第4話 真実ヲ手にスルのハ誰?

「アンタ……いったい何者だ? こんなタイミングでかけてくるなんて監視でもしてんのか?」

『いや、いまの君がどこにいるかは知らない。だが、美和のあとでもつけてるんだろうなということはわかる』


 あっさりとそう答えるMに速人は苦笑する。

 こちらの思惑が完全に見透かされていた。


『早速本題に入らせてもらうぞ。まぁ、問いから察するに結果は察せられるが』

「アンタの言った通りだよ。美和は水商売に手を出してる。さっき客らしき男を見送ったところだよ」


 店にちらりと視線を向けながら速人は答える。


『やはりな。こっちでも調べてみたが、すでに一年以上そこで働いているらしい』

「どっからそんな情報を?」

『そこは気にしなくていい。いまは美和がそこで働いているという事実が大事だ』


 バッサリと切り捨てるMに顔をしかめる。

 協力しているのだからそれぐらいは教えてくれてもいいだろう、という不満を堪えて会話を継続する。


「なぁ、今回の連続誘拐殺人の犯人って水商売の人間が絡んでんのか?」

『それを調べるためにお前に水商売の情報を教えたんだ。めぼしい人間はいたか?』

「そこまでは分かるかよ。だいいち店の前で見張ってるだけだからなにをしてるかまでは分からねぇ」

『そこを調べないと意味がないだろう。お前は夜の街に遠足をしにきたのか?』

「顔を知られてるのにそんな堂々と店に行けるわけないだろ」


 無茶を言い出すMに速人が突っ込む。

 店に入るのは論外だし、変装するにしてもいまの速人は学生服のままである。

 だだでさえこんな場所では浮いているのにこれ以上目立った真似はできない。


『とにかく犯人につながる情報が欲しい。俺も水商売関係で情報を当たってみる。お前は美和から水商売をしている理由を聞き出せ』

「探ってることをバレずにか」

『そうだ』

「……わかったよ。なにか策でも考えてみる」


 なかば投げやりに返事をする。

 相手の秘密をバレずに暴くとは、またもやとんでもない無茶ぶりだ。

 しかしグダグダ言ったところでMはやれというだけだし、美和の命がかかっているならやるしかない。


 そう思考を巡らせていると、Mが数秒ほど間をあけて訊ねてくる。


『ひとつ聞いていいか?』

「……なんだよ?」

『お前、美和のこと好きだろ』


 唐突に浴びせられた声に速人は思わず生唾を飲み込んでしまい咳きこむ。

 動揺を押し隠そうと口を動かして言葉を探す。


「お……お前突然なに言ってんだよッ! そ、そんなわけないだろ!」

『そうか? じゃあ美和とはどういう関係なんだ?』

「なんでそんなこと聞くんだよ……」


 Mの奇妙な質問に速人は首を傾げる。

 速人の知らなかった美和の水商売を知っていたのだから、すでに二人がどういう状態にあるかは把握していると思っていたのだ。


 眉を寄せながら答えを待つ速人に平然と声がかえってくる。


『単純な好奇心だ。俺たちは美和を救うという点では利害が一致している』

「その割には色々隠しているようにみえるけどな」

『安心しろ。必要なことはちゃんと伝えている』

「これもそうか?」


 そういうとMは黙りこむ。

 無言の肯定か、答えを急かしているのか、速人はため息をつきながら口を開く。


「美和とは……中学の同級生で、俺は陸上部の部員でアイツはマネージャーだった。多分それなりに距離は近かったと思う」

『過去形、ということはいまはそうじゃないのか?』

「辞めたんだよ陸上は。いまじゃ俺は落ちこぼれの帰宅部。美和は進学コースのエリートだ」

『随分と格差が出たものだな』

「うるせぇ。一言余計だな」

『しかしなぜ陸上をやめた?』


 ずけずけとした物言いが癪に触りつつも速人は何事もなかったかのように答える。


「別に。なんとなくだよ」

『嘘だな』


 Mはすぐさま返した。


『ひとつのことに真面目に取り組むのが好きなお前のことだ。陸上だって真剣だったはずだ。なのに高校ではやっていないというのはいささか不自然だ』


 そこまで分かっていながらなぜ美和のことを聞いてくるんだ、と思わず叫びたくなる。


 こちらが知らないことを知っていたり、逆にこっちが知っていることを知らなかったりとMの人物像が読めない。

 実は速人の古傷をえぐりたいだけで、美和を救いたいという気持ちも嘘ではないのかと思えてくる。


「辞めざるおえなかったんだよ、心臓の病気で。過度な運動や緊張を強いられる場面になると心臓がうまく動かなくなることがある。だからやってないんだよ。おかげで陸上に捧げてきた人生がパーだ」


