第24話 怒涛のテニス強化合宿 

 美波の家のテニスクラブで二泊三日のテニス合宿だなんて、夏休み有終の美を飾るにふさわしい。満里奈じゃないけど、これってアニメでよくある展開じゃん。合宿でヒロインとお近づきになっていちゃいちゃみたいな。俺の顔は自然ににやけてきた。


「お兄ちゃん、合宿に行くんだって? いいな、楽しそう。満里奈も行きたいなあ。五条寺さんちって超豪邸なんでしょう。いいな。いいなー。合宿とかいいなー。青春あおはるだねー」


「満里奈、よく聞け。兄ちゃんは遊びに行くんじゃないんだ。苦しくそれはそれは厳しいテニスの特訓に行くんだよ。困るなあ、なんか勘違いされちゃあ」

 鼻唄まじりで洗面所でタオルやら歯ブラシをバッグにいれている俺を廊下から顔だけだして眺めている満里奈にはそう言ったけれど、俺はバリバリうきうき旅行気分全開だ。

「おっと、パンクスの命、ヘアジェルも入れなきゃ」


 当日、俺たちはカンちゃんの親父さんの運転するハイエースに乗ってカンちゃんとミッチーと美波の家に向かった。もちろん、みんな前回にミスター五条寺にもらったお揃いのボルグのテニスウエアを着ている。ハイエースの荷室にはジャガイモ、玉ねぎ、ニンジン、バナナやミカン等のフルーツの箱が積まれてあった。


「おはようございます」

 ハイエースが屋敷の噴水の前に到着すると、美波がテニスウエア姿で、屋敷の横のテニスコートに通じる小道から出てきた。

「これは、五条寺さんのお嬢さん、いつもノブが世話になってすいやせん。これ野菜なんですけどね、皆さんでカレーでも作ってください」

「すみません、ありがとうございます」

「ほら、ノブ、君らも、ボーッとしてないで運んで」

 と、カンちゃんの親父さんに指図され、ジャガイモ、ニンジン、玉ねぎ、その他フルーツの入った箱を俺たちは美波の案内で勝手口の方へ運んだ。運びながら「貢ぎ物?」「年貢?」とミッチーと二人でぷぷっと吹いた。


「今回の合宿の総監督を勤める岩田です。今日から三日間、息子さんたちをお預かりします」


「よろしくおねがいします。ビシバシやっちゃってください。じゃ、あっしは仕事があるんでこれで、ノブ、みんなもしっかりな」

 所々へこんだハイエースが屋敷の前のゴージャスな噴水を回って去っていくと入れ替わりに、オギー、洋子、マキ、優ちゃんがやって来た。


「みなさん揃いましたね。では改めて、みなさま、こんにちは。岩田です」

「あ、岩田さんってドライバーの?」

 黒のサングラスをかけて今日も黒ずくめだ。前と違うのは、黒のスーツじゃなくて、黒のジャージの上下。

「そうです。ドライバーの岩田です。そして、この五条寺テニスコート、クラブハウスのケアテイカーでもあり、テニスのコーチでもあります。今回のテニス合宿の監督をさせてもらうことになりました。美波さまに今回、厳しく指導のほどをと言われておりますので、わたくし岩田、そのように特訓を遂行させていただきます。皆様のお名前、呼び捨てになるやもしれません。予め御了承のほどよろしくお願いいたします。では、みなさん手荷物をクラブハウスのなかに置いて今から三分後にラケットを持って再びここに集合!一人でも一秒でも遅れようものなら、みなさんコートを十周走ってもらいます。連帯責任です。いいですか?」

「……」

「返事はっ?!」

 岩田さんの声が急に大きくなった。

「は、はいっ」

「では、スタートっ!」

 みんながきびきびと動き駆けた。


「え、なんだ?もういきなり始まるの?雰囲気ヤバくね」

「これ今までの練習と雰囲気が明らかにちがいますね」

「これ、マジなやつやん、きっついやつやん」

「なんか、きょわいっす」


 こうして怒濤のテニスの特訓が始まった。


 岩田さんが打ってくるボールを俺たちは順番にフォアハンド、ネット際に走り込んでボレー、バックハンド、走り込んででボレー、スマッシュ、延々とバスケットに入ったボールが無くなるまで打つ。そして、バスケットにボールが無くなると、散乱したボールを駆け足で拾い集めバスケットに入れ、また岩田さんが打って来るボールを打つ。その繰り返し。


