第3話 オレの就職先って…

「一体誰が言い触らしたんだろ…」


ここは雅無陀羅がむだら大学の学食で、


オレの隣にはオレの恋人で三回生の安藤麗子、


正面にはオレの弟子の大学二回生の朱雀源次がオレに顔を向けている。


「今、いない人じゃねえの?」


源次が無関心を装っていった。


「…そうなのかっ?!」


麗子が半分身を浮かせ、源次を見てからオレを見た。


「まあ、考えられない話しでもないな…

 この学園の重鎮と懇意にしているようだから、

 重鎮がぽろっと漏らしたのかもな…」


『…ああ、悟られてしまいました…』


オレは大笑いした。


「おい、今のって…

 観音…

 あ、いや、学長か?!」


源次が驚いた顔をオレに晒した。


麗子はいぶかしげな顔をしているだけだ。


麗子には今の声は届いていないようだ。


「何かの交換条件かなぁー…

 それ以外に考えられないが…」


『雅門功太君のサインッ!!』


オレはさらに笑い、源次はうつむいてかぶりを振った。


「タレントならではの攻撃だったようだ。

 だがもし、仏陀様に…」


『お願いっ!

 言わないで欲しいのっ!!』


「いえ、それを修行の糧にする事も可能だと思ったまでですが…」


『…そ、それはそうかも…

 では、その機会がありましたら…』


「はい。

 陰口、告げ口はオレの本位ではありませんから」


『…はあ…

 私も成仏して人間界で修行を…』


「代わりの方がおられるのであれば可能。

 それができない状態、ということでよろしいんですよね?」


『…ごめんなさい、愚痴をこぼしてしまいました…』


「と、いうことだ」


源次は珍しく笑い転げていた。


「よくわかんないけど、犯人は学長?

 …倒して来ていい?」


麗子はごく普通の表情でかなり残酷なことを簡単にいった。


「すまん、倒さないでくれ。

 きっと今の麗子でも簡単に倒せると思うからな。

 ここは耐え忍んで修行にする。

 犯人が詩暖しのんだけに…」


オレがくだらない駄洒落を言うと、源次はさらに腹を抱えて笑い始めた。


麗子はきょとんとしているだけだ。


「…オヤジ…」


「なんとでも言えぇー…」


オレは美味そうな食事にやっと手を付けることができた。


「だが、覇夢王はむおう様よぉー、修行って空手だけでいいのか?」


「お前の言葉遣いの改善も含めてもいいぞ。

 形だけではなく、心を込めた話し方だ。

 今のお前にはこれが一番の修行だとオレは思っているんだけどな」


オレが言うと、麗子も賛同した様で何度も頷いている。


「やっぱりかっ!!

 やはり、この言葉遣いがオレの成長を止めていたのかっ?!」


「それも考えられるという可能性を述べてみたまでだ。

 とりあえずは努力してみろよ。

 オレ、お前に敬語で話すようにしてもいいぞ」


「それはやめて欲しいっ!

 なんだか、成仏してしまいそうで怖い…」


源次は本気で怯え始めた。


「まあね。

 ある意味、凶器以上のもののような気がするな…」


麗子はかなり納得したようだ。


源次は一瞬麗子を見てオレを見た。


「言葉遣い…

 やはり、過去の記憶かなぁー…」


「ああ、それ、オレの知識の中にもあったぞ。

 完全なる対人恐怖。

 やはり、暗殺される側としては、

 虚勢を張るしか精神を安定できなかったんだろうな。

 この問題はシビアだからな。

 確認をしながら修行をしないと

 妙な精神状態に陥るかもしれないから注意しろよ」


源次は今それに気付いて、深くオレに頭を下げた。


「はあ、なるほどね…

 そこまで言ってくれるんだ。

 それに源次、事情を知らないのに嫌ってしまって悪かったな」


麗子が言うと源次は恐縮したようだ。


「あ、ああ、いや…

 オレの方こそ…」


『連絡しまぁーす!

 三回生の結城覇王ゆうきはおうさぁーん!

