第3話  お詫びの逸品

8畳のスペース、はめ殺しの窓、机とパイプ椅子。

卓上ランプと、声の大きなオジサン。

対面に並んだ椅子に互いが座る。


今現在で、目につく全てを挙げてみた。

これはどう考えても取り調べというやつだろう。

渋谷の街で連行された僕は、たった1人で刑事さんらしき人と向き合っている。

でもここでのやり取りは、子供の僕から見ても要領を得ないものだった。



「いい加減に白状しろ!」


「だから、知らないものは知らないんですよ!」


「シラを切るな! ヤツらの本拠地はどこだ! 言え!」



そこでバァンと机が叩かれた。

僕はスッカリ怯えてしまう……なんて事はない。

むしろ怒りで頭が割れてしまいそうだった。


なぜ僕はこんな目に?

サヤカは無事なのか?

ヤツらって誰?


そんな疑問が形を変え、頭の中で暴れまわる。

せめて落ち着いて話し合えればと思うけど、目の前のオジサンは5秒に1度は机を叩くのだ。

当然手が痛むようで、左右交互に切り替えながら。



「あのさぁ。何べんも言ってますよね? 僕らは茨城から遊びにきた中学生で、組織とかそういうのは知らないんですって!」


「嘘をつくな! 茨城出身、遊びにきただけ、もはやお約束の台詞だろうが。お前らはいつだってそんなデタラメを言いやがる」


「だから本当なんだってば!」


「口の聞き方に気を付けろ! オレは37歳で、ずっと年上なんだぞクソガキ!」



ーーバアン!


やっぱり机が叩かれた。

だけどその時は、オジサンの顔がほんの少し歪んだ。

手を痛めるのも当然だと思うし、そのまま骨折しろとも強く願った。



ーーコンコン。


向こう側のドアがノックされる。

姿の見えない来訪者に対して、オジサンは怒声で答えた。



「今は使用中だボケ! 表の札が見えねぇのかゴミクズ! カス野郎!」



そんな罵声なんか聞こえないかのように、ドアがキィィと開いた。

そこに現れたのはスーツを着たお爺さんと、軍服姿の若い男の人だった。

オジサンはというと、最初に目を見開き、青ざめ始める。

そして座った状態から跳び跳ねて、直立してから最敬礼をした。



「ば、バニラ閣下! 知らぬとは言えご無礼を働き、大変失礼致しました!」


「タカサキ……。私の顔に泥を塗るつもりか? 何かあれば署の全員が路頭に迷うんだぞ!」


「申し訳ありません署長! まさかこのような場所にバニラ閣下が……」


「まぁまぁ、そんな目くじら立てないで。職務に真剣な証じゃないか」



顔を真っ赤にして怒ったお爺さんが、若い方に宥められる。

署長と呼ばれた人が一番偉そうだけど、軍服の人の方が立場が上らしい。

そのくせ威厳というか、高圧的な雰囲気は感じられない。

入室してからずっと優しそうな笑みを浮かべているからか。


怒りを欠片も見せない軍人さんを見て、オジサンの右手も緩み、おでこから少し下がる。

それから軍服の人が、オジサンの肩に親密そうに手を置いた。



「ところで、私は『ヴァニラ』なんだよねぇ。間違えないで欲しいのだけど」


「ヒッ!? 重ね重ね、申し訳ございません!」


「良いよ良いよ。私は寛大だからねぇ。今回は不問にしてあげよう」


「ありがたき幸せ! 閣下のため、党のために忠誠の限りを尽くします!」


「はいありがとうね。さて少年。驚かせてしまったかね」



ヴァニラと呼ばれた人が、空席の椅子に座った。

肘を机について、両手を組んで、そこにアゴを乗せている。

これまでと変わらず、ニッコリと微笑んだままで。



「少年、と呼ぶのも失礼だね。名前を聞いて良いかい?」


「はい……ソウタって言います」


「そうかい。ソウタ君、ここで何を聞かれたのかな?」


「組織の情報を吐けって。そんなもの知らないのに。茨城から遊びに来ただけって、何度も言ったのに……」



その瞬間、僕は背筋が凍りついた。

ほんの少しの間だけど、ヴァニラさんの目が鋭くなったのだ。

腹の底、心のヒダまで覗かれているような、おぞましい感覚が襲ってくる。

それは初めて体感する恐ろしさで、足の先からガタガタと震えてしまった。


ーーまるで全てが凍りついたかのように。


それが一瞬の出来事だったか、そうでないのかは分からない。

彼は再び柔和な笑顔に戻った。

僕もまるで呪いが解けでもしたかのように、フッと心身が軽くなる。



「うんうん。君の言うことは間違いないね。イントネーションに少し茨城の訛(なま)りがあるよ。私の姪っ子と同じでね」


「……はぁ。信じて、もらえますか?」


「もちろんさ。ところで、肩が泥で汚れているね。どうかしたのかな?」


「泥ですか? なんでだろ」



僕は右肩を見た。

でも特におかしな様子はない。

左の肩も見るけど、やっぱり同じだ。

家を出たときと同様に、青と白のストライプ柄だった。

聞き間違いかと思って脇の下やら袖を見るけど、結果は変わらない。



「あの、すいません。何ともないんですが……」


「ふむ、ふむ。タカサキと言ったね。私は彼を無実だと思うが、君はどうかね?」


「ハッ! 紛れもなく無罪! 善良な少年そのものです!」


「とのことだよソウタ君。これでキミの冤罪は晴れた。良かったねぇ」


「はぁ……そうですか」



これで良いのか悪いのか、僕にはもうついていけない。

今はともかく解放して欲しいとだけ思った。



「いやぁ、済まない事をしたね。お詫びと言ってはなんだが、こちらをどうかね」



ヴァニラさんの言葉が合図だったのか、署長さんが小箱を机に置いた。

それは金属製で、手のひらに収まりそうなサイズ感。

僕には小さな金庫に見えた。


開け口の部分は押しボタン式のロックがかけられていて、それも手早く解錠される。

カチリと開かれると、微かに冷気が漂ってきた。

うっすらと白い煙まで上がっている。



「あの、これは、もしかして?」


「これは私がおやつに食べようと思っていたのだが、キミに進呈しよう」



ーーコトリ。


テーブルの上に皿が置かれ、僕の方へと寄せられた。



「私の口に入るものだから、一切の妥協がない逸品だよ? 遠慮せずに食べると良い」



金の縁が入った純白の皿。

銀色の小さめのスプーン。

そして、バニラアイス。


僅かな華美があるだけの、無駄をすべて取り払った嗜好品が、今僕の目の前に差し出されたのだった。


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