第32話 ノーフューチャーフォーユー

「…だからね、北村君、君ねぇ、ああいう態度は良くないよ。ああいうのは本当に見苦しいし、潔さに欠ける。投票という民主主義のルールの中で決まったことなんだ。わかるよね。だから真摯にその結果を受け止めるのが高校生。あれじゃあまるで駄々をこねる幼稚園児だ。今回は初めてのことだし、深く反省してるようだから、親御さんには電話で今日のこと、それから君の鼻血のことを連絡しておいたから、学校に来てもらうことはしないけれど、今後このようなことがあったら、親御さんに即連絡して、学校に来てもらうから覚えとくように。もう、帰ってよろしい。もう鼻血は止まったか?」


 俺は鼻に詰めているテイッシュをとって確認した。

「はい。たぶん、止まりました」


「それはよかった」


「すみませんでした。失礼します」


 体育の教師の池田に無理やりステージから引きづり下ろされ、ここ職員室の個室で生活指導の堀川にもう、かれこれ小一時間説教をされたが、やっと解放の時が来た。


 席を立ち職員室の戸を開けようとした時、堀川が俺の後ろで言った。


「まあ、君の気持ちもわからんでもない」


「……」


「世の中とは、こういうものだよ。時に投票なんてものは必ずしも優れたものが選ばれるわけじゃない。過去の世界の歴史的な事柄を見たってそうだ。大衆が選ぶ事柄がいつも正しいわけではない。大衆に見合ったものが選ばれる。だから、その、まあ残念だったね。来年、またチャンスはある。頑張りたまえ」


「あ、…はい…。失礼します」


 ガラガラと戸を開けて職員室を出た。歴史の先生の堀川らしいな。と思った。そして堀川がYZニッポンの歌を聴いて目をうるうるさせていたことを思い出した。どういう思いがあるかは解らないが、彼らの歌を聴いて感動したのだと思う。



 誰もいない廊下を歩きながら考えていた。結果発表のステージでの自分、なぜあんなことになったのかわからなかった。俺は俺自身、あんなことのできる性格じゃないと思ってた。納得がいかなかったことに対して、自分自身コントロールができなかったし、ただただ、我慢できなかった。そのモヤモヤを吐き出したかったのだ。




 ******************



『それではみなさん結果を発表いたします。上位五位までのグループに学祭ライブのステージ権利が与えられます』


 ステージ上に並んだ俺たちは、その執行部のアナウンスにドキドキした。ステージから美波が見えた。祈るように両手を胸の前に合わせている。その後で恭太郎がサムズアップのサイン。テニス部のみんなが手を振ってくれている。この投票結果で決まってしまうのだ。俺たち、エッチピストルズが学祭デビューできるか否か。



『それでは発表します。第一位、エントリーナンバー8番 桜田薫子さん』


 会場内の薫子のファンの生徒がケミカルライトをふり、踊りながら声援をおくった。会場は沸いた。まあ、薫子が一番で通るのは想定内だろう。ファン多いし、ぶっちぎりの一位だろう。想定内。



『第二位、エントリーナンバー10番 いちごミルクズ』


 第二位、これも想定内。彼女たち歌も躍りも上手かった。



『第三位 エントリーナンバー1番、螢川学園46』


 え、なんで?なんで?あの口パクアイドルなんだ? 46ってなってるけど10人だし、いや10人もいる。10人がこぞって口パクで躍りバラバラ。しかもブスばっかり。なんで?この時点でYZニッポン、ナオキナオヤ、俺たちのうちの誰かが落ちる。嘘だ。



『第四位、エントリーナンバー4番 レインボウキャンデイ』


 え?え?どうゆうこと?また、口パクアイドル系じゃん。グループ12人って数さえ揃えりゃいいってもんじゃねえだろう。みんなバカなの?こんなのまた観たいの?


 俺はメンバーみんなの顔を見た。みんな暗いドンヨリとした顔をしていた。ミッチーは「無理やて、無理に決まってる。無理無理」と完全に諦め切った態度だ。


 次に名前を呼ばれないと、俺たちエッチピストルズの学祭のステージはない。最後のポジション。俺は祈った。キリストとか、お釈迦様とかアラーの神とか、俺の知っている全部の神様の名前を全部唱えて、あと、御先祖様にも、死んだじいちゃんにも、小学生の時、飼っていた死んだ金魚にもお願いした。エッチピストルズが当選しますように。お願い!お願いしまーす!!


『最後、第五位は エントリーナンバー3番 ミラクルるんるん』


「えええーーーーーーーーええーーーー??」

「きゃーーーー信じられなーい!!」

 ミラクルるんるんという、バカっぽい女子5人の声と俺の声がかっぶった。5人が泣きながら喜んでいる。


「信じられない…」

 俺たちは上位五位には選ばれなかった。俺たちどころか、実力のあるYZニッポンの二人、プロ級のテクニックのDJナオキナオヤさえも選ばれなかった。死んでいる。クソすぎる。なんなんだ、この当選組は。つか、バンドじゃねーし。アイドルモドキだし。みんながみんな似たような、しょんべん臭いガキっぽい口パクアイドル系じゃないか。バンドは、バンドは、ロックは死んだのかー!くそだ。くそすぎる。薫子といちごミルクズは、まあ歌も上手いし、ダンスも上手かったから納得はいく。けれど後は何だ、幼稚園のお遊戯レベルじゃないか!!こんなのでいいのか?螢川学園の学祭ライヴは!