「おいコラー、ツンツン頭ーっ、北村らああ、どこ見てんだー、ボールをちゃんと見ろー。 道端ああーーー、ネットに引っ掛けるなーーー!ネットを越えなきゃ意味ねえんだよー!! そこのパツ金、荻窪おおーっ。のろい、鈍すぎ!!おまえはのろまな亀かーっ! もっと機敏に動けー。神田あああー、走れー、ボールを拾いまくれーーーーっ!!!」


 俺たちはものの十分でゼイゼイと息が切れてきた。

「い、岩田さんってもっとこう、上品でソフトじゃなかったっけ?」

「スイッチ入ったな昭和の。昭和の部活や」

「これパワハラっすね」

「午後からもこんな調子かなあ?僕、もう無理ですー」

「こらあーー、パツ金ー、無理じゃねー、諦めんなー!!ノロノロすんなー、いくぞー!」

「ひえっ、聞こえてる、は、はいー。ごめんなさいーッ」

 オギーは岩田さんからのボールを追いかけて走った。


「岩田さんの"昭和テニスブートキャンプ"、うちのテニスクラブですごい人気なのよ。クラスがあるときはいつも満員、即予約で一杯になるのよ」

 美波はこの手の練習に慣れているのか、息が全然上がってない。他の女子も普通にこなしている。

「…どんだけMやねん」

 ミッチーがボソッと言った。

「なんですって?」

 洋子が聞き返すと同時に

「オラオラオラー、そこーしゃべってないで走る。打つ、打つーっ、走れー、」

 岩田さんから喝がとんだ。

「は、はいーっ」

 美波は黄色いボールを追いかけて華麗に打った。



 午後からはペア決めから始まった。

「午前中の君たちの練習をみてペアを決めさせてもらいました。発表します。道端君と洋子さん、北村君と美波さん、荻窪君と優さん、神田君とマキさん、のペアでいきます。これからこのペアで練習です。相手のいいところを引き出し、苦手なところをカバーしあい一ポイント一ポイントを積み重ねていきましょう」


 ――よっしゃー。俺は美波とペアになれると勝手に思い込んでいたが、今こうして岩田監督公認のペアを組むことになって俄然やる気が出て来た。どんなきつい練習も耐えれそうだ。

 

 練習に入る前に岩田さんによるダブルスの心得が始まった。

「同じテニスはテニスでもダブルスとシングルスでは戦い方が全く違うのだ。強烈なショットがなくてもダブルスでは勝てる。パワーがなくても丁寧なテニスで勝てる!!とにかく相手のいないところにボールを落とせばいい。まあ、口で言うのは簡単だがね。

 ペアはコートの中では見えないロープで繋がれていると思ってくれ。パートナーが左にいけば自分も左による。一定の距離をおいて、動く。離れすぎてもいけないし近すぎてもいけない。コートにスキを作らない。

 基本中の基本として、前衛は、ロビングをされて、もし自分の頭の上をボールがぬけたらすぐさま横反対側へ走る。後衛はチェンジ、ステイとか自分がカバーする意思をパートナーに声掛けをするとよいだろう。ボールを追いかけて打つ時も、ユアーズ、マイン、というふうに声を掛け合う、お互いの意思表示が大切なのだ。そして、対戦相手の先の先を読め。口で言ってもあまりピンと来ないだろうから今から、実践に移つるっ!立てっ!ノロノロすんなーっ!!」


――あ、スイッチ入った。


 洋子とミッチーのペアは今日初めてペアを組んだと思えないほど息がぴったりだった。喝を入れまくっている岩田さんもべた褒めした。


「すごい。ミッチーのやつ上手いな。サーブも強烈に決まってる」


「そうね。二人共いい動きね。でもヒロくんもどんどん上達してるわ。反射神経いいし、テニス用語もルールもバッチリみたいだし、こんな短期間ですごいわ、テニスのセンスあると思う」

