第10話 最後のシッソウ
「そういえばどうしてここにいるの?」
唐突に美和が訊ねてきて、そういえばゆっくり話している暇がなかったなと速人は体を起こしながら思う。
「まぁ、ちょっと……お前が行方不明になったって聞いて探してたんだよ。そしたらたまたまここに」
そう速人は随分と遠回しな言いかたをする。
Mのことは話したところで無駄に時間を浪費するだけだ。
「心配、してくれてたの……ありがとう」
美和は速人を見て僅かにはにかむ。
その表情にドキッとしつつもそっぽを向いた。
「どうするの? この先」
そう訊ねられて速人はなにも答えない。
本当なら吉田から逃げるために階下へいくべきなのはわかっていたが美和を連れて彼の上を通る気にはなれなかった。
エレベーターもこのマンションにはひとつしか設置されていないので、使えない。
「わかんねぇ、けどなんとかする。そのためにここまできたんだ」
自らに言い聞かせて速人が呟くとほぼ同時に屋上へのドアが開け放たれ二人の視線がそちらに向く。
「さっきは……よくも邪魔してくれたな、速人」
ギロッと怒りに満ちた表情がを向けてくる吉田。その右手には速人が弾き飛ばしたナイフを再び握られていた。
反射的に美和を庇うように前に出る。
ここから逃げるための手段を考えなければ。しかしそのためには時間が必要である。
引きつった笑みを浮かべながら時間稼ぎのために吉田に話しかけた。
「アンタだろ、俺が美和のバイト先にいる写真を撮ったの。よくも停学にしてくれたよなぁ」
「お前が邪魔だったんだよ。急に周りをうろつき始めたからな。だから不確定要素をいち早く排除しただけだ」
頭が痛むのか、顔を歪めながら左手でこめかみを押さえ、吉田は彼の問いかけに答える。
「私のやり方は手間がかかるんだ。邪魔が入ると本当に面倒なんだよ」
「手間だって? 遺体を捨てるだけなのに?」
茶々を入れる速人を吉田は鼻で笑う。
「防腐処理を施しているからな。血を抜いて体液を吸引し、化粧を施してとずいぶん手間かかるんだよ。知識と薬品の両方が必要だがどちらも問題なかったよ」
「……アンタ、優しい顔してとんでもねぇ奴だな」
吉田の狂的な犯行の一端を聞き、真顔で呟く。
同時に他殺遺体なのに生きていると勘違いするほど綺麗だったことに合点がいった。
「さぁ、もういいだろう。美和を渡せ」
「いまのを聞いて渡せるわけないだろ」
歩きながら迫ってくる吉田に強気に言葉を放つ。
しかし口ではカッコいいことを言ったものの怖かった。
いまの吉田は死神だ。迫りくるその姿に本能的な死の恐怖を感じたせいで先程まで落ち着いていた心臓が再びせわしなく鼓動し、収まっていた息苦しさと痛みが再び襲ってくる。
こんな時に……また発作か。
速人は内心で毒づく。
怖い。苦しい。胸が痛い。
あまりの苦しさと痛みに顔を歪めて胸を押さえた。吉田は目ざとくそれに気づき、ニヤリと笑う。
「発作の症状か。好都合だな」
呟いて間近まで近づいてきた吉田は速人の襟首を掴み上げると、そのまま速人を投げ飛ばした。
「うぐ…………」
発作のせいでろくに抵抗もできず、地面に転がりその場にうずくまる。
這いつくばる速人に冷徹な視線を向けながら吉田は吐き捨てた。
「邪魔をした罰だ、お前はそこで殺される瞬間を見ていろ」
「いや、いやッ!」
邪魔者である速人を排除した吉田は嫌がる美和を左手で押さえつけナイフを向ける。
ここまで来て、見ているしかないのか。
その光景を痛みに耐えながら見ていた速人は体を起こそうとするが、恐怖と痛みが体を地面に縛り付け、例えようもない虚無感がその上からのしかかる。
やっぱり俺じゃダメなのか。
美和を頼む……ッ。
諦めかけたその時、Mの最後の言葉が脳裏をよぎる。
そうだ。託されたんだ。ここまで来て、すべてを無に帰すことはできない。
まだやれる。やらなくちゃいけない。ここで動かなくていつ動くんだ。
自らを縛る感情に抗うように速人は歯を食いしばり、手に力を入れる。
石のように固まってしまった関節を筋肉で強引に引き剥がして立ち上がる。
その姿を見た美和が目を見開く。
吉田が気づき背後を振り返ろうとするが、それよりも先に動く。
中学時代の俊足を生かして一気に距離を詰め、そのまま吉田にしがみつく。
「なッ、お前……!」
「っぁぁぁぁぁあああッ!」
動けないと思っていた速人に乱入されて驚く吉田に組みついたまま走る。
それを美和は呆然と見ていたが二人の先にあるものに目を向け、速人の思惑に気づく。
「速人ッ!」
美和の叫びを背に受けつつ、吉田に組みついたまま屋上から飛び降りた。
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