 すぐに学長室まで来てくださぁーいっ!』


オレはかなり笑った。


そして麗子と源次もオレに釣られるようにして笑った。


「医学部の零文美玲れいもんみれい教授がどうして校内放送してるんだ?」


「副学長だって…

 小躍りしてたわよ…

 それよりも何の用なの?」


「オレの就職についてだ」


オレは手早く昼食を済ませて、


よく事情のわかっていないふたりを引き連れて学長室に行った。



オレはもうすでにタネを撒いて収穫間近まで来ている。


そして、その実例を講義として行なうことに決めたのだ。


… … … … …


講義の予告はしていたので整理券を配り、


増席までして立ち見の学生たちであふれ返っている教室は、


オレの背筋を一層伸ばさせた。


対象は学生で四回生だけのはずなのだが、


ちらほらと教授や準教授、講師の姿も見える。


オレの専攻する国際自然社会学は、当然の如く宗教の知識も必要だ。


よってオレは一番の得意分野の仏の教えと、


科学的根拠に基づいた解明をやってのけることにしていたのだ。


「…さて、野球部ですが、一回戦突破できそうですか?」


女性でありながらキャプテンの錬国皐月れんごくさつきは、


満面の笑みでオレを見ている。


「是非先生も…

 先生も部員ですよね?」


皐月はさらにオレに向け笑みを深めた。


「はあ、そうしないとふたりいる神がケンカをしますので。

 各部員の怪我の状況はどうでしょうか?」


「はい。

 新たに怪我をした者はいません。

 故障者だったレギュラーも半数は練習を再開しています。

 もう半数も一週間以内には合流できると思います」


オレは微笑でうなづいた。


「この治癒行為は、本気で神を崇めたことによる結果です。

 常に野球部は故障者に悩まされていました。

 これは霊的な妨害ではなく、極々当たり前のシステムです。

 練習をすれば怪我もします。

 頑張り過ぎても怪我をします。

 それを和らげてくれる存在が神なのです。

 空手部、剣道部、柔道部と証明は終わっています。

 三つの部活動全てで上位入賞を果たしました。

 中でも空手部は表彰台を独占し、

 安藤麗子君が超無差別級で無傷で男にも優りました。

 …実力の100パーセントを持ってして戦えば、

 何も恐れるものはないだけなのです。

 そうすれば、更なるステップアップも可能なのです。

 怪我をすればするほどに、その時期を逃してしまうのです。

 あとは真摯な気持ちを持って試合に臨むだけでしょう。

 好成績を期待しています」


オレは通説の仏教と真実の仏陀の教えの差を講義してから、


ため息を付いた学生たちに頭を下げて教室を出た。



「九道だったのかっ?!」


源次が驚きの眼をオレに向けていった。


「知らない者が大半を占めていたな。

 教室にいた教授たちはほとんどが仏の化身だった。

 もっとも、夢の方の夢道は知っていたようだったけどな」


「…それに、もうひとつの無道と虫道…

 やっぱり、命ある種類別にも世界があるのね…」


麗子が深く考えながらオレを見ていった。


「これは当然のことだな。

 虫にも魂はある。

 そして一番過酷な修行場といっていい。

 人間としてここに落ちたら、

 這い上がって来るのは無理かもしれない。

 虚無の世界といい勝負のような気がするな…」


「でも、なにもないのにどうやって夢界に戻ってくるの?」


「情報によれば、その地で夢を見れば夢道に戻れるそうだ。

 よってほとんどの者が夢を見ない、

 もしくは眠れないといったことが起きているようだ。

 何もなければ、夢を見ることもないのかなあーと漠然と考えたが、

 オレであればきっとなにもない夢を見て

 すぐに抜け出してくるような気がするな。

 まあもっとも、相当な悪行を積まない限り、

 無道に送られることはないからな。

 そしてここから抜け出した者がいきなり明王になったりするんだ。

 オレとは親戚のような関係だが、

 きっとオレのふるさとも無道だったのかもしれないな…」


「オレがその親戚だったらこの上ない喜びに満ち溢れたんだがな…」


源次がポツリと呟いた。


「あんたは超有名人じゃん…

 その欲は頂けないな」


麗子がつぶやくと、源次は反省したようだ。



三人で学食に足を踏み入れてすぐにオレは気づいた。


オレたちの座る席に誰かが座っているのだ。


窓際ではなく、その逆側で、その後ろ姿は詩暖ではなかった。


オレには、『知らない振り』という言葉はないので、


その女性の前の椅子に座った。


源次は見えているが何も言わない。


麗子は見えていないが、オレの行動を全く気にしない。


「別件のご用でも?」


オレが言うと、周りにいた学生たちが一斉に遠のいていった。


「…ああ、驚きました…

 きっと無視されるものと…

 みんなもそう申しておりました…」


「ここに入り込むには許可が必要です。

 だがあなたはここにいる。

 …抜け道、でしょうか…」


『あーんっ!!