「―――!!」

 美波に褒められた。よくこんな妄想、夢を見たが、これは夢じゃないのか。

「ホントに?」

「ホントに」

「ホントにホント?」

「ホントにホントに。――やだ、なんか、前にもこんなシーンなかったっけ?デジャヴ?」

 俺たちはまたお互い顔を見合わせてクスクス笑った。

「俺、美波に誉められて嬉しいよ」


「コラッ、そこー、いちゃいちゃしないー、 いくぞー、ボールをよく見て打てーっ」

 岩田さんの喝がまた飛んできた。

「ヤベッ」

「はーい、すみませーん!!」

 美波は肩をキュっとすくめて、舌をぺっと可愛く出した。




 練習は夜の八時まで続いた。

 夕食は好物のカレーライスでお腹も減っているはずなのに、食欲がない。運動しすぎて疲れ果てると食欲がなくなるんだな。

「北村くん、食べないと明日、体がもちませんよ」

 特訓中はオラオラ系だった岩田さんが元のソフトな岩田さんに変わっていた。


 夕食も終わり、「じゃあ、明日も頑張りましょうね」そう言って女子たちはクラブハウスを出た。女子はお屋敷の美波の部屋に泊まるようだ。俺はクラブハウスの簡易ベッドに倒れ込んだ。オギーを見るとワンタッチで膨らむクッションの良さそうなエアベッドにピシッと折り目の効いたシーツを敷き、マイピロウをも持ってきていた。マイピロウじゃないと眠れないらしい。


「なんや、修学旅行みたいやな」「こういうときって好きな女子の話になるよな」

「ヒロちゃんの好きな子って誰っすか?」

「俺は、…その…」

「美波だろ。バレバレやで」

「やっぱ、バレてる?」

「恭太郎が目障りってとこやろ」

 ――げっ、ミッチー、するどい。

「でも、恭太郎は元カレらしいから。チャンスは大有りってことだよな」

「より戻すってこともあるっすよ」

「ちょー、なんでそんなこというかなあ…カンちゃん…。…だよな、恭太郎だもんな。ハードル高いよな」



「あのー、美波さんの名誉のためにも言えませんでしたが、ヒロさんの恋の行方を応援したいので、僕の思ったことを言います。ここだけの話ですよ」

「なんだよ、オギー、意味深だなあ」

「僕が見る限りでは、恭太郎さんは美波さんのお兄さんのような存在だと思います。だから最初から彼女彼氏と言う意味で付き合ってなかったと思います。美波さんが一方的にそう思っていたようで。恭太郎さんは見ての通り誰にでも優しいですから…」


「ああ、チャラいよな。あいつ。」


「…で、ある日、妹みたいな存在だと言われたようで、それでフラれたと思い込んでいるんではないでしょうか。僕はみーちゃんとは幼馴染ですから、なんかわかるんです」


「そっか…」


「と言うことはやな」

「と言うことは?」

「と言うことは、ヒロ、お前は片想い決定や!実らぬ恋!」


「な、なんだよ、実らぬ恋って。勝手に決定すんなよ。…クソ、恭太郎のやつ、だれにでも女子にはヘラヘラしやがってマジ腹立ってきた。あいつ許せねー」

 恭太郎に対しては前からムカついていたけれど、それとは何か違う腹ただしさが込み上げてきた。


「まあまあ、そんなに熱くならんでも」

「そういうミッチーはどうなんすか?」

「俺は、俺のことはええがな」

「ミッチーさんってどういう子タイプなんですか?」

「えーと、…ちゃんが、…で… そんで……」


 ミッチーたちが女子の話で盛り上がっていた。でも俺は違うことを考えていた。


 ――そっか、そうだよな。やっぱり美波はまだ恭太郎のことが好きなんだな。俺なんかアウトオブ眼中なんだろうな…。俺は今日、岩田さんが言っていたテニスのダブルスの心得、ペアは見えないロープで結ばれているという言葉を思い出していた。テニスをする時、俺と美波は見えないロープで結ばれている。それはもしかして運命の赤いロープとかいうやつ?あ、それは糸だったか。俺の小指に結んだ赤い糸を辿れば美波の小指に…そんなことを考えていたら急に眠くなってきた。ミッチーたちの声が遠くに聞こえる。俺の意識は遠退いていき、いつの間にか寝てしまった。







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