第2話 金色に輝く食卓って…

雅無陀羅がむだら大学。


通称ガンダーラ大学は誰が聞いても仏教関連の大学だと思うはずだ。


だが決してそのようなことはなく、どちらかといえば超セレブな私立大学だ。


四年間の学費は学部によって様々だが、医学部の場合一億は下らない。


オレは国際自然社会学を専攻しているのだが、


それでも5000万ほどの学資を支払った。


これで休講などあろうものなら怒りまくるのだが、まずそれはありえない。


この学校には半端ないほどの教授などが生息している。


そして至って真摯だ。


まさに、まだ自分自身がひとりの学生のようになって勉学に励んでいるのだ。



この大学の大きな特徴は夜学もあるという点だ。


よって、学食は午後12時から午後7時まで7時間営業をしている。


そしてなんと全品無料だ。


これは学資の見返りなどではなく、寄付によって賄われている。


オレもあぶく銭を寄付したので、


大手を振ってこの学食のうまい食事を食い散らかせる。



入学してから丸二年を過ぎ、


どこから情報が流れたのかオレがかなりの金持ちだと知られてしまった。


当然のごとく、おおぜいの知り合いが友達にランクアップしたが、


そのような輩は全てオレの幼友達とオレの同業者が排除した。



幼友達という腐れ縁であるオレの恋人は、


オレとオレの同業者の後ろを歩いている。


その隣にはミスキャンパスの御陵詩暖みささぎしのんがいる。


詩暖との個人的な付き合いは拒んだのだが、


まだオレのことを虎視眈々と狙っているようだ。


当然オレの恋人の安藤麗子あんどうれいこもそれは知っている。


だが麗子も、同業者としてのオレの仲間ではないのかと疑って止まない。


しかしオレはあまり気にしないことにしている。


同業者と言っても敵対や競い合うべき存在ではなく、


協力しあう存在であるからだ。


「おい、学食満員だぞ」


オレのひとつ年下の同業者が言った途端、


『バシィ―――ッ!!』とオレの同業者の後頭部を麗子が平手が襲ったのだ。


「…あんた、いい加減に口の利き方、覚えろよ…」


麗子はチンピラ顔負けの言葉で、


かなり怒っている朱雀源次すざくげんじの鋭い視線を浴びている。


しかしかなり痛かったようで、後頭部を押さえて少し屈み込んだ。


「麗子も虚勢を張るのはやめろ…

 女性らしいおまえもみんなに披露してやれよ」


「やなこった、もったいない」


もったいないんだ! とオレは思いかなり笑った。


詩暖がこういった関係のオレ達を羨ましく思ったようで、少し眼を細めた。


「…オ、オレも…

 虚勢を張るかな…」


詩暖が思い切った行動に出たが、オレと麗子で止めた。


現在の生活の半分ほどはタレント業が確立している詩暖にとっては


毒でしかない行為だ。


オレは源次の腕を取って立たせたが、源次はその腕を振りほどいた。


「…あんた、まだ分ってないようだなぁー…

 ああん?」


もうチンピラの域を越えてしまった麗子の迫力は、


学食にいた学生たちを恐怖の底に落とした。


「…おまえ、女のクセに生意気なんだよ!

 さっさと消えやがれっ!!」


「…その言葉、そっくりそのまま返してやろう。

 そしておまえを無の世界に誘ってやってもいいんだぜ…」


麗子は大迫力でいった。


オレが言われたわけではないのだが、


背筋に冷たいツララが突き刺さった感覚におちいった。


源次もオレと同じような感覚に誘われたようで、


プイと横を向いてひとり空いている席を探しに


学生まみれの室内に入って行った。


「あいつの態度も悪いが、今日の麗子は迫力満点だな。

 何か嫌なことでもあったのか?」


「嫌な事だらけだっ!

