第26話 キャンプファイヤーとドキドキのフォークダンス

 夕方、昨日より早く練習が終わった。


 岩田さんがみんなの前で話を始める。


「今日は最後の夜ということで、これからリクリエーションターイム!!キャンプファイヤー!!イエイッ」


「イエイッて、何、岩田さんのキャラ変わり過ぎじゃね。キャンプファイヤーはじまんの?マジ?」


 さっきの恭太郎との試合で、勝ったけどガッツリ打ちのめされて気分的に負けたあの後から、おおいにしょぼくれていた俺だが、キャンプファイヤーというアゲアゲワードに心踊らせた。

「アオハルきたぜ、アオハル」

「キャンプファイヤーとか、めっちゃテンション上がるやん」

「火を見ると人間、興奮するっすよ」

「ボーイスカウトみたいですね」


 どうやら、キャンプファイヤーに喜んだのは俺だけではなさそうだ。


「が、ちょっと待った。その前に私の話を聞いてくれたまえ」


 また真面目な顔にもどって岩田さんが話を続ける。


「あーー、えへん。本当に君たち、よくがんばった。特にテニス初心者の男子のみんな、この厳しい特訓によくついてきてくれた。だいぶ上達したと思う。

 そして、この合宿の場を提供してくださった五条寺さんにはとても感謝をしています。ありがとうございました。そして、マイチームのために食事を作ってくれたシーンの裏方の皆さん、そして、ちびっこテニスの父兄の皆様、野菜の差し入れの神田青果店、ありがとうございました。そして、忘れてはならない、ボールパーソンたち。サンキュー。この合宿を支えてくださったすべての方々に感謝。サンキューベリーマッチ、アイ ラヴ ユーオール、ホープ、シーユーネクストイヤー、good-bye!!」


「…はあ、優勝スピーチかよ」

「片眉あがってるし」

「マイチーム?」

「ボールパーソンって誰?どこ?」

 俺たちはあっけに取られた。


「ふふ、岩田さんはね、いつもこうなの。気にしないで。それに、キャンプファイヤーも"昭和テニスブートキャンプ"ではいつものことだから」

 美波がさらっと言った。


 ――いつものことなのか…。

 気にしないでと言われても、逆に気になる。


 ガタガタとパーティーテーブルが出され、キャンプファイヤーの櫓が組まれる、いつもやっているだけあって手際がいい。


「パーティー、またパーティーっすよ」

「パーティー好っきゃなー。ここの人ら」

 カンちゃんとミッチーがテーブルを運ぶ。

「そうですね。社交性を高めるためですかね。僕はすごく苦手ですけど」

 椅子を運びながらオギーが言った。

「へー、そうなんだ」


 まわりを見ると、いつの間にか人が増えていた。ちびっこテニスの子供たち、その父兄たちがやって来る。近所の人たちだろうか。恭太郎と浴衣姿の留学生のニックとエミリーもいた。

「恭太郎のやつまた来やがった。それにあの二人、まだ日本にいたんだ」

「また浴衣きてるやん。かわいそうに。着せられてんちゃうん。あ、今日はスニーカー履いてる。学習しやったな」


 キャンプファイヤーの火がメラメラと夕暮れの空を照らす。



『♪どおぶネ~~ズミみたいにい~~~♪』

 突然、岩田さんがギターを弾きながら歌いだした。

 「え、岩田さんってギターも弾くし歌も歌うんだ」

「岩田さんって何者?」

「なんか謎っすね」


『リンダ、リンダあー、山本リンダーあー。♪』


「岩田さん、ノリノリですね」

「北村くんも一緒にっ!リンダリンダー、ハイッ、… 一緒にィー、リンダリンダー、ハイッ」

「え、俺?」

 ヤバイ、知らんし。まごまごしてしまった。


「え、知らないの?ブルーハーツ。おっさんたちとはこれで超盛り上がるんだけどねえ」


「俺、知ってますよ」

 ミッチーが岩田さんのギターをバックに歌いだした。二人は意気投合したようだ。


 カンちゃんは洋子とニックとエミリーと太鼓について話をしているようだし、オギーは優ちゃん、マキと、あと小学生の父兄の人と盛り上がってるようだ。


 ――なんだ、みんな結構、社交的じゃん。


 気がつくと、俺はぼっちだった。


 みんな何しゃべってんだ? どうせ、どーでもいいしょーもないことしゃべってんだろうな。なんだ、オギーのやつ、パーティーは苦手とか言ってたくせに。結構楽しんでるじゃねーか。


