第6話 閉ざサレタ未来

 Mの言葉に背き、美和の説得にも失敗した速人はモヤモヤとした気持ちのまま、午前中の授業を受けることとなった。


 もちろん授業に身が入るはずもなく、ほぼすべてを寝てやりすごしてお昼休みが始まった頃だった。


「速人、ちょっと生徒指導室に来てもらえるか?」


 起き抜けにかけられた声に目を向けると、吉田が廊下から呼んでいた。

 無視したかったのだが、あとからしつこくまとわりつかれるのは面倒なので気だるげに椅子から立ちあがる。


 周りのクラスメイトたちも速人が動き出したことに一度は動き止めるものの、いつものことかとばかりにすぐに日常へと戻っていく。

 そんな彼らの横を通りすぎてノロノロと廊下へ出てから階段を降り、一階の生徒指導室を目指す。


 吉田はすでに行ってしまったようで速人が捉えられる範囲には姿は見えなかった。

 一階まで階段をおりて右手に曲がれば生徒指導室のドアが見えてくる。

 割と定期的に呼ばれ慣れているせいか、なにかを思うこともなく生徒指導室の前に立つと速人は躊躇なく、ガラッと生徒指導室のドアを開ける。


 しかし視界にはいった人物に怪訝な顔をした。


「来たか。掛けたまえ」


 そういって速人に椅子をすすめたのは六十代前半くらいの教頭だった。


 顔には出さず、内心で首を傾げる。

 いつもこうして呼び出されるときは大抵、吉田と二人きりのことが大半なのだが、今日はすこし違うらしい。


 それを証明するように平坦な調子で言った教頭の声からは妙な圧が滲み出ているのを肌で感じつつ、速人は平静を装いながら用意された椅子に座る。


 教頭の隣には吉田が無言で突っ立っている。速人は彼の表情からなにかを読み取ろうとしていると目の前の机に肘を置いた教頭が口を開く。


「呼び出されたことに心当たりはあるかね?」


 たずねられて記憶をたどって思いあたることを探してみるが、教頭が出てくるまでのことをした覚えはまったくない。


「よし、ではこれを見れば少しは自覚するかね」


 そういった教頭が数枚の写真を机にひろげ、速人は目を落とす。

 そしてそれを見た瞬間、目を見開いて体を固めた。


 写真に写っていたのは速人でこれ自体は別になんでもなかった。問題は写っている周りの風景だ。

 夜であることを示す暗い背景に明るいネオンの看板の文字などが写りこんでいる。


 それは間違いなく、昨日美和を尾行して辿りついたクラブや風俗店などがひしめくあの通りだ。


「こ、これは……」

「不明のアドレスから送られてきたものだ。君で間違いないね」


 驚愕を隠せない速人に教頭は非常に落ち着いた声で問う。


 頷くまでもない。非常に鮮明に撮影された写真にいるのは間違いなく自分だ。

 そんな速人の反応にため息をつきつつ、教頭は深刻そうな表情をする。


「本来ならこんな写真が撮られただけで学校側としては大問題だし、責任もあるので君を退学するところだが、吉田先生の願いもあって今回は自宅謹慎処分で済ませてやる」


 それだけをいうと教頭は無言で立ちあがり、生徒指導室を後にする。

 あとに残されたのはまだショックから抜け出せない速人と吉田だけだ。


「で、何故あんな場所にいたんだ?」

「……それは」


 吉田に訊ねられ、我に返った速人は口を開きかけたが、すぐに口を閉ざしてしまう。


 言えるわけがない。

 優等生である美和があの通りの店で働いていると聞いたと言って誰が信じるだろう。


 もちろん、しっかりと事実確認をすれば美和があの店で働いているのが本当だとすぐにわかるだろうが、それによって迷惑を被るのは彼女だ。

 方法は悪かったかもしれないが、大学の費用を稼ぐという目的は純粋な彼女の邪魔をしてしまう。

 どっちにしろ、理由が嘘でも真実でも誰の特にもなりはしない。


 だから速人は口をつぐむこと選んだ。黙っていることが一番傷の浅い方法だった。

 そんな彼の雰囲気を察したのか、吉田はじっと向けていた視線をそらす。


「言いたくないか……。まぁ、無理に聞こうとは思わない。ただの興味だ。さぁ、今日はもう帰って頭を冷やせ」


 吉田はそう言って速人の肩に優しく手を乗る。速人は力なく立ってドアの前まで歩いていく。


 そして最後に釘を刺すように吉田は速人に言った。


「謹慎中くらいは大人しくしてろよ。もし問題を起こしたら次こそ本当に退学だからな」

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