 この状況がすでになっ!!」


数ヶ月前まではオレと麗子の甘い時間がこの学食での昼食というランチデートだった。


だが、オレが一躍有名人となり、おおぜいの学生に囲まれた時に、


源次と詩暖が助けてくれたのだ。


だがこの行為自体も麗子にとっては気に入らなかった様で、


麗子自身が跳ね除けたかったようなのだ。


「わかった。

 明日の午後の講義が終わったら、ふたりでどこかに行こう」


オレが言うと麗子は一瞬かなり女らしい顔になったが、


すぐさま引き締めてかなりの男前になった。


「…お、おお…

 かなりうれしいぞ…

 …だ、だがっ!

 子供っぽいのはダメだぞ!

 大人の雰囲気満点のところだぞっ!」


「そんなもの、どこに行っても子供の雰囲気満点じゃないか。

 男も女も、今夜のベッドでの添い寝相手を探しているだけだ。

 これが大人の行為だと思うのなら、

 麗子もまだまだ子供だとオレは思うな」


「…ヤルことが大人だろ…」


オレは麗子に困った顔を見せた。


女らしい時の麗子は、この様な事は絶対に言わない。


「…ヤルっていうんじゃない…

 それしか考えていないこと自体、

 子供の考えだとは思わないのか?」


麗子は言葉に詰まったようだ。


そして俯いたまま、「…ごめん、その通りだと思った…」といって反省したようだ。


「といってもオレもデートスポットはあまり知らないんだ。

 …おい…」


オレは絶句した。


誰の仕業かオレ専用のテーブルがオレがいつも座っていた場所に新設されていた。


かなりわかりやすく、


『結城覇王様御一同乃席』と天井から看板がぶら下がっていた。


中国語?! と思ってオレは腹を抱えて笑った。



席数は6で、オレ達は4人なのでゆったりと座ることが可能だ。


そしてもうすでに自分の席のようにして


源次が座ってオレを手招きしている。


オレ達は大注目されなから源次の正面に座ったが、


源次は気に入らないようだ。


そしてオレの隣の席争奪戦が始まろうとしたが、


オレが麗子の腕を掴んだので、


詩暖はあっさりと諦めて源次の隣に座った。


「…なぜ隣に来ない…」


源次はオレを睨み捲くった。


「ヤローの隣に行くよりも正面の方がマシだと思っただけだ。

 横を向いていれば、オレの視線は麗子に釘付けだからな」


オレが言って身体を麗子に向け据わり直してみつめると、


「…ああ、キス、して…」と小さな声で言ったので、


「明日の夜にな」とオレが言うといきなりオレの側頭部を平手が襲ったのだが、


オレは素早く首をすくめた。


だが、裏拳が飛んできたので、オレは両手のひらで受け止めた。


『バシィ―――ッ!!』という強烈な音が学食内に響き渡り、


さらに学生たちの注目の的になった。


「…ごらぁー、見せもんじゃあねえぞ…」


麗子は大迫力で言ってのけ、


両手のひらを太ももに挟んで妙にコケティッシュな表情でオレを見た。


「…やっぱり、オレの隣、詩暖の方がいいんじゃないのか?

 おまえ、あとでかなり赤面するぞ…」


オレが麗子に言うと、「…ううん、たまにはいいの…」といって、


高揚した顔をオレに見せ付けた。



早速食事にすることにして、それぞれが席を立とうとしたが、


オレはお座りをしたままでよかったようだ。


そしてお供え物のように、オレの目の前に豪華な食事が並んだ。


三人はオレを凝視している。


「今日の気分も麗子が持ってきてくれたものだな。

 毎回言っているが…」


「わかってるわ…

 恋人だからじゃなく、純粋に今日はお肉を欲したのよね?」


詩暖が少し残念そうにしてオレを見ていった。


麗子はごく普通の反応で、オレに笑みを向けている。


「そう。

 昨日は野菜中心だったから、今日は肉を欲しただけだよ。

 夕食も菜食主義者のような食事だったからな」


「でも、どうしてわかっちゃうの?

