第5話  叩けば治る

渋谷の地下はまるで迷宮だった。

似たような道ばかりなのに、十字路やT字路にやたらと出くわす。

せいぜい10分くらいしか歩いていないけど、もうもとの場所に戻れそうにない。

そもその、サヤカを放って帰るつもりはないけども。



「あの、すいません。お姉さん」


「私の名はリコという。覚えておけ」



そう答えたリコさんだけど、彼女は口数の少ないタイプだった。

僕にろくな説明もなく暗闇を先導いていく。

どこへ向かっているとか、今どの辺りだとか、何一つ語ろうとしなかった。


そして、彼女が何者であるかも知らされていない。

延々と迷路のような道を歩かされるにつれ、僕の質問も段々と尖ったものになっていった。



「あの、サヤカは大丈夫なんですか?」


「さっきも言ったろう。助かるかは運次第だ」


「運って……そもそも、あなたは銃で撃ちましたよね。なぜ助けようとするのですか? ここはどこですか? そしてどこへ向かってるんですか!?」


「不安なのは分かるが、落ち着け。今最善を尽くしているところだ」


「最善って、モグラみたいに地下をうろつくことがですか?」


「何なら、お前だけ地上に返してやろうか?」


「嫌ですよ、サヤカを置いていけません!」


「なら、黙って着いてこい」



それきり、リコさんはしゃべらなくなった。

僕が何度質問を重ねても無駄だった。

背中を叩いても無視、先回りして変顔しても無視。

彼女は一定のペースで歩き続けた。

そうしてどれだけ進んだろう。

方向感覚を完全に失った頃、リコさんが立ち止まった。



「ここだ、止まれ」


「……行き止まりじゃないですか」



目の前には地底湖を思わせるような用水路が流れていた。

奥の方は暗すぎて、水路の幅はわからない。

夜の海のように、どこまでも続いてるような錯覚を覚えた。


リコさんは僕の言葉には答えず、ポケットからスマホを取りだし、画面を強く光らせた。

それを用水路の方へかざし、丸やら直線やらを暗闇に描き始めた。

しばらくすると、向こう側からも光が見え、そして……。


ーーズザザザザッ。


目の前の用水路から水が消えた。

小さな水溜まりだけ残して、そこに通路が現れたのだ。



「行くぞ」


「……はぁ」



しばらく進むと昇り階段が現れた。

段差部分に人が座っている。



「おう、リコ。早かったじゃないか。そのお連れさんは?」


「マーブル。レムールに診せたい。通してくれ」


「おっと! つうことは中毒者だな? 待ってろ、今開ける!」



彼は立ち上がって階段を昇り、背後にあるドアのバルブを回した。

ギギギッと錆び付いた金属音が耳に響く。

何度か痛い音に耐えていると、そのドアが開いた。



「よし、もういいぞ。早いところ連れてってやるんだ」


「ありがとう。引き続き頼むぞ、マーブル」



リコさんは短く礼を言い、奥へ向かった。

僕も逞しいおじさんに頭を下げつつ後に続いた。

中は今までと同じく、コンクリート製の通路だった。

そこを少し進むと通路左にドアがあり、彼女は勢いよく開けた。



「レムール、患者だ。手を貸してくれ」


「はいはい、はい。聞いてますよー」



その中は診療所のような場所だった。

パイプベッドが2台、大きな机に椅子。

棚には薬品がズラリ。

その部屋に、白衣を着たおじいさんが一人だけ居た。



「ええと、リノさん。今日はどうしたのかね? いつもの便秘かな?」


「リコだ。そして診察は私じゃない。この少女だ」


「はいはい、はい。リコさんだったねぇ。すまんすまん。……それで、何だったかのう?」


「患者だ。とりあえず寝かせるぞ」


「このおじいさん大丈夫かなぁ」


「安心しろ。腕は確かだ」



リコさんのいう通り、診察が始まると別人のようになった。

鋭い目付きになって首元、腕の脈、みぞおちの辺りをまさぐり、頷いた。

そして芯の通った声で言った。



「これより治療を始める。二人ともさがっていなさい」


「だそうだ。少し離れよう」


「いいけど。……退がるの?」



不審がる僕のことはそっちのけで事態は進む。

おじいさんがパシッと音をたてて両手を合わせ、拝むような姿勢になる。

そして、早口で呪文のような言葉を発した。



ーー大地に眠る父祖なる魂よ、無明の子が赤心に祈る。大いなる実りの祝福にて、我が願いを叶え賜え。



「なにこれ、詠唱? 魔術でもやる気なの!?」


「静かに。集中が途切れたら失敗だぞ」



リコさんが小さく僕をしかるけど、既に失敗は目に見えている気がする。

おじいさんは片手を掲げては震えているけど、特に輝いたり光ったり、不思議な事はなんにも起きちゃいない。

この惨状から見つけられる『失敗』の数はあまりにも多い。



「満ちた! 快復への標(しるべ)、これぞ父祖の導き」

 


そして拳が一気に振り下ろされた。

目の前で眠るサヤカのお腹目掛けて。



「死ねぇ!」


「ゲフッ!?」


「今死ねって言った! 医者が一番言っちゃいけない事を叫んだよ!」


「落ち着け。今のは、何というか、死なないやつだ」


「待って、死ぬパターンもあるの? あの人は暗殺者なの?」

 

「……よし、施術は済んだ。だいぶ見違えたろう」


「そうだね。死んだような寝顔だったのが、白目を剥いて鼻水とヨダレを垂らすようになったね」


「レムール、世話になったな。しばらくこの子を見ていてくれ。私は少年に話がある」


「ねぇリコさん。この際強引なのは我慢するけど、最低限説明はしてよ」


「その説明をこれからしてやる。着いてこい」


「……はぁ、わかりましたよ」



それから僕たちは部屋を出て、さらに奥へと向かった。

所々に点滅する白色光の灯りが不安を煽る。



「あのさ。サヤカを置いてきても良かったのかな。一応あれでも女の子だよ?」


「彼女の貞操が心配か?」


「彼女じゃないけど、大切な友達だよ」


「安心しろ。レムールは筋金入りの年上フェチだ。少なくとも若い女には見向きもせん」


「そう、なら良かった……!?」


「どうかしたか?」


「あのおじいさん、結構な歳だよね。いくつなの?」


「たしか、今年で82だな」


「はっ……!」



つまりは82歳以上の女性がストライクゾーンって事か。

なんて狭い所を攻める人なんだろう。

行きずりの相手だけど、僕はそこそこ同情してしまった。



「浮わっついた話は後だ。まずは中に入れ」


「お、お邪魔しまーす」



僕が案内されたのは書斎のような部屋だった。

そこで僕は知ることとなる。

この世の真実の姿について。


信じて疑わなかった平和の脆さや、目前に迫っている危機について。

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