 最初に症状が出たのは中学二年の冬だった。


 速人は短距離の選手として日々の練習にはげんでいたが、ある時から胸の小さな痛みを覚えるようになった。その頃はまだ少し体が疲れているだけだろうと思ったが、その予兆は速人の選手生命を終わらせるのは十分だった。


 痛みは時間の経過とともに大きくなり、一ヶ月もしないうちに練習中に倒れた速人は病院に担ぎこまれ、医師からすでに取り返しのつかないところまで来ていることを告げられた。


 以後、速人はできるだけ緊張の少ない落ちついた環境や状況に置かれることを余儀なくされたのだ。


『そうか。悪いことを聞いたな』

「ならこれ以上余計なことは聞くんじゃねぇよ」


 こちらの心情を察したのか、Mもそれ以上は深く聞かずに話を元の方向に戻す。


『とにかく、お前は美和の監視をつづけながら水商売をしている理由を探れ。俺もそちらの方面から情報を集めてみる』

「…………」

『おい、わかったのか?』

「あぁ、わかってるよ」

『いちおう言っておくが、冷静に行動しろよ。一歩間違えば取り返しのつかないことに――』


 Mの真剣な声がブツッという音と同時に切れる。

 携帯の画面を見ると五分きっかりに通話が終了していた。どうやら電話は五分経てば強制的に切れるらしい。


 こっちから切ってやろうと考えていた速人は行き場のないエネルギーを近くに置いてあったゴミ箱にぶつける。

 そして気持ちがいったん落ちついてから美和がいる店に一瞬目を向けた。


 助言なんていらない。

 次の電話までに犯人への手がかりを掴んで美和を救ってやる。


 通話の切れた携帯を強く握りしめながら速人はその場を離れた。




 翌日。

 普段通りに学校へと登校してきていた美和は昇降口や廊下ですれちがった知り合いに挨拶をしながらいつものように自分の教室への階段を登っていた。


 朝の学校の雰囲気は好きだ。

 遠くで誰から喋る声やせわしなく隣を追い越していく足音。

 この時間特有の喧騒をBGMにしながら美和はゆっくりと階段を踏みしめるように一段ずつあがっていく。


 自分の教室がある階までくると、太陽の光が差し込む廊下を歩きながら携帯を取り出して時間を確認。

 八時十五分。朝礼にはまだ時間があるので特に急ぐこともない。

 そう思って教室の前まできたところで美和はいつもと雰囲気がちがうことに気付いた。


 いつもは自分の席などで談笑しているクラスメイトたちがなぜか廊下のほうに集まっており、教室の中に視線を注いでいた。


「どうしたの?」


 怪訝な表情をしながら美和は近くにいた友人に話しかける。

 友人はなにかを言いかけてからおそるおそる教室を指差し、美和はそちらに目を向ける。


 クラスメイトたちの視線の先――一番後ろの窓際の席には机に足を投げ出す速人の姿があった。


 彼を見て、美和はそれまでのにこやかな表情を一気に冷めさせて速人のほうへと歩いていく。

 速人は美和に目を向けた。


「よぉ、待ってたぞ」

「なにしてるの?」

「話がある。一緒に来てくれ」


 短くそういうと席から立ち上がり、教室から出て行こうとする。


 どういうことなのか説明を求めたかったが、有無を言わせぬ態度にため息をついてあとについていく。

 速人が近づくと廊下側に避難していたクラスメイトたちの人垣が割れ、美和も彼の背中を追って割れた人垣のなかへと入っていく。


 不満、怒り、反感、緊張。


 二人をみる生徒たちの視線と表情は実に様々なものだった。


 三森速人がどういう人間なのかというのは入学から数ヵ月のあいだで校内に知れ渡っており、その悪名を知らない人はいないほどだ。


 人垣を抜け、背後からクラスメイトたちの視線を浴びながら、美和はなにもいわない背中についていった。

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