 夕食は麗子と一緒じゃなかったんでしょ?」


詩暖は麗子に聞いた。


「…ただ、なんとなくだ…

 オレも、喰いたかったし…」


麗子は恥ずかしそうにして一瞬だけ詩暖に視線を向け、


すぐに箸を取ってすでに食い始めているオレの皿に手をつけ始めた。


これはいつもの行為なので、オレは何も言わない。


「麗子、席、変わって欲しいんだけど…」


詩暖は女優としての演技という虚勢を張って大迫力でいった。


「おお…」というため息のような声が、周りにいる学生たちが放ち、


少々緊迫した雰囲気に包まれた。


「やなこった。

 今日も覇王はオレを欲したんだよ」


「…覇夢王はむおう様と呼べ。

 このごく潰しの人間がぁーっ!!」


源次が怒りに任せて麗子にいった。


「それも断る。

 オレに取って、覇王は覇王だからな。

 …おまえ、本気でヤキ入れてやろうか…

 ああん?」


源次はすぐさまそっぽを向いた。


「おまえたちいい加減にしてくれ。

 明日からはオレと麗子の邪魔をしないでくれ。

 いいな」


麗子はさらに女っぽくなってオレに満面の笑みを向けている。


そして今度は、詩暖と源次の戦いが始まった。


「あんたのせいで私まで邪魔者扱いじゃないっ!

 責任とってよっ!!」


「そんなこと知るかっ!

 オレだって、師匠とともに食事をしたいだけなんだよっ!!」


「だったらおまえの欲を満たせないという修行を課す。

 期間は三ヶ月。

 いいな、源次。

 …断るのなら弟子解除…」


「わかったっ!