 美波は恭太郎とちびっこテニスの小学生たちと楽しそうに何かを話している。


 ちっ、おもしろくねー。キャンプファイヤーって実際こんなもんなんだ。何がアオハルだよ。クソっ。



「みなさーん集まってー、輪になってくださいーい。今からフォークダンスを始めまーす!イエイッ」

 岩田さんが叫んだ。


「フォークダンス? 」



「小学生のみんなのリクエストだって。ヒロさん、フォークダンス。始まりますよ」

 オギーがパタパタと走ってきて言った。


「えー、なんでフォークダンスなんだよ。俺、やんねーよ。フォークダンスとか超ダッセ。ガキじゃあるまいし」


 半端ない誰かの視線に気づきその方向を見ると、フォークダンスを提案した小学生たちが束になって、俺を睨んでいた。


 ――こえっ、



「せやなあ、フォークダンスとかパンクスアイテムではないな、けど、女子と手が繋げる。多分、美波とも」

 ミッチーがニヤリとして俺を見た。


「あ、俺、やりまーす」


「な、なんやねん、お前、超変わり身はやいなあ」



 女子の輪、男子の輪とに別れ、結構な人数のオクラホマミキサーが始まろうとしている。


 美波とダンスが出来る。手を繋げる。腕を組める。美波はどこだ、美波の近くに行かなきゃ。だが、俺はなぜか小学生とその母たちに囲まれていた。


「はーい、では、始まりまーす。目の前の人と手を組んでくださーい」


 目の前の小3くらいの女の子は、鋭い目で俺を睨んでいる。

 ――ちっ、小学生のガキとダンスかよ

「おにーさん、変なことしたらお父さんに言いつけるからねっ」

「しません!!」

 変なことってなんだよ。近頃のガキはマジこえー。


 音楽がスタート。

 フォークダンスって小学生のときに踊ったきりだけど、案外、覚えているもんだな。

 何人かの小学生とその母と踊ったあと、美波が回ってきた。


 ――次は美波だ!!

「ハロー、ヒロくん。マイパートナー」

「は、ハロー、マ、マイパートナー」

 そうなんだよ。美波は俺のダブルスのパートナー。その言葉に俺は溶けてしまいそうだった。


 俺は美波の肩に腕を回した。緊張してダンスのステップがぎこちないし、心臓のドキドキのボリュームがアップしてくる。この心臓の鼓動が美波に聞こえてないだろうか?なにか話したほうがいいのかな。何を?テニスのこと? えーと、えーと、何から切り出そう。と思っている間に、

「バアーイ」

 美波は次のパートナーへと移って行った。


 ――はやっ、一瞬のハッピネス、ジ・エンド。


「ヒ・ロ・さん!」


 ――!!げっ、オギー?!


 次に回ってきたのはオギーだった。


「オギー、お前、なんで女子の輪にいるんだよ」

「女子の人数が足りないからですよ」

「勘弁してよー。もう」

「いいじゃないですか。ヒロさん。たのしいじゃないですか」


「ちょー、オギー、そんなにくっつくなよ」

「くっついてませんよ」

「くっついてるって。離れろ!!」


 フォークダンスも終盤。


 ――美波、もう一回、もう一回、回ってこい!!

 と願ったが、美波があと一人と迫ったところで無情にも"オクラホマミキサー"は終わった。



 ******



 そうして俺の人生、初めてのテニス合宿は終わった。この合宿で俺のテニスはかなり上達した。俺だけではない、ミッチー、カンちゃん、絶望的だと思われていたオギーもそこそこに上達した。

 俺的には、恭太郎のこともあって、楽しくないこともあって、それに特訓はきついし地獄だったが、でも全て楽しくなかったと言えばそうではなく、キャンプファイヤーもあったし最後は美波とダンスを踊れた。なんだろう、今まで味わったことのない感覚。これって充実感っていうのかな。


 キャンプファイヤーの炎が煙と一緒に夜空に消えていくように、熱く燃えた高一の夏休みが終わった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る