと同様に始めてのもので、仏陀は大いに喜んだのだ。


仏陀は麗子を通じて全てが見える。


麗子の反応こそが仏陀の反応なのだ。



オレ達は榛葉にガイドをしてもらった。


そしてかなりよくわかった。


この島の歴史はもちろん、信長のこと、


戦艦信長のことまで余すことなく網羅できた。


榛葉は本当に一流のガイドだと思い、


オレが榛葉の頭を撫でると満面の笑みを残して消え去った。


「…ああ、満足しちゃったんだ…」


麗子は空を見上げて言った。


… … … … …


コンペイトウ博物館の榛葉のガイドはテレビ番組になり放映された。


当然オレたちも出演することになったのだが、断るわけにはいかなかった。


この番組の影響でコンペイトウ来島希望者がさらに増えたそうだ。

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