 わかったから…

 …しょうがねえなぁー…

 …くそ、三ヶ月か…」


三ヶ月といっても源次に取ってはごくごく一瞬のことだ。


「…私も、そうするわ…

 そして効果的な方法を考えるの…

 覇王君を困らせちゃうかも…」


「それはしないで欲しいね。

 きっと金輪際言葉での接触がなくなると思ってもらってもいいよ」


オレは少し厳しく詩暖に言った。


詩暖はそう言われる事も覚悟していた様で、少し顔を伏せた。


「当然麗子への攻撃も許さない。

 誰かを使っても、オレってわかっちゃうんだよね…」


オレはこの学食内の全員に向けていった。


詩暖の本当のファンなら見守るはずだとオレは思ったからだ。


詩暖は一気に塞ぎこんで考えたが、打つ手がなくなったようだ。


「別にいいよ。

 自分で守れるし。

 正当防衛、殺人とかでも問題ないよなぁー…」


麗子は薄笑みを浮かべてゆっくりと首を振り学生たちを見回して


普通にいい放った。


「やめろ。

 おまえそうやって三人ほどおくっただろ…」


「襲ってくる方が悪いんだよ。

 ドスやチャカ程度じゃびくともしねえぞ…」


「まあな…

 ところで次の大会は?」


「来週だ。

 …お、応援、来てくれるよなっ?!」


「来週の予定はいつも通り月曜以外は真っ白だ。

 土曜か?」


「ううん、日曜。

 場所はここの体育館だから、食事も一緒にできるぞ」


「そうか。

 また日本一だよな?」


「まあな。

 オレの拳はおまえでしか止められないからなっ!」


自慢なのか自慢でないのかよくわからないが、


麗子は上機嫌で大いに笑った。


「…ひどいのね…」


詩暖は麗子の乱暴さへの攻撃を始める算段の様だ。


「自分に降りかかった火の粉を払えないようではオレの隣にいる資格はない。

 ただそれだけのことだよ」


オレが言うと、麗子は小さくうなづいている。


詩暖はますます打つ手がなくなった。


そしてオレに嘆願する真実の眼を向けた。


「…諦めるしかないの?」


「そうだな、それが一番賢い選択だとオレは思う。

 常に友人を演じてみろよ、詩暖…」


オレは意味ありげに詩暖にいった。


これがオレの優しさのようだと、少し自己嫌悪におちいった。


麗子はかなり気に入らないようだが、それもありだと思ったようだが、


気に入らない表情を崩さなかった。


詩暖はそれが最高の一手だと感じ、この場に留まることにしたようだ。


すると源次がいきなり立ち上がった。


「…オ、オレの修行…」


「それは継続」


源次は三人に言われて、首をすくめた。


… … … … …


仏陀が夢界から始めて人間界に降臨した。


これは当然の如く修行のためだ。


仏陀たち仏は天界と夢界での修行は終えたが、人間界に渡る術がなかった。


その時オレが生まれたのだ。


オレは長い時を修行のためだけに生き、何度も転生を繰り返した。


位の高い同業者は、このようなことは昔話のように語ってくれる。


だがオレは術だけに全霊をかけた様で、


そのようなオマケはあまり気にしなかったようだ。



このようなオレを仏陀は認め、すぐにネパールに来いとオレを呼んだ。


オレは麗子と共に婚前旅行ついでに仏陀に会いにいった。


どうやら仏陀は麗子を連れていったことも気に入ってくれたようで、


麗子の両腕に抱かれると同時に何かを託したとオレは見た。


よってさらに強靭な麗子が誕生してしまったのだ。


仏陀の生みの親は、仏陀とオレを代わる代わる拝んでいただけだ。


そして仏陀を抱いた麗子には周りにいた全員がひざまづいた。


オレは、この人たちも大変だなと思ったに留まった。


そして日本に戻ってすぐに、


様々な記憶と術がオレにまとわりつくように生まれてきた。


その時に朱雀源次と始めて出会った。


彼は名前の通り孔雀明王。


不得意分野の修行が多いオレなのだが、


この未熟者のオレに踏ん反り返って弟子入りを申し出てきた。


面白いヤツなのでオレはすぐにそれを認めた。


だが、源次の態度を麗子は認めないので面倒なことになってしまったのだ。


これも修行だとしたかったのだが、


オレの身の回りでの人死ひとしには見たくなかったので、


離れてもらうことにしたのだ。


しかし制限はこの昼食時だけなので何の問題もなくオレと源次は仲のいい友人だ。


… … … … …


午後6時の学食。


オレ専用の席は金色に光っている。


昼間は気づかなかったが、


夕日を浴びるとまるで金でできたテーブルのように見えた。


今日は月曜なので、そろそろお客様が現れるはずだ。


オレがデザート代わりの野菜サラダを食べていると、依頼主が現れた。


「ほう。

 お狐様。

 雅ですねぇー…」


オレは少し低い声で呟いた。


数名の学生がそれに気づいたが、オレについては誰も怪訝に思わない。


オレの正面にいる目に見えない存在を少し恐れただけだ。


「…はあ、ありがとうございます…

 修行に行ってもう一度を産んでくれと急かされまして…」


「…はあ…

 まあ、世のため人のためですが…

 しかし今の妖怪は誰も暴れませんよ?」


狐の物の怪は少々驚いたようだ。


「きっと、それほどに高い能力を持たなくなったんだと思いました。

 その理由は、強制的に調伏されるから、でしょうね」


オレが笑いながら言うと狐の物の怪はかなり納得したようだ。


「調伏されると、もう二度と姿を現せなくなりますからねぇー…

 ですが、覇夢王、お優しい…」


「はあ、それだけがとりえのようなものです。

 …どうされますか?

 キャンセルも有効ですよ」


「はい、もう一度息子と話してみます。

 お話できて光栄でしたわ…」


狐の物の怪は消えた。


きっと、阿倍晴明を復活させるつもりだったのだろうとオレは思った。


新たな依頼主が目の前に現れ、オレを上目遣いで見ている。


「…ああっ!

