第30話  異色のパフォーマー! ナオキ・ナオヤ

 ピーーーー、ガガガッ、ブチッ…


 スピーカーからの耳をつんざくような雑音が体育館に集まった生徒たちを静かにさせた。


『ああー、えへん、全校生徒のみなさん、おまたせしました。只今より、学祭バンド選考会を始めます。なお、投票は候補者全てのパフォーマンスの後にお手もとのマークシートに選択したパフォーマーの番号を塗りつぶして投票箱に入れてください。すぐにコンピューターで処理し結果発表となります。それでは、皆さん頑張ってください。エントリーナンバー1番、螢川学園46 のみなさんどうぞ』


 学祭執行部のアナウンスとともに、選考会が始まった。俺たちの出番は14番、最後から二番目だ。


 チャラチャラしたカラオケで歌うアイドル系の女子グループが次から次へステージに立つ。カラオケならまだましな方で、口パクのグループまでいる。もう、全部同じに見えてきた。


 「なんだよー、これってカラオケ大会かよ」

 一応人前で演奏するのは初めてということで、さっきまでドキドキしてたけど、こいつらのチャラいステージ見ていたらドキドキの緊張が薄れて、なんだか腹が立ってきた。


『次はエントリーナンバー8番、桜田薫子さん、どうぞ』


 薫子の番になると会場が異様にわいて、オタクが持ち込みを許された一番小さい軽いタイプのケミカルライトを持って応援のヲタ芸をし始めた。薫子の人気は半端ない。カラオケで歌うのだけれども、ダンスも、他のチャラチャラしたアイドル、メイド系とは確かに差があり上手かった。地下アイドルやってるだけあるな、と感心したし、前に観たときと全然違っていた。スター性が磨かれたのか、好みではないけど見いってしまう。

「ヒロさんのお友だち、すごい人気ですね」

 オギーがにこにこして言った。

「フンッ、友達じゃねえし」


「それはそうと、なんで、バンド系は最後にかたまってるんすかね」

 カンちゃんがプログラムをくまなく見ている。


「たぶん、アイドル系はカラオケだから。機材がいるバンド系は後にまとめてあるんじゃないかな」


「なーるほど」と俺たちは素直に納得して、その声がした方を振り向くと、後ろの席に、派手な男子生徒二人が座っていた。一人は赤い髪、一人は金髪。二人とも長い髪を逆立てていてその高さは裕に50センチを越えている。なんか派手なお化粧もしている。いわゆるヴィジュアル系か。プログラムをみると、エントリーナンバー12番(三年)、YZニッポンと書いてあった。



「YZニッポン?えっこれってもしかして、『Xジャパン』好きすぎてってやつ? ぷぷーっ、受けるんだけど」

 と、その二人には聞こえないように小声で言った。 

「つか、俺たちとノリが一緒っすよ」

「ベタやなあ」

「ああ、そっか、俺たちも人のこと言えないよな。エッチピストルズだもんな」と、なんか自分でもおかしかった。


「君たちエッチピストルズくんたちかな」

「あっ、はい」

「なんだか、アイドル系グループに押されてバンド少ないみたいだけどバンドやってる俺たち、同志だね」

と金髪の人がとてもフレンドリーに話しかけてきた。そして、赤い髪の人が

 「あ、もし、良かったらアンプとかそのまま僕たちの使っていいからね。結構爆音でるよ」

と言ってくれた。

「ほんとですか? あざーす。助かります」

「じゃ、」


 YZニッポンのお二人はそう言ってスタンバイするために席を立った。


「なんか、ええ人やん。むっちゃ優しいやん」

「見た目ちょいヤンキーはいってて怖そうっすけど、アニキって感じっすね。三年生だし」

ミッチーとカンちゃんはYZニッポンのファンになったようだ。


 さっきから気になっていたが、俺たちの隣の席がまだ空いている。13番の人たちがまだ来ていない。棄権なのかな。プログラムには「ナオキナオヤ(一年)」と書いてある。その言い回しの良い名前に、


「13番のやつ、これって漫才?」 素直にそう思った。


「ナオキナオヤ? ぷぷぷっ、絶対そうやわ。絶対漫才師。意表をついて案外受けるかも。名前からしてもうおもろいやん」


 ミッチーと話していると、男子生徒がすーっとやってきて俺たちの横に座った。 青白い顔、目の下にはひどいクマ、黒い髪をドロンと片方だけにたらし、首にはヘッドフォン、ひょろりとした男子生徒。私服OKなのに制服のままだ。

