第31話 爆音のステージ

 ライトが眩しい。緊張なんかしていない。早く音をぶっ放したかった。このモヤモヤがどっかに行く前に。アンプにコードを刺しこむ。チューニングはたぶんオーケーだろう。ヴォリュームのつまみを回す。


 ステージから美波が見えた。テニス部たちがかたまっているあたりから黄色い声援が飛んでくる。みんな応援してくれている。洋子もマキも優ちゃんも、握手会に来てくれたオギーのファンの子も。けれど、ピンポイントで俺には美波しか見えない。「ヒロくーんがんばってーっ」と手を振って美波が俺の名を呼び応援してくれている。美波がニコニコ笑いながら後ろを振り返った。なんと、そこには恭太郎がいた。美波が恭太郎のシャツを指差した。恭太郎も"VOTE FOR H-PISTOLS"のTシャツを着ているではないか。そしていつものように指をちゃっと振り、ウインクをした。


――!恭太郎のやつ、応援してくれてる。


 やるぜ。恭太郎、見ていろよ。テニスではボロッかすにやられたけど、今日は俺のテリトリー、超かっこいいところ見せてやる。そして、学祭の権利、必ず取ってやる。



 ミッチーが拡声器越しに


「ウイーアーザ・エッチピストルズ!!」


 と叫ぶと、カンちゃんがステックでカウント、俺たちのパンクロックが炸裂した。爆音が体育館に轟く。ミッチーがピョンピョン跳びながら拡声器で歌う。


 最初はボーッと、ただ観ていたアイドルオタクのファンの生徒たちもケミカルライト持ってミッチーのマネしてぴょんぴょん跳ねだした。


 ――いいぞ、いいぞ。みんなのって来た。


 ワンコーラス終わって、オギーのギターソロだ。オギーはヴォリュームをフルに上げ、ギターをアンプに近づけて、ハウリングさせた。


 オギーやるじゃん。あんなアクションどこで覚えたんだ。すると、オギーはギターを肩からするりと降ろした。



 ――へっ、なんだ?



 ミッチーが、俺に向かって何か言っている。


 演奏の音が大きすぎて聞こえない。



 オギーは肩からはずしたギターを両手で持って、大きく振りかぶりギターをステージの床に振り下ろした。


『ぐわわわあーーーーんんんん』


 信じられない爆音が轟いた。


「!?ええーーーーーーっ、百万えーーーーーーん!アホかーーーーー、オギー、やめろーーーーーー!」

 とミッチーの叫ぶ声をマイクが拾った。



 オーデイエンスはオギーの突然のパフォーマンスに興奮して、キャーキャーギャーギャー叫びだし、もっとやれーもっとやれーのコールが起きた。


 俺は、あせって

「ミッチー、歌え歌え、オギーにかまうな!!」

 とベースを弾きながら叫んだが、ミッチーには聞こえず、


『ピーーーーーガガガーーーーーーガガガーーーーー』

 と耳をつんざくような爆音の中、


「百万やで、百万円のギター。やめろーーーーーー!!!お前どういうつもりやねーーーーーん!!!」


 と、オギーを止めようとする。それでも、オギーは何かに取り憑かれたようにギターを叩き壊し続ける。


『ぐわわわわああーーーんんん、ぐわわわわあああーーーんん』


 オーデイエンスたちはこの上なく興奮して、ついにはケミカルライトをステージに投げ入れてきて、何個かのそれが俺の足やベースに当たった。俺はベースを弾きながらもケミカルライトを拾ってオーディエンスに投げ返した。


「もっとやれーサイコー!!もっとやれー!」

 興奮する生徒たち。


 俺は、ベースを弾き続けた。けれど、ミッチーがついに


「オギー、えー加減にせーや!壊れてるやん!」


とオギーに飛びかかりオギーの胸ぐらを掴んだ。それを見たカンちゃんがドラムを叩くのをやめて、あわててミッチーを止めにはいった。もう、三人がもみくちゃ状態だ。


 ベース、ギター、マイク、がハウリングを起こし爆音の中、ステージでは三人が取っ組み合い、観客は大喜びで、イエーイ、やれー、もっとやれーとの声援。


 挙げ句の果に、ステージのカーテンが進行係りによって降ろされ、アンプの電源も切られ、やっと耳をツンざく爆音ノイズは止まったが、生徒たちからの、もっとやれーコールは止まらなかった。


 俺は、頭がまっ白になっていてただ立ち尽くし、三人の取っ組み合いを眺めていた。が、カーテン越しに聞くオーデイエンスの声援に身震いしたのだ。


「おい、聞けよ、声援。俺たちへの声援だぜ」


まだ取っ組み合っている三人。


「聞けって言ってるだろ!!」


 取っ組み合っている三人は、はっとしてやっと動きを止めた。



『み、みなさん、し、静かに、静かにしてください。あー、えーと、あの、エントリーナンバー14番 エッチピストルズさんによる、演奏? と、えーと演劇でした。…劇だよね。マジじゃないよねあれ、えっ 違うの?』 ブチッ


