第2話 蝋 塔 酔い(同音異義名詞)

「この野郎!」



 暑いのによくそんな大声が出るなあ。

 陶器のような彼女に似合わない声が、俺を叱っている。体を起こして彼女を見ずに、俺はそのまま駆けだした。


 陽炎の揺らぐ道を走り抜けて、あの丘の塔へ。そこには俺が丸々一冬過ごした家がある。行ったところで何が変わるわけでもない。何も変わらないでいてほしい。


 あんなに冷たかった廊下がやけに生ぬるい。まださっきの余韻が残る頬も熱いせいだ。あ、砂糖に蟻がいる。運んで家に持ち帰る列。ちゃんと片付けとかないから。でもそれはもう誰も使わないもので、蟻にくれてやった方がいいんだ。もうここには誰も住んでいない。そもそも誰の家でもないのだ。



 蝋人形がいる少し不気味なこの家は誰も近寄らない。まあ時折俺が来るのを知っているからだろう。ただ1つを除けば、俺は自由だった。ここで夜をやり過ごすこともあった。


 そいつは突然やってきた。今宵の宿を探しています、と。

 俺は酔っ払いはお断りだと言った。



「ここには誰もいないんじゃないの?」


「ふざけるな俺が見えないのか?」


「見える、見えるよ。でもいなくなりそうな顔してる。君は?僕が酔っ払いに見えるのか」


「見えない。アンタだって死にそうな顔してる」


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