 まさか、悪霊になっていたとはっ!!」


オレはかなり喜んだ。


数年前に自殺した、オレの大好きだったアイドル歌手が目の前にいたのだ。


「お会いできて光栄です。

 まだこちらにいらしたんですね」


「…まあね…

 復讐、終わったから。

 今度は自分へのごほうび。

 そして、やっと生まれ変われるわぁー…」


彼女を自殺に追い込んだ俳優も自殺を遂げた。


ずっと彼を追い込むような行為をとっていたのだろうとオレは感じた。


「あなたは熟練者。

 オレでは役に立たないかもしれませんね」


彼女は微笑んでゆっくりと消えていった。


オレは悲しい結末を生むしかない存在なんだと、修練不足を恨んだ。


しかし仏陀は不足しているものはないと言った。


不足しているものがあるとすれば、


それはオレの覚悟だろうと思うことにした。


… … … … …


眠りにつき夢に落ちると、


元アイドル歌手の冴島彩香さえじまさやかが、


妖艶な笑みでオレを見ていて隣に寝転んでいた。


「申し訳ないのですが、

 先にサイン、して頂けませんか?」


オレはサイドテーブルの上においてあった色紙とブロマイド写真を彩香に渡し、


サインペンを差し出した。


すると彩香が号泣を始めた。


「…これほど!

 これほどうれしい想いでサインするのは始めてですっ!!」


彩香はゆっくりと入念にサインをしてくれた。


もう半分ほど悪霊ははががれかけている状態を確認して、


オレは彩香に対する想いを全て打ち明けた。


彩香は嫌な顔ひとつせずにオレの話を聞いてくれた。


そしてオレは悪霊だけを簡単に引きはががし、調伏した。


彩香は何事が起こったのかよくわからなかったようだ。


オレはベッドに上向けになり呼吸を整えた。


「…悪霊をはががしておかないと昇天できなかったのです。

 六道ってご存知ですか?」


彩香はオレを驚いた顔で見ていたが、


「天道とか人間道、畜生道とかの?」といって、


昔と代わらないコケティッシュな笑みをオレに向けた。


「はい、その通りです。

 実はこれ間違いなのです。

 実際は九つあるのです。

 そのひとつが今いる夢界。

 夢道むどうといいます。

 ですが、ムドウと呼ばれるもうひとつの道もあるのです。

 なにもないという意味の無道むどうです。

 悪霊がついている者はこの無道に落とされて、

 這い上がれる魂はほとんどないのです。

 調伏するとここに落とされます。

 今では陰陽師などがウケて小説やアニメやドラマになっていますが、

 オレたちから見ると、ひどいことこの上ない行為なのですよ」


オレが言うと、彩香はまた涙を流し始めた。


「…もしも、復讐が終わって満足していたら…」


「無道に落ちていました。

 ですがもう大丈夫です。

 あなたに悪霊はついていません。

 どうか健やかに昇天してください」


彩香はオレに抱き付いた。


「どうか、どうか、ゆっくりと…」


そうしたいのも山々なのだが、彩香の敏感な部分に触れるだけで、


即座に逝ってしまうだろうとオレは思っていた。


「でしたらしばらくはこのままで。

 そうしないと、あなたは一瞬で昇天してしまいそうです」


「…はい、きっとそうだと…」


彩香はオレを強く抱き締めた。


ほんの一、二分ほど抱き合ったままでいたのだが、


彩香は誘惑に負けてオレの大事なものを強く握った。


「ああっ!

 うそっ!

 もうっ!!」


オレは素早く彼女に侵入すると、彩香はオレの腰の上で踊り始め、


「イヤンッ!!

 やだぁーっ!!

 まだ、やだぁ―――っ!!

 逝くぅ―――っ!!!!」


と大声で叫んで、全身を激しく痙攣させて、オレに抱きついてきた。


彩香は何とか目を開いてオレを見て、


『ありがとう』と声にならない声を振り絞り、ゆっくりと昇天していった。


オレはなんだか失恋した気分になった。


だが彼女がまた生まれ変われることをオレは大いに喜んで、


彼女のために拝んだ。


… … … … …


昼食の席でオレが上機嫌でいることを、麗子は気に入らないようだ。


「珍しいね。

 どんないい夢を見たのかしらぁ―――っ!!」


麗子は語尾になるほど声が大きくなり、オレは恐怖に打ち震えた。


今座っている席はオレ専用のもので、麗子とは肩を並べている。


源次と詩暖は、オレたちの様子がわかる場所の席についていて、


常にオレ達を窺いながら食事をしている。


「昨日の依頼主は冴島彩香だったんだよ」


麗子はかなり悔しそうだったが、すぐに悲しげな顔を見せた。


「…一瞬おかしいって思ったけど、

 うれしそうだと言うことはうまく昇天したってこと?」


オレは麗子の言葉にうなづいた。


「麗子の想像通り、彩香は悪霊憑きになっていた。

 だがオレのファンとしての想いが通じて悪霊を引きはががせたんだよ。

 これほどうれしいことはないんだ…」


「で?