 焦り気味のアナウンスが入って、やっと生徒たちが静かになった。


 きびきびした進行係に、最後の候補者が演奏するから早くステージから降りろと言われ、散乱したギターの破片を拾って俺たちはさくさくステージを降りた。


 ステージ裏でもミッチーの怒りは収まらない。バラバラになったギターをかかえたオギーに

「お前、なんやねん、もう何してくれてんねん」

 と詰め寄る。


「ミッチーさん、僕に言ってくれたじゃないですか、好きなことやったらいいって、楽しんだらいいって。だから僕、僕は僕なりにアクションとか考えて、勉強もしたんです。ザ・フーというバンドのピート・タウンゼントの真似をしようと思ったんです。すごくかっこいいから。ミッチーさん、テニスのときよくイメージトレーニングっていうじゃないですか。『俺はラファやー』とか。だからイメージトレーニングをして、僕はピート・タウンゼントだったんです。彼はギターを壊すんですよ、ステージで。でね、ジミ・ヘンドリックスという左利きのギターリストはね、彼はなんと、ギターを燃やすんです。ステージでメラメラと。すごくないですか。僕、本当はヘンドリックスみたいにギターを燃やしたかったのですけど、火はやっぱり危ないかなと思いまして、ピート・タウンゼントにしたんです。ふふふ。僕はクラシックギターやってるときはステージが怖くて仕方がなかったのだけど、なんかこんな気分初めて。ふふふ」


「ふふふって、笑てる場合ちゃうやん!俺の言いたいポイントはやなあ…、ヒロ、おまえ知ってるやろ、このギターがいくらするか。百万やで百万。俺は、許されへん。あんな高価な物、ぶっ壊すやなんて、バラバラになってるやないか。信じられへん。金持ちとはやってられへんわ」


 ミッチーは家庭環境が複雑で、どっちかというと貧乏な家で育ったようで、物を大切にしないのは我慢できないのだろう。ましてや、百万円のギター。俺には関係ないが、ミッチーの気持ちも解らなくはない。


「何ですか?百万円って。百万円じゃないですよ」


「ふぇ??」 


「コレは、今日のパフォーマンスのために、不燃物のゴミの日に見つけたギターです。まだ全然使えそうだったから、自分で色を塗って、ステッカーも貼って、壊し用にそれらしくペイントしたんです。父に買ってもらったギターは家にありますよ。僕だってそんなにバカじゃありません。買ってもらったギターを壊すなんて」


「…えっ、そ、そうなん…?……ちゅーか、せや、壊し用のギターでも、物は大切にせなあかんねん。物を大切に使わんやつ、はらたつねん、俺は。もうやってられへんわ。こんなん、選ばれる訳ないやん。やめたる。バンドなんかやめたるわ。金持ちのボンボンとかと一緒にやってられへん!!」


「ちょっと静かにしてください。今、最後の人が演奏してますから」

 進行係が小声で俺たちに注意をした。

「……すんません」

とミッチーがボソッと言った。


 最後の候補者の弱々しいフォークソングをバックに沈黙が続いた。オギーが今にも泣きそうな顔している。


「つか、正直、俺は手応えあったと思う。結構よかったと思う。演奏最後までできなかったけど、インパクトあったって。みんな、あの声援聞いただろう? ミッチー、やめるってそんなジョーダン言うなよな、俺たち絶対いけるって」


 本当に俺はそう思った。あのオタクオーデイエンスの怒涛の声援、俺たちが一番の盛り上がりを見せたんだ。


 すべての候補者の演奏が終わり、投票が行われ、その間、俺たちはずっと無言だった。突然、カンちゃんが口を開いた。


「ああーーーっ、最悪っす!」


「ああ、せや、最悪やわ」

ミッチーが冷めた口調で言う。


「俺、シャツ、ビリビリ破いて裸になること、すっかり忘れてたっすよー。マジ、最悪っす。ショックっすよー」


「「「…………」」」



**************



 学祭執行部のアナウンスが入った。

『投票の結果が出ました。候補者のみなさんはステージに上がってください』


「なんか、すみません」

ステージに上がりながらオギーが半泣きで言った。


「なんで謝るんだよ。あんだけ会場をわかせたんだ、絶対5位までには入ってる。絶対大丈夫」


 後ろの方で、

「すごくよかったよ。サイコーだったよ。ところで、叫んでた百万円ってなに?」

「あの、それはですね、べ、別に意味は無くて…」

そんなミッチーとYZニッポンの二人との会話が聞こえてきた。


 俺には自信があった。俺が思うに、当選するのは、薫子、それから、もう一組の人気のあったアイドル系、プロ級の演出のナオキナオヤ、YZニッポン、そして俺たちの五組だろう。



「いい気になんなよ。言っておく。お前たち、絶対選ばれないから」


 ナオキナオヤが俺の横にすーっと来て、顔も見ずに俺にそう言った。


――なっ!…



 学祭執行部のアナウンスが再び響き渡る。


『みなさんステージ上にそろいましたので、これから投票結果を発表いたします』



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