第3話 知ラレざル顔
連続誘拐殺人事件の四人目の遺体が発見された数日後。
速人は夕方の繁華街を歩いていた。
茜色に染まった空にネオンのきらめきがまぶしく、それがときおり人ごみにさえぎられては現れてを繰りかえす。
視線を少し先のほうへ落とす。
そこには先日つまらない口論をしたばかりの美和がいる。
制服姿の速人とは対照的な私服姿の彼女は人混みのなかを縫うように歩いていく。
その背中を見つめながら、見失わない距離を保つ速人。
「美和が水商売をしてるって、本当なんだろうな。アイツ……」
誰に話しかけるでもなく愚痴る。もちろんアイツとは連続誘拐殺人の遺体を見つけさせたMのことであり、つまるところ速人は彼の話を元に美和を尾行していた。
数日前。
Mによって連続誘拐殺人の四人目の遺体を発見した速人は第一発見者として警察の事情聴取をうけ、すべてを警察に話した。
信じてもらえないだろうということはうすうす理解しながらも、電話のことも話してみたが、予想通りでそれどころか逆に捜査の妨害をしているのではないかといらぬ疑いをかけられる始末だった。
結局その日の夜にパトカーで自宅まで送られることとなり、翌日の授業を休んだ。
勉強が好きではないのもあるし合法的にズル休みができるのは好都合だが、実際は事実から目を逸らしたかっただけだ。
遺体はすぐにでも目を開けて動き出しそうなほど綺麗なものだったが、死体を見て触れたことには変わりない。
そんな状態で授業を受けるのはとてもじゃないが気がすすまなかった。
そうやって速人が学校を休むことを決めた数時間後だった。
Mからの二度目の交信があったのは。
『犯人を捕まえるためにひとつ、お前が知らない美和の情報を教えてやる』
そういってMが教えてくれた情報こそが美和が水商売に手を出しているというものだった。
速人は最初Mが口にした言葉をすぐには信じることができなかった。
疎遠になっているものの、彼女の中学時代を知る速人からすれば水商売をしているなんて話は信じられなかったのだ。
『いまのお前には信じられないと思うが、気になるなら、尾行でもなんでもして調べてみろ』
思考を先読みするようにきっぱりとそういったM。
迷いのない言葉に騙すような雰囲気も感じられず、こうして彼女のあとをつけてその情報の真偽を確かめようとしているのである。
美和が連続誘拐殺人事件の被害者になる。
そしてそれを防ぐためにMと協力して犯人を捕まえる。
あまりに唐突な非日常展開に自分がただの高校生であることを忘れそうになる。
美和はクラブや風俗店などがひしめく一角へと向かっており、周りにはすでに看板やキャッチの店員などがちらほらと見受けられる。
そして美和は通りの一角――速人でもわかるほど、いかにもな怪しい雰囲気の店に入っていく。
「おいおい、マジかよ……」
なんの迷いなく、まるで帰りがけにコンビニに寄っていくような自然体で店に入っていく美和の姿に唖然として、自然と口から言葉がもれる。
Mの情報は本当だった。
物陰に身を潜めながら壁に背中をあずける。
違うと思いたかった。
Mがただ自分を使って遊んでいるだけなのだと。
しかし、この目で見てしまった。もう逃れようがない。
……なにかの間違いだ。
それでも速人は間違いであることを証明したくて近くの店の物陰から監視をつづける。
あくまで店に入っただけで、実際にそこで違法なバイトをしているとは限らない。ただの掃除係かもしれない。きっとそうだ。
妄想ともいえる淡い期待を抱きながら速人は店に出入りする客たちを注意ぶかく観察した。
ときおり、キャッチの人間が速人の姿に目を止めて訝しげな視線を送ってきたりもしたが数時間ものあいだ辛抱強く待った。
だが、結局は無駄だった。
美和が入っていった店から三人ほどのスーツ姿の男性が出てきて、それに付き添うように一人の女性が出てくる。
綺麗な化粧のほどこされた顔にきらびやかで扇情的な青のドレスを着た若い女性。
見た目の雰囲気はガラリと変わっていたが、それが美和であると即座にわかった。
いつもの後ろでくくった髪にメガネをかけたあの生真面目で落ち着いた姿は一切感じられない。普段からは想像できない美和の姿がそこにはあった。
速人が目の前のことに唖然としているあいだに客であろう三人の男を笑顔で手を振りながら見送り、再び店内へと姿を消す。
それを計ったかのように携帯が震え、文字化け番号が画面に表示された。
「タイミング良すぎだろ……」
力なく呟きながら通話ボタンを押して耳に当てた。
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