 イッたの?」


「ああ、逝ったぞ…

 って、オレはイッてないぞ」


オレが答える前に平手が飛んできたが、何とかかい潜った。


麗子は申し訳なさそうな顔をしている。


「でも、侵入した」


「…いいわよ、もう…

 毎週妬きもちを妬くのも疲れちゃうもの…

 今日、侵入してっ!!」


「今日だと昨日の夢の記憶が鮮明だから、

 彩香の代わりになっちゃうぞ。

 それでいいのなら…」


「侵入は今度でいいわっ、もうっ!」


麗子は珍しく頬を膨らませたのでオレの指で突いてやった。


たったそれだけで、麗子はうれしかったのか、機嫌を治して昼食を食べ始めた。


… … … … …


「これが大人のデートかよ…」


麗子は勇ましかった。


「オレも本格的に空手を習うことにした。

 これも修行だからな。

 …師匠、よろしくお願いしますっ!!」


「…ね、寝技、とか…」


麗子は顔を赤らめていった。


オレは空手に寝技はないはずだと、つたない記憶を探った。



オレは神棚を見た。


そして道場を見渡した。


「…道場、ボロ過ぎないか?

 おまえ、日本チャンピオンだろ…

 世界選手権も優勝してるし…」


「部費が下りないの。

 私は全然気にしてないけど、部長と監督がね…」


その部長と監督は悪霊が憑いているかのように暗かった。



ちなみに悪霊は零体ではない。


人や魂を持つものの思念、怨念の固まりを悪霊と呼んでいるに過ぎないのだ。


よって調伏した場合、その場で実体を失うだけだ。



練習の前に、麗子に神棚の前に立ってくれとオレはいい、


少し助走をつけて、麗子の肩の上にふわりと飛び乗った。


神棚を見ると埃まみれで、お供え物の器は伏せたままだ。


そして神はいるのだが、米粒のように小さかった。


そして膨れっ面をしている。


オレはふたつある器を取ってから麗子の肩から降りた。


「このせいだな。

 この学校は仏教や神道を説いているわけじゃないけど、

 こういった事はうるさいはずだ」


「…そうなの?

 まあ、そうよね…」


オレは器を丁寧に洗って、食堂に行ってごはんと酒を器に入れてもらい、


神棚を綺麗に清掃してから、お供えをして、拍手を二回打った。


神は気に入ってくれた様で、満面の笑みでオレを見て、かなり大きくなった。


だがまだ小人程度なので、麗子に言って拝ませると、


いきなり巨人のように大きくなった。


「はは、これは驚いた。

 監督に言って部費、請求してもらえよ」


「…やっぱりこういう事もきちんとしないといけないのね…」


麗子には何も見えていないはずだがオレのいったことを全て信じてくれる。


麗子はオレに礼を行ってから監督に話をつけに行った。


監督はすぐさま理事長室に行ったようだ。



ほんの数分後、満面の笑みで監督が帰ってきた。


今まで停滞していた部費とあわせて、


道場の修繕もしてもらえるようになったようだ。



オレと麗子は監督たちに拝まれたが、まずは神棚を拝むようにオレが言うと、


慌てて監督は部員を引き連れて整列して拝み始めた。


神は満足そうにしてその様子を見ている。


すると、オレと麗子に何かが宿ったようだ。


「…無病息災、かな?

 用心する必要はあるが、きっと怪我をしないというご利益があるはずだ。

 ここの神が守ってくれるそうだな」


麗子はさらに想いを込めて、神に礼を言った。


きっと麗子の次の試合も優勝間違いなしだなと思い、


オレも神に向かって礼を言った。

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