 セキュリティー弱くてごめんなさぁーいっ!!』


きっと今から補強するんだろうと思い、オレは微笑んだ。


「こちらの手落ちのようでした。

 何かご依頼事でも?」


「…はあ、あのぉー…

 探してもらいたい人が…

 どうしてもお礼を言いたくて…

 それが原因で成仏できないんです…」


その情報を思念から察し、オレはその人物を昇天させたと気づいた。


「私が送り届けました。

 もうすでにこの人間界や夢界にはいないようですね。

 きっと、今頃は地獄道…」


女性は驚きの顔を見せ、オレに反抗的な目を向けた。


「あんなにいい方が地獄に落ちるわけがありませんっ!!」


「それはあなたにとっていい方だっただけです。

 ほかの者から見れば悪逆非道の数々を繰り返していました。

 たったひとつの善意をあなたがもらったようですね」


オレはノートパソコンを出して、その女の名前から検索して、


悪の数々の証拠を目の前にいる女性に見せた。


女性は納得するしかなかった様で、肩を落とした。


「…もう、留まる意味がなくなりました…」


「だが消えません。

 なぜでしょうか?

 未練がまだあるようですね。

 しかも、こっちの方が大きい。

 …今はポーズしか取れませんよ。

 オレもあなたに触れることは不可能です」


女性は妖艶なポーズを取って自慰行為に走ろうとしたがそれも叶わず意気消沈した。


女性はいきなりオレの前から姿を消した。


どうやら、学長によって強制的に排除されたようだ。


きっとこの先出会うことになるだろうと思い、再会を楽しみにした。


「…これって一体、どういった状況なの…」


御陵詩暖みささぎしのんが学食に姿を見せ、


オレたちの座っている席を見て呆気に取られていた。


オレは席を立って、麗子の隣に座った。


オレの腕を掴もうとした詩暖は伸ばした手を恥ずかしそうにして降ろして、


源次の隣に座った。


「罰、どうする?

 何がいい?」


オレは源次と麗子を見ていった。


「追放」


ふたりは息ピッタリに言葉を発した。


「詩暖はオレたちの仲間から追放ということで決定しそうだが、

 いい訳、ある?」


「もう決定だろうがぁー…」


麗子はオレを睨み付けて言い、


それよりもさらに恐ろしい顔を詩暖に見せ付けたようだ。


「オレは多数決では決めないぞ。

 正しい道を歩むだけだ」


詩暖はバレてしまったと思って観念したのかひとつため息を付いた。


「…いい訳、することは可能のようね」


「それが最後の砦だからな。

 慎重になった方がいいぞ。

 学長の罰もオレ預かりになっている。

 これ、かなり厳しい罰になると思うんだよなぁー…

 よって詩暖の場合、

 もうここには戻れないと思っておいた方がいいな」


詩暖の表情は変わらない。


詩暖は涙を流しながら席を立ち、オレ達に深く頭を下げて学食を出ていった。


「いい訳がなかったのか、これが作戦か…」


オレの言葉に、源次と麗子が呆気に取られた。


「作戦だったら何をしてくるのか。

 それが楽しみだな」


「何よ、嬉しそうね…

 まさか、情に絆された?」


麗子が少し感情を殺してオレにいった。


「最大級のピンチだぞ。

 それをどう乗り切ろうとするのか、

 凄い修行のように思わないか?」


源次は何度も頷いている。


麗子もなんとなくだが理解できたようで小さく頷いた。


「そして詩暖はまだ謝ってもいないし反省もしてない。

 そして罪すら認めていないんだよ。

 何かやってくるとオレは期待しているんだよ」


「まあ、きたなぁーい…

 顔に似合わないことをするのね…」


「それも人生だが、そんなに簡単にうまくことは運ばない」


『うん!

