第28話  まさかの握手会と噂の薫子


 やばい、やっぱ、あの薫子だ。垢抜けして可愛くなってる。別人だ。


 あれはこの俺がまだパンクに目覚める前の高校生になったばかりの四月のことだった。


 俺とはちがう高校に行った、中三の時のアイドルおたくの三谷に誘われて、地下アイドルを観にいったことがある。そのときに観たのが桜田薫子のグループだった。

 ライブの後の握手会では薫子と握手をした。その頃の薫子は地下アイドルになったばかりで、どこかもっさりしていてパッとしない子だった。握手に来たファンといえば俺と三谷の二人だけだった。それでも気さくな薫子と和気あいあいと結構いろんな話をしたり、写真も撮ったりしたのを覚えている。桜田薫子、同じ学校だったのか。あの当時のダサダサのおれを覚えているだろうか。俺はもう、あの時の隠れオタクとは違うんだ。パンクスに生まれ変わったのだ。どうか、昔のダサダサの俺を覚えてませんように。と俺は願った。


 俺と目が合った薫子は開口一番 

「あれ、あなた、いつか地下アイドル握手会に来てくれたよね。うふ」


 ――ギクーッ!

「え、いや、その。あの。たぶん人違いです」


「私、覚えてるよ。髪型、今みたいにツンツンじゃなかったよね。私はインターナショナルクラスで棟がちがうから会わなかったのね。おなじ学校で私、嬉しい。ドッキューン、ハート」


「えっ、ヒロ、お前地下アイドルファンやったん?」


「ひ、人違いだって」


「ヤッダーッ、照れなくてもいいのよ。たしか男の子二人で来てたよね。もう一人の子は今でもライブに来てくれるわ。そうそう、私がはじめて握手会をした時に来てくれたのよね。私、ファンは大切にしているから覚えているわ」



「ああ、いい心がけだね。ところで、学祭にでるの?」

 俺はあせって話を変えた。

「そうよ」

「俺たちも出るんだ、じゃ、ライバルじゃん」

「どんな音楽やってるの?」

「パンクロック」

「スチームパンク?」

「ちがうよ。元祖パンクだよ。70年代パンク」

「ふーん。よくわかんなーい。ハート、うふ」

 おまえなんかにわかってたまるかっと内心思った。


「じゃ、お互い学祭ステージ権をかけてがんばりましょうね。そうそう、昼休みと放課後、握手会を学食の横の広場でしてるから良かったら来てね。あ、今はっきり思い出した。あなたの名前、北村くんよね。ドッキューン、ハート。じゃ」


 桜田薫子はとりまきを引き連れて去っていった。


 ――げっ、俺の名前覚えてるんだ。恐るべき記憶力。思い出すな。ここで言うな。


「なんすか?あれ。ドッキューン、ハート??ヒロちゃん交友範囲広いっすね」


「いやいや、交友ちがうし。知らんし…」

俺はしらばっくれるしかなかった。



「それより、何?握手会?生徒会長決める選挙運動より盛り上がってるやん」


「人気投票ですからね。ファンが多ければ勝つ仕組みですよ」


「俺たちもなんかロビー活動したほうがいいのかな。美波たちも俺たちのためにビラとか配って頑張ってくれてるみたいだし」


 その時、俺の頭に電球が灯った。名案が浮んだ。


「そうだ!オギーの握手会や!!」


「ええーーーっ、なんで僕なんですかあ?」


「今のところエッチピストルズではお前が一番女子受けしてるって。決めた、俺たちも握手会をする!!」




 ******




 昼休み、俺たちエッチピストルズの握手会が桜田薫子の斜め前で行われることになった。

 そこら辺りには薫子だけではなく、学祭のステージ権利を争う他のアイドル系グループたちも、握手会を開いていた。


「うげ、見てみ、薫子のところのオタクの長蛇の列」



「スゲーな」


 薫子がチラリとこちらをみて小さく手を振る。顎をクイッと上げて自分は王女か何かのように平民に手を振るような仕草だった。


 ほんの何ヵ月前は、名も知れぬパッとしない地下アイドルだったのに、なんだこの人気は。


 ――くそー。負けてられっかよ!


「さ、俺たちも始めるぜ」


「ちょー、この路線あってるっすか?パンクバンドって握手会するんすか?」


「せやなあ。ジョニー・ロットンとか、シド・ヴィシャスが握手会するとは思われへんねんけど…」

 カンちゃんとミッチーがもっともなことを言った。


「そうだけど、票がいるんだよ。票が!学祭でライヴしたいだろ?」


「したいに決まってるやん」


「そのために頑張ってきたっすよ」


「俺だって媚びたかねーよ。つか、これはアレだ。多動力だ」


「タドウリョク?」

 ミッチーとカンちゃんとオギーが声を揃えて言った。


「ちょっと前に、本屋にそんな本がいっぱい並んでた」


「読んだの?」


「読んでねえ」


「……」


「とりあえず、オギーに頑張ってもらおう。ほら、オギー笑顔笑顔」


「えー、なんで僕だけなんですか」


「お前が只今人気急上昇だからだ」


「けどなんか、ブレてる気がするっすよ〜」

「パンクスやんなあ、俺たち…」

 カンちゃんとミッチーがまだぼそぼそ言っているところに、



「あの~…」

 2、3人の女子が連れ立って握手会デスクの前にやってきた。



「オギーさん、ファンです。頑張って下さい」


 ぼーっとしているオギーに、ほら、握手!何か言って。と肘で突いて合図をした。


「あっ、すみません。あの、その、僕、頑張ります。あの、清き一票をお願いします」


「キャハ、カワイイーーイ」

女子たちは、そんなオギーを見て黄色声をあげた。そしてなんと、彼女たちはオギーだけではなく、俺にも、メンバー全員にも握手をしてほしいといい、その上、みんなのサインが欲しいと大学ノートを差し出した。俺は突然のサイン要求にH・ピストルズと英語でかいて"HIRO・K"と書いた。こんなことならもっとかっこいいサインを考えておくのだった。ミッチーはカタカナでデカデカと"ミッチー"と縦書き。カンちゃんは"神田信彦"とフルネームを漢字でノートの角に小さく書いた。オギーは慣れた手付きでささっと筆記体を崩したような、スターがするようなサインをした。それを横目で見ながら、うわっ、カッケー。俺も次からあんなサインにしよう。と思った。


皆が書き終えたサインを見ながら、

「あのー、エッチ・ピストルズってローマ字書きなんですね」

と一人の女子が首をかしげて、俺が書いた “H・PISUTORUS” を指さして言った。


「ふぇ?!」



******


 俺たちもなかなかやるじゃん。握手会初日からサインくださいって言われるなんて。「いいぞ。いいぞ」と俺はニヤニヤした。他のアイドル系たちに比べると断然ファンは少ない。特に桜田薫子のファンは凄い人数で、比べ物にならないが、その後も何人かの男子、女子が握手とサインを求めに来た。


 イケる。イケるぞ。と俺は手応えを感じていた。そして、H・PISTOLSの英語のスペルもばっちり覚えた。






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