第25話 リベンジの時、来る!!
テニス合宿二日目
岩田さんに六時半にたたき起こされる。テニスコートに出ると、もうすでに美波たち女子がストレッチをしていた。これから早朝ランニングが始まるらしい。
「おはよう。みんなまだ眠そうだけど大丈夫? あらっ?」
美波を始め女子全員、俺をガン見した。
「へっ?」顔になんか付いてるのかと思い、手で目、鼻、口の回りをなで回した。
「ヒロくん、髪」
「あ、ほんといつもと違う」
「ツンツンじゃない」
「なんか、超フツー」
「ああ、髪。ヘアジェルつける時間なかったし」
眠気眼で頭をかいた。
「なんか別人みたい。案外長いのね、髪。おろしている方も似合ってるよ」
美波にそう言われて、ピッカーーーーーンっと目が覚めた。似合ってるんだ。この何もしていないフツーの髪型も。
「なんか、フツーやん。俺はツンツンの方が似合ってると思う」
「ヒロちゃんはやっぱ、ツンツン頭っすよ」
「僕もツンツンしてる方がカッコいいと思います」
野郎三人の意見なんか美波の意見に勝つわけがない。
軽やかに掛け声をかけながらランニングがスタートした。
「いちに、さんし、いちに、さんし、ワンツー、さんし、ワンツー、さんし」
髪型褒められるし、朝から軽やかな女子のかけ声って眠気も吹っ飛ぶし疲れも吹っ飛ぶ。サイコーっ! と思ったのもつかの間、ミッチー、オギー、俺の三人は女子たちに大きく遅れをとって、彼女らのはるか後方で、「ウソだろ」「もう、ゆるして」「朝から勘弁してください」と、それぞれもごもご言いながらだらだらと歩いた。体のあちこちが痛い。朝は清々しいとか、朝の空気は気持ちがいいとか、早起きは三文の徳とか、もうそういう次元ではなくなっていた。朝から吐きそうだ。テニス強化合宿を甘くみていた。こんなにもガチなやつだとは思っても見なかった。だが、カンちゃんひとりが女子たちにまじって完走した。カンちゃんも凄いが、女子たちも凄い。
*****
「女子はかなりレベルが高いが、君たち男子はテニス初心者なので、ストローク戦になる前に、さっさとポイントを取る術を教えよう」
岩田さんのテニスレクチャーが始まる。
「サーヴで崩して、前に出て、ボレーで決める、サーブアンドボレーだ。後衛も前に出てくる訳だから、ボレーは意地でも決めなければならぬ!!が、もし、ミスったとしても、この作戦を試合に取り混ぜると相手に圧力をかけ、ミスを誘うことができるのだ!
そして、サーブだが、ミックスダブルスの場合、男子が女子に対してどれだけ強いサーブを打ち込めるかによっても違ってくる。まあそれは上級者の場合で、ここにいる初心者男子諸君は、まずサーブをきっちり入れることに集中してくれ。では、まず、サーブの練習はじめーーっ!!ノロノロすんなー!サーブの位置につけーーーええ!その一球にかけろー。一球入魂ーーーー!!!!」
――お、昭和きた。
「そうなのよね、女だからってゆるいスピンサーブとか打たれたらものすごくムカつくわ。だから、そんな扱いをした男子には、ばんばん強打してやるの。もう狙って打ってやるわ。ハアッ!」
洋子が強烈なサーブを打った。
「私はスピンサーブを女子に打つ男子は優しいと思うな。恭太郎さんとか絶対女子にはスピンサーブを打つわよね。ハッ!」
「そうそう、ゆるいけれどスピンすごくかかってるから予想しない方向にバウンドして、リターンが難しいのよね。女子には強烈なサーブを打ち込まない恭太郎さんってホント、ジェントルマンだわ。素敵よね。ハッ!」
優ちゃんとマキも交互にサーブを打つ
「そうかしら。ちょっと、そんなんだから男子に舐められるのよ。ハッ!」
「その優しさが恭ちゃんのいいところなんだけど。時に優しすぎるわ。ハッ」
美波が美しいフォームでサーブを打った。
ちっ、また恭太郎かよ、なにやらいろいろとテニスって面倒くさそう。女子に気を使って裏目に出るって最悪だな。と洋子の憤慨ぶりをみて思った。まあ、俺たち初心者にはそんな余裕は無く、とりあえず岩田さんに言われた通りサーブを入れることに集中していると
「そうなんや…。女子にはスピンサーブがジェントルマン…」
俺の横では何やらミッチーがブツブツ言っていた。
「ヘイ、ガイズ!!」
――ゲっ、その声は!!