 泣かれちゃったけど今回は買収されないわよっ!』


オレと源次が大声で笑った。


麗子に説明すると輪をかけて笑い始めた。


「必死な様子が窺えていいな。

 まさに人間らしい…」


オレは少々感心した。


だが麗子は気に入らないようで、少し目尻を痙攣させてオレを見ている。


「…乗り換えるとか…」


「言っておくが、ああ、お前も知っているだろうが、

 オレからの性欲はほとんどない。

 そして人に対しての情も薄い、ように見えるはずだ。

 オレが麗子を欲した理由を考えておいてくれ。

 これがお前の修行だ」


「…強いから…

 ああ、覇王の方が強いわぁー…」


オレは麗子と数十回組み手をして、やっと負けなくなったと思ったら、


さらに超越した何かが生まれ、麗子を子供扱いできるようになったのだ。


覚醒が早いなと思いつつも、


精神の方は以前と全く変わっていないように感じている。


「ひとつは簡単だろ…

 ヒント、言ってもいいか?」


「…ひとつって…

 複数回答なのっ?!」


「恋愛にこれだけが好みでってヤツがいたらオレは軽蔑するな」


それもそうだと麗子は思ったようで、小さく何度もうなづいている。


「オレたちが今、こうして昼休みに席を並べている理由は?」


麗子は少し考えて、異様に照れた。


「…ああ、結婚して…」


麗子は最大級の感情を込めオレに言った。


「そう言えばそうだな…

 結婚してもいいな…」


「えっ!

 どーしてよっ?!」


「なんだ、嫌なのか?」


「そうじゃないけど、いきなり…

 心の準備が…」


「お前が結婚してって言ったんだろ?

 オレとしては何の障害もないから、

 結婚してもいいと思っただけだ。

 お前はあるんだな…

 ほう、面白い…

 オレと天秤にかかっているヤツと勝負してやるっ!!」


オレが少し芝居がかって言うと、麗子はおろおろとし始め、


源次に助けてもらおうと視線を送っている。


「ほう!

 麗子の相手は源次かぁー…

 お前なら相手にとって不足はないっ!!」


オレが最大級の気合を込めて言うと、源次は焦りながらもすぐさま否定した。


麗子はさらに混乱した様で、オレは麗子を抱き締めた。


「結婚するのかしないのかどっちだ?」


「うん!

 するのっ!!」


麗子は強くオレを抱きしめ、号泣を始めた。


周りにいた学生たちはこの寸劇に仕方なく拍手を送っている。


… … … … …


「…それ、どーゆーことよ…」


様々な画策を終えてオレたちの目の前に現れた詩暖は呆然としている。


「昨日結婚した。

 というよりも入籍した。

 今のところは夫婦別姓で。

 そして、麗子が常に猫のようになった」


オレが麗子の頭を撫でると、オレに満面の笑みを向けてきた。


「詩暖ちゃん、私は許すから言い訳しなくてもいいよ。

 こうなったのも詩暖ちゃんのおかげだからぁー!」


麗子の美人度も愛らしさも倍増している。


そして心の広さは三倍増しほどになったようだ。


「私のおかげって…

 私、何も…」


詩暖は呆然としている。


「今回の詩暖への吊るし上げ行為がなければ、

 昨日の入籍はありえなかったということだな。

 話しの流れで結婚話が出た時点でこうなっていた事も付け加えておこう。

 オレも麗子も何の障害もなく婚姻することは可能だったからな。

 それに幼なじみだし、気心も知れている。

 今更何かを知るために付き合うことはないからな」


詩暖は崩れ落ち、席に付いた。


詩暖の思惑は見事に崩れ去ったのだが、


このグループから出て行くつもりはないようだ。


「言っておくけど、覇王に触っちゃダメよ。

 不貞行為と見なして、現行犯処刑するから」


麗子は恐ろしい法律を作ったなと思いオレは感心した。


「…なるほど、いいなそれ…

 詩暖に言い触らしてもらおう!」


「嫌よっ!

