第29話 学祭バンド選考会! 対策と傾向(逆)
この一週間、バンド選考会に向けて、握手会とバンドの練習とで超忙しい。それに加えてテニスの練習と、俺たちはスター?って思うくらい忙しかった。
選考会の三分間、何を演奏するか、俺たちは真剣に話し合って決めた。そして、俺たちのオリジナル曲 "ライドオンポニーちゃん" をワンコーラス演奏することに決めた。ちなみに "ライドオンポニーちゃん" とはミッチーのあの歯の浮くようなポエム。絶望的にダサい歌詞だが、オギーが曲をつけると奇跡的に超かっこいいパンクロックになったのだ。あとはステージでどう目立つか。
「なんつったって三分間の勝負、三分で学祭のステージに立てるかどうか決まるんだ。目立たないとな」
「俺は、マイク代わりに拡声器で歌う。前から決めてるんや。インパクトあるやろ」
「ミッチー、それな。絶対いい!」
本当にそう思った。拡声器で歌うと、あの臭い歌詞が聞き取れない。
「オギーもギターアクション派手めにやってくれよな。お前目当てのファン多いから」
「は、はいっ! 僕、頑張ります」
「俺、フンドシでドラム叩いてもいいっすか?」
カンちゃんが真顔で言った。
「それ、すごくいいです。カンちゃん」
オギーが目を輝かせて拍手をした。
――!!へ、フンドシ? 学祭選考会で? で、なんでこの二人盛り上がってんだ!
「それはインパクトありすぎやわ」
「多分、許可降りないかも」
「なんすか、ヒロちゃん、ミッチーも。いっつもアナーキー、アナーキーって言ってるくせに許可ってなんすか?それを打ち破るのがアナーキーっすよ」
なるほど。それもそうだな。と俺は思った。
「気合入れるときはやっぱフンドシっすよ。水泳部とかちっちゃい水着で上半身裸じゃないっすか。フンドシとあんまり変わらないっすよ。あれは良くてどうしてフンドシに許可が下りないんすか。意味わかんないっす」
熱弁しているカンちゃんをオギーがうんうんとうなずきながら羨望の眼差しで見つめる。
「じゃ、フンドシは学祭本番でやることにして、今日の選考会では演奏後、上半身裸になるってのどう?結構アナーキーじゃね?」
「マジいいっすか? 俺、びりびりシャツ破いてやるっすよ」
「いいんじゃね。とにかく目立つことしようぜ。持ち時間の二分間」
******
運命の日、学祭バンド選考会の日がやってきた。
この選考会で上位5位に入らなければ、俺たちの学祭ライヴデビューは無い。策は練った。練りに練った。もうすぐ美波たちも応援に来てくれるはず。
集まった学祭候補パフォーマーを見て俺たちは絶句した。
「なんだこれ。ほとんどのパフォーマーがアイドル系、アニメ系、メイド系じゃん」
「ここは秋葉原か…」
バンド系は俺たちを入れて4組だけだった。バンド系が少ないとは思っていたが、圧倒的に少なすぎる。ロックは死んだのか?
そして、集まった観客の生徒たちを見て再び絶句した。会場である体育館には暗幕が張られていて薄暗い。その中でアイドル系のファンのオタク系男子やアニメ系女子たちが小さなケミカルライトを持って掛け声の応援とオタ芸をそれぞれのファンで集まって練習している。ケミカルライトは応援グッズとして一番小さい10センチほどのものだけ持ち込みを許されていた。KAORUKOと書いたおそろいのTシャツを着た薫子のファンは特に多く、応援練習も気合が入っている。
「やばくねっすか、これ」
「どう見てもこいつらが俺たちに票入れると思われへんな」
「だ、大丈夫。俺達には美波たちがいる」
美波たちどこかな、と会場を見回していると、オタクたちをかき分けて、団体が入ってきた。ざわざわと周りが騒めき出す。
――誰? テニス部?薄暗くて見えない。
イエス!美波たちだ。テニス部四人だけじゃない。オギーのファンの子たちも集めて応援グループを作ってくれたようだ。
それにしても彼女たちのパンクファッション。まるで、ロックマガジンから飛び出してきたみたいじゃないか。