やはり恭太郎だった。
「噂をすれば影、恭太郎さんよ!キャー」
「あ、恭ちゃん!」
「テニスの合宿、楽しんでいるかい?」
恭太郎に駆け寄ろうとする美波を岩田さんが手で制した。
「あー、恐れ入りますが、花園の坊っちゃん、邪魔をなさらぬようにお願いします」
「あ、すみません。岩田さん本気モード入ってますね。岩田さんが本気になると結構すごいですからね。彼らも上達したんじゃないですか。じゃ、僕はこれから"ちびっこテニス"のコーチですから。じゃ、あとですこし見学させてもらいます」
ちゃっと、いつものウインクをした。
ウザい。なんでまた恭太郎が来るんだ。あいつが来るとろくなことが起きないんだけど。めちゃウザ。岩田さんの言う通りだ。邪魔すんな。
美波を見ると、恭太郎を目で追っていた。そうか。彼女の視線の先にはいつも恭太郎ってわけか。 昨夜のオギーの話が本当なら、恭太郎の野郎、美波の気持ちを知っているくせに…。
自分でもよくわからないが、なんかムカムカしてきて、いても立ってもいられなくなった。俺は決めた。恭太郎に勝負を挑む。この前のリベンジマッチ。果たし状だ!恭太郎が"ちびっこテニス"のコーチを終えてこちらのテニスコートにやって来るのを待って、面と向かって言った。
「おい恭太郎、俺と勝負しろよ」
「えーと、失礼ですが?」
キョトンとする恭太郎。
「とぼけんなっ!恭太郎」
「いや、失礼、本当に、どちら様? え、き、北村くん?? ごめんごめん、北村くん、なんかフツー。いつものツンツン頭じゃないから誰だか解からなったよ。随分とフツーだから」
フツー、フツーって連呼しやがって。フツーって言うな。ツンツン頭じゃない俺はモブキャラとでも言いたいのか。くそー、結構ショックだ。
「勝負だって?ああ、いいよ。この前と同じシングルス対ダブルスで」
「ちがう。さしで勝負だ」
「え、さしって、ぷぷっ、シングルスってことかな?ふふふっ」
「ああ、そうだ」
なに笑ってんだ。こいつ。ムカつく。
「岩田さんいいですよね」
「ああ、面白そうじゃないか。いいだろう」
「オーライト、あ、岩田さん、練習の邪魔はしませんよ。三分以内で終わらせますから。じゃ、北村くん、前回よりどのくらい上達したか見せてもらうよ。さしの勝負で。ルールは前と同じでいいよね。ツーゲームスで君が一ポイントでも取ったら君の勝ちだ」
「ルール、ホントにそれでいいのかよ」
「ああ、いいよ。普通に対戦したら絶対僕が勝つに決まってるから。まあ、どちらにしても僕が勝つけどね。君には一ポイントも与えない」
恭太郎はにやっと自信満々の笑みを浮かべた。
「アーユーレデイ? ラフ...」
「ラフ オア スムース!!」
俺は恭太郎がそれ言う前に、先に言ってやった。勢いあまって大声になってしまったけど俺はその言葉が言いたかったし、ラケットをくるくるとスピンさせたかった。
「そんなに大声で言わなくても聞こえてるよ。じゃ、スムース」
俺はラケットをスピンさせ倒れた面のストリングスをさわった。
「スムースだ」
「OK、サーブで」
「私、またアンパイアするわ」
洋子がアンパイアチェアーに駆け上った。
役者は揃った。こい、恭太郎!!絶対にワンポイント取ってやる。美波をちらっと見るとその視線の先には恭太郎。そのあと俺と目が合うと「ヒロくん、がんばれー」と応援してくれた。彼女は心ではどっちを応援するのか。恭太郎か、それともダブルスパートナーの俺か。もう、もう、どっちでもいい。俺が恭太郎から一ポイントを奪い勝利してやる!! 美波、見てろよ!