 もう、誰も信じちゃくれないわ…」


「…演技、してもダメだぞ。

 何を企んでいるんだ?」


オレが顔をむけると詩暖は大いにびくついた。


「オレから触れるように仕向ける算段か?」


「…ああ、もう何も楽しみがなくなっちゃったわ…

 でも、結城君が麗子を捨てるのを待つわ…」


「あ、それ、ないから。

 オレの場合、それって大ダメージになるんだよ。

 麗子が裏切った場合はいいんだけどね。

 オレからの裏切り行為はオレ自身を傷つけるんだよ。

 言っておくが、誰と婚姻しても同じだからな。

 麗子だけの特例ではない。

 これも、オレにとっては修行だな」


そして詩暖はひとつ思い付いたことがある。


「だけど結城君、本職の…」


「そんなの当然のことだ。

 麗子は承認したぞ」


「…えっ?」


詩暖の最後の砦は崩壊して、泣き崩れ始めた。


「それが私の修行。

 夢とはいえ、ほかの人を抱いて欲しくないけど、

 こんなことを言ってたら私は覇王を失っちゃう。

 それだけはしたくなかったの」


詩暖は涙ながらに、「…強いのね…」と麗子に言った。


「全ての強さを持っていない限り、

 覇王と結婚なんて考えられなかった。

 …でも、プロポーズって私がしたことになるの?」


「切欠はそうだな。

 だが決めて、さらに迫ったのはオレだぞ」


「あんっ!

 そうそう!

 そうだったわぁー…」


「…もう忘れてやんの、ゴリラ猫…」


詩暖が麗子に悪態をつき始めた。


「負け犬の遠吠えぇー」


麗子がひと言で状況をひっくり返した。


「もうやめてやれ。

 周りに迷惑だ。

 あっちの方の人口密度がかなり高くなったからな」


オレは大勢の人が奥から順に座っている様を見て指差した。


麗子は満面の笑みでオレを見てから、美味い昼食を摂り始めた。


… … … … …


「…淫行、だな…」


午後6時の学食のオレの席。


オレの目の前には10才程度の少女が座っている。


「性に一番興味がある年頃じゃなぁーい…」


まるで他人事のように少女は言い放った。


そして軽い違和感を感じた。


「まあ、その通りだろうな。

 それに君が始めてじゃないし…」


「ま、いやらしい…」


少女は妙に年寄り臭い話し方をする。


この場合、二通りの考えが思い付く。


異常にお嬢様の場合。


もしくはただ単にお婆ちゃん子だった場合だ。


「どこのご令嬢かな?」


「あらぁー、察しがいいのね!

 ついさっき、ニュースに出てたわよ」


オレの記憶にも確かにある。


「三友グループの…

 誘拐された…」


少女は満面の笑みで頷いた。


「犯人はまだ逮捕されていない。

 通報、しておこうか、無駄だろうけど…」


「場所は三友製作所東京支社の地下室。

 犯人は三友裕二」


「わかった。

 ちょっとだけ待っててくれ」


オレはスマホを取り出してすぐさま110番した。


当然オレが電話をした事が知られるが、


これもオレの存在理由の証明になるので、特に気にもしなかった。


当然、通報したオレの身分も明かし、対応したオペレーターに感謝された。


「ひとつ確認しておきたいのだが、仮死状態、とかではないだろうね?