 どうやら、こいつがナオキナオヤか。相方はどこだ?こいつはナオキなのかナオヤなのかどっちなのか知る由もなかったが、アイドル系じゃないようだ。もう、それだけで親近感が湧いた俺はそいつに話しかけた。


「やあ、君、ナオキくん?」


「……」


「あ、ナオヤくんかな? 君たち、もしかして漫才するの?相方さんは?」


「……」


 なんだ?こいつ。返事くらいしろよと、俺たちは顔を見合わせた。ミッチーはちょっとイラッとして、


「ちょー、ホンマに漫才すんの?それとも漫談?」


 ナオキナオヤは上目使いで、じーーーっと俺らをみている。目の下のクマが半端ない。何も答えないナオキナオヤ。ガン見でカン無視か? そうか、はじめてのステージで緊張しているんだなと俺は思った。こういう時はフレンドリーに接してやろう。さっきのYZニッポンの二人みたいに。


 「俺たち、君らのあとにやるんだ。初めてだと緊張するよね。でも漫才って他のだれもやってないから、意表をついていいかもね。女子のアイドル系が多い中、俺たち異色。同志だね」


「…にすんな」

 と無表情で席を立ち、ステージ裏に向かった。


「へ!?今、あいつなんつった?」


「『一緒にすんな』と言いましたね」

 

「はあ?なんだあいつ、下手に出ればいい気になりやがって、クソが」

「ほんまや。なんやねん、あいつ。きっしょいなあ。あんな暗いヤツの漫才なんか絶対おもんないわ」 

 関西出身のお笑いに厳しいミッチーが言うのだからそうなんだろう。 



『次は、エントリーナンバー12番、YZニッポンです。どうぞ』

 

「あっ、YZニッポンの演奏がはじまるっすよ」


 ピアノとギターでしんみりとしたバラード。派手なアウトフィットだから、ヴィジュアル系ロックでガンガンいくと思ったら、泣かせのバラードで来たか。時折高音シャウトも取り入れて、上手い。聴かせる。アイドルのオタクのファンたちもそのケミカルライトをゆっくりと左右に降り始めた。会場が一体となった。


「おい、見てみ。あの鬼の生活指導の堀川が泣いてるやん」

「まじか」

 確かにしんみりと聴かせる音楽だが、選考会の短い演奏で泣くか?普通。堀川、そうとう病んでるに違いない。


 『ありがとうございました。12番、YZニッポンでした』


 ステージから降りてきた二人に

「すっごい良かったです」

 と声をかけた。

「ああ、ありがとう。君たちは次の次かい?頑張ってね。応援してるよ」


「あざーす」


「YZニッポンの人って見た目は派手だけど、人間できてるって感じだよな。やっぱ三年生は違うよな」


「なんか腰低いっすね。八百屋にも通じるところあるっすよ。俺たち、次の次っすね。ドキドキしてきたっす」


「ぼ、僕も、スス、ステージは久しぶりで、きき、緊張で倒れそうです。僕、ちゃんとできるかな……ダメです、あ、足が震えてきました」

「ヒザカックーーーン!」

ミッチーがガチガチに緊張しているオギーの後ろに回ってオギーのヒザうらを自分のヒザで押した。

その言葉通り、カックンとなったオギーは

ちょっと、何をするんですか、やめてくださいよー。

 「ほらな、震えとまったやろ。大丈夫やって、オギー、そんな悲壮な顔せんと楽しんだらええねん。ギターアクションも好きなことしたらええし、三分間」


「は、はい、ミッチーさん、ありがとう。一応、アクション考えているんです。僕、楽しみます!!」


 「俺たちの前のナオキナオヤの漫才でも見てちょっとリラックスしようぜ」

 と俺は提案した。


 


『次はエントリーナンバー13番、ハイパーデジタルテクノDJナオキナオヤさん、どーぞ』

 とアナウンスが入った。


「ええーーー?! DJ? あいつ、漫才じゃないのかよ」


「ハ、ハイパーデジタルテクノDJ?なんやねんそれ。長い」


「ナオキナオヤって漫才師だとばっかり思ってたっす」


 ハイパーデジタルテクノDJナオキナオヤは大音量の重低音と共にぴこぴこしたサウンド、そして映像を体育館の壁、暗幕カーテンに写し出し、その映像のダンサーがアニメになったり、3Dになったり、ミラーボールのように会場全体をキラキラとライトが照らしたりした。