と、意気込んだが、恭太郎のサーブはこの前よりも数段ギアを上げてきたようで、弾丸のようなノータッチエースをバシバシ決められ、ラブゲームで恭太郎が取った。
「ゲーム、花園!!」
「悪いね。ラブゲーム。またもや一分かかってないよね。フフっ」
クッソーー
「ヒロ、集中、お前はできる!! 昨日からの苦しい特訓を思い出せ!ユーキャンドウーイット!いてまえーー!!」
ミッチーが応援する。
「ヒロちゃーん」
「ヒロさん」
「がんばってー」
みんなの応援。そして静まり返る。
俺のサービスゲーム。サーブ位置に立って、ぽんぽんとボールをバウンスする。さっき習ったサーブアンドボレー。これで決める。
絶対勝つ。三分で終わらせるだとお? ああ、終わらせてやる。この一球で俺が終わらせてやるぜ。
「ハアッ!」
サーブを打つとすぐさまネットに走った。恭太郎のリターンが思っていた通りクロスに帰ってくる。俺はそのままラケットをボールに合わせボレー。ボールは恭太郎の左側、コートの深いところを突いた。立ち尽くす恭太郎。
「イエス!!カモーーーン」
――やった!!ワンポイント恭太郎から取った。勝った。やったーーーー!
「特別ルールにより、ゲームセット!!マッチウオンバイ北村!」
「おおっ、見事なサーブアンドボレー。まるでルールブックに載っているお手本だ。うん、教え方がいい!!」
岩田さんが手をたたいて喜んでいる。
「ヒロくん!!」
美波も拍手してくれている。見たか、美波。俺は恭太郎からポイントを奪ったぜ。
「スッゲー、あいつ、やりよった」
「ヒロちゃーん、やったすね!」
「勝った。恭太郎さんに勝った!!」
俺はみんなにサムズアップのサインをした。
――ざまあ、恭太郎。
俺はドヤ顔でネット際で恭太郎を待った。
恭太郎が髪をかきあげながらゆっくりとネット際に来た。
「見事なサーブアンドボレー。このワンポイント勝利が君の自信につながるといいね。本当の試合の勝利はこのワンポイントの積み重ねの先にあるんだよ。がんばって。テニスは勝たなきゃ意味ないからね」
そう言っていつものウインクをして俺の手をぎゅっと握った。
――なんだ、この余裕ぶちかまし。
考えてみれば、俺がワンポイントでも取れば勝ちなんて、超ゆるゆるのルールじゃん。恭太郎にしてみれば勝たせてあげたんだよという試合。恭太郎にとって勝っても負けてもどちらでも有利にたてるウインウインシュチュエーションじゃねーか。あいつ、もっと悔しがると思ったのに、悔しがっているのは、またこの俺。クソ、クソ、クッソーーー。恭太郎にはかなわない。余裕ぶちかまして、がんばれとか、自信につながればいいとか、いちいち言うことがキザなんだよ。悔しいけれどかっこよすぎる。
「ヒロくん、お手本のようなサーブアンドボレー。この2日間ですごい上達したわね。私、ちょっと感動しちゃった。エクセレントショットだったわ」
「ヒロさんやりましたね」
「ヒロ、一瞬、フェデラーかと思たわ」
みんなに囲まれて、美波からも褒められたし、みんなからも褒められたけど、なんだこのルーザー感。
俺が勝ってあたりまえのクソみたいなルールで、恭太郎から一ポイント取っただけで勝って、月にでも降り立ったように両手ばなしで喜べるほど俺はめでたくない。
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