 まあもっとも、菩薩が誘っているはずだがら問題はないはずだが…」


「うーん…

 首を絞められたところまでは覚えてるの…」


『契約不履行です!』


三友のお嬢様は消えた。


どうやら、生死の境目を彷徨っていた様で、


生に転じる可能性もあるということのようだ。


契約取ってきた人、未熟者じゃないのか… とオレが考えると、


『大丈夫だと思ったのですが、再確認すると…

 あ、蘇生しました。

 警官も踏み込んできた様ですわっ!』


オレはホッと胸を撫で下ろした。


そして新たな依頼主がオレの目の前に現れた。


「もう来ちゃった…」


「そのようだね。

 ひとり振られてね、どうしようかと思ってたんだよ」


この少女のあどけなさが抜けていない女性は少し落ち込んだように俯いた。


「私も、もう一度調べたんです、図書館で…

 やっぱり、事実でした…

 でもどうして私だけ…」


「きっとあなたと共通点があったんでしょうね。

 生きていた時の境遇…

 いや、期待を持たせた話し方はやめましょう。

 これは、オレが調べた結果です」


オレはノートパソコンを開いた。


女性は信じられないといった顔をオレに見せた。


「行方不明者、三上悠子さん、あなたですよね?」


「…はい…

 臓器、売買…」


「だが状況から察して、優しさは本物だったと思います。

 まさか死に至るとは思わなかったんでしょうね。

 ですが動機はかなり不純だ」


悠子は泣き崩れた。


「…忘れさせてください…」


悠子は消えた。


今回はかなり重いとオレは感じて、


始めておくれない状況も視野に入れて覚悟を決めた。


… … … … …


オレは眠りにつき今は夢の中。


ベッドに座って、壁にもたれている悠子がいる。


「ちょっと、待っててくれるかな?」


悠子は少し怪訝そうな顔をした。


オレは徐にベッドから降りて、本棚に置かれている二体の人形を見つけた。


ひとつは猫でひとつは孔雀だった。


猫は誰だろうと思いつつ、ふたつの人形を向かい合わせにした途端消えた。


どうやら眼を覚ましたようだと、オレは少し笑った。


「…消えちゃったけど…」


悠子はオレを見ていて驚いた表情をしている。


「覗きだ。

 悪趣味な仏もいたもんだな」


悠子は少し笑った。


「きちんと調べてくれてありがとう。

 このまま成仏しようと思ったけど、できなかった…」


「性欲の方が優ったんだね。

 よかった…」


「よかったって…」


「オレは性欲の成仏に関しては100パーセント成功していたんだ。

 だけど今回は自信がなかった。

 もし、今日成仏できなかったら、次はいつになるのかわからない。

 悠子さんの魂を菩薩たちが見失うからね。

 悠子さんは今日成仏して、早く生まれ変わってもらいたい。

 次はまともな人生を歩んでもらいたいと思ったんだよ」


悠子はオレに抱き付いた。


そして、「…ああ! すごく優しいっ!!」と叫んで、さらにオレを強く抱き締めた。


「何してもいいの?」


悠子の言葉に、オレは少し笑った。


「いいよ。

 動くなといえば動かない」


悠子はオレにキスをして、いきなり性欲が沸き、


早くもオレの大事な場所を強く握った。


「ああっ!!

 失敗しちゃったっ!!

 いやっ!

 逝きたくないっ!!

 逝きたくないっ!!」


などといいながらも、オレの大事なものを強くしごき続けている。


オレは悠子の右手に優しく手を触れた。


「…ああ、少し、治まった…

 凄い性欲が一気に…」


「ここはそういった世界なんだよ。

 何もかもオレに優位に働くようになっている。

 場所、変えないか?」


「うんっ!

 ラブホがいいっ!!」


オレは少し笑って、悠子の手を引いてドアを開けて外に出た。


外はカップルズホテルの部屋だ。


「どうかな、こんな感じで…」


「触れられると、すぐに昇天しちゃう濃度が上がっちゃったわ…」


オレと悠子は笑いあった。


「濃度を下げるのなら、原っぱが一番いい。

 理由は簡単。

 開放感があるほどに、落ち着かないんだよ。

 行ってみるかい?」


「うん!

 見るだけでも…」


オレ達は芝生しかない大地に移動した。


悠子は子供のようにして走り出した。


「性欲、なくなっちゃったわっ!!」


「それは何よりだ。

 いい思い出になると嬉しいな」


だがやはりオレが悠子に触れると性欲が沸きあがってきたようだ。


しかし、オレが言ったように急激には上がらないようだ。


「…ああ、ここで…

 きっと、素敵な時間が過ごせると思うから…

 あんっ!

 いやんっ!!」


胸のふくらみの付け根の感じやすい場所を少しだけ触れたのだが、


もう身をねじり始めた。


「…嫌なのに…

 もっと、ずっと、こうしていたいのに…」


悠子はまたオレの大事なものを強く握った。


そしてしごき上げ、使い物になるようになった時に、いきなり馬乗りになった。


悠子はもう止まれない。


オレの腰の上で妖艶なダンスを始めた。


「…ああんっ!

 いやんっ!!

 ずっとこのままでっ!!

 このままがいいっ!!

 大好きよ、覇夢王っ!!」


悠子の動きが止まった。


そして、激しく痙攣をして、オレに抱きついてもなお腰を動かしている。


「…ああ、このまま…

 このままでぇ―――っ!!