 ステージ中央のブースでノートパソコン、それと小さなキーボードの機械だけで操作する。

 「これ、あいつひとりでやってるのか…」

手元の操作だけでこんな大がかりなことが可能なのか。こんなの、プロのミュージシャンのライヴPVでしか観たことない。スッゲー、ハイテク音楽。ハイテク映像。あっという間に三分間が終わった。もっと観たいと思った。


 ――なんだコレ…

 圧倒された。ナオキナオヤ、ただ者ではない。俺たちがやっている音楽とはタイプが全然違うけど、コミュ力無しのむかつく野郎だが、やっていることは超カッコいい。認めざるを得ない。

 「スゲーっす」

 「高校生が作ったとは思われへん。レベル高か過ぎ」

 「完成度が凄いですよ。これはひとつの作品ですね」

 ステージ裏でスタンバっている俺たちは口々に言った。



 『只今のパフォーマンスは13番ナオキナオヤさんでした』


 ステージ袖から降りてくるナオキナオヤに俺は声を掛けずにはいられなかった。


「すごいよ。ナオ…」


「話しかけんな」



「えっ」


「バカが伝染る」


「な、なっ!」


「つるまなきゃ何にもできないバカだろお前ら。バカが伝染るから話しかけないでくれるかな。なんかその随分と時代遅れの代物。今どきコードレスじゃない楽器とか初めて見た。原始的」


 「何だと?コノヤロー」


 「どうせ、くだらない手あかにまみれた超退屈な音楽やるんだろうな。時間の無駄。そんな音楽に四人もつるんでやって意味あるのかな? ホント見苦しいし。ぞろぞろつるむのって。ああ、そうだ。君たち誰かに似ていると思ってたが、今わかった。“2001年宇宙の旅”っていう映画。あれの最初のシーンに出てくるやつだ」


「はあ?知らねーよ。なに言ってんだ。テメーが知ってるものみんな知ってると思うな」


「無知を自慢するバカ。本当にバカが伝染りそうだ」


 ―くっ…


 「あっ、もしかして、初めて猿が道具を使った瞬間ってやつですか?」

 オギーがひらめいたように声を大にして言った。



 「え、猿?オギーなんだよ。猿って。俺たちが猿だって言いたいわけ?」


 「ち、ちがいます、ちがいます。僕は言ってませんよ。彼が、ナオキくんが言ったんですよー」


 「僕はそのシーンだとは言っていない。君が勝手に君らのイメージをそこにあてはめたまでだ」

 さっきまで無表情なナオキナオヤの口が少し笑っていたが目は笑っていなかった。


 「くっそー、猿だって?」


「ヒロ、こんなやつ相手にすなって、それに、今そんなんやってる時ちゃうやん」

 「そうっすよ。次、俺たちの番っすよー」


「早くセッテイングしてくださーい。時間押してますから」

 進行係が俺たちを急かした。


『次はエントリーナンバー14番、エッチピストルズ。どうぞ』

 アナウンスが流れた。


「ヒロさん、ステージに行かないと」


 ――クソ、糞、クッソーー。ムカムカしてきた。


『14番エッチピストルズさん、棄権ですか??』


「わかってるよ、今いくよ!」


 ――なんだなんだ。ナオキナオヤ、ホントに超むかつく。出番前に気分わりいぜ。吐き出したい!!


「オイ、漫才師!」


 カン無視を決めているナオキナオヤ。


「お前だよ。漫才師みたいな名前のお前だ、ナオキナオヤ! 俺らのステージよく見てろ。音楽は一人より四人の方が、つるんでやる方が楽しいに決まってる。それに、世の中、つるんでやることだらけなんだよっ。ハイパーデジタルDJかなんかしんねーけど、ハイテクノロジー使っても、AI使っても、最終的には人と人。コミュニケーションが大切なんだよ。つるむのが嫌だったら、そんなに一人がいいならこんなとこ来るなよ。一人で家で機械と一緒にピコピコ、しこしこ一生やってろ。バーカ」


 俺はナオキナオヤにそう吐き捨てた。なぜだかわからないけど、気がついたらそう言っていた。いつものようにウイキペディアで下調べしたわけでもないのに。丸暗記したわけでもないのに、ムカついて吐き出したくて、そしたらそう言っていた。そしてこのムカつく、むしゃくしゃした思いを音楽にもぶつけてやろうと思った。そしてもう、ナオキナオヤなんてどうでもいいと思った。



「よし、行くぜみんな。GO!!」

「おっしゃー!」

「ういーっす!」

「オギー、行きまーす!!」



 俺たちはステージに駆けあがった。




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