第11話 伝エタイコト

 自動ドアをくぐって外に出ると冷えた体を生暖かい空気が包み込む。


 体の芯は冷えているのに肌で感じる空気は暑いという奇妙な感覚に既視感を覚えながら日陰から出る。

 降り注ぐ強い日差しはここが地獄ではないかと思えるほどだが、残念ながらここは現実である。


 背後を振り返ると、この二週間ほどお世話になった総合病院が無言で佇んでおり、速人は解放感に伸びしたが、右手に激痛が走った。

 その痛みに顔をしかめていると見知った顔が目に入り、そちらのほうへ駆け寄っていく。


「……よう」


 目の前まで歩み寄ってぶっきらぼうに声をかける。


 珍しく私服姿の美和は、そんな速人の挨拶を無視して舐めるようにその姿を見てから問いかけてくる。


「腕、大丈夫なのか?」

「あ、あぁ。安静にしてればそのうち治るって」


 そう言いながら右腕を上げる。

 彼の右腕は石膏で固められた上に包帯でぐるぐる巻きにされ、肩から吊っている状態だった。


「立ち話もなんだし、どこか座らねぇか」


 速人の提案に美和は無言で頷き、歩き出した彼の横に並んでついていく。


 吉田を道連れに屋上から飛び降りた結果、速人は地面に広がっていた木に引っかかることで助かった。

 もちろん完全に無傷というわけではなく、見ての通り右腕を骨折したし、打撲、擦過傷、骨のヒビとその他もろもろのケガも負ったが、病院に缶詰になっている二週間の間にほぼ完治している。


 まぁ、飛び降りの代償としては安いものだろう。


 美和を連れて来たのは病院の一角にあるベンチだった。入院中に見つけた場所で、昼下がりの時間はちょうど木陰の下になる。


 二人は共にベンチに座る。

 どちらが会話を切り出したらいいものか分からず、微妙な空気が流れたが、美和がそれを断ち切った。


「とりあえず無事でよかった……」

「あ。あぁ、ありがとう。お前のほうもなんともないか?」

「うん、私は大丈夫。薬を打たれただけだからあなたよりはマシ」

「十分異常なことだと思うけどな」


 速人のツッコミに二人は互いに笑みを浮かべるが、それも長く続かない。

 すぐに気まずい空気が戻ってくる。


「……先生は?」


 突然そう訊ねてくる美和。


 先生とはもちろん吉田のことだ。

 彼女の方からその話題に触れてくるとは思わず、少し言いよどんでから答える。


「アイツは……捕まったよ」


 速人と共に屋上から落下した吉田は彼と同じ病院に搬送された。

 骨折や小さな傷で済んだ速人とは違い、吉田は頭を強く打つ重症を負い、処置が済んだあともしばらくは集中治療室で治療を受けていたらしい。


 その間に吉田の家を捜索した警察は吉田を連続誘拐殺人事件の容疑者と断定し、つい先日、目覚めた吉田を別の警察病院へと連れていったそうだ。

 それが病室にやって来た刑事たちから速人が聞いたその後の話だ。


「…………そう」


 速人の口から全てを聞いた美和は短く呟く。


 相当ショックなのだろう。無理もない。

 自分の信頼していた教師が実は連続誘拐殺人犯で自分を殺そうとしたのだから。


 なにか声をかけるべきだろうかと速人が迷った時、着信があってポケットの携帯を取り出す。


「ちょっと悪い……。これは出ないと」


 美和に断りを入れると、少し離れたところで通話ボタンを押す。


「もしもし」

『よう無事か』


 聞こえてきたのは今回の奇妙な事件に関わるきっかけとなったMの声だ。数日前に別れた友人に話しかけるような調子につい笑ってしまう。


「ピンピンしてるよ。アンタも長いこと電話をかけてこなかったもんだな」

『あぁ、悪いな。携帯の調子が悪くて掛けられなかった。それで、美和は救えたのか?』

「助けたよ。アンタのおかげだ」


 早速美和の安否を聞いてくるMに頷きながら答える。


 それから速人は彼にも美和と同じように事の顛末を教えてやった。

 あの電話の後になにがあったのかを聞いたMは少し黙ってから続けた。


『俺は指示をしただけで実際に動いて助けたのはお前だ。だから美和を助けたのはお前の手柄だ』


 謙遜するM。

 速人は前から気になっていたあることを訊ねてみる。


「なぁ、アンタって未来人かなにかか?」

『……どうしてそう思う』


 一瞬、ほんの少し間が空いてMが言う。

 その奇妙な間に気づかなかったふりをして速人は続けた。


「アンタは前回、五人目の遺体に犯人のDNAが付着してるって言った。けど、こっちではまだ五件目の殺人は世間には知られてすらいない。それを何故かアンタが知ってた。おかしいだろ?」


 確かに吉田は五件目の殺人を犯していた。

 しかしそれは、殺しただけであっていつものように死体の遺棄にまでは至っていなかったのだ。


 速人は続ける。


「しかもアンタは資料によるとって言った。つまりもう事件が過去のものになってるって事じゃないのか?」


 速人の追求にMは無言を貫く。

 自分だってこれが突拍子もないことはわかっているがそうとしか考えられなかった。


「知らない被害者の情報に事件が過去のことになっていることに。そっから考えたらアンタは未来の――」

『そこで待て。それ以上は言うな』


 短く制すと、Mは落ち着いた口調で語り出す。


『答えが知りたいなら教えてやってもいいが、はっきり言って半分不正解だぞ。それよりもいまのお前にとって重要なことがあるだろう? 今回の一件で自覚しただろう。後悔する前に思いは伝えておけ。俺みたいにはなるな。じゃあな』

「あ、ちょっと待て――」


 有無を言わせず、ブツッという音と共に電話は切れる。

 通話時間をみるとあと三十秒ほど残された状態で切れており、Mが切ったのだとわかった。


 暗くなった画面を見ながら速人はわずかに悔しさを覚える。


 何故まだ遺体も見つかっていない五人目のことを知っていたのか

 何故美和が狙われることを知っていたのか。

 そして速人の推理はどこが正解で、どこが不正解だったのか。

 是非とも真相を本人の口から聞きたかったものだ。


 だが同時に謎のままが良かったのかもしれないという思いもあって速人は遠くに視線を投げる。


「話は終わったの?」


 感慨にふけっていると背後から声をかけられ振り返る。

 ベンチに座っていたはずの美和が隣のいた。


「あぁ、終わったよ。あのさ……、俺、お前に言わなきゃいけないことがあるんだ」


 そう告げると美和はやや上目遣いになってこちらを見る。


「美和、俺はお前が――」


 そこまでを絞り出した速人は、意を決して勢いよくその後に続く言葉を放った。

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