 逝っくぅ―――――っ!!!!」


悠子はさらに激しく痙攣をして、涙を流しながら小さな声で、


「ありがとう」といって昇天した。


… … … … …


朝目覚めると、麗子がオレのベッドにもぐりこんで眠っていた。


仕事柄、寝室は別なのだが、夜中にでも移動してきたようだ。


麗子が少し動いた。


どうやら、目覚めるようだ。


「…やあ、おはよう。

 なんだ、機嫌、悪いな…」


悠子はオレを睨み付けている。


嫉妬心は本心からないと言っているので別件だと感じた。


「どうして気づいちゃうのよ…」


「気づく?

 なんのことだ?」


といいながらオレは、猫と孔雀のぬいぐるみを思い出した。


「猫のぬいぐるみ…

 誰だ?

 麗子だったのか?」


麗子は小さくうなづいた。


「よかった…

 愛する妻にオレが不貞な行為をさせるところだった…」


「…不貞?

 何のことよ?」


「ぬいぐるみを向かい合わせて、密着させてやろうと一瞬考えたんだよ」


麗子は血の気が引いたようにして驚きの顔をオレに見せた。


「…ほんと、怖いわ…」


麗子は身を震わせた。


「一瞬だが、現実に戻る際に、別の場所にいても実体に戻るからな。

 その時にキスしてしまうことになるんだよ」


「…もう覗こうとしません…」


オレは少し笑った。


麗子の様子から、


源次に頼んで夢界に連れて行ってもらったとは考えられなかった。


麗子も仏の能力があるとオレは判断した。


… … … … …


昼食時の学食。


三友早百合が無事に保護されたと明るいニュースを伝えている。


そしてオレの名前も出るのかと思いきや、それは制限をかけていた様で、


流れることはなかった。


オレはホッと胸を撫で下ろしたのだが、


理事長の植村千夏が可愛いレディーを連れて来た。


三友早百合がオレを見つけると満面の笑みで駆け出してオレに抱きついてきた。


「やあ、お嬢様。

 もう大丈夫なんだね?」


早百合は首に包帯を巻いているだけだった。


「うん!

 なんともないのっ!

 …ねえ…

 結婚して欲しいんだけど…」


「名前も知らない男とかい?」


早百合はかなり困った顔をした。


「はむ…

 はむ…

 ハムスターさん?」


オレの座っている席は大爆笑に包まれた。


オレは改めて自己紹介した。


そして結婚していることを告げると、早百合は大声で泣き出した。


「ロリコンだって言いふらしてやるっ!!」


と、捨て台詞を残して早百合は学食を駆け出していった。


「覇王の毒牙にかかりかけたのね…」


「人聞きの悪い事を言わないでくれ。

 手違いで回ってきたんだよ。

 ここに来た時は幽体だった。

 仮死状態に陥っていたようだったんだ。

 あまりにもリアルタイムだったので、確認してもらったら案の定蘇生したんだ。

 もし、オレが引き受けていたら、そのまま息を引き取っていたはずだ。

 もっとも、オレと結婚したかったことが心残りで蘇生したとも考えられるな」


「さすが師匠だ」


源次はひと言言って、何度も頷いている。


「…ロリコン…」


麗子は許してくれないようだ。



改めて早百合の祖父の三友グループの会長が姿を見せて、


グループ本社に勤めて欲しいと嘆願されたがオレは丁重に断りを入れた。


その回答も視野に入れていた様で、テーブルの上に五億ほどのカネを乗せて、


会長は自慢げな顔をした。


「結納金、などと言われないのならありがたく頂戴いたします。

 ですが…」


オレが貯金通帳を会長に見せると、


苦笑いを浮かべて大笑いをしながら学食を出ていった。


オレのテーブルの周りは2メートルほどあけて囲まれている。


「このカネは全て学校に寄付します。

 理事長、受け取っていただけますか?」


「…いえ、それは…

 もうすでに…

 …あ、ああ、いえ、ありがたく…」


理事長は困った顔を見せながらも、職員にカネを運ばせて学食を出ていった。


もうすでに囲みは解け、ため息ばかりがこの学食に蔓延していた。

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