美波はショートヘアーをツンツンに逆立て濃い目のアイメイクに真っ赤な口紅。レザーのミニスカートに所々穴の開いた網タイツ。首にはチョーカー。パンクだ。パンキッシュだ! 足元は俺と同じドクターマーチンのチェリーレッドのブーツだ。洋子は洋子で背が高いからタータンチェックの細身のズボンが超決まってる。マキも優ちゃんも別人だ。カッコいい。その他のアイドル系のファン、ハイソックス、ガキっぽいツインテール、ひらひら、ろりろり、どっきゅーんハート系とは確実に一線を隔てている。美波たちは色違いのTシャツを着ていて、胸には“VOTE FOR H-PISTOLS”と書いてあった。
「なあなあ、"ヴォートフォオエッチピストルズ”てどういう意味なん?」
ミッチーが誰に聞くとなく言った。
「"エッチピストルズに清き一票を!”って意味ですよ」
オギーが答えた。
美波と目が合った。俺の気分は高鳴って、ステージ下の端の候補者席から、アイシテマース!と叫んで投げキッスをしたいところだったが、シャイな俺は顔の下あたりで小さく手を振った。
すると、美波もそんな俺に気が付いて小さく手を振ってくれて、指で自分の胸のあたりを指さす。VOTE FOR H-PISTOLS というTシャツの文字を見せたかったのだろう。けれど、それよりもピッタリとしたTシャツ越しの胸の膨らみに目が釘付けになってしまった。文字など頭に入ってくるわけがない。そしてそのあと、なんと、なんと、美波は俺に向かって投げキッスをした。
だーーーーーーーッ。投げキッスーーーーー!!??
俺は椅子からずり落ちてしまいそうになった。夢ではない。美波の投げキッス!世界が薔薇色のスローモーションになった。パンキッシュなメイクの真っ赤な口紅の唇から投げられた美波のキッスは、真紅の薔薇の花びらになって俺のところにもうすぐ届く。ああ、今、薔薇の花びらが今俺の唇に…
その時、
「き・た・む・ら・君!!」
そのバラの花びらを蹴散らし遮るように桜田薫子が自信満々にずかずかと候補者席にやってきて俺の前の席に座った。
――ちっ、薫子、じゃま。これじゃあ美波が見えねーじゃないか。
俺は、体を右左に動かしながら薫子越しに美波を見ようとしたが、
「どうしたのお?」
と薫子は俺の方に振り向いて俺と同じ方向に体を動かす。美波が見えない。そうしている間に美波は洋子や他の女子たちと何か話し始めたようで、人混みに消えた。
「北村君、どう?握手会でファンは増えたああ?」
その、舌ったらずの喋り方、黒のメイド服に黒髪のツインテール、お約束のミニスカートにハイソックス。ゴスロリってやつか。ちっ、小便くっせー。薫子、おまえのおかげで美波を見失ったじゃないか。どうしてくれるんだ。と思いながらも会話を続けた。
「ああ、まあね。けど、すごいな。お前のファン、オタクばっかじゃん」
「あら、そう言う北村君だって、昔はオタクだっ…」
「わっーーーーっ!!!!」
ヤバい!こんなにもばっちり髪を逆立てて、パンクファッションで決めている俺。この俺が隠れオタクだったなんて超かっこ悪いじゃん。大声と共に無意識に薫子の口を後ろから手を回して素早く塞いだが、急なことだったので半ばヘッドロック状態になってしまった。
「ムグッ……!!??」
「あ、ごめん!」
薫子の首から慌てて手を離した。
「ちょっとーお、何??首痛ぁ-いー」
「ごめんごめん。その、大丈夫? あの、もうすぐ始まるから私語は慎みましょう。つか、ごめん。ホントすみません」
変な理由をこじつけて謝るしかなかった。
「?……もう、ホント何?びっくりするなあ。怖いんだけどお」
薫子は怒って俺を睨んだけれどすぐ笑顔になった。
「うふ。なんかぁ、北村君おもしろーい。お互いがんばりましょうね。私、北村君たちがどんな音楽やるのか楽しみ。うふうふ。どっきゅーんハート!」
これってアイドルのサガなのだろうか。怖いんだけど。
「何してん?おまえら」
ミッチーが話に入ってきたけど、「何でもねーよ」とごまかした。マジヤバい。昔の俺を知っている薫子とはしゃべりたくないし、これ以上関わりたくない。昔の隠れオタクだった自分を思い出したくない。ああ、いやだいやだ。ゾッとする。ホントにゾッとする。ゾゾッとするぜ。と思ったら、大勢の薫子のファンのオタクたちが俺を睨んでいた。マジ殺意を感じた。
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