『当選したグループのみなさんは中央に集まってください』


 俺は、頭に血がのぼって顔が火照ってきたし、体中が熱くなって、なんかわからない汗がでてきた。わなわなと握りしめた拳が震えた。


「なんで、同じようなのばっかりなんだ。しかもあいつら…」


「ヒロ、やめとけって」ミッチーが止める。


「なんで、YZニッポンとかナオキナオヤが選ばれないんだ。良かったただろう?歌も演奏もテクニックも最高だった。なんでみんな選ばないんだよ。なんで超上手いやつが幼稚園児みたいなお遊戯に負けるんだよ」


「ヒロさん、しかたないです。これは投票結果ですから」


「うっせー、オギー、こんな投票なんてくそだ。わからない奴は選べないんだよ。それがよかったことさえわからないんだ。おまえら、クソだ、クソ、クソクソー、クソ以下だー!」

 俺はオーデイエンスに向かい叫んだ。


「負け惜しみいってんじゃねーよ」

 と生徒の誰かが叫び返した。


「そーだ、そーだ。選ばれなかったくせに」

「選ばれたアイドルちゃんたちに謝れ!!」

「謝れ!謝れ!謝れ!」

「帰れ、帰れ、帰れ」


「か・え・れ、か・え・れ、か・え・れ……」


 と帰れコールが俺に向かって会場から轟き始めた。


「静かにしてくださーい」


 進行係がマイクを持ってステージに上がって注意を促した。

「みなさーん静かにー。みな…、あっ!」


 進行係が横を通り過ぎようとしたその時、俺は、そいつからすばやくマイクを奪い取りそして叫んだ。


「静かにしやがれ、お前たちはクソだ!糞尿だーーーーー!!自覚しやがれー!お前らには未来はねぇーー。ノーフューチャーだ。ノーフューチャー!!ノーフューチャーフォーユーだーー!!」


 一瞬、シーンとなるも、次の瞬間、再び 

「か・え・れ、か・え・れ、か・え・れ……」

 と帰れコールが響き渡る。そしてケミカルライトが俺めがけて飛んできた。


 ステージ上の女子グループたちがキャーと悲鳴をあげてステージ後方に下がる。


「やめてください、あぶないですから、あぶない、もう、やめて」

進行係も最初は温厚に進めていたが、最後にはキレて

「やめろって言ってんだよ。このカスどもがーーー!」

とステージ上に投げられたケミカルライトを生徒たちに投げ返し始めた。俺もケミカルライトを拾って投げ返していると、何か硬い物が俺の鼻に命中した。

――ガツン

 と鈍い音がして、ゴツンと床に落ちた。それは、ケミカルライトではなく、金属製のペンライトだった。激痛が走り鼻をおさえると鼻血がドボドボと出てきた。鮮血は俺の一番のお気に入りの god save the queen と書かれたTシャツを赤く染めた。


「あ"ーーーーーーー!!!Tシャツがーーー」

 思わず叫び声が出た。そして

「ヒヤアアーーーーーーアアアア!!血ィー、血イイイ」

 というとち狂ったような進行係や薫子や女子たちの悲鳴とその形相におどろいて、俺の両手についた血と、ボトボトと垂れつづける鼻血を見た俺は、もう一度

「あ"ーーーーーーーー!!!」と叫んだ。


「キャー、血よ。血が出ててるキャーーーーアアアア」

「こっち向かないでーーえええ、こっちに来ないでえええ」


 向きを変えるたびに、俺の前にいる奴らが俺を見て悲鳴をあげ、ささっと後ずさりし、そこにはちょっとしたスペースができた。鼻がい痛い。マジむかつく。

「このやろー、ペンライト投げたの誰だ、上がってこい、ステージに上がってこい。卑怯だぞ!」

 ステージ上からそう叫んだ。


 後ろからミッチーとカンちゃんが俺を押さえて止めている。

「ヤバイっすよ。ダメっすよー」

「なんで止めるんだよ、離せよ」

 カンちゃんが振り向いた俺の顔を見て「ギャアーーーーーアア」と叫んだ。

「あかんって、ヒロ、落ち着け」「ヒロさん、危ないです」

 さらに止めに入ったミッチーもオギーも俺の顔を見るなり青ざめた。

「げっ、おまえ、ち、血、すごい血…。人、食った?」

「ゾンビだ…」


「うっせー、はなせー、はなせー、おまえらノーフューチャーだ!ノーフューチャーフォーユー!!」




「ピーピピピピーーーー!!」

 けたたましく笛の音がしたと思うと、

「北村くんーーー!やめなさーい、やめるんだー!」

 と叫びながら走ってきた体育の池田に俺は腕を掴まれ、ステージの横から引きずり下ろされた。そして、生活指導の堀川に職員室の中の個室つれられて行き、そこでこんこんと説教されたって訳だ。


 なんで俺だけ?ペンライト投げた奴は?と思ったけど、俺が暴れたりしなかったらこんなことにはならなかったわけだし、結局は自分をコントロールできなかった俺が悪いってことになるのだろう。そんで、この鼻の負傷は仕方がないですまされる。


 ノーフューチャーフォーユーか…。ノーフューチャーフォーミーだな。



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